「十年か……長いようで短い時間だったな……」
「……え?」
ここで俺が選択するという事は明確にこの世界の住人であることを肯定するという意味がある。
もちろん、彼女の事が一番であると認める事でもあるが。
今までの事がフラッシュバックする、思えば彼女に拾われなければ今の俺はなかった。
彼女の優しさのおかげで生きていられる、今までの事は恩返しでもあった。
ただ、彼女の気持ちには答える事が出来なかった。
ユリカに対する思いがまだあったし、小さな子供相手にという思いもあった。
また、彼女が大人になって別の男を好きになる可能性も高かった。
しかし、彼女は10年思い続けてくれた。
最近はちょっと嫉妬心が見え隠れしている気がするが、それは思いの裏返しでもあるだろう。
そんな彼女に俺が答える答えは決まっていた。
「目を閉じてくれるか……」
「はい……」
俺は、皆の前である事を意識しつつも、すずかの唇に口づけをした。
それはいろいろな意味での宣言であったろう、だからこそ、誰も割り込はしなかった。
俺はそのまま、ナデシコYのハンガーデッキを下り、宇宙へと直接飛び出す。
格好つけてはいるが、ようは恥ずかしいから逃げ出しただけともいえた……。
「……」
すずかは硬直していた、アキトは確かに素敵な人ではあったが、はっきりと意思表示をした事は今までなかった。
キスなどする事があっても、自分から進んでするほど行動的ではなかった。
いや、話を聞くに昔はそうだったらしい(TV版ナデシコ序盤参照)だが、いろいろな事があって臆病になっていたのだ。
それを振り払って、すずかに対し、意思表示をしてくれた、その事が純粋にうれしく、また混乱していた。
「もっていかれちゃった……」
「フェイトちゃん……。仕方ないよ。ね?」
「10年なのは私も同じなのに……」
「じゃあさ、10年分の新しい恋を……」
「ううん! このくらいであきらめない……私だってあのくらい……」
「……そういえば、フェイトちゃんってわりと……」
「あはは、姉として将来が心配だよ……」
横では何か不穏な空気が漂いだしている、よく見れば更に別の場所でも同じような事が起こっていた。
「アキトさん……」
「……やっぱりこのままじゃ駄目かぁ」
「ユリカさん、えらくあっさりしてますね?」
「え?」
「いえ、アキトさんが明確な意思表示をしたというのに」
「うん、そうだね……昔の私達はいらないって断られちゃった」
「え?」
「分かってはいたんだ、私が王子様とか言っていたの、アキトには重荷になってるんじゃないかって。
でもね、アキトはすべて応えてくれたから。つい甘えちゃってね……」
「ええまあ、そんな感じだったとは思いますけど」
「でもこれからは、新しい私として最初から関係を作り直すよ!」
「……は?」
「もう一度恋人になって、結婚してみせる!」
「……凄いポジティブシンキングですね……でもそれなら、私も関係はフィフティフィフティですよ?」
「え?」
「私がとってしまっても恨まないでくださいねと言ったんです」
「なぁ!? ルっ、ルリちゃんも参戦するの!?」
「この中では一番若いらしいですしね」
「ひきょう者ー!!!」
「狙い通りというわけだね」
「ラピス?」
「私もいつかこういう風にアキトが吹っ切れるときが来るって思ってた。
私がそれを出来なかったのは残念だけど……」
「それはつまり……」
「当然、私はアキトのものだし、アキトは私の物」
「……いいでしょう、初代MCの力見せてあげます!」
「魔導師でもある私にかなうとでも?」
「ぐぐぐ!!」
「ぎぎぎ!!」
兎も角、明確な意思表示があったわりには、アキトを諦める者は少なかった。
どこかでまだ、完全に決め切れていない雰囲気があったからかもしれない。
しかし、すずかはそれでも納得していた。
それだけの魅力のある人だから、世界を任せられる。
自分が好きになった人だからたくさんの人たちに愛されている。
それは間違いではない気がしたから……。
最終的に結婚するのは自分だという自負もあったりするが。
「ふう、どうにもああいう雰囲気は苦手だ……」
『でもいい加減耐性をつけないとだめですよ?』
「リニスか……そう言わないでくれ。俺は恋愛事はあまり得意じゃないんだ」
