「御帰還お待ち申しておりました」
それは、スカリエッティのアジト、今や残された最後のアジトでもある。
そして、過去から戻ってきたスカリエッティとホクシンを出迎えるのはウーノ一人。
不思議に思ってスカリエッティが周囲を確認するとがらんとしたアジトの内部が見て取れた。
「あれっ? ちょっと見ない間に随分さびしくなったねここも」
「はっ、既にナンバーズの大半、ルーテシア、ゼスト、プレシアクローンらは捕まるか倒されました」
「大半っていうことはまだいるのかい?」
「はい、ドゥーエとクアットロが」
ウーノはいつものように感情を排して答える。
スカリエッティはその間におおよその現状を把握していた。
恐らくは思ったより連盟にいい人材が揃っていたということだろう。
しかし、残った二人が同じ遺伝子を持つ者というのは興味深いとも考えていた。
「ドゥーエはしっかり役目を果たしてくれてるみたいだね、でも今彼女に出てこられるとまだまずい。
調整のためにも半日ほどはほしいしね」
「なぜ、あの女……いえ、イネス・フレサンジュを殺さないのです?」
「僕の感傷ってことになるのかな、彼女ほどの天才はそういない。
その才能は僕もほしかったものだからね……亡くしたくはないんだよ」
それに、彼女の死はナデシコのあるあの世界をつなぐ結果になりかねない。
彼女を生かしておいても勝手にそうなるだろうが、死ねばアキトの持つ演算装置にフィードバックされる可能性がある。
そうなれば余計に厄介だ。
今は急いで究極の生命を完成させなければならない時期だというのに。
「とりあえず、そちらは放置でいいんじゃないかな12時間後なら放しても問題なくなる」
「はぁ……」
ウーノは不思議に思っていた。
究極の生命というのがどういうものなのか、今までの彼の研究を横から眺めることの多かった彼女にはある程度分かる。
しかし、同時にそれが宇宙連合軍や統合治安維持軍を相手に出来るのか、いや更に管理局や連盟の艦隊も加わればどうなるのか。
予測すらできないというのに、この余裕は何なのだろう。
それが今彼女の持つ疑問だった。
「完成されたのですか?」
「これから完成させるのさ!」
「……」
「ホクシン、君ももっと喜んでくれよ! 君にとっても念願だろう?
主が永遠の命と何物にも侵されない強さを得るんだ!」
「ああ……そうだな」
ホクシンもスカリエッティのテンションの高さについていけていない。
というより、今だに完全に信用したわけではない。
だが、既にスカリエッティは恍惚とした表情で、主のいる培養層へと向かっている。
彼の主は運がなかった、木連に生まれなければもっと不具合いなく政治を出来たろう。
ハンディキャップを強引に優位へとすり替える手法でなんとかやってきたが、火星にも受け入れられなかった。
そのため、最終手段である戦争を仕掛けることにした、もちろん、今までの弾圧を跳ね返すためにも力が必要だった。
だから火星を手にし、採掘資源や遺跡の奪取を狙ったが、ネルガルの介入により阻止されることとなる。
地球との講和という形ではあったが、実質敗北に近い形となったため、火星の後継者として統合治安維持軍に潜伏する事3年。
しかし、日の目を見たとたんホシノ・ルリによる電子戦で無力化される。
コンピューターはほぼすべて掌握されるという圧倒的な事実に敗北を認めるしかなかった。
人為的なものもある、彼自身の傲慢が招いた事もあるかもしれない。
しかし、彼は木連において最も必要とされた存在であったのも事実だった。
彼は必要な事をし、正義を説き、皆に夢を見せる事が出来た。
そして、ホクシン自身、彼の夢に賭けた人間の一人だ。
「スカリエッティよ、もしも、閣下に何か問題が起こった場合、まず貴様から殺す」
「ああ、大丈夫だって。僕だって無駄に今まで時間をかけていたわけじゃない」
らんらんと輝くその目つきは、やはりどこか危険で、後先のことなど考えていないと感じさせた。
しかし、今は彼に頼らなければ主は生きていくこともままならないような状態にある。
地球連合宇宙軍と統合治安維持軍、木連の穏健派などに目の敵にされ、
捕まってからは拷問も多く受けており、死刑が執行される瞬間に助けたのだ。
