クアットロは、どうしても守備兵力に割かざるを得ない一部の戦力を残し、全ての戦力で襲撃をかけることにした。
そこは、何の変哲もない……とも言えないが個人の邸宅。
人払いの結界や、魔力封鎖の結界、招かれぬ者を迷わせる結界など、普通とは言えない防衛機構を備えていてもだ。
個人の邸宅であり、どこかの組織を襲撃するのと比べればさしたるものはない。
「不用心なんていうほど簡単でもありませんでしたけど……やはり守り手がいなければこんなものですわね」
「……」
「……」
連れて来ているのは、ガジェットを20機ほどと、最後のプレシアクローンに、ルーテシア、
そして肉体の崩壊を食い止めると言って戦闘機人のパーツを植え付け、洗脳を施したゼスト。
戦力としてはかなり使えそうだが、信頼はおけそうにない面子だった。
襲撃先は、テンカワアキトの邸宅、ほとんど人が出払っているため防衛戦力はないと踏んでいたが……。
予想に反して魔力反応は多い。
「あの子を預かっていれば襲撃の可能性はあると考えてはいたが、思ったより大規模なようだな」
「まぁいいじゃないか、アタシらだって何もしてなかったわけじゃないんだ。一つ頑張って撃退と行こうぜ」
銀髪の巨漢と、オレンジ色に獣耳の女性。
クアットロはざっと関連人物を頭の中で検索し、それがザフィーラとアルフというそこそこの使い手だと知る。
この時点では全く想定内ではあった。
実際護衛ないし、監視者はいるだろうと考えてもいたし、そのために多めに戦力を持ってきたのだ。
しかし、魔力反応はそれだけではなかった。
「襲撃……ですか、フェイトさんの留守に狼藉を働かせるわけにはいきません」
「うん、がんばろう。私達だって魔法ならそう負けないもん」
目標の人物、聖王の遺伝子を持つ少女の前には2人の子供が立ちはだかっている。
即ち、エリオ・モンディアルとキャロ・ル・ルシエ。
戦闘経験は少ないのだろう緊張が先に立ち動きはぎこちない、しかし、子供だと侮るには2人とも魔力が強大すぎた。
「はぁ、まったくこれだけ戦力を引き離してもまだそれだけ人員がいる、人材の豊富さ恐れ入りますわ。
ですが……こちらも時間がありませんの、急がせていただきますわ」
幸い、相手には指揮官と呼べる人材はいない、ざっと見て作戦を練り、伝える。
「そっちの体格のよさそうな二人はゼスト、貴方にまかせますわ。死に物狂いで止めなさい」
「……」
「ルーテシアお嬢様、あの女の子も召喚系のようです、できれば相手を頼めますか?」
「(コクリ)」
「それから、プレシアコピーはあの槍の少年をお願いしますわ」
「簡単ね」
「勝ったらどっちかのフォローに回って」
「了解」
ガジェットはゼストの護衛も兼ねて20機ともつけておく。
それでも今の状態のゼストではあの2人に勝つのは厳しいだろう、しかし、足止めをしてくれればそれでいい。
それに関しては他の二人も同様だ、今は聖王の遺伝子を持つものを確保するのが最優先。
そう考え、実行しているクアットロ自身、気づいていない事ではあるが、あまりに見切りが良すぎるのが彼女の欠点だ。
切り捨てれば戦力は減る一方であり、最終局面では損をする結果になる。
そういう事態に対処するための物を彼女は欲していた。
目減りしない戦力、そう、つまりは聖王とそのゆりかごを……。
「想定の範囲内とはいえ、ガジェットが30に戦闘機人4人か……少し多いね」
機動六課の庁舎内に入りこんだ相手の数を見てラピスは息を吐く。
アキトが既に一人拘束したようだが、残りの4人も曲者が多いようだ。
映像を見る限り索敵や幻惑系はおらず、純粋に戦闘タイプの戦闘機人なのだろう。