『はぁ、へたれなマスターですね。でもそんなマスターでも。私は最後までお供しますよ』
『主アキト、私も最後まで力を尽くそう、主のためにも、世界を破壊されてはたまらない』
「そうだな……」
『まあ、私は最後までお供することを決めています。たとえ全てが朽ち果てたとしても』
『それは同感だ、主アキト、貴方が生かす限り私も永遠にお供する』
「リインフォース……」
『俺は正直よくわからないが、せめてルーテシアが嫁に行くまでは生きていたいな』
「ゼスト……そうだな、そのためにもまずは……」
一度心の中で皆にうなづき、ボソンジャンプでミッドチルダ中央部の上空まで跳ぶ。
そこは、既に混沌とした世界となっていた。
管理局の艦隊、ドラゴン等が上空に雲のようにひしめき合っている。
倒されたという地上本部の建物すら覆われて全く見えない。
ざっと見て、艦隊が10万隻、ドラゴンも相応の数がいるだろう。
「あれと正面衝突というのはゾッとしない話だな」
『でも今はあまり大技を繰り出さないほうがいいですよ。相手は何度も復活するようなタイプですし』
『それに関しては任せて』
「ん?」
ラピスから念話が届いた。
あの時は皆混乱していたと思ったが、即座に場の雰囲気を元に戻したのだとすればラピスはなかなか強いな。
『ナデシコ艦隊によるグラビティブラストの一斉射撃を行います。
アキトさんはそのポイントから動かないでください。動けば当たりますよ』
「ルリちゃん?」
『私にも少し魔導師の才能があったみたいです。5秒後に行きます。4・3・2・1』
言い終わると同時に、真っ黒な光がしたに向かって凄まじい密度でたたきつけられた。
敵艦隊はあっという間に蒸発、艦隊の真ん中に大穴をあけていた。
『もう一回行きますか?』
「いや、十分だ。どっちみちすぐに回復するだろうしな……」
実際、恐らく数千隻単位で吹き飛んだはずの艦隊はすぐさま埋まって行く。
だが、俺にはそれで十分だった、視認された場所へすぐさまボソンジャンプで到達する。
今の俺は、イメージサポートをリニスから受ける形で、距離によるボソンジャンプ制御の甘さを克服していた。
『ちょっと待って、今そこに送るから』
「送る?」
『アタシが何度も実験に付き合ってやってたんだから感謝しろよな!』
「ヴィータ、そうかサレナユニットか」
『ご名答、これが今私に出来る全て、負けないでアキト』
「ああ、ラピスの期待に答えよう!」
空中に出現した黒い四角の箱。
俺が手に取ると、パーツが展開し、肩当て、胸鎧、手甲、足甲となって体を覆う。
肩当てにはサレナのマークが赤く彩られている。
「行くか」
俺はサレナユニットの性能を使い重力を生み出す。
そして、ディストーションフィールドで周囲を覆いそのまま、敵陣に突っ込んでいった。
ナデシコ艦隊の砲撃により敵の数が一時的にしろ減った事で殲滅しながらの突撃は割とあっさり成功した。
「さて、来てやったぞ草壁……」
そう、現在地は草壁が破壊したという、地上本部上空。
草壁は、その破壊されたビルの頂上にたたずんでいた。
「なかなか早く来たな、少年……というには少々とうがたっているかな?」
「今さら少年もないが、どうでもいい話だ」
草壁と俺はほんの数百メートルほどを開けて空中で対峙していた。
今の俺にとって、奴はこの世界を壊す存在でしかない、いろいろと因縁深いとはいえ、それ以上は考えない事にしている。
しかし、草壁は違ったようだ。
「まあそういうな、君が負ければここを中心とした並行世界は終焉を迎え、新たに私の世界が生まれおちる。
君は私を阻む最後の存在だ、それだけに話しておきたい事もある」
「……勝手にいえばいい、俺はお前を倒すだけだ」
俺はそう言いながら既に用意していたいくつかの呪文を打ち放つ。
詠唱はリインフォースとリニスに任せていたため俺は集中していなかったという事もある。
魔法は、強大な電磁場を起こし、奴を中心として転移などを不可能にするいわゆる結界である。
もちろん、普通の人間なら中に入っただけで消滅する程度には強力だ。
いわば、強大な電子レンジだといってもいいだろう。
しかし、それをくらっても草壁は平然としていた。
更には言葉を続けようとする。
「古代火星の話だ。それともアルハザードと言ったほうがいいかね?
