「お前は、我々の生きた年月を否定するのか?」
「否定するかどうかなどお前には関係ないんじゃないか?」
「それはそうだが……」
チンクとは一日の間に数度話した、隣なのだから互いの息遣いすらだいたいわかる。
その中で、彼女が妹たちの事を気にしている事はよく伝わってきた。
だが、それだけというわけでもない。
彼女らは基本的にスカリエッティを親のように思っているようだが、
どうも3番までと4番以後では基本的に考え方が違うようだった、3番まではスカリエッティに対し絶対服従の意思がある。
しかし4番以後はスカリエッティへの忠誠はいいところ親への思いとそう変わらない程度でしかないようだ。
以前も考えていた多様性のためだろうが、自己への忠誠よりも優先するあたりやはりスカリエッティは遊びが多い。
だが、それでも彼女らが使い捨てであることには変わりない、出来れば彼女らには償う機会を与えてやりたい。
それをつかむかは彼女ら次第だが。
「どちらにしろ、このままではお前たちは遠くない未来にはじき出されることになる。
その後の事は考えておいて損はない、時間だけはあるんだからな」
「フンッ、余計な御世話だ」
その場では、また会話を打ち切る。
彼女との会話はその程度のものだ、元々敵同士なのだから警戒心も強い。
だが、彼女の中では既に何かが決まったようにも思える。
それが歓迎すべきものかどうかは俺には分からないが、もう少しゆっくりと構えるしかないだろう。
そう思って瞳を閉じようとした俺に、向こうから声がかかった。
「一つ……聞いてみたい事がある」
「なんだ?」
「人として生きるというのは幸せな事か?」
「……哲学的な問いだな」
「茶化すな、お前て言っている事はそういう事だろう?」
「そうだな……」
俺はふと考える、例えば彼女らが厚生施設に入ったとしてそれで幸せになれるのか?
答えはノーだ。
一般常識がない彼女らは人間として生きるには弱者だ、仕事を探すのにも苦労するだろう。
それに、彼女らには連盟の監視がつく、
管理局なら少し違うが、それは力を利用されるという意味であって別段よい要素というわけではない。
ならば、人として暮らす意味はないのか。
それもまた、ノーだ。
彼女らは人以外の存在として生きるには人に近すぎる。
つまり、彼女らが罪に服しても幸せになる事は出来ないという事だ。
ならば、盗賊のように逃げ回るのか?
六課が失敗し、戦争の原因が俺となればそれもいい。
だが失敗しない場合は、彼女らは戦争を引き起こそうとした張本人という事になる。
そうなればそんな生き方を許していくれるほど次元世界とて生易しくはあるまい。
結論、彼女らが幸せをつかむには、何者かの庇護の下彼女らの素性が知られない世界にいくしかない。
もちろん、それで必ず幸せになれるとは言えないのだが。
「俺が示す事が出来る生き方はもしかしたら傲慢とそしられることになるかもしれないものだ。それでも聞くか?」
「お前が言ったんだろう? 時間だけはある、と」
「そうだったな」
俺は彼女らが生きていけるだろう方法を語り始めた。
それは、他の道よりはマシというレベルの話に過ぎない、しかし、スカリエッティの目標が達成された後、
彼女らが落ち着いて暮らしていくためには、他の方法などないと考える方法だ。
それが彼女にとって興味を引く内容だったのは事実だろうが、そのための協力を取り付けたというわけではない。
ただ、そういう考え方があると知っただけの話。
しかし、それはもしかしたら大きな一歩だったのかもしれない……。
「ボクがガジェットを操作して引き付ける、後は……」
「了解オットー。そろそろ増援が来るはずね、後は……私が、とる」
ミゼット・クローベルに襲撃をかけているガジェットの一隊、その中心で2つ、人の姿を確認する事が出来た。
もっとも、普通はガジェットの群れに飛び込んでくるような人間などいない、誰も見てなどいないのだが。
二人の姿は群青に近い青と水色のストライプ、その二色で出来たボディスーツに包まれていた。
細かく視認するなら、一人は短髪、半ズボンをその上からまとっており、どこか少年めいた姿をしている。
対してもう一人は、ロングヘアーをカチューシャでまとめているが、服装はボディスーツのみだ。
両方とも濃い茶髪であり、表情らしい表情を浮かべていない。
