それまで、私の世界は真っ白やった……。
別に、心の清い人やったって言う意味やない、何にもない虚ろやったという意味や。
両親がおらんようになってから、グレアムおじさんにお金と病院と介護
ヘルパーの人を用意してもらったことだけは覚えてる。
でも、両親のことは幼すぎてよう覚えとらんし、グレアムおじさんとは一度会ったきり。
私の知っている人って言うたら、主治医の石田さんと、時々来るヘルパーの人くらい。
それも、私が料理や掃除をできるようになったらほとんど来なくなった。
でも、9歳の誕生日……私に新しい家族ができたんや。
私の誕生日は6月4日、梅雨入りの次期と重なる、あまりいい思い出はない。
お祝いも、石田先生以外にしてもらったことがない。
でも、その日は違った、ちょうど3日から4日へ日付けが変わるその時……。
中身は意味不明なんやけどやたらと装丁が古めかしいのでちょっとお気に入りやった本。
その本から出てきたという4人が私を守る言うてくれた。
事情は語ってくれたけど、残念ながら半分も理解できん、
というかそれを9歳の誕生日を迎えたばかりの私に理解しろ言うのは酷や……。
でも……。
闇の書の主とかいうもんに私がなったということと、4人が私の所にいてくれる事だけは分かった。
4人の語る闇の書の完成のための蒐集というのは正直嫌やった。
そのために、怪我人とか、場合によってはそれ以上のことも起こるかも知れんということ。
やから、それは止めるように約束してもらった。
その日以来、私は孤独の白を抜け出し、色のついた生活が始まった。
4人はヴォルケンリッターと名乗り主である私を守ってくれるそうなんやけど……。
でも、そんなことより、一緒にいてくれる人がいるということがどれ位うれしいのか、それに気づかせてくれた。
あ、そや紹介してなかったね、その4人言うのは、
一人は【剣の騎士・シグナム】
ピンクのポニーテールの引き締まった体なのに胸は大きいという美女。
性格は実直というか潔いというか、騎士道というより武士道を貫いてる感じ。
ピンク色の髪の毛が地毛っていうのが凄いけど、それがまたきれいなんよ。
しかし、あれはおっぱい魔人やね、胸部マッサージとかスキンシップするんやけど、そらもうちょっと他に類を見ないよ。
一人は【鉄槌の騎士・ヴィータ】
オレンジ色というか柿色に近い髪を首元あたりから、2本の三つ編みで垂らした小学一年くらいの少女。
性格はちょっとだけはすっぱな感じやけど、かわいいものが好きないい子や。
ヴィータと一緒のベッドで寝るようになったおかげで、私は夜も寂しくないんよ。
一人は【湖の騎士・シャマル】
金髪をセミロングでまとめ、紫色の瞳をしたしっとりとした美女。
どちらかというとおっとりしたお姉さん言う感じなんやけど、頭のよさそうな感じはするね。
4人の中で一番家事を手伝ってくれる人なんやけど、料理は今一上達せえへんみたい。
一人は【盾の守護獣・ザフィーラ】
銀髪と巌のような巨体、浅黒い肌の男の人、でも普段は青い狼の姿をしてる。
人の姿やと女ばかりの中に男が一人みたいでよくないとかいう話やった気がするけど、
現実問題としては大男なんで悪目立ちするからご近所づきあいが難しいっていうこと。
まあ、礼儀正しいしあんまり気にせんでもええと思うんやけど。
そんなわけで、私にも家族が出来たんや。
それからの生活は楽しかった、だって、4人はいつでも私と一緒にいてくれたし、
グレアムの叔父様も5人の分の生活費を振り込んでくれてあったし。
不満もなければ、寂しさもない、幸せな日々が続いたんよ。
まあ、9歳で幸せなんて悟ったようなことをいう子は賢しいとか思われるかもやけど、その時は本当にそう思ってた。
