闇の書事件に関する案件は管理局内ではそれなりに知名度の高い案件である。
なぜなら、十数年に一度必ず発生する上に被害が必ず出るからだ。
管理局に被害が出ることも珍しくない、厄介な案件である。
しかし、その資料は意外に少ない、管理局内の最大データバンクといえる無限書庫内でも見つけ出すのに苦労する、
関連資料の一本化もされておらずバラバラに入っているせいだろう。
いくつもの世界の歴史資料が入っているせいで量が膨大になっているのだ。
ユーノはそれらを吟味し使える情報がないか探っている。
クロノからそのことを一任される格好になったせいで、ほとんど不眠不休で頑張っていた。
時折グレアムの使い魔であるリーゼロッテとリーゼアリアが手伝ってくれているが進行状況に大差はなかった。
しかし、それでもそれなりに分かった情報もある。
それをクロノへと魔法による通信で報告するようにしていた。
『とりあえず、ここまでで解かったことを報告しておく。
先ず、正式名称は闇の書じゃない、夜天の魔導書という。
本来の目的は、各地の偉大な魔導師の魔法を収集し、研究するために作られた主と共に旅する魔導書。
破壊の力を振るうようになったのは歴代のマスターのうち誰かがプログラムを改編したからだと思う』
クロノを始めとするアースラの人間も闇の書事件の報告書などは受け取っていたが。
実際問題として、どういう経緯で闇の書が生まれたのか等ということは知らなかった。
本来不定期ながら事件そのものは何度も起こっている上今後も起こる事が確定しているのだから、
資料は常に保存しているべきなのだが、管理局があまりに膨大な世界を守護しているため過去のデータは数年しか残らない。
こういうところにも大組織ゆえの歪みが出ているのかもしれない。
そんなことは特に考えていないのだろう、ユーノは淡々と作業をこなしつつ説明していく。
対して、少し苦々しい顔で手伝いをしているリーゼロッテがつぶやく。
『ロストロギアを使って莫大な力を得ようとする輩は今も昔もいるってことね……』
『その改編のせいで旅をする機能と、破損したデータを自動修復する機能が暴走している』
「転生と無限再生はそれが原因か」
「古代魔法ならそれくらいはアリかもね」
『一番ひどいのは持ち主に対する性質の変化、一定期間蒐集がないと持ち主自身の魔力を侵食しはじめるし、
完成したら持ち主の力を際限なく使わせる、無差別破壊のために……だから、これまでの主はみんな完成してすぐに……』
つまり、集めなければ持ち主は徐々に体をむしばんで死に、完成させれば魔法を無限に使用させられて死ぬ。
闇の書はどうあがいても主を殺すというどうしようもないロストロギアとなっていた。
「停止や封印方法に関しての資料は?」
『それは今調べてる、でも、完成前の停止は難しい』
「なぜ?」
『闇の書が真の主と認識した人間でないとシステムへの管理者権限が使用できない。
つまり、プログラムの停止や改編ができないんだ、
外部から操作をしようとすれば主を吸収して転生しちゃうシステムも入ってる』
『そうなんだよねー、だからや闇の書の完全封印は不可能とされている』
「元が健全な魔導書がなんとまー」
「闇の書というか夜天の書もかわいそうにね」
クロノの隣で魔法で作ったキーボードを操作しながらエイミィがつぶやいたその言葉は少し印象に残る言葉であった……。
夜となり、ヴィータを抱きまくら代わりにしつつはやてが休んでいる中、
フェイトとなのはからリンカーコアを手にいれ、アキト達との戦いを切り抜けた守護騎士達は、しかし、暗い顔を突き合わせていた。
「370頁を超えたわ、今日は随分蒐集が進んだわね……」
「ヴィータ達が頑張ってくれたからな、もう一息で管理人格も目覚めるだろう」
「そうね……でも、私たち本当にこんなことをしていていいのかしら……?」
「……」
話していたシグナムとシャマルは言葉をつまらせる。
彼女らは記憶の一部が曖昧になっているのを感じていた、それが漠然とした不安を呼び起こしていることも。