ガジェット達の中心にいる事も、表情の無さもこの二人が只者ではないことを物語っている。
「オットー」
「どうした?」
「門が開いたわ……」
「ディード準備は?」
「問題ない、私たちはそのまま続行する」
「了解」
門から飛び出してきた兵力はおおよそ100人。
止まっているはずの門から来たのだ、99%彼女らの味方ということになるだろう。
とはいえ、表立って連携できるわけでもない、その事も含めれば最悪一回は交戦せねばならないかもしれない。
どちらにしろ、彼女らの目的はミゼット・クローベルの足止め、余裕があれば抹殺となっていた。
ガジェットは大量生産品のため精度はよろしくないが、それでもおおよそ彼女らの意思どうり動く。
数だけならば300ほどを持ちこんでいた。
今までは管理局待ちだったのだが、それもうまくいったようなので仕掛けるころ合いとなる。
オットーはガジェット達に命令を下す。
最も彼女らに直接ガジェットを操る力はない、そのため簡易の命令装置を持ちこんでいる。
その場その場で優先命令を変更する方向で作戦を行ってきたのだ。
ディードはそのガジェットらにまぎれてミゼット達が陣取っている岩陰へと向かう。
それは、管理局の一軍との連携も合わせ、必殺と言っていい現状だった……。
「でも、次元航行突撃艦なんて……いつの間にミッドチルダに持ち込んでいたの?」
「はい、実は連盟結成とともに月村重工から寄贈という形で持ち込まれたものです」
次元航行突撃艦インテグラSJの艦橋にてなのはが問いかけた問いに真吉備・梁少尉が答える。
実のところ、忍はこの状況が予測できていたというわけではない。
しかし、いずれは何らかの形で管理局との衝突が起こるだろうとは考えていた。
それゆえ、国連や連盟の上層部を通さずに使える戦力を用意しておくにこしたことはないと考えていたのだ。
幸い、ナデシコ級戦艦の開発や次元航行のノウハウはあるので、
日本人御得意の小型軽量化により低出力ではあるものの次元航行のできる小型艦を用意する事が出来た。
ただし、持ち込みの際にばれてはかなわないので、
飛行船の胴体部分として持ち込み、次元航行用のパーツは後から取り付けるというやりかたをした。
そうやって六課は独自戦力をいくつか確保している。
アキトやはやてはその辺りの事をなのはには話していない。
理由はいくつかるが、何よりもその事で立場を危うくする事を慮っての事だ。
とはいえ、やはり秘密にされていた事は面白くないなのはであったが。
「もうすぐ次元座標が重なります。門から数km近辺に出ることになりますので、出撃の用意を」
「わかった、じゃあハッチにいくね、後の事はよろしく」
「はい、了解しました」
なのはが去ってすぐに、インテグラSJは通常次元へと復帰を果たす。
大気圏内から大気圏内への次元航行は干渉が大きくなりがちであるため普通はやらない。
しかし、今回は緊急である事もあり、また通常の次元航行艦の質量と比べて100分の1程度にすぎないという点も大きい。
ようは、移動する箱程度のものとして作られている、戦力としては全く役に立たないのだが、移動能力は十分である。
「まずは、分隊単位で散会、飛行を行えるものを中心に周辺状況の把握を行います。
その後再集結、ミゼット提督の護衛が必要であればそちらへ、必要なさそうであれば攻撃に移ります」
「了解、でも私たち結構目立つけど大丈夫?」
「この際それでもいいと思う、私たちが目立てば警戒して少しでも動きが遅くなるかもしれない」
「わかった、第二パワードスーツ小隊、各般ポイント指定は通った?」
「了解しました」
「問題ありません」
「すぐ出撃できます」
「じゃあ、なのは隊長、先行ってるね?」
「はい、アリシアも気をつけて」
アリシア率いるパワードスーツ小隊は3つにわかれて艦を飛び出す。
なのはもやはり3つにわけてそれぞれ捜索を開始した。
そして10分もしない間におおよその状況は把握できた。
まず、出現したポイントは門の北2km前後、そして街がさらに南3kmほど先にある。
門の西1km前後の場所にガジェット達が出現していることも確認した。
他の場所で見当たらなかった所から考えれば、ミゼットは街中かガジェット達の近くという事になる。
そして何より、管理局が門から出現していた。
これは実際は門が稼働するということであり、何らかの意図をもって封じていたという事だ。