それに、図書館で知り合いが出来たのも嬉しかった。
ラピスちゃんに、すずかちゃん、それから……。
テンカワ・アキトさん言うたっけ……どうにも黒っぽい人というイメージが定着してるけど。
まあ、同じように車椅子に乗ってるし、黒い服いつも着てるし、悪目立ちする人なんやけどね。
でも料理をする人やっていうのはちょっと驚きかな、時々一緒に来てるリニスさんも得意そうやったし。
何回か会ううちに話すことも増えて、図書館に行くことそのものが楽しみの一つになったころ。
テンカワさんとラピスちゃんとすずかちゃんを夕食に誘ってみたんよ、
リニスさんはその時はたまたまおれへんかったみたいで、連絡入れたら文句を言われたらしいけど……。
まあ、たまには変わったイベントもいいよねということで、とりあえず3人を誘ってうちに帰ることにしたんよ。
「はやてちゃんが人を連れてくるなんて珍しいですね」
「シャマル……そういや、確認とってへんかったね……ダメやったら謝ってくるわ」
「いえ、はやてちゃんがしたいことを私たちが止める理由はないです。
それに、楽しそうじゃないですか」
「そうかな……、シャマルがそう言うてくれるなら心強いわ、でも、シグナムはどういうかなー」
「うふふ、こう言ってはなんですが、シグナムが一番はやてちゃんに甘いと思いますよ」
「そういえばそんな感じするわー、いつもお硬いからちょっと勘違いしとったかな?」
「そうですね。もう少し柔らかい物腰になるように言っておきます」
「あ、来たみたいやね」
「あら」
私は自動の車椅子やさかい、移動は簡単なんやけど、
テンカワさんって手動っぽいから結構力がいるんちゃうかなーと思うんやけど……。
なんか、車椅子を押すの取り合い見たいになってるのみたことあるし、恵まれてるねーと思ったわ。
まあ、私も今はみんながおるから寂しいないけどね。
「それじゃ、ついてきてくれる?」
「お邪魔してもいいのか?」
「今シャマルにも許可もろたし、ね?」
「ええ、はやてちゃんのお客様は私たちのお客様ですもの。
でも、はやてちゃんがかわいいからって手を出しちゃだめですよ?」
「俺……そんなに信用無いか?」
「だって、いつもラピスちゃんとかすずかちゃんとか連れてきてるじゃないですか。
現に今日だって、ね?」
「大丈夫、アキトはそんな事しない、でもみんなに優しいのが玉に瑕」
「はい、アキトさんは手を出すようなことはしないです。もうちょっと積極的でも……とか思いますね」
「あはは、それはそれでさみしいなぁ、女として自身なくしてまうわ」
「あら、はやてちゃんまだ早いですよ。そういうこと言うのはせめて後8年ほど待ってからにしてくださいね」
「えらい具体的やなー。まあええわ、まず帰りに食材買わなな」
「はい」
近くのスーパーに寄って食材を買うんやけど、テンカワさんも結構目利きやねー。
いくつか私にアドバイスしてくれたんやけど、流石と思うたしね。
とはいえ、それは主夫してる感じがして哀愁を漂わせてたけど。
「ただいまー」
「お帰りなさいませ、ある、むぐ!?」
「あらあらシグナム、お姉さん実はちょーっとお話があったりするんだけどいいかな?」
「むぐ!? むごぉ!?」
「シャマル頼むわ♪」
いや、そういえば忘れとったわー、主はやてなんてお姉さんなシグナムに言われてるなんて知れたら……。
テンカワさんは何でも許してくれそうやけど、それはそれで困るし。
ラピスちゃんみたいな子やとますますアキトさんが困る子に。
見てみたいような気はせんでも無いけど……って、は!? いかんいかん……私は清純派なんやから。
「どーしたんだ、はやて? ん? なんだ今日は変なの連れてるんだな」
「変なのって、そんなこと言うたらあかんよ」