心臓などは一時止まっていた。
しかし、今は生きている事だけは感じられる。
ただ、少しづつ何か別のものに変わって行っているようにも思えた……。
「そんな……ヴィヴィオが……」
六課の司令室、今は全員、そうヴィヴィオを除き俺の家を防衛していた子達も集まっている。
なのはは、ヴィヴィオの行方が分からなくなった事にショックを受けていた。
彼女はまだ自己防衛の手段を持たないのだ、心配で当然といえた。
「なのは……」
「……ごめん、今は取り戻すための相談だもんね……」
「そうだ、残り少なくなった彼女らはなりふり構わなくなっているようだ」
「でも、あれほどの犠牲を出してまで取りに来たんや、何かヴィヴィオにさせたいんと違うかな?」
「そうなるだろうな……ある意味で命は安心と考えてもいいだろう」
絶対とは言い切れないが、ヴィヴィオの命を心配する事は当然としても、今は情報を集めて動かねばならない。
心を不安で満たしていては何もできなくなるだろう。
今までの情報や、ナンバーズから得られたものを総合し数時間かけてアジトの位置情報を絞り込み、
ようやく出撃という段になって2つの情報がもたらされた。
「今届いた報告によると、ミッドチルダの遺跡の一つである、聖王のゆりかごが動き出しているそうや」
「こちらはリニスさんからの報告です。管理局の中枢にいた女が見つかったそうです」
「……それぞれ詳しく聞かせてもらう」
「まずはうちからやね、聖王のゆりかごは300年前、聖王が使っていた質量兵器の親玉らしいわ。
その起動には聖王の遺伝子が必要っていう話やね……」
「つまり……」
「憶測の域を出えへんけど、アレにはヴィヴィオが乗り込まされている可能性が高いと思う、理由は……」
「うん、分かってるよ」
「もう一つの情報は急ぐものでも……ん?」
「現場の写真です」
「まさか……イネス?」
「イネスだね」
リニスから転送されてきた映像に映っているのは見知らぬ金髪の女と、
その横で不満そうな顔をしているイネス・フレサンジュだった。
これで隊を3つに分ける必要が出てきたようだ……。
「ラピス、すまんが行ってくれるか?」
「アジトへはアキトが乗り込むつもり?」
「まぁな……」
「アキトさん……」
すずかが心配そうに見ている、ラピスはどちらかというと俺を責めているようだ。
フェイトもどちらかといえば心配そうに見えた。
俺はよほど信用ならないらしい……まあ仕方のない事ではあるが。
「私を連れて行ってくれませんか、義父さん」
「アキトさん、私も行きますよ」
「……そうだな、一人で乗り込むつもりは元からなかった。頼りにしている」
「はい」
「うん」
「お熱いねぇ、そんじゃ、私とヴォルケンリッターのみんなはなのはのサポートに回ります」
「よろしくお願いします」
「それじゃあ、私のところはアリシアとアルフだね」
「あのっ……! 僕達は!?」
「うん!」
エリオとキャロが参加したがっているようだ。
とはいえ、彼らを出すというのは悪いが聞けない相談だった。
だが、俺はここの守りをまかせることにした。
ここにはまだシャマルが残る事になる。
その護衛は必要だろう、唯一の回復役だからな。
「では、各般行動開始だ」
「「「「「「了解!」」」」」」
子供達は不服なようだったが、俺としてはもう意見を聞いているひまもない。
おそらく、俺の過去に決着をつけるための戦いが始まったのだから……。
「これがゆりかご……」
なのは達は、ゆりかごの見える場所まで高速輸送ヘリを飛ばしてやってきていた。
その数10、魔導師部隊の半数近くとパワードスーツ小隊一つを乗せるにはむしろ少ないが。
それでもこの数を即座に動かせたのは六課ゆえだろう、今連盟も管理局もてんやわんやでほとんど人員が動かせない。
前回の騒ぎでほとんど被害がなかったレジアスは部隊を派遣しているが地上部隊がメインではあまり効果がないようだ。
ゆりかごからは無数の無人戦闘機と思しき飛行物体が展開し、彼らの行く手を阻んでいた。
「さて、久々に全力全開いってみる?」
「うー、もう、私のセリフとらないでよー」
「まぁそんだけ軽口聞けるんやったら問題ないやろ。