私や君の使っているシステムは全てそこを原産としたものだ」
「……」
「君がユニットと同化しても平気な理由はわかるかね?
ユリカ嬢は取り込まれただけだったのにもかかわらず」
俺はその言葉も無視し、次の攻撃、ナデシコYのエンジンから重力子をそのままボソンジャンプさせて、草壁にたたきつける。
周辺は一気に蒸発し、クレーターを残すのみとなったが、草壁自身はまるで傷ついていない。
「君が正真正銘古代火星の王子だからだよ。それゆえ、君以上にそれに対し親和性の高い人間はいない」
「何が言いたい?」
「ユリカ嬢と君の結婚、最初から仕組まれていた事だと言ったらどうするね?」
「……ありえない」
「いや、幼稚園のころから既に彼女は君を王子様と呼んでいたのだろう?」
「……」
なぜ草壁がそこまで知っている、いや、ユニットにある俺の情報が漏れている?
だがそんな事はどうだっていい、俺に出来る事はまだ終わっていない。
今まで見たところ、奴の攻撃無力化は奴のいう世界をこの世界と同調させて、俺の攻撃を無効化ないし、吸収しているのだ。
ならば、近接戦闘に持ち込み、奴が世界を現出させても無効化できないほどの距離でたたき込めばいい。
まだ奴を完全に沈黙させる術は見えていないが、戦闘の中で見つけるしかないだろう。
「遠距離がだめなら近接かね? むしろ望むところではあるが……。その前に、君の事を語ってしまわねばね」
草壁はそういうと、俺との間にドラゴンを複数展開した、俺はボソンジャンプで奴の下に跳ぼうとしたが、
今度は奴自身が電磁波結界を使って自らを守る。
「古代火星は深刻な危機に瀕していた、科学が発達し危険に脅かされなくなると生物というものは出生率を落とし始める。
そして、文明が発達すると人間は子育てよりも自分達の人生を謳歌する事を優先しはじめる。
結果的に壊滅的なまでに子供が減ってしまった古代火星人は一つの計略を考えた」
俺はドラゴンの体の一部をボソンジャンプさせて切り取るという少々えげつない戦法で10匹単位で殲滅していくが、
ドラゴン達は雲霞のように湧いてきて俺の行く手を阻む、対し草壁は俺に聞こえるように全方向の念話で伝え続けている。
正直イライラしてきている自分を理解していた。
「それは、未来に自分達の遺伝子や文化を残すという方法だった、そのためには未来の情報を知る必要がある。
そう、未来の情報を知るために生まれたのが、演算ユニット本来の目的なのだよ」
「くっ!!」
「未来の火星に対し、直接干渉をする事は難しい、しかし、遺伝情報をばらまき、周辺住民の思考をある程度操る事は出来る。
計画がうまくいっていたならば、火星には君とユリカ君を頭に頂く特殊な文化圏が形成されていた事だろう。
ただし、彼らが計算外だったのは、彼らのユニットに対し興味を持つ者が多くいた事だった。
そのせいでいくつもの悲劇が起こり、そして、我らも踊った」
「まさか被害者だとでもいうつもりか!!」
「否! 我らは自らの意思でそうしたまで、しかし、貴様はどうかな!?」
「……それはどういう意味だ」
俺は、ドラゴンをどんどん吹き飛ばしながら、それでも接近できない草壁にイライラを募らせていた。
結局心理戦に乗せられている事は理解していたが、それでも他に手がなかったのも事実だ。
幸いにして、俺には冷静でいる仲間が3人いる、いざという時自分が判断に迷う事はないだろう。
「流されるままにただ生きてきただけではないのかと聞いているのだ。己の意思で何か貫き通した事はあるのかとな」
「ある! 少なくとも今はそれを言うことにためらいはない」
「……フン、ならば言ってみるといい」
「確かに、俺は流されるばかりだった。この世界に来てからもそうだっただろう。
しかし、この世界に組織を作ったのは流されての事ではない。
それに、俺は俺の周りにいる人々を幸せにすることが俺の使命だと信じている!」
