「まったく、あいつと関わってからろくな事がないな」
「本当にそう?」
それは戦艦、ナデシコ級によく似た、それでいていろいろ細工は違っている。
しかし、その戦艦は管理局のもつものとも連盟がもつものとも違っていた。
そのブリッジにて会話する壮年の男と大人になりかけの少女、男が恰幅のいい大男であるのに対して、少女は小柄である。
だがそれでも、大男と対して少女に気後れはない。
「ふっ、小娘のくせに知った風な事を言う」
「小娘なのは否定しないけど、天才だからねアタシは」
「自分で言うか……まあいい、それで?」
「アタシが地球大使として言う事は一つよ」
「それを俺にやらせると?」
「取引材料は持ってきたはずだけど?」
「確かに、この艦は悪くない。しかし、今動けば立場は悪くなるな」
「別にそれだけとは言わないわ。貴方が連盟と管理局を取り持てば確実に伝説に手が届くと思うのだけど?」
「なるほど、名声か……」
男は少し考えるそぶりをする、少女の言う事を否定する必要はない。
確かに、今管理局と連盟がぶつかれば管理局が勝つ、しかし同時にそれは”おか”が”うみ”の傘下となる事でもある。
元々”おか”と”うみ”の規模は倍以上。
ミッドチルダを中心としたいくつかの直轄以外は派遣している人員が少数いるだけという”おか”に対し、
”うみ”はほとんどの管理世界に艦隊を配置している。
その予算も規模も倍で済めば御の字というレベルだった。
やることの違いも大きいだろうが、発言権が低いのも事実なのだ。
今、三提督を除いても、彼の発言権は両方を合わせたときに5番目以内に入れるかどうか。
”おか”では最高責任者であるにも関わらずだ。
これが戦争終了時にはさらに開いている事は想像に難くない。
そう、元々強硬派である事を自任しているレジアスではあったが、残念なことに今の現状では戦争否定派に入るほうが得なのだ。
その上、このナデシコ級を秘密裏に渡してもらうという、それはつまりこれを生産する能力も手にできるという事だ。
レジアスとしては確かにこの提案を断る理由はない。
だが、一つだけネックになっていることがあった、成算がないのだ。
現状、三提督の内2人は保護を受け、レジアスの下へ向かっているらしいとは聞いている。
しかし、最後の一人が揃わなければそれを理由にされる事もある上に、既に管理局は戦争をする方向で動き始めている。
なにより、このまま戦争をせずに引いては強硬派は空中分解してしまう、それだけに絶対やめないだろう。
それに連盟側としても一方的にいちゃもんをつけられたうえ停戦しましたでは納得すまい。
つまり、成功率を考えるなら強硬派の中で立ちまわったほうがまだましといえるのだ。
「やはり、こちらにはメリットが低いな」
「三提督が揃っていないのが問題?」
「そうだな、そして同時にこうも言える。今テンカワ・アキトを庇うのは自殺行為に等しいと」
「ふふっ、でも、貴方はこちらを選択する……違う?」
「……目ざといな、君のような人間が部下にもう少しいればと思うよ」
「貴方が我々から引き出したいもう一つのもの、できればアタシとしても出したくはなかったけど。
地球外対策局の持つボソンジャンプの研究資料の共有。この線引きでいいのね?」
「背水の陣で挑むのだ、報酬もそれなりでなくてはな」
「はいはい、まだ政治家としては貴方のほうが上手よ」
「いや、どうだろうな……」
少女、アリサは負けを認めたように言うが、立場的に見れば彼を引きとめる事ができる可能性は限りなく低かった。
レジアスは強硬派なのだ、立場的に多少不利になってもそちらにつく可能性のほうが高かった。
物で釣ったのは事実だが、その物を用意する(地球の政府首脳にそれを出す子をと認めさせる)のも難しかっただろうし、
何より、切り札とてタイミング次第では意味を失う、その期を見切ったアリサの資質は大きい。