突入班はパワードスーツ小隊となのは、それにヴィータに頼むわ」
「まかせとけ!」
「もうヴィータちゃんたら……でも、うん、ヴィヴィオを助けに行ってくるね」
なのは達は突入をするため陣形を組みなおす。
飛行できるパワードスーツ達は確かに有効だが、あまり長時間は飛んでいられない、ぜいぜい30分で噴射剤が切れる。
まずは露払いがひつようだった。
そして……。
「先陣を切るのは私の役目! 主はやて、行ってまいります」
「うん、シグナムがんばって」
シグナムは戦闘機をレヴァンティンで切り裂くという荒業を見せながら縦横無尽に飛び回る。
その後ろを、3人ひと組になった魔導師部隊が2人が攻撃1人が防御という布陣を敷きつつ穴を広げていく。
そして、取りこぼしや、敵の密集域にははやてが散弾のような広域魔法で殲滅をかけていった。
ほんの数分で一部隊が通るに十分な道が出来る。
なのは達は機を逃さず突入していった。
「へぇ、結構なお出迎えじゃねぇか」
「うん、あれだけ倒したのにまだいたなんて……」
そう、中にいたのはガジェットの大軍、おそらく200機以上が、それも皆新型に改装されているようだった。
それでも、あまり時間は残されていない、彼女らは途中、念話を送ってきたカリムから言われている事があった。
それは、ゆりかごを大気圏の外に出してはならないというもの、このゆりかごは300年前における最強の質量兵器であり、
その戦闘力は、大気圏の外で発揮されるという。
もちろん、二人ともそんな事をさせるつもりはない。
という事は、エンジン部とコックピットブロックで2部隊に分ける必要が出てくる。
「私がコックピットへ行く、ヴィータちゃんはエンジン部をお願い」
「けっ、娘の事になると目の色変わるな……、ちゃんと助けてくるんだぜ」
「うん!」
二人は各自6人の部下を率い別方向を目指す。
ヴィータは下層のエンジンブロックへ、なのはは上層のコックピットブロックへ。
途中何度もガジェットの軍団に襲われるが、なのはやヴィータは力技で、パワードスーツ部隊は近接戦闘で撃破していった。
ただ、途中何度も戦ったため、疲労は大きく蓄積し、特にヴィータは息も上がり始めていた。
「ちっ、流石にもう後がないってだけあって、数だけは無茶苦茶ありやがる」
『ヴィータ隊長下がっていてください、我々は魔法を使いませんので長期戦に向いています』
「へっ、半人前が一人前な口ききやがって、っていうところだが、すまねぇしばらく戦線維持頼む」
『別に倒してしまってもかまいませんよね』
「バッキャロー! そりゃ死亡フラグだ!」
『ハハハ』
『じゃあいくぜ、3マンセル2組であたる!』
『OK!』
『ヴィータ隊長はゆっくり休んでてください』
半人前だと思っていた部下達の成長を面映ゆく見守るヴィータだったが、魔力の回復は今の現状難しい。
なにせ周囲はガジェットだらけなのだ、いつも魔法的に圧迫を受けている格好になる。
せめてこの周囲のガジェットだけでも一掃しなければ回復の見込みは薄い。
エンジンブロックへの扉までもう少しだというのに。
そうヴィータが歯噛みしていた時、背後からすごい勢いでガジェットの群れに飛び込んでいく影があった。
「オぉぉぉぉぉ!!」
ヴィータが見たのは鉢巻きをし、ローラーブレードに似たデバイスを履き、
拳にはリボルバー式の魔力排出機構を持つデバイスをつけている、ボーイッシュなショートヘアの少女。
スバル・ナカジマ、一度は連盟所属の六課を見限り敵対すらした少女だ。
彼女は面白いようにガジェットを葬って行く、打撃に魔力を乗せるという単純な方法で。
「スバル……お前……」
「あはは……今度は私達レジアス中将の指揮下に入ったんです。
とはいっても空を飛べる部隊が少なくて……救援は私達しかいないんですけどね」
「……いや、心強いぜ」
ヴィータは再び立ち上がる。
魔力の回復はわずかだったが、スバルが前線に出てくれるなら、かなり負担が軽減するはずだ。
パワードスーツの隊員達の面制圧と併用すればかなりの効率を稼ぐ事が出来るだろう。
戦力の回復に伴い、ヴィータ隊の進行速度は跳ねあがった。
「そう……あそこが」
「はい、彼女の事ラピスは知っていますか?