そう、彼女らは闇の書が完成した後、主がどうなったのか、歴代の主のことをすっぱり忘れていた。
集めている間の記憶はある、大いなる力を得るため奔走する主、あまりそういったことに興味を示さない主、
守護騎士の事などまるでいないかのように扱う主、守護騎士を酷使して己の利益を図ろうとする主。
いろいろな主がいた、しかし、全てに共通するのは闇の書の蒐集が終ったあとの記憶がないことだった。
「大いなる力……」
「私たちにはそれを信じることしかできない。主を救う方法が他にあるのなら飛びついているだろうが……」
「そう、そうよね……闇の書の侵食は魔法による治癒すら受け付けない。
いえ……私たちが力を使えば、僅かながらでも悪化すらするのかもしれない……」
「時間がない……手間取っていればそれだけ主はやてを苦しめる……」
「でも、気になるのは……」
「あの助っ人か……」
そう、仮面の男による助力でなのはとフェイトのリンカーコアを蒐集することが出来た。
しかし、一体なんの目的で手伝ってくれたのか、
守護騎士と互角にやりあっていたなのはとフェイト、アルフらを一瞬で出し抜きバインドをかけリンカーコアを抜き出した。
あの手並みはシグナムらすら上回る、まして管理局の張った結界に簡単に侵入してきているところも異常だった。
「警戒はするが……敵対しているわけではない以上今は放置するしかあるまい」
「そう、ですね……」
「後は、テンカワ・アキト……」
「彼はなぜ私たちを思い出したのでしょう?」
「所詮は我々の記憶操作などその程度ということだろう、魔力が残っていたのかもしれないな」
「……ですが、彼も危険な存在のように思えます」
「ああ、跳躍系の魔法と似た能力を使った。あれは正直得体が知れない」
「いえ、その事よりも。この世界に組織を作り上げようとしている姿勢の方が問題かもしれません」
「どういう意味だ?」
「あの張りぼてみたいなロボットですが、魔法をある程度はじくことが出来るみたいでした」
「そうだな……」
「あれを開発するのにどれくらいの費用がかかったのかわかりませんが、プロトタイプというのは高いものです。
それが2機、本当にそれで終わりだと思いますか?」
「つまりは、あれが量産される可能性があると?」
「そうですね……そうなれば数で劣る我々には勝ち目がなくなりますよ」
「明日引くわけにはいかなくなったな……」
「元から引く気なんてなかったくせに」
「そう言うな、私とて怯むこともある……」
実際、現在の状況は守護騎士達にとっていいものではなかった。
時空管理局との敵対、背景の読めないテンカワ・アキト、信用できない仮面の男、はやてのタイムリミット、記憶の不確かさ。
どれもこれもが正常な判断能力を奪いかねないものであるし、実際最善と言い切れる自信はなかった。
ましてや、主であるはやての意思を裏切っているのだ、正しいつもりでも後ろめたさは残る。
「んっ……二人ともどうしたん?」
はやてが起きてきていた、眠い目をこすっているところを見るとトイレでも行ってきたのだろうか。
もちろんそんな事を口に出す愚は二人とも知っている、シグナムとシャマルは顔を見合せ少し微笑むと、
「いえ、冷蔵庫の中身がそろそろ寂しくなってきたようですので明日はシグナムに買い出しを頼もうかと」
「そうなん? でも、料理は私が作るんやし、相談してくれればええのに」
「そうなんですけど、いつまでも料理が作れないままというのは少し……」
「花嫁修業? 好きな人ができたん!?」
はやてがびっくりしたように目を見開く。
それを受けてシャマルは手を交差してぶんぶんと否定する。
「そっ、そんなことはないですよ! 私達ははやてちゃんの守護騎士なんですから!」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、恋をしたら逃したらあかへんよ♪」
「もー、はやてちゃんたら、からかってるんですね?」
「あはは、わかってもーたか。でも、実際好きな人出来たら教えてな。応援するさかい」