これだけでも彼らがミゼットを救いに来たと考えるのは辛いという事は確実だろう。
「結構ややこしいことになってるみたいね」
「どっちみち、私たちのやる事は変わらないよ。ミゼット提督を助けて管理局に送り届ける」
「でも、ここまでしてきたっていう事は管理局も危ないんじゃない?」
「私はまだ管理局の局員だから、その辺りは何とかなると思う」
「じゃあ、救出作戦行きますか」
「うん、じゃあ、先に突入お願いします。アリシアちゃんの部隊ならAMFの影響受けないし」
「そうだね、じゃあ、後はなのはちゃんは砲撃サポート?」
「一応は、でも管理局が関わってきたら止めないといけないしね」
「その辺は任せます。じゃあ第二パワードスーツ小隊、突撃!」
ある程度近づいて分かったのは、ミゼットの護衛達はAMFに手も足も出ない状況らしく、
ミゼット本人の魔法でどうにかしのいでいる現状のようだ。
それとて幾らも持つまい、AMF影響下での魔法は通常よりも消費が激しい、
AMFの影響力を超える意思で魔法を使わねばならないからだ。
アリシアは部隊をガジェット達のど真ん中に向けて突入させる。
しかし、かなり反応がいいらしく、奇襲にもかかわらず被害は全体の一割程度だったようだ。
とはいえ、そのまま突っ込んでミゼットのいる場所まで貫いたのだから目的は達成したともいえる。
逆に管理局側は魔道師中心であるため近付くのが難しいようだった。
「ミゼット提督、ご無事ですか?」
「あら、かわいらしいお嬢さんね。でもその武装は管理局とは違うみたいだけど?」
「はい、連盟所属、機動六課第二パワードスーツ小隊隊長アリシア・テスタロッサと申します」
「なるほど、連盟の御方なのね、でも今はあまりいい時期じゃないのではないかしら?」
「戦争を止めるには貴方の協力が必要だと感じまして」
「あらあら、私みたいなおばあちゃんそんなに役に立つかしら?」
「管理局をまとめるものは今や貴方がた三提督しかいないと感じています」
「ふぅん、所でどうやってここに?」
「独自に開発した次元航行艦を使ってです」
「なるほどね」
アリシアはオラトリオのバイザーを上げてミゼットに挨拶をする。
ミゼットはそれに対し少し息を上げた状態でありながらも微笑みで返した。
おおよその事情はわかっているのだろう、そもそも彼女が帰れないのは戦争の反対派であるからだ。
ならば、アリシアの所属する機動六課の考え方もおおよそ想像は付いている。
それでも、細かな確認をしたのはこの次元から今すぐ出る事が出来るのかという事を確認するためだ。
「ガジェットは我々が蹴散らします。ですが、管理局局員との衝突が起こる可能性があるのですが……」
「ああ、さっきから遠巻きに見てる人達ね、魔法が使えないから傍観していると言うにしては変だな〜って思っていたところよ。
ちょうどいいから声をかけてみましょう」
そう言うと、無造作に管理局の部隊がいる方へ向って歩き出すミゼット。
アリシアは急いで数名を引き連れ護衛に回る。
「貴方達、私を護衛しに来てくれたのかしら?」
「ミゼット提督! はっ、我らはミゼット提督を護衛し管理局本局へとお連れする目的でやってまいりました」
「へぇ、門が使えないのにどうやって?」
その問答に一瞬管理局の部隊長が眉をぴくりとする、しかし、それも一瞬の事でよどみなく言葉を返した。
「はっ、ちょうどいましがた修繕が完了したところです」
「なるほどね、所でベルグマンは元気?」
「はっ! あ、その……」
ミゼットは微笑む、しかし、同時に彼女が口に出した事にこたえた隊長は自分の失言を悟る。
彼女が口に出したのは、戦争推進派の急先鋒だからだ。
そして今の答えは自分がそれに近しい存在であることをミゼットにアピールするには十分すぎた。
「やっぱりベルグマンがよこしたのね。となると目的は私の拉致か殺害というところかしら?」
「まっ、まさか……我々は保護せよと命を受けたのみであります」
「なるほど、現場の人間に流石にそこまでは言えないわね。でも、今のではっきりしたわ」
「御同道願えないと?」
「ええ、当然でしょう?」
「ならば私から言わせていただきます。貴方は連盟のパワードスーツを連れている。
それは、連盟との密約があった証拠として十分でしょう、我らは貴方を逮捕する権限がある」
「ふぅん、やってみる?」