「うん、イネスとエリナは私の母親代わりだったもの」
ラピスは神妙な顔つきでリニスに同意する。
レンズ効果の魔法を使った遠隔望遠というある意味特殊な魔法を行使しつつである。
魔法を近距離で使えば気づかれる、しかし、見張らないと相手の隙を突くのは難しい。
機械は確かに有効だが、何を仕掛けるにしても一度近づいて設置しなければならない。
それらの不便さをおおむね無力化できるのがこの魔法望遠レンズだ。
魔法だからレンズの凸部分の角度を自由にして倍率を変更できる。
魔法だから、レンズと反射鏡を飛ばして別の角度からの映像も見る事が出来る。
そう、まるで監視カメラのような事を自在にできてしまうのがこの魔法の強みだ。
ラピスが派遣されたのはこういう理由もあったりする。
「ふえ、やっぱ魔法って便利だよね」
「そのパワードスーツと変わらないぜ、実際のところ機械があれば魔法なんてそれほど必要ない気もする。
最近はアタシもいろいろ見てきたけど、魔法って本人依存が高すぎるんだよ。だから……」
「ふふ、アルフはやさしいね、フェイトも貴方がいたことで随分癒されたんじゃない?」
「はいはい、無駄口はそこまでにしなさい。今はイネス・フレサンジュ女史の救出を急ぎます。
場合によってはそのままスカリエッティ捕縛のほうに応援に向かう事もあるんですから」
「それに引き換えリニスはあんまりやさしくないわよ。猫のころはあれだけ一緒に遊んだのに……」
「わっ、私は猫だったころの記憶はありません!」
「ぶー」
全員、ふざけあってはいるものの、その実映像はきちんと把握していた。
今は同じ部屋にイネスとナンバーズの一人がいるためうかつに手を出せない。
(捕まえたナンバーズから聞き出したところドゥーエというらしい)
やるならまずイネスの救出、最低でもドゥーエから引き離す必要がある。
「何をするのが一番いいと思う?」
「順当な策としては、相手が外出するのを待つ、これはホテルなので難しいですね。
ホテル側を抱き込み包囲に協力させる、これは既にやってみたのですが……向こう側に言おうとしたので拘束しています。
そのため、既に相手側に私達の存在がばれている可能性があります」
「なるほど、ちなみに抱き込みは自分で?」
「いいえ、相手は管理局上層部を手玉に取った人物、そのまま接触するような真似はできません、
この国の上層部のコネを通じて、出来るだけその上層部と関連の薄い捜査官に頼みました」
「二重の防衛措置をしてそれでも気付かれている可能性が高い……やっぱりそういう相手なんだ」
ラピスはそれを聞いてニヤリと意地悪くほほ笑む、それは逆に単純な戦闘力は高くないという意味でもある。
戦力を持っている可能性は否定できないが、ホテル内にはさほど連れ込めてはいまい、
そうなれば向こうがどういう仕掛けで待ち受けているか、心配事はそれだけとなる。
イネスが偽物である可能性も否定できないが、逆に彼女を極秘にしてまでとらえたのはナデシコ世界の介入を嫌ってだろう。
そうなると、殺すのが一番だが殺せない事情があるはずだ。
つけこむならそこかとラピスは考える。
「スカリエッティの意思か……なるほど」
「ラピス、何かわかったの?」
「ううん、全部は……ただ、彼女らにとってあの人質がどういう価値があるのか、それが今は一番重要だと思う」
「どういう価値……ええっと、アタシらに対する嫌がらせとか?」
「それは価値じゃない、別に殺してもいいんだよ、別に人質がいるって公言したわけじゃないんだし。
わざわざ生かしておく以上、生かしておくメリットがあるはずなの。