見取り図内で緑の光点の動き、つまりリインフォースが敵を示す赤い点の一方に向かっている事を確認する。
2人づつ2手にわかれたようだが、周りに半数ずつ紫のガジェットを示す光点が取り巻いている。
もっとも、彼女ならガジェットのAMFが多少展開されていようと関係ない。
ラピス自身も、ここにいる限りはAMFなどあってなきがごとしである。
なにせ、地下の相転移エンジンからの重力波エネルギーを魔力に変換することが出来る以上SSランクに近い魔力を扱える。
「ではまず、通路上にバッタ召喚」
その言葉とともに、彼女が見ている見取り図の内部に黄色い光点がうつる。
それらは、10機づつ、3つの場所に現れ、一つは、リインフォースが相手をしている敵部隊の背後から。
もう2つはもう一つの部隊の前後両面から襲いかかる。
もうほとんど戦術シミュレーションのごとく(それもチート気味な)後は見ているだけだ。
しかし、20機のバッタで囲んでいたほうの敵部隊はガジェットの数を10機ほど減らしたものの突破してきた。
流石にリインフォースと同等の結果は無理というものかと思う。
「なら次はこれでどう?」
突き進んでくるナンバーズ、映像からスバルとよく似た武器を使う赤毛の少女と、
ボードのような飛行物体に乗って戦うワインレッドのポニーテール少女とわかる。
ラピスは、先ほどの戦闘からスバルもどきを近接、ポニーテールのボディボード使いを中距離支援ととらえていた。
そして、2人が吹き抜けの広間に出たのを確認してから召喚する。
それは、エステバリステンカワsplだった。
更に支援用にバッタを10匹ほど放つ。
エステバリスは無人であるにもかかわらず、あるパイロットの動きをトレースしたように動く。
そう、それはラピスが覚えているアキトの動きを再現するかのように。
2人のナンバーズはガジェットを盾にしつつ何とか防御しているが、攻撃にはとても移れない。
「なかなかしぶとい……」
リインフォースは一人拘束したようだ、バッタにジャンプ抑制のためのDFを拘束したナンバーズに張り付けさせる。
とはいえ、彼女らがA級ジャンパーならばさほどの抑制効果は得られない。
早急に牢へと運ぶように指示を出す。
しかし、その間集中を失っていたというほどではないにしろ、もうひとつの戦場の状況がかなり変わっていた。
テンカワsplのレプリカはよく戦っていた、しかし、相手が小兵すぎる事がやはりネックになっていたようだ。
6mの巨体の死角を突かれ、一人の先行を許していた。
その一人はまっすぐこの作戦司令室に飛び込んでくる。
「ってめぇ! よくもやってくれやがったな……。ぶっ殺す!」
「ふう、仕方ないか……」
ラピスはその少女の正面に相対する。
もう一人の少女と残ったガジェットはまだ吹き抜けの部屋にいる。
恐らく召喚主を倒さない事にはどうにもならないと踏んだのだろう。
しかし、赤毛のスバルとよく似た少女は既に体のあちこちに傷を作っている。
普通なら、召喚主を倒す事はさほど難しくない、召喚までのタイムラグで集中力を奪ってしまえばもう何もできない。
だが、ラピスとて何も考えずここで待っていたわけではなかった。
「お願い」
「させるか!!」
ラピスが言おうとする言葉にかぶせるように、相手は突進してくる。
しかし、ラピスのいる場所まで到達すると、まるでダンプカーにでも跳ね飛ばされたようにぶっとんでいった。
「ぐっ、うぅぅぅ、一体なにをしやがった!?」
「簡単なこと、私とあなたの間にディストーションフィールドを張っただけ」
「ディストーションフィールドだと……」
「貴方は貴方の突進力を逆に跳ね返された」
そう、この庁舎内はディストーションブロックのように、内部にDFを張り巡らせる事が出来る。
