「ふむ、プロジェクトFの残滓か……」
モニターを見ながら紫色の癖の強い髪の毛を肩まで無造作たらした白衣の青年がつぶやく。
そこには、微妙な感慨は感じられたがあまり興味は引いていない様子だった。
それは後ろに控えていた秘書ぜんとした女性(見た目は驚くほど青年に似ている)にも伝わったらしく、
気づかわしげに声をかけられる。
「博士、あまり興味をもたれていない様子ですね」
「ああ、確かにね。興味がないわけじゃないが……今や研究は一段階先にシフトしつつある。
わざわざ捕えても労力の無駄になりかねないしね」
実際、モニターに映っているプロジェクトFの残滓とやらは強い力を発揮しあっという間にガジェットを蹴散らしていく。
更に組織に所属している事を考えれば、これを捕えるのはかなり骨だろう。
「しかも、彼ら家がばれてる事は百も承知のようだからね……。
まさか、特殊結界で自分達のいる都市やら、庁舎やらを覆っているなんて考えてもいなかったよ」
「確かに有効な手段です。では例の命令はいかがしますか?」
「使者には十分な成果が出ていると伝えてくれ。ルーテシア達が今は勝手に動いてくれているだろうしね」
「はい……ではそう伝えます」
博士と呼ばれた男はモニターに別の映像を映し出す。
そこには7人培養層に浸かっている男達が映し出されていた。
まん中にいるのは蛇の如き面相をした男、彼らは死んだように眠り続けている。
「彼らとてこのまま終われないでしょう、折角ボクが用意した舞台、気にいってくれるといいんですが」
「では、現状は様子見ということですか?」
「いや、レリックの捜索は続行しつつ、テンカワ・アキトとラピス・ラズリを捕えるための準備をするとしよう」
「しかし……」
「君達の調整ももう少しで終わる、そうすれば存分に活躍してくれるさ」
「はい、命に代えましても」
その言葉を聞き流しつつ、男は考える。
自分が目的に向かって進んでいるとするなら、何が必要なのかを。
現在最も必要なものは分かっている、正直今やレリックを使った案はサブなのだ。
究極の生命の創造、それを目的としている以上、犯罪を起こすことも多々ある。
「それよりも、アレの捜索はどうなっているんだい?」
「やはり、同じ場所に存在しているようです。ですが、侵入しようにもセキュリティが強固で……」
「まあ、そうだろうね……でも、アレが手に入れば研究は一気に進む。
表向きのそれを評議会に見せ続ける必要すらないくらいにね」
「出来うる限り急がせることにします」
「後は、聖王の遺伝子か……」
「どういたしましょう?」
「折を見てここに運ばせたまえ、上手くいけば面白い事になるかもしれない」
「はは」
白衣の男はまだいつもの飄々とした顔をしている。
しかし、その心の奥には研究を進めるために必要なパーツの出そろいを焦る心が見え隠れしていた。
実際問題として彼は別世界でその手の心配のない研究を3年続けてきた。
100人以上に直接実験を施し、それらの成果を満足行くものとして享受した。
しかし、今は戦闘機人とその素体くらいしかこの場にない。
一般人を強化するのは既にお手の物だし、ここにいる者たちは完成品か、普通に毛の生えたような素体のため欲求不満なのだ。
彼の目的を成すには、まだいくつもの段階を踏まねばならず。
そして、次の段階は彼の手の届くところまで来ている、それだけにもどかしいのだろう。
秘書のような女性はそれを知っているので、周りを急がせる。
しかし、彼が目的に近づけるかどうかはまだ誰も知らない。
「ルーテシア、夜は冷える。そろそろ中に」
「(こくり)」
首都クラナガン郊外にあるホテルの10階、ベランダから紫色の髪をした少女を連れ戻し、ゼストはまた口をつぐむ。
