「ふむ……なかなかの攻撃力だった。偏在が使えなければ消えていたかな?」
ここは、スカリエッティのいたアジトとは別の次元、月のように見える空気のない星。
今そこにアキト達が止めを刺したかに見えた草壁はたたずんでいた。
しかし、彼は特別寒そうにも、空気を必要ともしていない。
それどころか、声すら出していた。
何故こう出来るのか、それを問うのは正直ばかばかしいレベルではあろう。
彼の背後で空間が揺らぎ、また人が出現する。
「多分そうでしょうねぇ、まあ、初めての実験も多いし、多少は大目に見てくれると嬉しいですが?」
「ふむ、山崎君は……おおっと、スカリエッティ君だったね、君はこのような事を考えていたのだね」
「ええ、究極の生命の探究、今も完全に終わったとは言えないですしねぇ」
「違いない」
スカリエッティは生きていた、というよりは、草壁は彼らを殺してはいない。
「己の内に世界を作り出す。永遠がないのなら作ってしまえばいいというわけか?」
「まあ、そういうことになりますねぇ。そもそも究極の生命っていう概念は神と同じですから。
僕としては神を作り出すしかなかった」
「神を……か、大それたという気がしないでもないが……」
「だから草壁閣下、貴方を選んだんですよ」
「私……か?」
「ええ、貴方の胆力と人を引き付け導く能力は神として申し分ない」
そう、草壁の本当の能力は己の内に世界を作り出す能力。
草壁はこの能力で誰ひとり殺してはいないし、皆己の内で生かしている。
限定条件付きではあるが、外に出すことも可能だった。
「貴方達はそのために研究を続けていたの?」
「やあ、プレシア。君の能力は草壁閣下の力になっているよ」
「くっ……」
「ウーノ、メガーヌはまだ寝てるのかい?」
「はい、彼女は意識を閉ざし続けています」
「ならまぁ仕方ないね。北辰」
「なるほどな……閣下如何しましょうや?」
「構わん、今はそっとしておけばいい。そのうち娘も送り込む。それよりも、まずは服か」
草壁は自身が裸である事に気づく、培養層から直接来たのだ当然ではある。
そして、人里はこの星にはない。
普通に考えれば八方ふさがりだった。
しかし……。
「服なら、再構成を行えば問題ないはずですよ」
「ふむ……」
物資なら中にある、中では何をするにも自由なのだ、服の再構成などはわけはないはずだが……。
草壁が瞬時にまとった服はほころびが出来ていた。
「なかなかうまくいかんな……」
「直前に見ていたならともかく、物事を詳細に思いだすというのは案外難しいものですよ。
でも慣れれば簡単に出来るようになるはずです。
なんなら我々の着ている服から選べばいい」
「……遠慮しておこう」
草壁には白衣を着る趣味も女装の趣味もない、多少ほころびがあろうと軍服が一番なじんだ。
どうせこのままでいるつもりはない、軍服くらい人のいる場所に行けばいくらでも用立てられる。
それまでに無機物も世界に取り込めるようになっていれば、自らの宇宙と永遠の理想郷を実現する事も可能だ。
「そのために私は悪となる事も辞さぬ」
「そうでなくちゃね、あっ、偵察にいってる北辰君が何か見つけたようだねぇ」
「では行ってみるか……」
草壁はこのいびつな状況から、己の正義をもう一度やり直せるという事に少しだけ高揚していた。
同時にしたってくれた民がほとんどいない現状は憂えてもいた。
いずれは元の世界へ行き、木連の民を救うと、そう考えることで憂いを沈め、先を急ぐことにする。
「草壁閣下、貴方の夢はかなうさ、そのために貴方を究極の生命にしたのだから」
「そう……だな」
草壁は己の内心を読まれたことに少し動揺するも、
己の世界の住人である以上、己の影響を受けるのは当然なのだろうと考えてもいた。
うかつに精神を浮き沈みさせるのは内世界において危険だという事を認識し、目的地へとやってくる。
彼は歩いたと言っても普通に歩幅を進んできたわけではない、歩を進めるごとに内世界を展開し、内世界の幅をゼロにする。
結果内世界の規模と同じだけテレポートのように移動出来た。