「はやてちゃんがお嫁に行ったら考えますよ」
「えー、そんなにたってからやと……その、おば」
「いえいえいえいえ! 私たち闇の書の付属品ですし、年はとりませんから!」
「ふーん……なんか不公平な気がするなー」
ちょっと拗ねてしまったはやてをどうにかなだめすかしながらシャマルははやての寝室に向かう。
その姿をほほえましく見ていたシグナムだったが、ふと表情を真剣に戻す。
この今の幸せを10年、20年と続けていくには結局闇の書の完成以外に方法はないだろう。
最悪、闇の書の管理権限に手を出すにしても完成しないことには主として認められないのだから。
「……」
フェイトは天井を見ていた……先ほどアキトが訪ねてきてくれた時、本当は目を覚ましていた。
しかし、どう対応していいのか分からず寝たふりをしてごまかした……。
なのはとアルフとの3人で出撃したのは、相手が2人しかいないからというクロノの判断からであった。
もちろん、クロノはいつでもバックアップが出来るように待機していたし、あの2人はほぼ互角だった。
ヴィータに対してはなのはが、ザフィーラに対してはフェイトが、
遊撃としてアルフが当たるという必勝に近い状態だったにもかかわらず、負けた。
もちろん、負けたのは乱入してきた仮面の男のせいであることは事実だ。
だけど、ヴィータもザフィーラも元々砂虫らとの戦いで疲労しており、勝ちを意識した直後だったのを覚えている。
アルフやクロノも必至に動いてくれたようだが間に合わなかった。
「結局私って弱いのかな……」
バルディッシュは今外装を落とされコアだけの状態で調整を受けている。
だから、話し相手もおらず、フェイトはどんどん鬱になっていくのを感じている。
アルフはフェイトの事を心配して何度も訪ねてきており、また傍にいようともしていたが、
少し一人で考えたいと言って追い出していた。
こういう時、感情が共感してしまう使い魔というのは扱いづらい、本心がおおよそ知れてしまうから。
「それでも……」
友達であるなのはに、姉であるアリシアに、義父であるアキトに、そして未だにぎこちない関係であるプレシアにも。
何かしてあげたいと思う、それがフェイトの行動原理であり、愛され方である。
そう、愛し方ではなく愛され方、自分がひたすら愛を注ぐことでその人の幸せな顔を引き出したい。
その笑顔こそが彼女の報酬、そういった形の自己満足が彼女の心の根深いところに息づいている。
それは、アキトにも言えることだが、アキトはどちらかといえば愛されたい人間がだんだんと歪んでいった結果だ。
しかし、フェイトは最初からそういう形で生まれたものであるだけに、それ以外の生き方がわからない。
なのは達やアリシアのおかげもあって少しづつ改善されているものの、自分を後回しにする傾向は強い。
「こんな所で止まってられない、よね?」
己の中に没入していたフェイトは部屋の入口になのはがいることに気付くのが遅れてしまった。
驚いた眼でなのはを見るフェイトだったが、思いのほか朗らかな表情で表れたなのははフェイトの近くまでやってくる。
「動いて大丈夫? ……なのは」
「にゃはは、ちょっと抜け出してきちゃった……」
「え!?」
「うん、どうしてもフェイトちゃんに言っておきたいと思うことがあって」
「私に?」
「負けるのは別にかまわないんだよ、私たちまだ9歳だもん。だから……思いつめる必要はないと思う」
なのはは微笑む、半年の間同じ学校に通っていたのだからなのはもフェイトの事を少しは知っているつもりである。
フェイトは強い、落ちこんでも、辛くても前に進む心は持っている。
だけど追い込んでしまう、責任を全部自分で背負いこもうとする、
それは義父をしているアキトにも言える傾向なので、今でもあまり改善が見られない。
それはなのはが感じていたフェイトのあやうさ、
だから、自分が少しでも心の余裕を取り戻す事が出来ればと思いやってきたのだ。
「でも……」