「まあ、そっちの二人はまあいいけど、黒んぼの男は何か、車椅子友達か?」
「……あんまり失礼なこと言うたら……晩御飯抜くで……」
「えっ、ちょっとそれは!? 頼むからそれだけは!」
「ははは、俺は気にしていないから、実際お邪魔虫のようだしな」
「そんなことあらへんて、すずかちゃんやラピスちゃんに会うたのもテンカワさんのおかげやし」
「まあ、オマエはオマケってわけだ」
「ヴィータッ!!」
恥ずかしい……なんていうか、他人に家族を見せる恥ずかしさっていうのが初めて分かった気がする。
それはそれでいい事なのかもしれへんけど……。
穴あったら入りたいっていうのはこの事やね……。
「さて、早速料理しますか、今日は8人分やしねー、腕により掛けて作るで」
「あっ、私も手伝います」
「俺も手伝おうか?」
「二人ともお客なんやさかい楽にしとって、今日は私の料理の判定会ってところで」
「あら、私の手伝いは駄目なんですか?」
「シャマルはお客やないでしょ」
「そうですね、では」
そんな話をしつつ台所に向かう私とシャマル。
正直手伝ってくれるっていう話はお願いしてみたかったけど、
すずかちゃんは兎も角、テンカワさんが来ると車椅子2台で台所が行動不能状態になるのは目に見えてたし。
まあ、代わりに今度はテンカワさんの料理味見させてもらったりするのもええかもね。
「さて、やっぱりアレやね。大人数なら鍋ものやね」
「なるほど、肉とかネギとか糸コンニャクとか買ってたのは」
「すき焼きはやっぱり鍋の王道やと思うんよ」
「そうですねー、もっとも私は知識だけですけど」
「ただ、8人もおるとねー鍋が2ついるんやけど」
「なら一つはお任せください」
「んー、時々見るさかい。あんまりオリジナルなことせんといてな」
「……はい」
シャマルがちょっとしょんぼりしてるけど、これは仕方ない。
私は、関西風すき焼きの用意を始める。
先ず肉を焼き、火を通してから砂糖を振りかけ、醤油、みりんを足す。
野菜を加えて昆布のだし汁を適当に足す。
この場合のだし汁は水でもええくらいやからかなり薄めにするんやけどね。
後は煮詰まるのを待つだけ、量は多いけど手間は少なめ、あんまり時間をかけられん時にええ料理でもあるね。
そうそう、実は関西風のすき焼きと関東風のすき焼きは違う料理なんや。
関西のすき焼きは鋤(すき)の上で肉をやいたとか、クジラ肉を使っていたとか胡乱な説が多いけど、
いわゆる殺生をする下賤な料理ということでかなり昔から密かに食べられていたもの。
関東風すき焼きは明治時代に牛鍋っていう外国人相手の店で出す料理やったんやけど、
色々あって作るのが難しくなったらしいんや。
それで、牛鍋をすき焼き風にアレンジしたものをすき焼き言うようになったらしいんよ。
最大の違いは、関西風は牛肉を焼いてから割り下を肉の上で作って煮るのに対し、
関東風は先に割り下を用意してそこで肉を煮る言うことやね。
味のしみ具合は関東風、肉の香ばしさでは関西風といえるかもしれへんね。
北海道や九州では鶏肉や豚肉を使ったものもあるらしいけど、まだレシピは知らんのよ。
図書館でまたさがそう思ってるんやけどね。
話が脱線している間にすき焼きが出来たので、リビングに運んで行く。
シャマルは私が持つのは危ない言うて、全部持っていくつもりやったようやけど、
結局すずかちゃんが手伝ってくれることになった。
まあ、料理はうちのっていうことでええやろな……。
「さあ、遠慮なく食べてや、後鍋2つ分くらい材料用意してあるさかい」
「ありがとうございます、遠慮なくいただきますね」
「今度はこちらも頑張って返さないとな」
「そうだぞ! はやてのメシはうめぇんだからな! 感謝して食え!」
「こら! ヴィータお行儀悪いで!