内世界の規模が100mほどの今、草壁春樹は一歩の歩幅が100m前後ということになる。
「まだまだではあるが……さて、足とはなんだろうな……」
そう呟いていると、北辰がようやく見えてきた。
どうやらドラゴン似の現住生物と戦っているようだ、足に使えるのかどうかは微妙なところだが。
宇宙空間で呼吸もなしにあれだけ動ける現住生物は取り込む価値は十分にありそうだった。
「ふむ……とりあえずはアレを取り込むか」
「そう急ぐ事はないですよ。今はゆっくり北辰君の手腕を信じて待ちましょう。
今はまだ貴方を信頼しているか、もしくは生命力が極端に低下した存在くらいしか取り込めないんですから。
もう少し世界の成長を待つ事も必要ですよ」
「ふむ、そうしたものか……」
草壁は己と同化したという世界というものを、まだ全て理解したというわけではない。
その点、真っ先に取り込まれてくれたスカリエッティは役に立っている。
ただ同時に、スカリエッティはまだ実験を続けているという事なのかもしれない。
今回は自分を含めたこの世界が研究対象なのだろう、だからこそ、奴は場合によっては自分すら切り捨てるかもしれない。
草壁はスカリエッティの切り札が何か、想像を巡らせる事を怠ってはいなかった。
もっとも、草壁にとって信頼できる人間とそうでない人間を見分け、
そして信頼できない人間をどう使うのがいいのか、その辺りまで計算しているのだが。
チームワークや考え方というのは、その都度揃えていけばいいというのが草壁のやり方でもあった……。
「なぜなにナデシコ、ミッドチルダ出張版はじまるよ〜」
「……」
六課の庁舎に戻ってきた俺は、まず最初に見た事のあるベニヤ板の背景材になぜなにナデシコという文字を見つけずっこけた。
そして、なんとか体勢を立て直すと、
そこにはお姉さんの格好をしたルーテシアとうさぎのキグルミを着せられたゼストが立っていた。
ああ……そういえばあの人が来ていたんだっけと、理解し俺は視線を横に流す。
そこには説明お……お姉さんこと、イネス・フレサンジュ……。
ラピスは横で遠い目をしているし、他の面子も往々にして疲れた顔をしていた。
「アキトさん……これは……一体どういう事なんでしょう?」
「ああ……イネスはなんというか、他人に自分の理論を聞かせるのが好きなんだ……」
「ええっと、義父さんの知り合いって変わった趣味してるんだね……」
すずかとフェイトもちょっとうつろな目をしていた。
別方向から帰ってきたなのはとヴィヴィオは何が始まるのか少し期待している感じだが。
逆にはやては突っ込みたくてうずうずしていたが、関わるのはまずいという空気を察したのか
キュールシュランクが口元にへばりつき、ヴォルケンリッターが総出で取り押さえている。
多分、はやてみたいなタイプは、内容に突っ込み>内容について説明>矛盾点を突っ込み>更に説明のループが発生するだろう。
本人はいいかもしれないが、付き合わされる周りはたまったものじゃない。
「さて、説明をする前に前口上をさせてもらうわね、一つ目、私達が何故、どうやって異次元へ移動したのか」
「ああ、それは俺も知りたいと思っていた」
「貴方達が消えたという報告が入った後、貴方達がいた宙域は徹底的に捜査されたわ。
連合宇宙軍も、ネルガルも貴方には借りがあったし、
それに貴方達が消えた理由に演算装置が関わっている可能性があったから」
「確かに、実際その通りだったわけだが」
「そうして調べ上げた結果分かった事は2つ、どちらも山崎の研究報告書だった」
「奴が証拠を残した?」
少し考え辛い話だった、奴は秘密裏に動く事は得意そうだった、
実際火星の後継者事件でも、またこちらでの事件でも、事件が起こるまで奴の存在が知られる事はまずなかった。
既に知名度はあるにもかかわらずだ。
「一応、火星の後継者も大組織だったから、一枚岩ではなかったという事よ。
それらの資料に書かれていたのは、先進波からの乗り換え事故についての報告。
つまり、ボソンジャンプの失敗で異世界へと飛んで行った場合について」
「……何故?」
「多分だけど、彼は行きたいところがあったんじゃない?