多少大きな札を切った事によって先行きの不安は残るが、彼が動く事の効果は計り知れない。
アリサ・バニングスは政治家としてかなり成長しているとみてよかった。
「ふう、間に合ったようやね……」
「よくぞこんなところまで……救出感謝しますぞ、お嬢さん」
武装隊栄誉元帥ラルゴ・キ−ルは自力で脱出に成功していた。
とはいえ、艦隊から脱出してもアステロイドベルトかガス雲に隠れるしかなく、
仕方なくアステロイドを構成する岩の一つに穴をあけて脱出艇ごともぐりこみ隠れていた。
六課も艦隊の中にいないなら艦隊が消えた世界のどこかにいる可能性が高いとみて連盟の穏健派に探らせていた。
本来彼らの救出はフェイトらの仕事だったが、彼女らが立て込んでしまった事もあり先に仕事を済ませたはやてが来たのだ。
元々彼女の仕事はカリムの補佐として連盟の暴走を抑えることだったのだが、逆にナデシコ艦隊の集結という結果を招いてしまった。
とはいえ、こちらからは仕掛けないという程度の手綱はつけたわけだが。
この分では、それはフェイトら次第ということになりそうだ。
『こちら、管理局次元潜航艦隊提督クロノ・ハラオウン』
「おっ、ようやっと来たね」
『ラルゴ・キール提督を保護してくれたそうだな』
「ええ、ようやく全員引き渡せますわ。後は任せるで。クロノ」
『そうだな……そうできればいいのだが……』
「どういう意味?」
『既に艦隊主力は本局を離れた』
それはつまり、戦争開始を決定したという事を指す。
今まで連盟の暴発を防ぎ、三提督を保護して奔走してきた六課の意義が失われてしまう。
「なんとか……ならへんの?」
『とりあえず、三提督を本局へお連れし、戦争中止の宣言を発してもらう』
「……後は、その宣言がいきわたるまでどっちにも被害がでんようにするしかないいう事やね?」
『そういう事だ』
連盟側としてもカリムが押さえていられる状態にも限界がある。
つまりこれから数時間が戦争が起こるかどうかの瀬戸際であるということだ。
はやては、ナデシコ艦隊及び連盟主力と、管理局の主力艦隊がぶつかる予想地点を割り出し、そこに先行する事に決めた。
既に結果を出した、なのは率いる第一部隊、すずか率いる第三部隊にも招集をかける。
「ラルゴ提督、お願いします。次元世界全体を巻き込む大戦争なんて絶対起こしたらあかん。
止められるのは伝説の三提督だけなんや」
「分かっているさ。我らも長く隠居を決め込みすぎた。そろそろ最後の奉公をするべき時が来たようじゃの」
ラルゴ提督を引き渡した直後、はやては艦を動かす。
とはいえ、この艦を管理局に見つかってはやはり戦争の引き金になりかねない。
つまり、艦影を見られずに管理局の艦隊を足止めする必要があると言えた。
それは厄介を通り越して無茶や無謀の類だ。
それでも、今の六課にはそれ以外の道はない、はやては覚悟を決めて近くの門へと向かうことにした。
ナデシコ艦隊へと向かう、管理局の艦隊。
その旗艦においてシグナムとトーレの戦いが始まった。
もっとも、旗艦以外は全て引き返させる事に成功している、後はこの艦だけ。
だが、旗艦一隻でも戦争の引き金には十分である、だからこそシグナムは全力でこの艦を連盟の外に出さねばならない。
ブリッジの状況として、トーレは量産型戦闘機人を5体つれており、数の上では不利である。
シグナムは魔導師部隊を5名、魔道武装強化部隊(パワードスーツを着た魔導師)を2名連れていた。
だが、トーレらは乗組員に化けていたので、治療をしようと魔導師部隊が近づいたところを攻撃された。
5名の魔導師部隊はわざと急所を外され数時間以内に治療をすれば助かるというレベルで生かされている。
死んでしまった人間を助ける必要はないが、生きている以上助けようとする、そういう心理を利用したトラップである。
シグナムもそれはわかっているのでうかつに助けにも行けない。