6年前、戦闘機人事件で死んだはずゼスト・グランガイツは今旅をしていた。
ボサボサの黒髪、彫の深い顔立ち、人並み外れた体躯、どこにも変わりはない、6年前そのままの姿だ。
唯一見た目で変わっているものがあるとすればいつも考えこむような眉間のしわだろうか。
しかし、それも当然のことだった、ゼストは確かに一度死んだのだから。
ゼストが死から目覚めたのは2年前、スカリエッティという博士のラボでだった。
最初こそ、生き返ったことに喜んだものの、少し時間がたつとはっきりと分かってきた。
即ち、スカリエッティこそが戦闘機人事件の黒幕だという事が。
なぜなら、当の戦闘機人達を侍らせているのだから。
最初は逮捕しようとした、しかし、彼自身馬鹿ではないらしく、自分に刃向えないように俺をいじくっていたらしい。
俺は動きを止め、しかし、何度も試した結果、あの場を追い出された。
今でも彼に不利な証言すら不可能である事が分かっている。
だが、それ以上に腹の立つ事は、スカリエッティは管理局の最高評議会の裏の仕事をしているということだった。
つまりは、管理局そのものがグルだったのだ。
そしてさらに、スカリエッティはレジアスとの繋がりもほのめかせている。
元から少し疑っていた事でもあったが、それでもショックは大きかった。
だから、ゼストは今レジアスと話してみたいと思っている、何が変わってしまったのか、
自分の聞かされ事が間違っていて本当は裏切ってなどいないのか。
今の彼はそれが一番知りたかった。
それらの考えをふとのぞかせた後、ゼストはルーテシアの方を見る。
ルーテシア……彼女は、彼の部下であるメガーヌの娘。
しかし、彼女が物心つくころには父母共に存在していなかった。
母親はスカリエッティに囚われ培養層で眠り、父親もまたあの事件に前後するようになくなったと聞く。
「辛くはないのか?」
「なぜ?」
「いや……」
彼女は10歳であるというのに、めったに感情をあらわにしない。
本人は感情がないと言っているがそんな事はない、それは身近にいたゼストにはわかっていた。
培養層で眠る母親を目覚めさせる方法がレリックしかないと聞かされて探しに来ている、つまりはそういう事だ。
感情がないというよりは、感情を自分という存在から切り離しているという事なのだろう。
要は思い込みの一種、いつかは決壊する堤防のようなものだ。
だが、ゼストには優しい言葉をかけてあげられるだけの器用さも、安心を与えられるだけの先見性もなかった。
だから、頭の上に手をポンポンと乗せ、そのまま壁にもたれかかる。
ゼストは彼女を守ることも己に課していた、ゆえに歩哨のまねごともする。
暫くはそのままルーテシアが眠りに就くのを待つことにする。
ルーテシアの首元では既に真っ赤な髪の人間の十分の一くらいの身長の少女が寝ている。
詳しい事は分からないが、生き返ってから襲撃した違法な実験場の一つで実験体として使われていた少女だ。
こちらは起きていれば元気一杯に動きまわる、ルーテシアを励ますためにしているようだが、素のような気がしなくもない。
ふと笑みをこぼして、ゼストも目を閉じようとしたその時。
『やあやあお三人さん夜分遅くに済まないね』
「そう思うなら、用件は明日にしてくれ」
『そうできるならそうしているさ、ちょっと緊急な要件でねぇ』
「……」
ニヤニヤとした嫌な笑いをしつつスカリエッティはゼストに話しかける。
実際、彼を逮捕するべきなのは間違いない、しかし、それをする事が出来ない。
かと言って死ぬ事も出来ない、今できる事はただルーテシアを守ることくらいのものだ。
それすら完全にはいかない、彼女にはスカリエッティには注意するようにと言ってはいるが、どうも彼女の意見は違うらしい。