「うん、ヴィータちゃん達に分かってもらうためにも強くならないといけない、けど、負けたっていいと思う」
「どういう意味?」
「私たちのやることって、悪い事を止めることで勝つことじゃないもん。ね?」
「……そうだね」
フェイトはなのはの言葉に目から鱗が落ちる思いであった、戦って勝たなければ何もできないというのは思い込みに過ぎない。
結局戦いに勝たなければどうしようもない場面はあるだろう、でも、全てがそうではない。
しかし、フェイトはふと思った。
「でもなのはってわりと正面からぶつかってない?」
「うっ、それはみんながお話を聞いてくれないからで……フェイトちゃんだってあの時話してくれなかったもん!」
「……そうか、正面からぶつかるから……」
「え?」
「義父さんがしていることって、周りを固めて話さざるを得ない状況を作ってるっていうことなんだ」
「アキトさんって確かにそういうこと考えてるみたいだね、普段はどちらかというと直線的なのに」
「うん、義父さんって、元はそういうこと考えない人だったみたい。けど必要に迫られて覚えたんだって」
「私も覚えたほうがいいのかなー?」
「ううん、なのははまだそんなこと考えなくてもいいと思うよ。
義父さんだって覚え始めたのは成人して結婚で失敗してからだっていってたし」
「うーんー、でもなんかそっちの方が重要な気がしてきたよー」
「うん、そうだね。私も義父さんを見てて思ったけど、
戦わずに済ませられるなら強引でも話し合いに出来る方法を探す方がいいと思う」
「……私も考えてみるね。でも、お話してもらわないことには細かいことは分からないから……」
「ううん、きっとそれは違うよ。情報は周りにあふれているの、
くせや、周りの評価、何をしようとしているのか、なぜココでなのか、
とかを一つの方からじゃなくて違った視点も交えて見ていけばいいって」
「むむー、ややこしいよー」
「そうだね……でも、なのはのおかげで随分落ち着いたよ。話してくれてありがとう」
「ううん、私もフェイトちゃんとお話したかったから」
なのはとフェイトは少し微笑み合う、そして雑談をしばらく続けた後なのはは自分の部屋に戻って行った。
フェイトはふと思う、時空管理局もしくは管理世界がどうしてアキトには危険に見えたのか。
管理局内部に入ってみると見えないのだ、管理局というものがどういう組織か、あまりにも大きすぎて……。
フェイトが触れたのはほんの一端に過ぎないことは承知している、
しかし、それでもそういう部分を感じられる程度には疑うことを覚えていたのだろう……。
「お姉ちゃん、あの……アリアは大丈夫?」
「ええ、腕のパーツが破損しただけだしね、でも、魔力と打撃を合わせられるとわりともろいわね……」
エンジニア達を指揮しつつ、忍は青いパワードスーツ、アリアの修理を行っているようだった。
3mの巨体を持つパワードスーツだけに一人で修理するのは少し厳しいのだろう。
しかし、ある程度は月村重工の技術を流用しているため完全なハンドメイドというほど取扱いは難しくない。
ノエルのように特殊技術の固まりにしてもよかったのだが、それでは量産に向かない。
それでも、現時点では普通のエンジニアに扱えるものではなかったが。
ただ、カスタム化の際に軽量化や機能美の追求的なことも考えていた。
アンドロイドを作る技術の大部分は忍も理解していたので、
どの程度装甲やエネルギーゲインに回すのかという調整が残るのみだからだ。
「あの、お手伝いしてもいい?」
「んー専門的なことはまだ早いと思うし、それに貴方今日ヴァイオリンの稽古があるでしょ?」
「そうなんだけど……ヴァイオリンのほうは自主練習もしてるよ?」
「それより、アキトのところに行かないの? 恋愛の先輩として言っておくとあの手の男は捕まえておくのが大変よ?」
「えっ!? そんなの関係ないよー」
「本当に? 貴方がうちに赤の他人を住まわせたいって言った時は私、仰天したわよ?」
「あああ、あれはね。その、行き倒れなんて可哀そうだし……」
「ならもういいのね?