そして、シグナム自身脇腹を傷つけられてもいた。
彼女は人間ではないため、通常の人間と比べればはるかに早く回復するとはいえ、戦闘中に回復するのは難しい。
そんな状況のため、戦闘とはいえうかつに動く事も出来ない。
それに、時間が過ぎればこの艦隊はナデシコ艦隊と接触してしまう。
そして、艦隊の指揮プログラムはここから走らせているため、ここを止めなければ艦隊を止めるのは難しいだろう。
もっともエンジン部の出力を下げる事には成功したらしい、止めるには至っていないとの事だが。
物理的に破壊すれば止めるのは難しくないが、そうした時爆発の事実が結局戦争の引き金になりかねない。
連盟のナデシコ艦隊の射程圏内にこの艦がかかるまで10分とかからないだろう。
じりじりと息が詰まる瞬間が続く。
しかし、その時。
『シグナム、5分ほどそのまま粘っていてください』
そう、念話でフェイトが話しかけてきた。
その意味はわからないが、この状態が続けば困るのはこちらだ、向こう側からわざわざ有利を崩しては来ないだろう。
ならば、状況が変化したときに備えていつでも動けるように力をためることに専念する。
それがシグナムという騎士の在り方でもあった。
ジリジリとまた時間が過ぎていく、しかし、変化は不意に訪れた。
艦に妙なGがかかったのだ、想定外の動きをしない事にはそういう事は起こらない。
シグナムはこのタイミングを逃すほどお人よしではなかった。
次の瞬間には量産型戦闘機人達を切り飛ばし、部下の救出を行っていた。
もちろん、その間トーレの攻撃はパワードスーツの2人が引き受けていた。
「後は貴様だけだ」
「目的はあくまで戦闘領域への突入、まだ終わってはいない」
『いいえ、終わりです』
すると、モニターにフェイトが大映しになる、回線をハッキングしてきたという事なのだろう。
もちろん、そんなことは外部からできはしない。
つまり、艦内にいて内部からこの艦の乗っ取りを行っていたということなのだ。
とはいえ、それだけでは今頃もう艦隊はナデシコ艦隊の射程圏内に入りこんでいたに違いない。
しかし、既にまともな警戒網を持っていないこの艦隊を外部から牽引する事はさほど難しい事ではなかった。
そう、進行方向をずらしてやればいい。
元々フェイト達も艦を持って動いていたのだ、後は簡単だった。
つまり、この時点でトーレの戦略的、戦術的な勝利は失われたと言っていい。
後はただ、脱出できるかどうかという点のみ。
そういう意味では、彼女もまたボソンジャンプ可能に調整された存在であるため、脱出は容易かと思われた。
「ジャンプ!」
「ジャンプ!」
そして、トーレは迷うことなくジャンプで逃げる事を選択する。
しかし、そこに飛び込んできたフェイトが同じようにジャンプの言葉を発する。
そして起こった事はとても奇妙な事だった。
ジャンプでボソンの闇の中に消えたトーレがすぐさままた出てきたのだ。
「なっ!?」
「ジャンプで消える事はもうできません、諦めなさい」
「ジャンプ!!」
「ジャンプ!!」
もう一度不意に行ったトーレのジャンプはまたしても同じ場所への出現で終わった。
トーレは驚愕とともにフェイトをにらみつける。
「何をした!?」
「難しい話ではないです。ボソンジャンプをするより前により強固なイメージでボソンジャンプさせればどうなります?」
「……まさか、私より強固なイメージで私をここに呼び戻したというのか!?」
「この場のイメージは今も見続けていますから、過去のイメージで飛ぼうとする貴方より確実に強固なイメージになりますよね?」
そう、これがアキト達が考えたボソンジャンプ対策、相手より強固なイメージで相手をこの場にボソンジャンプさせる。
競合をおこしたジャンプはより強いイメージに引かれることになるため、何度やっても同じ事だ。