それに今は私達の行動原理を話しているのであって、彼の事を話しているのではないわよ?」
「そうだな……すまない」
「分かればよろしい、そして2つ目の研究は強化兵士試案について」
「……戦闘機人か」
「資料を突き合わせてみないとわからないけど、こちらで使っていたという強化兵士と同じという訳ではないでしょうね。
実験をするために来ていたのだろうから」
「……そうなると」
「アキト君、そんなに詳しい話を聞きたい?」
「いえ……結構です」
あまりに突っ込みを入れすぎたのでイネスに嫌われたらしい。
おとなしく口をつぐんで説明を待った。
「その強化兵士試案に書かれていたのは、所謂戦闘強化というよりは不死の兵士。演算ユニットを利用し、
ボソンに変換した人間の情報をコピーし保存しておくというもの。
つまり、ボソンの情報が保存されていれば何度でも兵士は復活し、何度でも戦う事が出来る。
それどころか、同じ人間を大量に運用する事すら可能よ。
それも、クローンなんか比べ物にならないわ、記憶も経験も皆持ったまま保存されるのだから」
「それは……」
確かに、そんなものが実用化していたら戦局はひっくり返っていただろう。
彼らにとって最大の問題点はボソンジャンプの失敗による損耗、
だから人間翻訳機であるユリカを使って精度を高め、
その上でもジャンプ用に遺伝子改造した一部の人間だけしか送り込まなかった。
しかし、もし送り込まれた人間の数が数十人などというものではなく、数万人単位だったら……。
聞くまでもない、政府の重要施設は軒並み破壊、もしくは乗っ取られていただろう。
「私はその事を政府に話し、連合宇宙軍とネルガルの協力を取り付け、異世界へ逃げたスカリエッティを追うことにした」
「なるほど」
人間の情報を保存し、運用……俺がリニスやリインフォース、ゼストらを蘇らせられたのもその応用なのだろう。
禁断の技術の一つなのだと思えばやはりうすら寒いものがある。
イネスが来た理由、実際危険度は確かにS級だ、しかし、同時に自分たちの世界に直接かかわりがないなら彼らが動くのか……。
「もちろん、元ナデシコクルーのバックアップもあったからだけど。
特にミスマル・ユリカ、っと本人はテンカ・ワユリカを名乗っていたわね。
後、ホシノ・ルリも目を血走らせていたわね」
「ルリちゃんがか?」
「本人に会えば分かるわよ」
「……」
のほほんとしたユリカとある種クールなルリちゃんが目を血走らせて……想像できん。
しかし、俺がそんな事を考えていると周囲の温度が下がったのが分かる。
皆表情は変えていないが、圧迫感が増している、殺気まで出しているのもいて少し引いた。
「アキトさん、そういえば現地に元妻がいるんですよね、10年以上前ですけど」
「アキト、まだ元の世界に未練があったんだ……」
「義父さん、そういうの初耳なんだけど」
「へぇ、おもしろそうやね。どんな人がおるの?」
「私も興味あります。マスターがどんなただれた日々を送っていたのか」
「わっ、私は主アキトが結婚していようと関係ないですが……」
「……いやあのな……」
周囲の圧力が固形化しそうだった。
特に、すずかとフェイト、リニスの視線は痛い……。
言われるまでもない、俺が悪いのだが……断るならもっと早く断っておくべきだったのだ。
ずるずる先延ばしにしていたつけが回ってきたということだろう。
