さる街の一角、ラーメン屋で、人々は苛立ちを圧し殺していた。
いや、本当は彼らとてその感情を表に出したいが、やはり関わると面倒なのだ......
「なぁ、オメェ良いセンスしてんだから、俺の代わりに店継げよ〜。」
「な、私はただのバイトですよ?
申し訳ないですがそんなことできません。」
胸部に「SIO」と書かれたエプロンを纏った、店員らしき男がバイトの女性に詰め寄っているようだ。
毅然とした態度で女性は彼を撥ね付けるが、どうも聞く耳を持たず続け出す。
「なぁ、俺が太鼓判を推すから、な?
俺はラーメン屋なぞ継ぎたかねぇんだよぉ。それともなんだ、今クビっても良いんだぞ?」
惣領特権だコノヤローなどと訳の解らないエゴイズムを唱える男に周囲は腹を立てていた。
尤も、殆どがただ単に「煩いから」に他ならないわけだが......

ーーーーーーッ!!!!
不意に響く鈍い音。
机を叩き一人奮起する影。
静まり返り、彼を注視する周囲。
散々悪態をついていた店員もそちらに目を向ける......
そのまま店員に向き直る人物ーーマント男は口を開く。
「人がモノを食べてる旁で、グチグチと、止めて頂きたい!!」
多少のざわめきも失せ、完全なる沈黙のなか、唖然としていた店員は文句があるのかと不快感を示すが、マント男はなおも続け、
「見ろや！今日はフルマックスにラーメンな気分やったいうのにアンタがうっさいから...!」
そう言い、責めるように見せた、自らの不満を示しているというラーメンどんぶりの中は......
「思いッきり完食じゃねーか！」
汁の一滴も残らず空であった。
しかし、怒れるマント男にとって店員のツッコミなど眼中にない、
「貴方は解っとらん!!
モノを食べる時はなぁ、独りで静かで、何の妨害もなく、なんちゅうか、救われてなきゃぁダメなんや!!」
「訳のわかんねぇこと抜いてんじゃねぇ!!」
熱く語るマント男に正論をツッコみ拳を振り上げる店員ーー!!
人々が息を飲むその瞬間、咄嗟という風でもなく、マント男は店員の腕を捉え、腕にアームロックを絞める。

ーー店内に響き渡る悲痛な叫び。
誰もがそのけたたましさに耳を押さえるが、
「だ、ダメです。それ以上いけない......」
バイトの女性が弱々しく声をかけて状況を納めるのであった......
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ラーメン屋の外、一人の少年が佇む。
目付きは鋭く、他者を寄せ付けないような雰囲気が漂っていた。
来たか......彼は店を出たマント男を見て呟く。


「あの......」

呼び止められ、ふいと振り返るマント男。
それが先程の女性バイトの姿と確認するなりマント男は爽やかに、
「いえいえ、当然のことをしたまでですよ。」
そう言うが、礼を述べ頭を下げる女性は、
「あ、いえ......お代をー......」
「え、あ゛......あっはは、ボクとしたことが〜」
ニット帽の奥で目が点になるマント男。
二人はそのまま苦笑してしまい、 その様子を見ていた、マント男の待ち合わせと思わしき少年は、
「あのバカが......」
呆れてため息を漏らすのであった......


「ほほー、今時、あんな淡化切って止められる人がいるとは、いやぁ、感心感心。」
一方、一部始終を見ていた右サイドテールの女子高生、戸村 美知留(ﾄﾑﾗ ﾐﾁﾙ)は好物の塩ラーメンをすすりながら一人、マント男の行動を評価するのであった......
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桜咲き、一新して始まった聖櫻学園生活。
皆が早くも馴染んだ二年C組の昼休み、彼らがふむふむと相づちを打つ先には
「こう、文句あんのかと殴りかかるラーメン屋に、マント男がガッチリとアームロック!!いやぁ〜、カッコ良かったよ。
まさに現代のヒーローってヤツだねぇ。」
当時の状況を再現するようにジェスチャーを交えながら熱く語り、美知留は爽快に笑う。
「あー、今話題のマント男ね。
困っている人、というか『困った人』の前に現れるっていう......」
ポニーテールの快活な少女、櫻井 明音(ｻｸﾗｲ ｱｶﾈ)は頷き、
「確か、ホワイトデーにB組の加賀美さんも会ったとか会わなかったとか」
密編みをダブルサイドに垂らしたC組クラス委員長、八束 由紀恵(ﾔﾂｶ ﾕｷｴ)も応える。
「あぁー、そう言えば私の特撮好きな後輩さんも興奮しながら噂を話してましたね。」
ふわふわとしたボブとUFOのアクセサリが特徴的な映画研究会のSFマニア、桐山 優月(ｷﾘﾔﾏ ﾕﾂﾞｷ)も思い出したように口を開く。
マント男談義に花を咲かせていたC組であったが、やがて午後の授業を経てホームルームになってから、担任から衝撃的な話を聞く。
「明日から、男の子がうちのクラスに転校してきます。
皆さん仲良くして上げてくださいね。」
どんな人か、や自分の部に引き込めそうか、などとその事で生徒たちが賑わう......
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その夜、所変わってどこかの廃屋。
「ここんとこどうなんだ?
やたら多いみたいだが......」
「いや、それがさゆーとん、どうもホワイトデーのアレもラーメン屋のアレもなんか違うんだよ〜。」
そう応えるはマント男、対してゆーとんと呼ばれた少年は、ラーメン屋で待ち合わせをしていた少年であった。
「チッ、手懸かりなしか。
俺も稼ぐためにゃなんか掴めねぇと困るんだがな......」
あと......そう続けるゆーとんは着替えるマント男の背に近付き......
「ッデェ!!何すんねん!!」
「いつもいつもゆーとんって呼ぶんじゃねーってんだよコノヤロー!!」
勢いよく彼の背を蹴り上げたゆーとん、もとい芦原 雄徒(ｱｼﾊﾗ ﾕｳﾄ)は激昂する。
背を蹴られたマント男の正体たる、雄徒と同年代くらいの少年は悶絶しながらも頑張って立ち上がり、
「なんでや、ゆーとんはゆーとんやろ。」
なおも彼の嫌がる愛称で呼び、ますます怒りを買ってしまうが、ふと思い出したように、
「あ、ボク明日から学校なんや。もう寝まーす。じゃね」
「おい逃げんじゃねぇアラタ、クソ!!」
奥の部屋へと引っ込んで鍵をかけてしまうマント男、改め和泉 アラタ(ｲｽﾞﾐ ｱﾗﾀ)に悪態をつく雄徒だが、そのままふて寝してしまうのであった......