C・Cの数には限度がある以上、拘束時にそれを取り上げれば後は体内にでも仕込んでいない限りさほど警戒しなくてもいい。
つまり、逃げようとする相手に対してはほぼ完ぺきなボソンジャンプ封じとなる。
「まさか、こんな短期間で……」
「ボソンジャンプに関しては義父さん以上に長い付き合いの人間はそういない。年季が違う」
そう、生体ボソンジャンプの研究を始めたのはネルガルであり、その最初の被験者こそアキトなのだ。
C・Cを子供の頃から持っていたのは両親がネルガルの研究員としてボソンジャンプの研究をしていたから。
つまり、その点では木連ですら一歩遅れている。
とはいえ、それが今回の事とかかわりがあるのかは別問題ではあるが。
フェイトはトーレを拘束、そのまま、元々の艦へと戻り六課への帰途につくことになった。
戦争の兆しはようやくその種を大きく減らし、後は両陣営の首脳陣の動き次第というところまで来ていた。
「これで、六課のほうは手薄になったわけだ」
「ここにこれだけ人数をまわしていいなんてクアットロ姉にしては偉い太っ腹っすねぇ」
「いーから暴れさせろよ。そろそろ限界だったんだ」
起動六課庁舎、その近くの地下道に今セイン、セッテ、ノーヴェ、ディエチ、ウエンディの5人が集結していた。
そう、戦争を巻き起こすために動いていた人員よりも明らかに多い。
無機物に潜行する能力を持った水色の髪をショートにまとめた少女セイン。
身長ほどもあるブーメランブレードを操り対空戦闘を行える桃色の髪を背中に垂らした少女セッテ。
スバルによく似た顔つきで能力もよく似たローラーブレードとナックルを使って戦う赤い髪の少女ノーヴェ。
巨大な砲撃用の大砲を持ち跳ねがちな茶髪を無造作に後ろで縛った少女ディエチ。
盾、乗機、砲の3つの使い方が出来る特殊なライディングボードを操る赤毛を縛ってポニーテールのようにした少女ウエンディ。
それぞれ、皆戦闘能力は高い、そして魔法を制限するガジェットのサポートがあれば魔導師相手にはかなり強力な兵団と化す。
だが、それでも六課に対して攻撃を行う場合絶対とは言い切れない。
なぜなら、魔導師ではない戦闘の専門家も多いからだ。
しかし、戦争を止めるため彼らの多くは出払ってしまった。
そう、今ならば攻め落とすのも難しくはないかもしれない。
元々、本当に戦争を起こす必要はないのだ、究極的には6課をしばらく行動不能に追い込めればいい。
だから、クアットロも今回の事に残る人員を全員まわすことを否定しなかったのだろう。
そう、セインは考えているが、どこかまだ引っかかりを覚えていることも確かだった。
「アタシ達の目標は機動六課の壊滅……だけど、優先目標としてチンク姉の救出を行う」
「相手の戦力はどのくらいっスかね?」
「有力な敵対戦力として残っているのは、テンカワ・アキト、闇の書、ラピス・ラズリの3人。
警戒戦力として行方が知れないリニス、そして戦闘力は低いが回復要員として警戒すべきなのが書の守護者の一人シャマル。
こんなところね」
「それに、まだパワードスーツが2個小隊残ってるんじゃ……」
「そちらは手を打った。陽動が今頃動いているはず」
「へっ、どっちにしろ全部叩いて壊すだけだ」
そう、今機動六課には陽動のため周辺地域にガジェットによる波状攻撃が行われている。
そのため、既にパワードスーツ小隊はほぼ出払っていると言ってよかった。
六課の人員も警戒はしているかもしれないが、もう人手が限界にきているはずだ。
恐らく、彼らが戦争を止めて戻ってくるまで半日ほど。
その間に襲撃を終わらせてしまわねばならない。
「作戦は分かっている?」
「ああ、潜航できるセイン以外は2マンセルだろ、分かってるよ」
「そそ、アタシが潜航しながら偵察するから、ノーヴェとウエンディが突撃回収、ディエチが陽動砲撃、護衛にセッテという配置でね」
「じゃあ、さっさと行こうぜ!」
「ちょ! ノーヴェ待つっす!」