「だが、それをすることで不幸になるものも必ずいる、違うかね?」
「違わない、だが、全てを救うなんておこがましい事を云うつもりはない。
はっきり言おう、お前は俺が幸せに生きるために邪魔なんだよ!」
「ふっ、あの少年が言うようになったものだ、仕組まれたものである事も受け入れると言うのか」
「そんな事は関係ない、今の俺がどうしたいかという事にすぎない。
そもそもそんな自己の確立に関する話なんて20代ならともかく30代のおっさんにするもんじゃないさ」
「それもそうだな……」
口調とは裏腹に、草壁は今の反論に動揺を見せているようだった。
仕組まれている、お膳立てされている、それは確かにそうだろう今のような状況が普通に成立させられるわけがない。
俺のほうが圧倒的に不利なのは事実だが、同じボソン、フェルミオン変換を主力とする者同士がぶつかるなど。
「お話はもういいのかな?」
「そうだな、そろそろつぶれてもおらおうか」
「ッ!」
草壁は戦艦や巡洋艦などを俺に向けて突っ込ませてきた、それも脱出路をふさぐため、周囲はドラゴンで囲ませている。
ボソンジャンプをさせないためだろう、電磁場も一層強力になって来ている。
だが、そんな事では今の俺は倒す事は出来ない……。
「リニス」
『了解しましたマスター』
俺はマントをふわりと広げると、リニスは強烈な雷を発生させる、電磁場はより強力なほうへと吸い寄せられ、
ボソンジャンプを防ぐフィールドは解除されてしまう、俺はその隙に草壁へと接近した。
「ふむ、そういう方法もあるのか」
「お褒めにあずかり光栄っ、とな!」
草壁の近くまで来た俺は、草壁の心臓付近をボソンジャンプさせてみることにした。
もちろん、普通の人間ならそれで死ぬ、しかし奴は笑ったままで、次の瞬間にはその部分が再生していた。
「やはりこの程度じゃ、まともに傷ついてはくれないか」
「お礼に同じことをしてやろう!」
今後は草壁が俺の体に向けてボソンジャンプを10個単位で炸裂させた。
しかし、俺にとってそれは全く無駄だ。
何故なら、ユニットによってそれらが制御される以上、俺は感覚で受け取れる範囲の全てを無効かする。
周囲ではいくつもの爆発や断末魔が響くものの俺には全く傷も付いていない。
「やはりそれの制御では君のほうが一枚上手か」
「一枚どころじゃないかもな」
兎も角、一応は有効なようだ、ならばと草壁がやったように俺も奴をいくつにも分けて同時に飛ばそうと構える。
しかし、次の瞬間俺はジャンプで距離を離していた。
奴の周囲に強大な壁ともいうべきものが出現していた。
「ならば、私は鎧を用意しよう、世界を操る能力、もう少し練っておかねば君を倒すにはつらいかもしれんな」
「その前にお前を倒して見せるさ」
とはいえ、現時点ではどうすれば倒した事になるのかすらはっきりとしていない。
最悪、草壁を破壊しても、次の瞬間、奴の言う世界に記録されている草壁のコピーがまた出現するだけという事も考えられる。
やはり奴を倒すにはボソンのほうに干渉するしかないのだろう。
まあ、考えるだけなら簡単だが、実行するとなると何から手をつければいいのか……。
『ならば俺が奴の世界への突破口を開こう』
「出来るのか?」
『草壁、いや向こうに記録されているスカリエッティには俺からついた黒剣と同じ物質がまだ付着している可能性が高い』
「なるほど……確かにな」
ゼストが守ってくれた例の約束のおかげで確かに突破口が出来そうだ。
まあ、まずはもう一度草壁のいる場所までたどり着かない事にはどうしようもないのだが。
奴は今や巨大なロボットのようなものに入り込んで俺に対して無差別攻撃をかけてきている。
敵味方関係なしのミサイルやレーザーの飽和攻撃、魔法も連発されている。
時々巨大ロボットの拳がすり抜けるが、それの起こす風ですら凄まじいソニックブームを巻き起こしている。