彼というかラピスがもたらしてくれたいろいろな新技術の特許だけで毎年億単位の金が転がり込むわよ。
別にもうここにいる必要はないんじゃない?」
「うぅ……本当に分からないの……でも、もっと一緒にいたいと思ってる……」
「ふぅん、まあ9歳の恋愛なんてそんなもんでしょ。でも、成就させるつもりなら死ぬ気でつなぎ留めないとだめよ?」
「もう! お姉ちゃんなんか知らない!!」
すずかは走ってその場を後にする……恥ずかしさが我慢の限界を超えてしまったのだ。
忍はそれを見て微笑んでいた、基本的に今頃の恋愛ははしかのようなものだ、まず実ることはない。
でも、恋愛そのものを否定するつもりもない、自分にはできなかったことを羨ましくも思う。
忍が恋愛に積極的になれたのは恭也のおかげ、まともに恋愛したのは大学に入ってからということになる。
もちろん、今は幸せだし、文句もないが、人を避けなくていいすずかのことはとてもまぶしいのだ。
だから、ついからかいたくなる。
「あれれ? すずか走っていっちゃったけど、忍何かしたの?」
「アリシアちゃん、いえ大したことじゃないわ、恋せよ乙女って言ってあげただけよ♪」
「……私、すずかを義母さんて言うようになるわけ?」
「あはははは!!! まあ、叶えばね」
「へぇ、ずいぶん楽に構えてるんだね、もっと心配してるかと思ったけど」
「まあ、アキトがロリコンなら知らないけどまず実らないとは思うけどね。
今のうちに恋愛を経験しておくのは悪くないと思うわよ」
「それは、私にも言ってるの?」
「うん、貴方もがんばってね」
「私は相手がいないんだけど……」
「あら、そうなの?」
「義父さんには感謝してるけどね、フェイトもそうだけど、本当に父さんがいればこんな感じかなーって思うよ」
「ふーん、それはそれで面白いわね」
「それを言うなら、ラピスの方が問題じゃない? べったりもいい所よ?」
「呼んだ?」
アリアのコックピット部分から丁度出てきたラピスが言う。
ラピスはパワードスーツの制御プログラムを担当している。
他にも現在進行中のプロジェクトなどもあるが、そもそもラピスが協力しているのはアキトのためというところが大きい。
「ちょっと聞きたいかなと思ってね、アキトのことをどう思っているかとか」
「私がアキトを……私はアキトの……」
「そう言う意味じゃなくてね、ラピスちゃんはアキトをどうしたいと思っているの?」
「私はアキトの傍にいられればいい……何も期待したりしない。ただ……ずっとそばにいたいと思う」
「……」
「……」
ラピスの言葉を受けて忍とアリシアは固まってしまった、それは恋というより愛という感じだった。
なんというか、ただ一緒にいられるだけで幸せ、尽くしてあげたい、そう言っているのと同じだ。
もちろん、ラピスは精神的に未熟な面があるため、細かい機微がわかって言っているのではない。
しかし、それだけに飾らず本質を言っているようにも思えたのだった。
朝日が燦々と照りつける中、はやてはいつものように起き上がり、車椅子へと移動する。
車椅子への乗り込みは慣れればそれほど難しいことではない、しかし、腕の筋肉ばかり発達しそうではある。
洗顔やはみがきを済ませ、朝食の準備を始めるころには守護騎士達も目を覚ます。
料理の手伝いをするのは主にシャマルではあるが、お腹が空いている時はヴィータも手伝いに来たりする。
「おお、今日の朝食は和食か!?」
「ごはんとしじみのお吸い物、鮭におひたし、おまけに卵焼きも添えるな」
「朝から豪勢だなー♪」
「今日は気分がええし、朝は力つけてがんばろー思てな」
「おー! アタシもがんばるぜ!」
「そういやヴィータはゲートボールやってるいうてたっけ?」
「じーさんばーさんばっかりだからいまいち張り合いがないけどな」
「アイゼン使こうたらあかんよ?」
「いや、アイゼンは真ん中のスピア部分が邪魔で打てないって……」
「あっ、そか……そうやね」
それ以前にグラーフアイゼンでゲートボールではアイゼンが泣くんじゃないだろうかとふと思うヴィータだったが、
自分がアイゼンを使っているからゲートボールをやってみたいと思ったのも事実であったので強く否定できない所でもある。
もっとも、ゲートボールも若い人間がいないわけではないので、少し大会的な所ではそこそこ張り合いのある戦いもしている。
だがまあ、最近は蒐集のことばかりで顔出しすらあまり出来ていないのが現実だが。
「はい、出来た。じゃあヴィータそっちの二人分お願いしてもええかな?」