それゆえ余計に警戒するしかなく、いらだたしい視線を向けることになった。
そして、スカリエッティはそれを見てほくそ笑む。
「あ博士、今日はこんな時間にどうしたの?」
『いや、起こしてしまって悪いねぇ。
実は、この付近でレリックの存在が確認されてね。ちょっと見てきてくれないかい?』
「お母さんの?」
『うーん、それはまだ分からないんだ。反応があったってだけの事だし、
でもね場所が場所なんで遅れると他の勢力に取られちゃいそうでね』
「……うん、わかった。行ってみる」
「……」
『じゃあ、期待しているよ。優しいルーテシア』
「行くのか?」
「うん、お母さんのかもしれないし」
「そうか……なら俺も付いていこう」
「わかった」
「ちょ、あたしを無視しないでよ!!」
「あ、起きてたんだ」
「一緒にたたき起されたっての……でもルーテシア、あれ信用できるのかい?」
「大丈夫、今まで一度も博士嘘言ってないよ」
「うっ、そういう言い方されると困るけどさ」
「それで、アギトはどうするの?」
「当然ッ! 旦那とルールーが行くところならどこだってついていくさ!」
「じゃあ一緒にいこ」
その時、ゼスト達はまだ連盟というもの、いや、六課というものがどういうものか理解してはいなかった。
「認定ポイントへ向けて魔力が近づいてきます!」
「やはりか……」
アキトは司令室の提督席でその報告を聞き、無感動に答える。
レリックと思しきものを発見した際、すぐに持ち帰らず、特殊なバリアを何重にも張って表向き部隊を引かせたのだ。
もちろん、これで相手が本腰を入れて取りにくるとは考えていなかった。
しかし、確かめもせずに放棄もしないだろうとは考えていた。
そして、魔法系のバリア以外に電磁バリアも用意していたため、ガジェットは攻めあぐねている。
となれば、恐らく次に来るのはさほど機密を知らない人間などだろう。
「なんていうか警察組織のやり方やないね、ほんま、アキトさんは底意地が悪いなぁ……」
「そうでもないさ、公言はしていないがどこでも実際よくやっている手だ」
「そう言うもんかもしれへんけど……おとり捜査は日本では禁止やなかったっけ?」
「ここは日本じゃないしな、それに、昔は俺もさんざんやられてきたからな。敵に学べという事だ」
「ささくれた青春おくってたんやね……」
「聞かないでくれ……」
はやてに細かな指示を任せつつアキトは作戦区域を図面にしたものを再度確認する。
現地には今魔導師部隊はいない。
しかし、それが戦力がないと=で結べないことをまだ敵は理解していないはずだ。
アキトはその隙を突く作戦に打って出た。
レリックを狙っている敵が誰なのかはっきりさせたいと言うのは誰もが考えていた事だ、
それだけに、連盟組織の上層部等も多少の不満もあったが、作戦許可はあっさり出た。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか」
「言い回し古!」
「……」
「あっ、あの……未確認魔力反応、ガジェットに接触します」
「あー、ごめんごめん、それやったら、作戦準備にかかろか、課長、許可もらえますか?」
「ああ、頼む」
アキトは自分がおっさんである事を自覚はしていたが、人に言われるとやはり凹むようだった。
だが、はやては少し笑うとフォローはせず、作戦の準備にとりかかる。
連盟は互助組織だ、よって明確な軍事規定はあくまで話し合いの合議で決めている。
そのため、化学兵器の投入についての規定も存在する。
アキトはそれを利用することで、相手の裏をかくことを目指していた。
「第一及び第二特殊車両小隊(パワードスーツ部隊)配置を終えました、魔導師部隊はどうしますか?」