……ほんと、すいません」
「なかなか個性的な子だな」
「お前には負けるけどな」
「ヴィータ!」
「うっ、ごめん……」
みんなでいただきますいうてから食べ始める。
最近はいつも賑やかなんやけどやっぱり一段とにぎやかやな。
テンカワさんとシグナムは割と会話が合うようでいつの間にか二人で話しているようやった。
ラピスちゃんはヴィータにいろいろ言われているようやけど完全無視。
つまらなくなったヴィータはテンカワさんに攻撃目標を移す。
ある意味凄い子やねラピスちゃん……。
シャマルは後片付けを引き受けて洗い場にいってもーたようやった。
まあ、今日はお客さんのこともあるし、頼んでおくことにする。
ザフィーラはペットの犬のフリを続けてくれとる、料理は渡したけど、水気の多いものやからきちんと食べれるか心配やな。
他の人はそんな感じ。
そして、私はすずかちゃんと話すことになった。
「それにしてもはやてちゃんって料理上手だねー」
「そんなことあらへんよ、前は一人で住んでたからね、自然と覚えたんや」
「えっと……そう、なんだ……」
「あっ、そういうつもりで言ったんやあらへんよ。それに今はこんなに家族が増えたし」
「そうね、シグナムさんにシャマルさんヴィーダちゃんに……その大きな犬はザフィーラだっけ」
「うん、みんな私の大事な家族や」
「でも、そう言う意味なら私も負けないよ、忍姉さんに、ノエルさんとファリンさん。
アキトさんとラピスちゃん、それからリニスさんとフェイトちゃんとアリシアちゃん。
アキトさんが来てから一気に増えちゃった」
「へー、それは凄いね、何が凄いって、男の人テンカワさんだけやん」
「あははは……なんだか知らないけど、アキトさんって女の子拾ってくるんだよ」
「……たらし?」
「たぶん違うと思う、ものすごく運がいいのか悪いのかわからない人」
「あー、巻き込まれ型の人生を一直線に生きてる言うこと?」
「そう、それ!」
「そりゃまた、災難というか……」
「はたで見ている分には楽しいよ」
「ちょ、それ!?」
「でも、もっと相談してほしいと思うけどね」
「ははーん、そういうことか」
「えっ、あの、違うよ。やっぱり家族だし」
「まあ、今後に期待、ってことやね?」
「もー! はやてちゃん意地悪だよぉ」
「ふふふっ、お姉さんは若い子の味方やで」
「お姉さんって、年齢は一緒だよ!」
「まーそうなんやけどね♪」
「はやてちゃんからかうの好きなんだから」
すずかちゃんまだ自覚してへんようやけどテンカワさんのこと気になってるのは間違いなさそうやね。
二枚目ってほどでもないけど、優しそうな顔して、どこか陰りがあって、微笑むと子供みたい。
趣味はそれぞれやけど、わりと広範囲に受けそうな感じやね、それに悪ぶってるのかぶっきらぼうな感じもするし。
時々思わずという感じで人の頭をなでたりするのも年下受けのポイントやろし。
まあ、これはこれで要注意な感じがする……。
とはいえ、そうなればすずかちゃんの家との繋がりもできるし、シグナムあたりとくっついてもらうのも悪くないかな。
ちょっと考えが黒いやろか……。
でも、そうやね……。
ここ半年ほどでなんかこういう風景も当たり前になりつつあることを私は噛みしめていた。
こんなに色づいた世界なら、私は生きていける。
そう信じる事が出来た……。
でも……。
それは、幻やったのかもしれへん……。
翌日病院に行ってから、4人の様子がおかしくなった。
私に気を使ってくれている事はわかるんやけど、
私についていてくれるのはシャマルだけで、シグナム、ヴィータ、ザフィーラはよく出かけるようになった。
かといって仕事についたという風でもない。
言い訳は場当たり的で、疑えば疑える程度のもの、でも、私は怖かった。
もし、この嘘を看破し、彼女らの行動の理由を見つけたとき、みんなとお別れせんとならんような気がして……。
その臆病さが事件の引き金だったとも知らずに……。