「それでは、我々も行きます」
「うん」
「いってらっしゃい、って、あたしが偵察なんだから一番前じゃないとだめじゃん!」
彼女らもまたガジェットを引き連れてそれぞれの配置へと向かう。
彼女らはチンクを助けるというのが目的といってよかった、六課の壊滅はそのついでといっていい。
だが、手を抜くつもりはない。
なぜなら他に3人が捕まったという事を既に彼女らは知っているから。
ここで、六課を壊滅しておかなければ後々他の3人を助けに向かう時に困る。
そんな理由ではあったが、姉妹は一致団結していた。
その事が既にある意味スカリエッティ等の考えを超えたものになっているのも事実だった。
「主アキト!」
牢屋にリインフォースが駆け込んでくる。
理由はおおよそ知れていた、恐らく相手が食いついてきたのだろう。
俺は心のどこかでにやりとしているのを抑えられなかった。
なぜならここに襲撃があるという事は、奴らが戦争を起こす事に本気ではなかったという証だからだ。
「事が起こったようだな」
「はい、既にガジェットが周辺地域で暴れまわり、パワードスーツ小隊は出払っていますので戦力が不足しています」
「ここに襲撃してきた数は?」
「確認されているだけで4人の戦闘機人とガジェットが50。
迎撃はラピス開発室長が行っていますが後の人員は非戦闘員ばかりですので」
「確かにな、しかし、今切り札を切ってしまうわけにもいかないだろう。リインフォース、迎撃頼めるか?」
「了解しました」
言うが早いかリインフォースは出撃していく、魔力が封じられると言ってもAMFはSランク以上の魔導師を縛ることはできない。
多少多めに魔力を使う程度だ、そういう意味でリインフォースとラピスは強い。
だから恐らくチンクの姉妹4人による襲撃だとしてもさほど心配はいらないだろう。
「お前はいかないのか?」
「ここにはお前がいるだろう? 必ず助けに来るはずだ」
「助けに? 前に我々が行った事を忘れたのか? 同じ陣営だったゼストが裏切る可能性を見越し殺しに来たのだ。
姉妹が来たとしても私を殺しに来る事はあっても助けに来る事はないさ」
「なら賭けるか?」
「……なぜそう自信を持って言える?」
「お前の話を聞いていて分かった事がある。お前は姉妹に信頼されている」
そういうと、チンクから動揺したような動きが確認できる。
恐らく、彼女自身考えていた事でもあるのだろう。
「チンク姉!」
チンクの部屋の下から誰かが出現するのを感じた。
おそらく、セイン、無機物潜航の能力を持つナンバーズの少女。
チンクはセインが出現した事にある意味では納得しながら、セインの手を取るのをためらっている。
それは、彼女の事を信頼していないからではないだろう、そう俺の事を警戒しているのだ。
俺が隣にいるのは、偶然ではないのではないかと。
そして、それは半ば間違っていない推理だった。
流石に今まで何度も彼女に煮え湯を飲まされているのだ、俺達も対策くらいは考える。
彼女の能力は無機物潜航。
ならば、対策は簡単だ。
「「ひゃあぁ!!!???」」
天井から糸こんにゃくを大量投下。
床を丸ごと糸こんにゃくまみれにする。
無機物潜航をするには、有機物が間に挟まっていてはできない。
一緒に潜入する事も出来るが、それは自分が指定した任意の物だけだ。
糸こんにゃくは恐らく隣の牢屋の床10cm以上を覆い尽くしている事だろう。
視認出来る範囲の糸こんにゃくだけ指定しても、見えない部分のこんにゃくが邪魔をする。
もしも、見えない部分まで完全に指定できるとしても、今度は1トン近い糸こんにゃくを一緒に持ち運ばないといけない。
この状況ではどちらも難しいだろう、隣の俺の部屋まで侵入してくるくらいだ感覚は推して知るべし。
俺は、時間的にもちょうどいいので牢屋をあけて隣の牢へと近づいて行った。
「ちょうど謹慎期間の終わりに来てくれて感謝している。俺は牢屋を出たが、こんにゃく風呂はどうだ?」