悪いが、本当にみんなを連れてこなくて正解だった。
もし連れて来ていたら、今頃隊は半壊していたに違いない。
「あのロボットは取り込まれたものじゃないよな?」
『恐らく、草壁か取り込まれた誰かが設計思想をもっていたものではないかと』
「つまり、世界の内部で作り出した想像上の代物というわけか……本当に何でもアリになってきたな」
草壁は既にこの世界を曖昧にできるほどの力を持っているという事か。
やはり出来るだけ手早く何とかしなくては……。
まあ、あのロボットから逃げ続けるのはさほど難しくはない。
アレを粉砕するには、上空からの支援を頼むか、アレを使うしかないだろう。
現時点における最強の切り札。
まあ、上空からの支援を頼むには少々上に艦隊が集まりすぎた、恐らく既に何度か支援砲撃があったのだろう。
爆音と逆襲の射撃が続いている。
それを考えると、相転移砲でも撃ちこまないとここまで届かないというのがわかる。
最もあんなものを撃ちこまれたら、地表も根こそぎ使い物にならなくなるが。
「仕方ないな、魔力のほう頼む」
『はい、マスター』
『主アキトの御心のままに』
『俺も何か言うべきか?』
「いや……」
ゼストにそんな事を言われてもおぞけを振るうだけのような気がする。
兎も角、3人には限界まで魔力を右手に集めてもらう。
逆に左手にはナデシコYの相転移エンジンのうち3つのエネルギーを供給する。
そう、普通ならありえない超高密度の魔力と重力波、
どちらも物質に干渉する形になれば周囲十キロを軽く飲み込むレベルだ。
この二つを両手にあつめ周囲の敵を殴り飛ばしながら接近する。
今の俺にはドラゴンだろうと戦艦だろうと関係ない、一撃で大穴をあけながら突進する。
そして、巨大ロボットの胸元までやってくると俺は両手をゆっくりと組み合わせていく。
巨大な魔力と重力波のスパークが走る。
全てをのみ込む合成されたエネルギーが発生し、周囲に干渉をはじめているのだ。
「さあ、遊びは終わりだ!!」
その言葉とともに、組み合わせた両手から魔力と重力波の合成エネルギーが撃ち放たれる。
ロボットは接触面からひしゃげるように飲み込まれていく。
まるでブラックホールでもあるかのように、全ての質量をのみ込み中にいた草壁を露出させた。
草壁は俺の事を驚いたように見ている。
俺はそれには目もくれず新たに作り出した合成エネルギーを組んだ両手に構え、滑り込むように突進する。
「おおおおおお!!! インパクトッォォ!!!」
「グォォォォォ!?!!?」
金縛りに会ったように動けなかった草壁はなす術もなく合成エネルギーに打ち抜かれた。
今ならゼストを、とそう思った瞬間、俺は逆に吹き飛ばされていた。
更に草壁は追撃の姿勢をとっている、よくわからないがこのままではまずい……。
何が起こったのか分からないうちに、形勢は逆転していた。
「ふふふっ、ハハハっ! ハァッハッハッハ!!!」
「!?」
「そうか、わかった。わかったぞ!!!」
その言葉を聞きながら、既に俺は追いついた草壁にまた蹴り飛ばされていた。
まるで今までとは次元が違う。
完全に人間の動きなどではなかった。
「私は勘違いしていた、世界から何かを出し入れするのがこの能力なのだと!!」
更に落下してきた俺の前に回り込み、草壁はけり上げた。
先読みというか、蹴り飛ばしてから飛んでいく方向を見て、それを追い越しているようだ。
つまり、既に奴は音速以上の速度で通常に動きまわれているという事でもある。
「しかし違った! 世界そのものこそわが能力! 世界の中では私は何でもアリなのだよ!」
それはつまり、奴が展開している艦隊のある範囲内は全て草壁の領域であるということか。
そしてその中で戦う限り草壁は……。
「不死であり、光の速度で動きまわれ、拳はダイヤモンドすら砕く!