「おう! さー食べるぞー!」
4人と一匹?は朝食を済ませ、ヴィータはザフィーラを伴って出かけた。
シャマルははやての後かたずけを手伝い、シグナムはレヴァンティンの整備を行うため部屋に籠った。
実際はヴィータ達はまた別の世界に蒐集をするために向かったのだし、
シグナムはアキトとの会見で万一を考えて準備をしているのだ。
はやてはしかし、そんなことは知らない……。
このまま幸せでいられるなら、事実を知っても蒐集をやめるように言うくらいはするだろう。
だが……幸せな時間は長く続かなかった……。
「さて、今日も図書館に行って……ぐっ!?」
「はやてちゃん!?」
シャマルの前で陽気に話していたはやては突然差し込みのような痛みに襲われた。
そして、全身の痙攣(けいれん)……。
シャマルは飛びこむようにはやてに駆け寄りながら、守護騎士全員に集合をかけた。
近くにいたシグナムも、既に異世界にわたっていたヴィータとザフィーラも、皆急いでかけつける。
そして、かかりつけの医者である石田医師へと電話をつなぎ、救急車で搬送してもらう。
4人ははやてに時間がないことをひしひしと感じていた……。
「シグナムさんにシャマルさん、少しいいですか?」
石田医師は二人を廊下に呼び出す、とりあえず大人に見える二人に話そうと思ったのだろう。
とはいえ、シグナムもシャマルも大事な人を失うという思いは初めてで見た目ほど耐性があるわけではない。
今までのマスターは幸か不幸か大切と自分の意思で思うような存在ではなかった。
「はやてちゃんですが、今まではこのような発作はありましたか?」
「いえ……何かあったとしても、我慢してしまう子ですので……それと分かる兆候は……」
「そうですか……とりあえず、ここ三週間ほどで進行スピードがかなり速くなっていると考えられます。
しばらく入院してみてはいかがでしょう?」
「そうですね……」
シグナム達は動転していた、それでも医師の言うこと自体はまちがいないのだろう。
三週間前といえば蒐集を開始した時期のはずだ……それはつまり、蒐集を進めても現状では良くなっていないことを示す。
それどころか、彼女らが魔法を頻繁に使用するようになったせいではやての病状が加速度的に悪化しているということだ。
これを覆す方法は、蒐集を手早く終わらせるか、何らかの別の方法を模索するしかない。
しかし、別の方法の模索などしている暇がないのはわかりきっていた。
入院している現状では大人しくしていても数年持たないだろう、魔法を使って時期を早めればもう……。
つまり、選択の余地などないということだった。
はやてには検査入院だとごまかしたシグナム達だが、はやて自身自分の病状がかなり悪い事は感じているだろう。
「うだうだ言っている暇はねー、アタシは先に行ってるぜ!」
「やれやれフォローするのは面倒なんだがな……」
「うっせ!」
「私も行こう……」
「シグナム!?」
「時間が惜しい、既に彼らと話し合う時間は失われた……」
「……いえ、ちょっと待ってください」
「なんだ?」
「彼らを巻き込んでしまいませんか?」
「……どういう意味だ?」
シャマルの提案にほかの三人は疑問を浮かべた状態で固まる。
しかし、シャマルはむしろ落ち着いて他の守護騎士を見渡す。
秘策か何か考え付いたのだろうか?
「彼らの戦力は正直侮れないところまで来ています。
私たちでは蒐集が間に合わない可能性もある今、管理局と彼らを同時に相手している暇はないはず」
「それはそうだが……」
「彼らの意思がどこにいあるのかはわからないですが、この国と接触を持つ組織なのは間違いないと思います。
ですから、はやてちゃんを助けてもらうという名目は立ちますよね?」
「……彼らを信用するというのか?」
「いえ、そうはいっていませんが。私たちと何らかの協定を結べばそれだけで管理局との仲が悪化します。
私達は動きやすくなりますし、うまくすればあのロボットも借りられるかもしれませんよ?」
「わかった……」
シグナムはシャマルの言いたい事をおおよそ分析し終えた、つまりは撹乱作戦である。
管理局とアキトの作ろうとしている組織の仲を悪化させて、その間に蒐集を終えてしまうということだ。
管理局とアキトらの介入がなければさほど時間をかけなくても蒐集を終わらせることが出来るだろう。
更にうまくいけば、戦力の貸し出しも可能かもしれない……。
そちらの方は望み薄だろうが……。
シグナムはそれらの考えをまとめてからシャマルに頷き、はやる心を抑えつつ夜を待つことにしたのだった……。