「あの、面白いけど、私の説明を中断しないでくれる? それとも24時間耐久で聞く?」
「うぐ……」
「どっ、どうぞ進めてください……」
「そっ、そうですね、今話す事じゃないですよね……」
「分かればよろしい、アキト君も後で実験台になってもらうからよろしくね?」
「……はい」
ある意味助かったのだが、その後の事を考えると憂鬱だ。
その後、説明の前フリというのは30分ほど続いた。
ようは2年間かけてスカリエッティの研究を進めてボソンジャンプをしてこちらに来たというもの。
「でもなぜアキトさんが来て10年たった今になったんですか?」
「その理由は簡単よ。それぞれの世界の時間の流れが違うから。
いえ、それも正確ではないわね。ボソンジャンプと魔法による異世界転移もまた時間の流れ方が違うのよ」
「はぁ……」
「よろしい、ルーテシアお姉さん、説明をしてあげなさい」
「はい」
すると先ほどまで前口上ということで引っこんでいたルーテシアが中央部の書割り前に出てきて、それに合わせて例の音楽が鳴る。
そして、ルーテシアとゼストがどっかーんとか言いながら多分イネスの振り付け通り動いていた。
「おねえさんおねえさん」
「何かなうさぎ」
「せめてくんをつけてくれ……」
「何かなうさぎくん」
「何故魔法による転移とボソンジャンプによる転移では時差ができてしまうの?」
「うさぎくんいいところにきづいたね」
ルーテシアの某読みっぷりはなぜ何ナデシコ第一回のルリちゃん以上だった。
何のかんのいっても、ルリちゃんは説明する気があったんだなぁ、と今頃思う。
「魔法による転移は、時間を補正しながら飛ぶの、だから時間が経過していても、
世界への突入時間を少し巻きもどして誤差を修正するから長期間別の世界にいない限りは時差は発生しない。
でも、ボソンジャンプは違う、あらゆる情報をボソン化し、
先進波に乗せて過去へと飛ばす技術であるボソンジャンプは当然一度過去へと向かう。
そして、分岐点を見つけて同じだけ時間をまきもどすの。もしそこで時間の流れにずれがあればどうなると思う?」
「うーん、僕ウサギだからわからないや」
顔を真っ赤にしながら頑張るゼストを見て、ああ多分説明を免除でもしてもらったんだろうなと思った。
ある種の拷問だからな、理解できない説明をずっと聞き続けるというのは……。
俺が聞いた時は、分かりやすいんだが、根本が分からないという凄まじさだった……。
「あくまで管理世界全体が一つの並行世界であるという前提での話になるけど、
並行分岐する前まで一度さかのぼり、並行分岐した後同じだけ年数を戻したとする。
でも、時間の流れが一定ではないのは相対性理論で証明されているから、もしそのずれが起きるとどうなるのか。
例えば100万年前に分岐した世界で一年に1秒時間がずれていたとすると、100万年で100万秒、
277.77日ずれることになる。
もし1年に10秒以上ずれていたり、もっと昔に分岐点がある場合、もっと誤差は大きくなる。
この理屈で言うと、ボソンジャンプによる世界移動は常に時間がずれるという事になる」
「……」
「よく覚えたな……」
「ルーテシアの記憶力はすさまじいぞ……」
俺が感心していると、やることのなくなったゼストが俺の横に並んで言った。
しかしなるほど、確かにボソンジャンプは時間移動だ、その上そういった誤差は当然起こりうる話でもある。
だがイネスはそこまで分かっていながらこの世界に来たのだろうか?