「とりあえず、第二及び第三魔導師小隊は探知範囲外にて待機、敵勢力が逃走に移った場合いち早く捕捉せよ」
「了解しました」
「課長、他にありますか?」
「いや、ただ現有戦力の半数をつぎ込んだ作戦だ。失敗は許されない、細心の注意を払ってくれ」
「そうですな。気ぃ絞めてかからんと」
こうして、六課は万全の態勢を持って防衛を始めることとなる。
魔導師部隊の機動概念としては近代戦闘とそれほど変わらないが、
イメージとしては歩兵部隊というより車両部隊や飛行部隊の概念で行われる。
基本的に、飛行できない魔導師でも移動スピードは速い事が多く、遅い者は後衛に回される。
早い後衛はいても遅い前衛はいないというのも基本で、スピード重視の傾向が強い。
実際、ウィングロードを展開できるスバルは前衛、ティアナは中距離支援となっている。
フェイトやシグナム、ヴィータらも万能型ではあるが前衛を任されることが多い、武器型のデバイスのせいもあるだろうが。
なのはやはやてのように砲撃メインのタイプは飛行出来てもやはり後衛に回される。
なのは等は教導等を行っているので万能に近いのも事実なのだが。
細かい話は兎も角、そういった前衛後衛の仕分けが割とはっきりしているのが、管理局の特徴ではあった。
しかし、アキトは魔導師部隊全体を後衛として配置した。
前衛にはパワードスーツ部隊をまわしたのだ。
実際、魔法で敵を感知するタイプには絶大な戦果をあげることとなる。
「くそっ、やはり罠か……」
「インゼクト・ズィーク!」
「駄目だルールー! あの装甲は魔法がかかりにくいみたいだよ!」
そして、魔法使いが防衛していないことで突破が容易と勘違いしたゼスト達は、
いつの間にかパワードスーツ部隊による包囲のど真ん中に来ていた事に気づく。
まだしも管理局のパワードスーツは魔法で動いていたし、魔法を減殺する装甲で近接攻撃を主体にしていた。
だが、彼らのパワードスーツはミサイルやカノン砲を主体にした後衛と、斧やナイフ等を使った近接の両方をこなす。
そう、包囲をかけられた時の危険度がまるで違った。
『武器を捨て投降してください。貴方達の魔法は我々には無力です』
『すずか……その言い回しは挑発してるみたいだよ』
『えっ……そう? でも、これ以上いい言い方知らないよ?』
『いやまあ、それはそうだけどさ』
どこか真剣味にかけるような会話をしつつも、包囲はほぼ完璧になされていく。
空を飛んで逃げようとしたが、パワードスーツも空を飛べることが実証されたのみでなく、
遠方から砲撃魔法が狙っている事もわかった。
まさかと思うほどの完璧な包囲。
ゼストはアギトとユニゾンし、その能力を増加させて道を開きにかかる。
ルーテシアは最も信頼するガリューという人型のような召喚昆虫を自分の護衛としているが、ここままではジリ貧だろう。
大型昆虫を召喚するには囲まれすぎていた。
「パワードスーツがこれだけ厄介とはな……」
「ジライオーを呼ぶ暇がない……」
間断なく続けられる銃撃や、電磁ネット、催涙弾などという科学兵器による攻撃で、
魔法そのものを破壊されるよりも、精神のほうへ疲労が蓄積される3人。
実際、銃弾はゴムスタン弾にすぎないが、パワードスーツから放たれるそれは通常の銃の数倍の威力があるため、
当たり所が悪ければ体に穴があいても不思議ではない。
『もう一度だけ言います。投降してください』
「……」
ゼストは苦笑する、やっている作戦のエグさのわりに、指揮官たちは甘い。
つまりは、司令部はやり手だが、指揮官達はまだ新米という事なのだろう。
それが分かった以上それをつかないわけにはいかない。
「お前たちも、時間がたって俺達の援軍が来る事を心配しているのだろう?