その時、滑り込むように何者かがミゼットに向かって飛び込んできた。
青いボディスーツにロングヘア、二本のビームサーベルのような剣を構えた少女、そう、ディードだ。
その速度は通常視認するのも難しいほどだ、しかし、視認だけで防衛しているわけではない。
そう、今はパワードスーツ12体が護衛についているのだ。
センサー類すべてに引っかからずにそれをこなすことは不可能に近い。
そう、対魔道師戦に特化している彼女はパワードスーツとの戦い方を知らなかった。
必殺と思われた双剣は同じようにかまえられた双剣により弾き飛ばされる。
「へぇ、やっぱり来てたんだ。貴方達」
「……」
「戦闘機人、恐らくナンバーを割り振られているタイプ」
アリシアはオラトリオのアームパーツから直接剣を露出させている。
両腕に一本づつ、イメージとしては剣を持つというより、手の甲の部分についているような感じだ。
元々、魔道師ではない彼女は、パワードスーツオラトリオにギミックを追加することで戦力としている。
「一人で来たわけじゃないでしょ。全員でかかってきなさい。私たちもちょうど12人だしね」
「……オラトリオ」
もう一人の戦闘機人が現れるのを待ち、アリシアは内心舌打ちする、ここにきている戦闘機人の人数が少ない。
伏兵がまだいる可能性はあるが、幹部の戦闘機人は12人である事は、チンクと会話したアキトからおおよそ聞いていた。
チンクを引いて11人、この作戦には全力を投じているはずだから、いろいろ差っ引いたとしても3人いなければおかしい。
しかし2人、つまり、重要な場所と考えていないか、この2人がてだれなのか、それとも彼女らへの襲撃以外に襲撃対象がいるのか。
それは、先の事を考えれば頭の痛い問題だった。
「隊長!」
「ええ、フォーメーション”クレッシェンド”行くわよ!」
アリシアは小隊の一部をミゼットの直営につけ、残りを率いて戦闘機人に突撃をかけた……。
背後に回り込むように、ガジェットを迂回してミゼットのいた場所へと急いでいるなのは達魔導師小隊は、
100人近い管理局の部隊にはち合わせる。
それは門から出現した部隊であることは間違いない、そして同時に戦争推進派の先兵であろうことも。
なのはは警戒しつつも接近を試みる。
「あなたたちは管理局の職員ですね……」
「連盟の先兵!?」
「間違ってはいないですが、戦いに来たわけではありません。あなた方に忠告と戦争回避の模索をしに……」
「戦争の回避だと? 今さらだな、引き金を引いたのはお前たちが先だろう!」
「……それは……」
確かにテンカワ・アキトの行動はあまりほめられたものではない。
今回に限って言えばアキトの行動が管理局に口実を与えたのは事実だった。
しかし、アキトの逮捕や、証人喚問もなしにいきなり戦争というのはかなり飛躍している。
そのことに気づかない彼らはおそらく情報を開示されていないということなのだろう。
事実として、あの場にアキトと最高評議会議員以外にも人がいたことは全くと言っていいほど外に漏れていない。
おそらく、左官以下の階級にはまともに情報が渡っていないと考えたほうがいいだろう。
「フン、威勢のいいのは口だけか、ならば逆側にいる誘拐犯どもにも言うんだな。早くミゼット提督を解放しろと」
「誘拐犯……ひどい言い回し……ごめんみんな、説得は無理だったみたい。
一度みんな引き上げて、待機していて。その間に私が何とかするから」
「なのは隊長、まさか……」
「降伏でもする気になったのか?」
「いいえ、私がいる限りあなたたちの好きにはさせない」
「戦争の引き金を自分で引くつもりか!?」
「勘違いしないで、私は管理局出向局員、高町なのは一等空尉。
私とあなたたちが戦ってもそれは管理局内での暴走にしか過ぎない」
「くっ……たった一人で100人の魔導師を相手取るだと……馬鹿にしてくれる……」
「総合戦闘S+の意味教えてあげます」
そうして、管理局の魔導師達となのは一人の戦いが始まった。
ガジェットの大半はパワードスーツ部隊によって排除されたものの、今彼女らは戦闘機人との戦いに全力を注いでいる。
そして、魔導師部隊はそちらのサポートおよび門の監視に向かうことになっていた、つまり完全に一人。
それは、はた目から見れば無謀に映ったのかもしれない。
しかし、この時魔導師としてのなのはの実力を知ることになるのは管理局のほうだった。