「まぁ、私もおにいちゃんに会いたかったからね……」
「!?」
あっ、やばい、また空気が凍りついた。
「あの……失礼ですが、今のその姿からすると10年前は貴方のほうがかなり年上だったのでは?」
「ッ!! そうね、だけど最初に会った時は彼が18で私は7歳だったのよ。
ボソンジャンプの事故で20年前に飛ばされてなければ今頃……」
「うふふふ、マスター。小じわ取り買いにいっていいですか?」
「小じわ言うな!!」
その後また羽陽曲折あって、彼女が来た目的はスカリエッティに不死の兵士の研究をやめさせることだったという事が分かった。
理由の最大は、それが作られることで世界そのものにダメージが行く可能性がある事。
死んだ人間が生き返るのも問題だが、同じ存在が複数存在するのは世界に深刻な影響を及ぼしかねないとか。
そして何より、並行世界というのは根っこでつながっているため、
一つの世界が崩壊すれば連鎖的に周囲にも被害が飛び散ってしまう。
これは俺が元いた世界でも無視を決め込むには大きすぎる課題だった。
「そしてなにより、研究が完成したと彼が言ったのなら、
当然その能力は究極の生命とやらにも付加されているはずだという事」
「もしそうなら、奴は既に別の次元にわたった可能性が高いな……」
「ええ、もしかしたら……既に人の手に負えるものではなくなっているかも知れない……」
あの時でさえ、草壁は北辰とスカリエッティを吸収していた。
あそこに囚われていたのが一体何人なのか、少なくともプレシアとメガーヌはいたはずだ。
しかし、その後の捜索では見つかっていない。
「そして、今の状況がある以上、私のする事は、この世界にナデシコ艦隊を呼びこむこと」
「ナデシコ艦隊?」
「ナデシコB級を主力とする8000隻からなる大艦隊、その目的は草壁春樹の殲滅」
「……本気なのか?」
「ええ、複数の次元に混乱を巻き起こす可能性が高いと思うわ、でも……。野放しにするよりはましであるはず」
それは確かにすさまじいまでの干渉だ、少なくとも管理局には喧嘩を売ることになる。
そうならないよう出来るだけ手を打っておきたいが、時間がどれくらいあるのかわからない。
ならば、と会議を解散し、一度関係各局へ連絡をまわしておく。
それぞれ前代未聞名話に驚いていたが、俺の事もあるのでなんとなく了解を得る事が出来た。
しかし、速度という意味では向こうもまたかなりの速さで会ったのは事実だろう。
「とっ、とととっ! 義父さん!!」
「どうしたアリシア?」
「兎も角、これみて!!」
「ん?」
魔法TVに何かが映っていた、いや、よく見知った顔だ。
あれは……草壁……。
奴はどこかの町にいるようだった、そして、その町には動く人が見当たらなかった……。
『マイクテストは終了だ、さて諸君、私の名は草壁春樹、神である』
「神だと……」
『私は今この世界、君達がミッドチルダと呼ぶ分岐世界の一つにいる。
しかし、君達の何と愚かなることか、自らの世界には飽き足らず、他の世界まで管理しようなどとは。
それはまさに神の所業、私の分野である、よって君達に宣戦を布告しよう。
私から君達に通告するのは君達の持つすべての権限の引き渡し、及び君達が私の指揮下に入る事。
それが認められないなら、私が全て滅ぼすことになるだろう』
「無茶苦茶な……」
「そうね……もし、管理局中枢に何万人という北辰が現れたら……そういうこともありうるでしょう」
ちょっと、いや、かなり考えたくない想像だな……。
だがしかし起こりうると考えなくてはならないという事か。
『君たちにも分かりやすく私の力を示すために、私の世界から星を一つ召喚した』
「え?」
「あれはいったい……」
草壁のビジョンの上のほうに何か影が差した。
その巨大さは、街そのものが陰に隠れてしまうほどだ。
それが徐々に近づいてくるのが分かる。
草壁は突然背景を置き去りにして転移する、そう、星の上空へ。
そして大気圏外からみるその星には巨大な隕石が落下していった。
一瞬で大きなきのこ雲が発生し、雲が世界中を覆い尽くす。