オモイカネYはラピスの意思を感じ取り、防御、攻撃にこれらを使う。
ディストーションフィールドは発生時にかなりの衝撃を伴うため出力は絞らねばならないが、それでも十分強力である。
つまりは、庁舎内にいる限りラピスに普通の攻撃は効かないと言う事だ。
「ちぃ、厄介な……だが! そのフィールドだってどっかから発生させてんだろうが!」
ノーヴェは笑って作戦司令室の床を打ち抜く。
つまり、この部屋そのものを破壊すればディストーションフィールド発生装置も破壊されるという理屈のようだ。
もし無理でも、床を破壊されれば別の部屋に出て奇襲する事も出来る割と嫌らしい戦法でもあった。
「ふーん、そうくる……」
だが、ノーヴェはおかしな感触を味わっていた、この床、打ち抜いてみればコンクリート面は薄皮一枚程度、その下は鉄骨だ。
それも鉄そのものというよりは、強度と粘性を上げた合金のようだった。
それも、とても建物とは思えないほどに分厚い、どう考えても過剰な強度だった。
そのせいで、ぶち抜くどころか少しへこませるのがやっと、ラピスはそれを冷めた目で見ている。
「まさか……この庁舎、普通じゃねぇのか!?」
「そう、ここは艦橋、こう言えば分かる?」
「……ちっ」
ノーヴェは冷汗を垂らしながらも覚悟を決めた表情をしていた、
ここのDFはさほど強力ではない、光や熱はほぼ完全に捻じ曲げられるものの、質量は一定以上高ければ通る。
それゆえ、ノーヴェは最大の一撃を持ってこのDFを突破するしかなくなったのだ。
「アタシのすべてをぶち込んでやる、覚悟しな! ガンナックル!!」
そういうと、両足のローラーブレード、ジェットエッジから噴射煙をまき散らしつつ、装着した手鋼を唸らせ右拳を叩きつける。
助走が少なかったにもかかわらずその威力はかなりのもので、DFもたわみ始める。
しかし、その衝撃の反射でノーヴェ自身かなり負荷がかかり、拳も骨折、体中に傷が刻まれていた。
「くそ……完全にはいかなかったか、だがあと何回かすれば……」
「……必要ない、DFは解除する」
ラピスはノーヴェにそのことを告げる。
ノーヴェ自身はどう思っていたのか知らないが、一撃で打ち抜けないなら一生打ち抜けはしない。
なぜなら、このDFは地下にある相転移エンジンから直接エネルギーを得ているのだ。
破壊されなければエネルギーを再供給するのはたやすい。
それに、先ほど最初の強度なら確かに破られていた、しかし、だんだん強度を上げていくことでノーヴェの攻撃をしのいだのだ。
だが、それではらちが明かない、そもそもノーヴェは高速の近接戦闘を主眼に置いているためパワー戦闘向きではないのだ。
その事はラピスにも分かっていた、だからこそDFを解いて見せたのだ。
「てめぇ! 余裕のつもりか!?」
「別に、あれだとこちらからも攻撃できないから。バッタじゃ倒せないようだしね」
「へっ、てめえは召喚系、直接戦闘が得意とは思えねえけどな」
「そうだね、得意じゃない。でも、負けない」
「……そういうのは嫌いじゃないぜ、だが、残してきたウエンディ達のためにも、ここで負けらんねぇ!」
そうして、構えを取るノーヴェにラピスは素立ちのまま応じる。
それが気に障ったのか、気合いの声をあげて突進してくるノーヴぇ。
ラピスはそのノーヴェの攻撃をまともに食らった。
「なっ!?」
「げふっ……ふうっ、ふうっ……大したことないわね」
壁に衝突する際にクッションとなるよう、弱いDFを展開してはいたが、実質無防備で受けたにもかかわらず生きていた。
ノーヴェは不審に思う、どう考えてもラピスは鍛えているように見えない。
魔力を防御に回していた風でもないし、打撃の感触は少し重かった気はするが。