それどころか、あらゆる周辺環境が私の味方だ!」
地面にたたきつけられた俺を下にあった草が絡め取りまるで十字架にでもかかったように吊り下げる。
草とは思えない強力な締め付けは俺をギリギリと締めあげている。
これは、本格的にまずいかもしれないな……。
「今までも君にはいろいろな要因があって負けてきた、覚えているよ。
木連という組織を率いていた時は、ナデシコのオーバースペックぶりに、
そして遺跡そのものへ手を出す能力がなかったがゆえに。
火星の後継者を率いていた時は、君が生きていた事そのものに、そしてナデシコCに負けた。
君の持つご都合主義を呼び寄せる力は常に私の脅威だった!」
「この期に及んで愚痴とは、情けない神もあったものだ」
「言うがいい、負け犬の遠吠えを! 今や私の世界の影響下ではボソンジャンプもままなるまい」
「くっ……」
事実だった、ボソンジャンプ封じの方法はいくつかある。
ジャンプフィールドを無効化する方法、ジャンプ先を混線させる方法。
そして、今のようにボソンの領域に干渉して演算ユニットからの指令を無効化する方法。
今や演算ユニットすらこの世界に干渉することは難しい状況になっていた。
それは、奴が飛躍的に能力の使い方を覚えたという事でもある。
今の奴は恐らくアルカンシェルの多重砲撃も相転移砲の直撃すら全く意に介さないに違いない。
魔法も物理攻撃も世界という巨大な質量を超える事は出来ない。
もはや、草壁は神と言って差し支えない絶対の力を手に入れている事になる。
「今の私ならこういうことだってできるのだよ」
草壁は指を突き出すと連盟の艦隊がいる方向に向けて何かの光を放った。
それはいくつもの爆発を産み通り抜けて行ったように見えた。
あれは……あれは……あれは……。
「どうだね、君を待つ者たちが全て消え去った気分は」
「……」
そんな……まさか……あいつらに限って……。
『相変わらず念話等は断線していますので何とも言えません……ですが、彼女らがそう簡単に死ぬとは思えません』
『主アキト、まだ死んだと決まったわけではありません、何より私達が何とかしなければ本当に終わってしまいます』
『ここで折れるわけにはいかないだろう?』
「そうだ……そうだったな……」
「んっ、何か言ったかね?」
俺は目の前の草壁を見る。
恐らく、こいつの巨大な力は世界の中に格納した存在の力を振るう事で起こしている。
現状では物理的に排除するのは難しいだろう。
しかし、物理的にできないのなら、ボソンの領域で排除すれば済むだけの事。
「俺が出ている間、体の事を頼む」
『マスターの体なら喜んで♪』
『それは何か卑猥な気がするのは気のせいでしょうか……』
『どの道、身体制御は私がメインになると思うのだが……』
「いくぞ!」
「ふっ、何をするつもりか知らんが無駄な事はやめておくことだな」
俺は、次の瞬間体を縛っている草を体内に残る魔力で筋力を増幅して無理やり引きちぎる。
そして、草壁に向かって駆け出した。
草壁は憐れむように見ながら、俺の前に北辰を出現させる。
恐らく、それで十分だと思ったのだろう。
だが……俺は北辰を一刀の下に切り捨てる。
ボソンジャンプなどしなくても俺は黒塗りの魔力封じの刃は収納して持ち込んでいたのだ。
それに、北辰コピー等、ゼストの身体能力を付加している俺の敵ではない。
「なっ!?」
俺は更に距離を詰め驚愕している草壁に刀で切りつけた。
もっとも刀は逆に砕け散り草壁に冷静さを取り戻させるきっかけになりもしたが、既に遅い。
「貴様の能力全て無効化してやる」
「そんな事が出来るはずないだろう!!」
奴は周囲の物質を全て錐状にし、数百もの俺を貫く槍を作り出すと逃げ場がない俺に撃ちこんでくる。
だが、草壁は俺に近すぎた、俺は既に刀が折れた事を気にせずそのまま草壁の体に飛び込んでいたのだから。
奴の能力のうち吸収する能力が完全に消し切れていなかったことと、
元々俺の演算ユニットがボソンの領域専門である事もあいまって、奴の世界に突入することに成功したのだ。
「ようやく第一段階クリアといったところか……」