おそらく、その星ではもう100年は人が住めないだろう。
『まだまだ私は本調子とはいえないのだが、それでもこの程度の事が出来る力がある。
艦隊を差し向けても無駄だよ、私の星龍部隊がお相手することになるだろう』
そう、草壁が立つ場所は龍の背中、そして、その龍は周辺に雲霞のごとく存在していた。
恐らく万は下らないだろう。
一体30m超の巨体がひしめき合っている姿は、宇宙であるにもかかわらず赤い鱗が光を反射して黄昏時のようだった。
それらは、星に向かってレーザーブレスを放つ、一万もの攻撃にさらされ星は形すら変えてしまった。
『もしも、DF等を持って防ごうとしても無駄だ、これらは熱線兵器でも光学兵器でもないからね』
それは、ぞっとしない宣戦布告だった。
このままでは、管理局が草壁に乗っ取られるのも時間の問題になる。
アルカンシェルによる攻撃があったとしても、あの時のように別の次元へ逃げられてはかなわない。
被害ばかりが拡大するだけだ。
「しかし、草壁はなぜ突然宣戦布告なんて……」
「それは、恐らく彼の言う世界のためね」
「世界?」
「彼の世界は規模を増やすために人がいるという事ではないかしら?」
「???」
「世界というのは、つまり以前に云ったボソンになった情報を保存しておく場所。
あの星だって、ボソンをフェルミオンにして物質化したものでしょう。あの龍達もそうであるはず」
「ならば奴の目的は、そのボソン貯蔵所の増築だと?」
「まだ情報が足りないからはっきりした事は言えないわ、でも……」
「確かに、私もそう考えるのが妥当だと思う」
突然、会話にラピスが入ってきた、ラピスは視線で俺に促している。
なるほど確かに、それ以外に手があるとも思えない。
最も焼け石に水である可能性は否定できないが。
「わかった、はやて、いいか?」
「うん、私はかまわんよ」
「ならば頼む、六課は緊急コードNを発令、全員対ショック防御」
「はい、コードN発令、対ショック防御シートが近くにない場合は出来るだけ姿勢を低くしてください」
「オモイカネY、モードチェンジセーフティ解除」
『問題なし』
「コードN発動」
ラピスの声とともに、六課の庁舎などが全て地下へと沈みこんでいく。
そして、その上から魔法コーティングされたシェルターが5層張り巡らされる。
その後、六課の庁舎があった土地は2つに割れてその地下をあらわにした。
そこから徐々に上昇してくるのは、全長500mを超える、大型ナデシコ級戦艦、ナデシコY。
ラピスとオモイカネYによって制御される、対管理局用の決戦兵器であった。
本来は、管理局に対する外交カードの意味合いが強いものであったが、とうとうそれが日の目を見る時が来たという事だ。
このナデシコY、ラピスと月村重工の思いつく限りの極限性能を積みこまれている。
まず、小型の訪問に至るまで全て重力加速砲である。
グラビティブラストは小型が前面に4門、左右に一門ずつ、上下に一門づつの系8門。
それぞれが旋回砲塔式であるため、使い勝手がいい。
大型のグラビティブラストはフィギュアヘッド部分の下に取り付けられている。
この砲門と、前部4門のグラビティブラストを合わせることで、相転移砲すら再現可能だ。
こと、単純攻撃においてはこの艦より上の艦はまだ元いた世界でも出来ているかどうかわからない。
もちろん、ナデシコCのような電子線装備はないため、ルリちゃんと戦う事になったら厳しいかもしれないが。
今回の相手は別に彼女ではないので問題ないだろう。
「こちらのほうもマーカーは出しておいたわ、後数時間ほどで衛星軌道上辺りに門が開くはずよ」
「了解した」
イネスが返事をしてくれた。
まあ、魔法で門を開くという手もなくはないが10年もたっているといろいろと不都合があるかもしれない。
なのでイネスがいた時代から来てもらう事になっていた。
後は、連盟の艦隊を集結させるだけだが、それはそれで難航しそうに見えた。
「まあその辺は後回しでもいい、今は集結を急がせよう」
決戦の時は刻一刻と近づいているのだから……。