ならば賭けをしないか? 俺と一対一で勝負して勝った方の言い分に従うと」
『……そ、そんな事……』
ゼストははったりを言った、援軍は確かにルーテシアの立場を考えれば来るかもしれない。
しかし、絶対というわけではない。
最近はスカリエッティの興味が別のものに移ッているのを如実に感じる。
それに、この場に送り込むならかなりの戦力でなければ逆転は難しい。
だからこそのはったりであった。
『……はい、わかりました』
「対応が決まったのか?」
『お受けします。この場での処置をかけてという意味ですが』
「この場という事は、俺達を追う事は変わらないという意味か」
『そうなりますね、でもそれはお互いだと思いますが』
「それもそうだな」
パワードスーツからする声は落ち着いた女性のもの。
ゼストは自らの部下にも女性が多かった事を思い出す。
元々AA以上の魔力を持つ人間の比率は7:3くらいの割合で女性の方が多い。
しかし、魔法を基準としないパワードスーツ部隊は女性である必要はない。
その中で女性が隊長をしている事を考えれば、彼女が抜きんでた腕なのだろうと想像はつく。
だが、ゼストとて並ではない。
元々Sランクの能力を持っていたのだ、今とてさほど衰えたわけでもない。
更にはアギトという能力ブースターを纏っている、もちろん、ルーテシアとアギトを逃がすことが第一なのだが、
そういう打算的な考えを持っていなかったといえば嘘になるだろう。
対する女性の方は、パワードスーツを彼に向けただけで追加で武装を取るような事はしなかった。
確かに、全身が凶器のようなものである事も事実なのだが、2.5mのその巨体には武装らしきものはなかった。
『では、行きます!』
「来い!」
言葉を交わした次の瞬間、パワードスーツの女性は足の裏についているローラーと背部のスラスターを使って加速、拳を突き出してくる。
これだけの速度だ、正面からぶつかれば、魔力を減殺するパワードスーツの装甲の特性もあり跳ね飛ばされるだろう。
しかし、ゼストは持っていた槍型のデバイスを使い、威力をそらしつつ自分も飛び上がる。
回避したと思ったのもつかの間、パワードスーツはそのまま、左足からスパイクを突きさし、速度を落とすことなく反転。
更にスラスターの角度を変えて飛びあがる。
『空中なら勝てると思いましたか?』
「その通りだ」
そう言ってデバイスを振り下ろすと槍型のデバイスの先から閃光が走る。
その閃光はパワードスーツの翼を切り裂いた。
翼そのものも魔力を減殺する物質で出来てはいたが、強力な圧縮魔力にあっては防ぎきることができず墜落を始める。
「アリアをなめないでください!」
落下しながらも、パワードスーツは拳を前に向ける、そしてその拳が発射された。
発射された拳は一直線にゼストを目指す。
スピードから考えて当たればタダでは済まない、何せこの拳もまた魔法を減殺するのだから。
しかし、ゼストはその拳をなんなく回避する。
目に見える攻撃など空を飛べる魔導師にとっては回避にてこずるほどのものではない。
そう考えた次の瞬間、ゼストはとっさに槍を構えて防御する。
一発に見せかけて、一発目の影からもう一発の拳が飛んできていた。
こちらが本命かと気づいた時には既に遅く、防御は間に合ったものの、体勢が大きく崩れた。
『止めです』
パワードスーツは自動で引き戻すようなシステムになっていたのだろう拳を再装着しつつ、本体ごと体当たりをしにきていた。
そして、パワードスーツの周囲に赤黒いバリアのようなものが浮かび上がる。
ゼストは漸く体勢を立て直すが回避している暇はない。
「……」
ゼストは魔法力を集中する、先ほど翼を切ったことで彼女の姿勢制御にはむらがある。
もっともこの体当たりを食らえばただでは済まないだろう。
とっさの判断ではあったが、やはり攻撃の方向をそらすのが一番だろうと考えた。
そして、二人は衝突する。
「そのバリアに籠ったのは早計だったな」
『……』
そう、確かにパワードスーツの装甲は魔法を減殺する。
しかし、バリアをまとっての突貫の場合、バリアそのものはいくら攻撃性が高くとも、魔法を無効化できない。
それゆえ、ゼストはバリアの方を攻撃した、それでも正面衝突ならまだパワードスーツに部があったかもしれない。