とはいえ、ボソンの領域で意識を持って存在したことなど初めての経験だ。
いくらリニス達でもこの領域への侵入はできないだろう。
元々俺がおかしな存在であったという意味でもあるが……。
ゆっくりと周辺を見回す。
景色はなんとなくわかった、ここは火星、俺のいた火星のような感覚を受ける。
俺が見ているからそう見えるのか、それとも草壁に火星へのこだわりがあったのか。
「今は情報を収集するしかないか……」
もっとも、異物が入り込んだのだ、いずれは排除するための存在がやってくるだろうが……。
その前にこの世界をどうすれば破壊ないし、無力化出来るのか調べる必要がある。
俺は火星によく似た空間をひたすら歩きまわった。
見かける人間のほとんどはカプセルのようなものの中で眠っている人たちだった。
何人か起こそうとしてみたが、カプセルから出しても眠り続けていた。
生命維持も兼ねているようだったので仕方なくカプセルに戻す。
「つまりは、こいつらの命が草壁の力なんだろうな……しかし、どうすればいい……」
そうして歩き回っていると見覚えのある女性達が歩いてきた。
それは、俺にとっても何とも云い難い思いに駆られる。
「プレシア、それにメガーヌか……」
俺は思わず声に出していた、まだ敵か味方か判別がついていないというのに。
うかつだと自分を呪ったが、既に遅い。
「テンカワ・アキト、そう……貴方もここに来たのね……」
「テンカワ少将……」
「2人は草壁に取り込まれたのか?」
「ええ、今や私達は草壁の魔力供給装置といったところね」
「はい、今のところ私達が一番魔力が高いですから」
なるほど、2人はそのために囚われていたという事か。
考えてみれば戦闘機人は魔法そのものは使っていなかった。
リンカーコアはあるのだろうが何か適していないのかもしれないな。
ただ、彼女らと話したという事は草壁に見つかったと考えていい。
出来れば助けてやりたいが、早めに情報だけでも引き出さねば。
「この世界をどうにかする方法はないんだろうか?」
「ここそのものを破壊するか、私達全員を消し去るしかないですね」
「貴方はそのために来たのでしょう?」
「なるほど……」
それはそれは規模の大きな話だな、だが確かにそれは確実ではあるだろう。
実行できればだが。
だが俺に全員をどうにかする力はない。
この世界では、せいぜい動きのいい人間というレベル以上でも以下でもないだろう。
「貴方なら出来ます」
「うん?」
「私達はかろうじて動きまわっていますが、この世界で俊敏に動きまわれる人は貴方だけでしょう。
草壁本人ですら、このボソンの領域ではまともに動く事も出来ません」
「それは……」
「それにここでは時間の概念がありません、その意味はご存じでしょう?」
「なるほどな……」
確かに、俺以外にはできない仕事というわけか。
しかし、草壁本人が動けないからといって何も手を出せないとは限らない。
その証拠に俺に沢山のバッタが迫ってくるのが分かる。
奴は自分で動けないから、ロボットを内部で動かす事に決めたのだろう。
「これはちょっと厄介そうだな……」
だが既に俺はこの時覚悟を決めていた。
幸いにして、奴を確保すればこいつらは無力化できる。
そして奴への目印はゼストがつけてくれていた……。
「はははは! どうしたね少年! さっきまでの切れがないじゃないか」
『全く、3人が肉体、魔法、サーチの分担でやっているっていうのに……』
『不可能です。今の彼は言葉通りの力を持っています。
人の領域から多少逸脱した程度の我らでは勝つのは無理でしょう』
『それでもだ、持たせねばならん。今我らが負けるという事は……世界の終りを意味する』
『マスターも重い使命を背負ったものですね……でも、私達が持たせれば』
『主アキトが答えてくれるはずです』
『よほど信頼しているんだな君達は』
『『当然です!』』
しかし、現実問題としては草壁が遊んでくれていなければ今頃消滅していてもおかしくない。
今の彼の魔力はSSSを軽く凌駕しているし、物理的にも本当に光の速さとしか思えないスピードで動きまわる。