「にゅるにゅるして気持ち悪いわ!!」
「こんな防ぎ方ってありなのー!!?」
二人ともキャラクターが壊れていた。
まぁ女の子にこんにゃくもどうかとは思ったが、有効なのは事実だから仕方ない。
最終的には壁の間にこんにゃくの壁でも作ればいいのかもしれない。
とはいえ、そこまで大幅な工事をするくらいなら、別の場所にそういう特殊房でも作ったほうがましではあるが。
「お前の襲撃は一番確率が高かったからな。最初から対策させてもらっていたというわけだ」
「うーっ!!!」
チンクもセインも真剣な顔をしようと努力しているようだが、糸こんにゃくでぬるぬるになっている現在では様にならない。
なんというか、少し可哀そうになってきたが他にセインを封じる方法はないし、
このまま放っておいてこんにゃくをかき出して出て行かれるのも困る。
仕方ないので、人を呼んでそのまま拘束、セインには粘度が高くちぎれにくい厚手のこんにゃくスーツを着てもらうことにした。
「あうあう……こんなことになるなんて……」
「セイン……ぷっ……気にするな」
「チンク姉笑らってんじゃん!!」
こんにゃくまみれの部屋は居づらいだろうから隣に移ってもらい、捕まった割には妙に明るいセインを見る。
セインはチンクと情けない感じで会話をしていたが、俺に向き直ると真剣な表情を作る。
とはいえこんにゃくスーツではしまらないのだが。
「アタシは負けたけどあの4人は強いよ。アンタ達は今戦えるのは3人だけだ、きっとここまで来る」
「そうかな……我々もまだ本気を見せた事はなかったと思うんだがね」
俺はせいぜい厭味ったらしく応じる。
彼女らはまだラピスの全力を知らない、なぜなら彼女の全力はここでしか出せないからだ。
そして彼女らの実力が多少強力なものだとしても、数の上で優位に立っているという誤認は隙になるだろう。
俺は安心してここで推移を見守る事が出来ると考えていた。
そこは、本来戦端が開かれるはずだった宙域。
そこには、機動六課の面々が集めた伝説の三提督が揃っていた。
そして、連盟側からはカリムをはじめとする連盟首脳陣、管理局の出資国の首脳陣までがその場に集っていた。
もちろん、戦場になる可能性が残るその場にこうまで人が集ったのには意味がある。
機動六課の八神はやて、地球大使のアリサ・バニングスらが外交手腕を発揮し利権や安全保障などを使って釣り、集わせたのだ。
全体から見れば3割強でしかないが、それでも戦場になるはずの場を会談の場とするには十分であった。
「この会議が開催できたことを嬉しく思う。皆戦争を起こす事の無為を知っているという意味でとても有意義なことである」
そして、会議を進めるにあたりラルゴ・キールが開会の辞を述べ、その後分かり切っているような事を述べていく。
今回の戦争の発端となった出来事を語るまでその静寂は続いた。
しかし、発端であるテンカワ・アキトによる評議会議員の暗殺の下りに関しては、管理局側と連盟側で意見が真っ二つに割れた。
その時、クロノが進み出て事件に関する証拠物件を上げていく。
そこには、いろいろと伏せられた事情もあり完全な理論を立てる事は出来なかったが、
ただ、暗殺されたその評議員達が脳だけの存在であり、彼らの死の直接の原因が、電源を落とし生命維持装置を止めた事である事。
そのため、その後の破壊はカモフラージュであり、内部犯の可能性が非常に高い事を語った。
また、その後管理局、連盟両陣営に戦争をあおる勢力が現れた事もタイミングが良すぎるとの考えを語る。
さらに三提督からは自分たちを襲った勢力がスカリエッティの率いる犯罪集団とそれに協力するかのような両陣営の動きだったと語られた。
「つまり、スカリエッティ一味は管理局、連盟両陣営に深く食い込んでいる可能性が高いと考えます」
「それは憶測ではないかね?