私は、愚かだったのだといまさらながらに気づいた。
子供のころの憧れ管理局最強のエース、高町なのはという人がどういう人なのか。
たった一人で私たち100人を相手取り、一歩も引かないどころか翻弄してすらいた。
「以前あなたたちの教導した時からあまり成長していないみたいだね」
そういって、遠距離になれば砲撃、中距離なら光弾、近づけばバリアや杖術などを駆使しさばき、いなし、逆襲に転じてくる。
20人以上倒しておきながら息も上がっていない。
教導したことのあるという意味では、ここの部隊も私もさほど変わらないということかもしれない。
しかし、私は自分のことを言われた気がした。
私はウィングロードを展開し、仲間を盾にするようにしながら近づいて、
近距離からディバインバスターを叩き込むけどバリアブレイクであっさり返された。
ティアナも幻術や光弾系の魔法を駆使して戦っているけど、
事前に分かっているかのようになのはさんは回避ないし無視して近くの局員を気絶させていく。
もう、分かっていた。
私たちでは彼女に勝てない……。
管理局にいたころはリミッターのせいで全力を出せなかったのだし、六課に来てからは全力を出す機会に恵まれなかった。
しかし、エースオブエースは伊達じゃない……。
「少しお話しようか……」
私は次の瞬間意識がブラックアウトしてしまっていた……。
なのは達が圧倒的優位でミゼットの確保を行っているころ、別の次元では管理局の大艦隊が編成されようとしていた。
その数優に3万を超える管理局の切り札といっていい次元航行艦隊と防衛艦隊の半数以上を割いた過去最大規模の艦隊である。
それを率いようというのは、アガレット・サーデンス提督、伝説の三提督以外では最も恐ろしいと言われる提督である。
見た目は60台の壮年だが、瞳の鋭さは他を圧し、皇帝だと言っても信じただろう。
それに、白人系が多い管理局内で黒人の提督が出ることがいかに難しいかを考えればその実力もうかがえる。
彼は艦隊の状況を見て瞳を伏せると、傍らの同年代の白人に聞く。
「ベルグマン提督、三提督捜索の件はどうなっている?」
「はっ、今のところ進展はありませんが……」
「そうか、私はね。君達と同じ戦争推進派ではない。そのことはよく知っているね?」
「はっ」
「ではなぜ私を最高司令官に据えたのだね?」
「我々が戦争をするべきだと考えたのは多くの理由があります。
一つ目に巨大な組織がいくつもできれば戦争の温床になるということ。
第二に、管理局が自己裁量で動くことができない今、出資国の顔色を窺わねばならないわれらは正義とは言えないでしょう。
最後に、評議会制度が崩れた以上最高司令官はきちんと表に立ってアピールする必要があるかと」
「私怨ではなく、今後のことを考えたものであると言いたいのかね?」
「は」
「確かに、君たちの言っていることは間違いではない。しかし、今戦争をすれば泥沼になる可能性があるとは思わないのかね?」
「何もすべてを奪おうなどと考えているわけではありません、ある程度勝利し我らが直轄する星を確保すればこちらはよし。
負ければ彼らも文句を言うのは難しくなるでしょう」
「戦争後のプランも用意してあるというのかね?」
「はい」
アガレット・サーデンス提督は少し考えるように沈黙する。
確かにベルグマン提督の言葉には特に問題がないように思える。
三提督を除けば確かにアガレットが最高司令として相応しいのも事実ではあった。
しかし、三提督が揃っていなくなるというのは不振に思わないはずもない。
そして、そのことについて新米の提督が言っていたことも覚えている。
「せめて、三提督がどうなったか、それが分かるまでは待とう」
「しかし!」
「後一週間、開戦まではまだそれくらいの余裕はあるだろう?」
「そっ……そうですな……」
ベルグマンは唇を噛んでいた、せっかく会議は急戦派の勝利に終わったというのにアガレット提督がなかなか動いてくれない。
いっそのことという考えもないでもないのだろうが、さすがに今の時期アガレット提督の周囲には凄腕の護衛が多く存在した。
ここで妙な動きでもすれば事態が露見し管理局は内部から瓦解しかねないとその程度の自覚は彼にもあったのだ。
それゆえ、いらいらしながらもベルグマンは一週間なんとかその間は三提督を近づけないようにするため工作をまたひねり続ける必要があった。