だが、そらすように滑りながら球形のバリアを切り裂きつつ回避するという荒業でゼストはバリアを無効化し、
そのまま返す刃でパワードスーツを下に向けて叩きつけた。
結果己の加速も含めた凄まじい勢いで、地面に衝突することになる。
もちろん、ゼストは油断していない、追撃をすぐさまおこなった。
しかし、その刃はパワードスーツの中から出てきたか細い手につかみ取られる。
「まさか、アリアの第一装甲を破壊する相手がいるとは思いませんでした」
装甲にひびが入り砕け散る、中から出てきたのはボディスーツを着た紫色のロングヘアをした女性。
しかし、ひと目見て思うのは戦いの中に身を投じるようなタイプではなく、どこか深窓の令嬢を思わせる。
今まで戦っていたゼストの動きが思わず止まってしまうほど意外性のある姿であった。
「アンダースーツはまだ実用化できるほど実戦テストをしていなかったので不安ですが、貴方でテストしてみましょう」
「……強気だな」
「強気なんかじゃありません、ただ……負けたくないんです」
ゼストは己が力負けしているのを感じる、スーツの力なのか彼女の地力なのかはわからないがどこか底冷えがしてくるのを感じた。
槍を持ち上げながら立ち上がった彼女は口元を引き締める、すると背中にあるバックパックのようなものから、翼が展開していく。
「これも人に試すのは初めてです。死なないでくださいね」
「ッ!?」
咄嗟に身を引くゼスト、しかし、ゼストはいつの間にか体が重くなっているのを感じた。
「この機体のに供給されるエネルギーは重力波、バリア等に転用するのが普通なんですが、
近くにいる相手なら拘束することもできます。そう長時間じゃないですけどね」
「なるほど……だがそんな事をぺらぺら話してもいいのか?」
「ふふふ……時間を稼ぎたいのは貴方だけではないんですよ」
女性の両手はうっすらと光っていた、徐々に両手に力が集まっていくのだ。
しかも、その両手はそれぞれ別々の光を放っている、右手に集約されているのは今まで見てきた赤黒い光。
もう一つは抜けるような純粋な青。
「まさか……魔力!?」
「ええ、使えないといった覚えはありません。そして左手は魔法を無効化しないんです」
『旦那! このままじゃまずい、アタシをパージして脱出して!!』
「そうだな……」
「ってえ? 旦那……なんでアタシを放り出して……」
そう、ゼストはアギトを分離して、にがした。
それくらい彼女の力に驚異を感じているということだった。
なぜなら、彼女はその両手を合わせ一つのエネルギーとしてまとめてしまったからだ。
合わせた両手から凄まじい重圧がかかる。
そして、彼女はまるでゼストに向けて落下するかのように合わせた両手を突き出しながら足元のローラーで滑り込んでくる。
「インパクト!!」
身動きの取れないゼストに彼女の両手が接触したと思った瞬間。
収束していたエネルギーが爆発する。
それは、ゼストの全ての魔法防御を粉砕し、突き進む。
そして、ゼストの体に彼女の両手がめり込み、そのまま弾き飛ばした。
「はぁはぁ……こっ、これで……どうです?」
「勝負は……お前の勝ち……だ……」
「では、貴方達を逮捕……?」
「そういうことだ」
ルーテシアとアギトがいなくなっていた、
しかし、これだけの包囲網、確かに全員が戦闘に集中していたとしても、消えられるはずはない。
それが可能な人物は今のところ一人しかいないだろう。
セイン、あの博士の抱える戦闘機人の中でも逃げる、物を盗むというような事に関しては最強の能力ディープダイバーを持つ。
なぜ最強かといえば地面にもぐりこむ事で無機物を透過できるので、他の人間に存在を知られない。
更には触れたものも一緒に透過させる事が出来る。
テレポートとの最大の違いは、地面に潜っていれば出口をおさえられるという事がないため、
こと逃げに関しては無敵といっていいことだ。
「では貴方だけでも拘束させてもらいます」
「好きにすればいい」
ゼストは負けたがするべきことは果たした、それに、目の前の女性との戦闘はなかなか面白かった。
このまま、レジアスの事をうじうじと考えながら生きていくよりは、
管理局の手が届かないところで死ぬのも悪くないと思っていた。