そもそもだ、
我々が戦争を決意したのは連盟の新兵器の開発がテンカワ・アキトによる評議員の暗殺の時期とほぼ一致しているせいだ」
「それは連盟が設立間もない状態で管理局に食われてしまわないためだ!」
「そもそも連盟自体、テンカワ・アキトが設立に深くかかわった組織ではないか」
しかし、管理局側は自らの失点を認めようとせず、責任をなすりつけられる格好になった連盟側も怒りをあらわにする。
このまま泥沼になるかと思われたその時、もう一人の管理局の顔があらわれることとなった。
「諸君、管理局は”うみ”だけの組織ではない我ら”おか”の事も忘れないでもらいたい」
「貴様! レジアスッ!?」
「実は我らは独自に今回の管理局と連盟の不和に関し調査していた」
「貴様の意見など聞いていない!」
「静かに! レジアス中将は我ら三提督と騎士カリムの承認を得てここに来ている。
その言に口をはさむ事は、我らに敵対する事と同じと思え」
三提督は周りの国家元首や管理局、連盟の軍上層部をねめつけ、今だ現役である事を示す。
実際は多少衰えているのかもしれないが、それでも威圧感という意味ではレジアスすら超えるものがあった。
「オホン、我々が独自調査を行ったところ、今回の件、三提督が本局に戻れないように細工をした形跡があった。
その細工は今連盟の機動六課が拘束している数人のナンバーズと呼ばれるスカリエッティ一味の使う戦闘機人だった。
更には、評議員の生命維持を担当していた執行部の長と思しき女性、彼女が戦闘機人であった事もその後の追跡調査で確認している」
「それはつまり、評議員を殺したのはその戦闘機人だと?」
「その可能性が高いですな、生命維持装置に手を出せたのは本当にごく一部の人間、そしてその中には彼女も含まれています。
そして、暗殺騒ぎの後、彼女の姿を見た者はいない」
全ての状況証拠が出揃った格好だ、評議員を殺す事が出来たのが誰なのか言うまでもなく誰にもわかった。
そして、大義名分が折れた以上、管理局側からは戦争を起こすことはできない。
テンカワ・アキトの容疑が晴れたわけではないものの、現時点は話題をそらしたという程度の評価しか得られないだろう。
それがわかった管理局側は完全に黙り込んだ。
「では、両陣営の損害を算出し、賠償に移りたいと思います」
この時点で再度戦争を起こす機運はなくなった、
今管理局側から戦争を起こそうとすれば管理局の内部が真っ二つに割れて戦争どころではなくなってしまう。
連盟側のほうはまだ戦争を起こす事が出来たが、
大義名分である吹っ掛けられたというポイントがこの会議でつぶされようとしていた。
それに元々連盟側は戦力比が大きく劣っているため、現状では手出しをしたくないという穏健派もかなりいる。
その事もあり、最終的には誰も手を出す事が出来ずそのまま和平会議を終了することとなった。
もちろん、燻ぶるものは残った、しかし、全面戦争になる事を思えば被害は最小だったと考えられる。
カリムやはやて達もどうにか一息つけると安心していた……。
「さーて、これでほとんどの人員は出払い、まともな守りが残っている場所も六課内だけでしょうね。
ようやく私もうごけますわ」
「クアットロ……どこにいくの?」
「もちろん、面白い場所ですわよ♪ 貴方達にも十分に役に立ってもらいますわ」
「……ん」