相手は何かの作戦としてこれをやっているんだから、個人ならお金のためとか恨みとかあるだろうけどね」
「イネスとかいう人間そのものの価値ってことかい?」
「そう」
アルフはようやく思い至ったと言う感じだったが、ラピスはスカリエッティが考える事も少しはわかった。
同族という判断をしたのだ、研究者として。
あれだけ無茶をしているにもかかわらずスカリエッティは、どこか同じ研究者に対しては特別な思いがある。
例えばプレシア達と共同でプロジェクトFを行ってみたり、研究成果のフェイトに熱い視線を注いだり。
もちろん、それが自らの研究にマイナスになるなら容赦なく殺すだろう、しかし、どうもそういう研究者を生かしておきたい。
そう言う考えが透けて見える、例えばプレシアをさらった後、そのクローンを大量生産したが本人はまだ現れていない。
それはどこかに囲われているのではないか?
しかし、今までのスカリエッティの行動には一貫性があった、ならば同情や羨望等といった理由ではないだろう。
知恵者、特に研究者を生かしておくことが何かプラスになるのではないか……。
それは、ラピスに漠然とした不安を思い起こさせる。
「どちらにしろ、このままと言う訳にもいかない……何か仕掛けてみる?」
「そうですね……ですが、私たちは全員面が割れています。変身の魔法等使えばすぐにばれてしまうでしょうし……」
「確かにね、でもそこまで考えなくてもいいんじゃないかな」
「は?」
ラピスは思う、もしもあのイネス・フレサンジュであるというのなら、仕込みをしていないわけはない。
アキトとイネスとして初めて会った時はそういう事が出来る事情でもなかったが、今回は彼女自らこの世界に来たのだ。
となれば、当然何かしらの保険はかけてあるはず。
そして、イネス個人で次元移動などという御大層なものを解析できたとも思えない。
となれば考えられるサポーターは二つ、連合宇宙軍かネルガル。
しかし、既に今までの事を考えるなら答えは出ていると言っていい。
「だとすれば……動いているはず」
「何者です?」
「アキトの御師匠さんかな?」
「ああ、マスターの体捌きは独特の武術のものだとは思っていましたが」
「うん、木連式柔っていうの。アキトはまだ完全に使えるわけじゃないけど師匠は……」
ドォォォォン!!
間近で戦車砲でも発射されたのかと思うほどの衝撃が走る。
よく見ればイネスがとらわれているマンションからだ。
気付いてすぐラピス、リニス、アルフは飛行魔法で、アリシアはオラトリオの背部スラスターを吹かせて飛んでいく。
「おのれ面妖な!! 爪が伸びるにもほどがあるぞ!!」
「いや、拳一発で壁をぶちぬくほどぶっ飛ばすのも十分面妖だけどね……」
「あれはてこの原理を利用した立派な技です!」
「てこの原理くらいで人間は何十センチもあるコンクリートを貫けないわよ……」
壁に穴のあいた部屋からは先ほどまでいたイネスのほかには白い詰襟を着た長髪の青年が立っていた。
厳しい表情、というか余裕がなさそうな表情、そして古い言い回しが旧日本軍人を彷彿とさせる。
ラピスはそのコンビにふっとどこか気の抜けた笑いが起こるのを感じた。
「10年ぶりね、イネス」
「……貴方誰?」
「ラピス」
「……ッ!?(胸が別人にッ!? Cカップ……いえDはある……)」
「そんなに驚くほど変わってないと思うんだけど……」
「ラピスとな、あの妖精が……今や女神というわけか」
「そっちはまだあんまり時間がたってないみたいだね」
「お前たちが消えてからこの世界への門を作り出すまでにかかったのは2年だ」
「なるほど……」
「って、ちょっと待ってそっちでは10年たってるの!?」