防御にしたところで彼女ら3人の魔法は全く役に立たず、今や追い込まれるのを待つしかないような状況になっている。
それでも、3人は希望を捨てるような事はしなかった。
アキトの肉体を預かっているという事もあるが、何より生きる事を諦めていなかったのだ。
そのあがきが彼女らをして皮一枚で生き残らせている。
「なかなか面白かったよ。しかし、これで最後にしようか。私も忙しい身でね……」
草壁が言うと同時にアキトの肉体を囲むように、数千の魔法球が発生する。
それら一つ一つがアルカンシェル級の爆発力を秘めているのが分かる。
そう、絶対逃れられない死を演出するためこの星ごと破壊する気なのだ。
草壁にとって最大の敵であったテンカワ・アキトを消滅させるために。
「それはどうかな?」
突然にやりと、アキトは口元をゆがめて笑った。
その言葉が終らないうちに、アキトの周囲にあった魔法球が消滅する。
それはまるでそんなものなかったというような完全な消滅であり、草壁は苦虫をかみつぶしたような顔になる。
「なっ……まさか……」
「そのまさかさ、お前が取り込んだ人間達全てほら、この通り」
アキトの背後には数十キロにわたって人が倒れていた。
皆死んでいるわけではなく、生きてはいるただ寝ているだけのようだ。
しかしその数は尋常ではない、もしかすると億単位の人間が寝ているのではないかと思われた。
「向こうでは時間が関係ないらしくてね、気の遠くなるような長い間、荷運び作業をしていたよ」
「まさかまさか……全員運びだしたとでもいうのか、私の世界から!!??」
「いや、全員じゃないさ。お前のシンパだけは残しておいてやった。可哀そうだったしな」
「どうやって……」
「何、スカリエッティを無効化すれば向こうでは敵がいなかったからな」
「……いやはや、凄まじいな君は……」
草壁は最初驚いていたがそれはいつの間にか感心に変わっていた。
それは、余裕を取り戻したという事でありまだ手を残しているという意味でもあった。
アキトはまた身構える。
「だが、知識は全て手に入れた、エネルギーは別に人でなくてもいいのだよ、もう」
「何を……」
草壁は周囲にある者を無差別に吸い込み始める。
大地も、草花も、アスファルトも大気も関係なく。
あっという間にクレーターを作り上げた草壁はもう力を取り戻していた。
「なるほどな……これじゃきりがない……」
「当然だ、私は究極の生命なのだよ?」
「究極の生命ね……じゃあ一つ俺もなってみるかな」
そのおどけっぷりに、草壁は殺意の視線を向ける。
いつでも殺せると目で訴えているのだが、アキトは堂々と歩いて近づいて行った。
「ふざけるな!!」
その言葉と同時に、アルカンシェル規模の破壊力を持つ魔法球が数千放たれる。
しかし、アキトはそれを全てボソンジャンプさせて消す。
それはつまり、周囲が草壁の世界の支配下にない事を示していた。
「なっ!?」
「さっき言ったはずだが、俺も究極の生命になってみるかと」
「ありえない……あり得るはずがない……」
「そうかもな、だが原理は同じなんだよ」
「まさか……」
「そう、演算ユニットとな」
そうして、アキトが彼の体に触れると大量の土砂等が噴き出し、そしてそのまま草壁は宇宙まで強制ジャンプさせられた。
宇宙では巨大な花火があがっている、恐らく残存艦隊による砲撃がはじまったのだろう。
今の草壁はもうエネルギーを残していないはずだから、消滅するしかない。
偏在とかいう脱出手段があったようだが、それもボソンの領域で封じていた。
「流石に……今回は疲れた……」
戦闘用のボディスーツを解除し3人を元の姿に戻したアキトは倒れこむように気を失った……。
まだ、どれくらいの被害が出たのかなど気になる事は多かったが、それよりも疲れと睡魔が勝ってしまったのだ。
それは同時に、最大の懸念がなくなったことに対する反動だったのかもしれない。
ただ、それでもまだ全ての懸念がなくなったわけではないのだが……。
それでも、今はそっとしておこうと3人は思っていた。