「というか、私たちはこの世界に飛ばされたわけじゃないんだけどね」
「!?」
いろいろと愕然としているイネス、月臣はついていけていないようだ。
単純に順応性が高いともいえるが。
しかし、この時点で既にドゥーエはこの場には残っていなかった。
先ほどおこった壁をぶち抜いた騒ぎにまぎれさっさと逃げ出したようだ。
「そうは言っても彼女は変身能力があるようだったけど、大丈夫?」
「まぁ、大丈夫とはいかないけど、魔力波形まで変更できるわけじゃないみたいだから大丈夫」
「10年の間に魔法にずいぶんなじんだのね」
「まあね、そうだ……紹介するわ」
そうして、ラピスはイネスに細かい話を省きつつもおおよそ今まで起った事を話す。
信じられない話ばかりに思われたが、以外にもイネスは特段驚きを示したようではない。
元々感情をあらわにするタイプではない事もあるだろう。
「兎も角、詳しい話は六課に戻ってからにするわ、場合によってはネルガルや連合宇宙軍にも協力を要請するかもしれないし」
「そう……ね、でもあの山崎がそこまでやっていたなんて……」
「信じられないのも無理はないけど」
「いいえ、そうでもないわね……研究に対する姿勢は昔から狂気じみていたから。
いえ、私たち科学者というものは誰でも同じなのかもしれないけど……」
研究者につきまとう、結果と過程、結果が失敗に終わる事はよくある。
だが、過程にはいろいろな可能性が含まれることが多い。
だが、その過程を証明し別の結果を導き出すには壁がある。
資金力、時間、そして倫理観。
それら全てを無視できる人間などそういない。
スカリエッティはまさに理想の研究者である事も事実だった。
もちろん、人としては完全に壊れているが……。
そういう思いも残しつつ、イネス達は六課へと向かう事になる……。
「ヴィヴィオッ!!」
なのは隊のたどり着いた場所、そこはゆりかごのコックピットブロック。
そこには、充填される魔力にとりこまれたように見えるヴィヴィオがたゆたっていた。
なのはは思わず隊を率いている事も忘れ飛び出そうとする。
しかし、そんななのはに声がかけられた。
『あら、一足遅かったわね。その子はもう貴方を母親と認識する事はないわよ』
「どういう……意味?」
『察しが悪いですわね。洗脳という言葉は知っているかしら? まだ生まれて間もない娘ですもの、簡単にできたわよ』
「クッ!! そんなことは関係ない、私はヴィヴィオを……」
『もう遅いって言わなかったかしら、ほら御目覚めよ』
ヴィヴィオの周りに渦巻いていた巨大な魔力の奔流はすべてヴィヴィオに取り込まれ、
その勢いで彼女は最も魔力を操りやすい状態へと肉体を変化させる、そう見た目が5歳前後から17歳前後へと。
そして、戦闘機人特有のバリアジャケットを身にまとい、バトルフォームとも言うべき姿へと変貌した。
「ヴィヴィオッ! なのはママだよ。聞こえてる!?」
「なのは……なのはは……ママの……敵」
その言葉を言うヴィヴィオの冷たい目をなのはは見つめ返す。
今のヴィヴィオはなのはの事を敵と認識している、洗脳されたなら当たり前ではあるが。
しかし、それなら洗脳を解く方法もなくはない。
時間もさほどたっていないのだから魔力洗浄でどうにかなる可能性は高い。
とはいえ、ここでそれをする事は不可能に近いし、何より当の相手が許してくれまい。
となれば彼女のやる事は一つ、真剣な瞳で見つめ返すのみ。
それは彼女の決意、なのははアキトのような周りから崩していく方法を知らない。
そんな彼女に出来る事はただ一つ、全力で正面から説き伏せる。
そう、常に全力で……。
それが彼女のあり方だから……。