それに、効いていない風でもない、打撃部である腹は手で押さえているし、口元から血が伝っている。
胃壁が破れたのだろう。
だが、彼女の全力の攻撃がその程度のわけがないのだ。
彼女の拳は普通の鉄板程度なら打ち抜く威力がある。
「ふふふ、貴方が単純で助かった」
「何!?」
「その位置、提督席なんだけど、特別仕様でね……個人用のDFを用意してるの」
「個人用まさか!?」
「その通り」
ラピスが言うと同時に、ノーヴェの周囲にDFが展開された。
本来は提督を守るためのものであるDFだが発生している間は外に出る事も出来ない。
つまりは、ラピスの策にまんまとはめられたのだ。
元々ラピスのいた位置は提督席の近く、正面から殴りかかってくるノーヴェは当然そこに来ざるを得ない。
ラピスはDFをといたと見せかけて、提督席に微弱なDFを張り、待ちかまえていただけにすぎない。
「うん、向こうもカタがついたみたいね……。これで逮捕拘束したナンバーズは全部で9人……後3人か」
「くそ、出せ! 出しやがれ! 正々堂々勝負しろー!!」
「ごめん、私元々前衛型じゃないから、そういうのは無理」
「くそー!!!」
広い作戦司令室の中にノーヴェの満たされぬ叫びが響き渡った。
この戦いにより、ナンバーズの大部分は六課に拘束されることとなる。
後残されたナンバーズはスカリエッティについて行ったウーノ、アキトの邸宅に襲撃をかけているクアットロ、
そしてもう一人、ドゥーエの行方は……。
「いつまで私を拘束するつもり?」
「あら、拘束だなんて、私の接待はお気に召しません?」
「悪くはないわね、ここから出られない事を除けば」
ここは、管理世界のうちの一つ、そのロイヤルスイートルーム。
そこには、2人の女性がいた。
一人は金髪を結いあげ碧眼でもう一人をにらみつける女性、
体型はバストとウエストの差が大きく、ヒップのラインとも相まって昔流に言えばボッキュッボンという感じだ。
年齢は30代に入ったかどうかというところだろうか。
年齢に応じたある種の妖艶さと、どこか幼さを感じさせる一途さを併せ持つ瞳が印象的だ。
対してもう一人はくすんだ金髪をウェーブさせて背中にたらした女性。
同じようにロングヘアだが彼女はまだ20代の半ばというところだろうか、
こちらも体形はいいが、もう一人と比べれば多少見劣りする、その代わり若さは勝っていた。
「うふふ、そうカリカリしないでくださいな、私は貴方に対して害意があるわけではないのですから」
「私にはなくても、おに……アキト君にはあるんでしょう?」
「どうでしょう? 私達の障害にならないのなら、今のところ特にどうするつもりはないのですけど」
「それなら確実に敵対しているでしょうね、それに、私も貴方達とは早く縁を切りたいのだけど」
「もう少しお待ちくださいな、主が帰還されるまで貴方にはここにいていただくことになっていますので」
30代の巨乳……いや、イネス・フレサンジュは怒りを持ってはいたが、この場を動く事が出来ない。
元々、彼女はアキト達を追いかけるためにボソンジャンプの再研究を進めていた。
この研究は遺跡が無くなってから各方面で盛んに行われており、連合宇宙軍の方でもやってほしいとイネスを引き抜いてきたほどだ。
まあ、現在中佐に出世したルリや、大佐として返り咲いたユリカの肝いりという部分も大きい。
そしてとうとう彼女は次元移動のノウハウを発見した。
アキトを追いかけるため、ルリやユリカがこぞって自分で実験しろと言ってきたが、
イネスは詳細な状況を把握するのは自分の仕事だといってつっぱねた。
二人からは、成功したら真っ先に呼び寄せろと脅迫のような事をされていたが、それは思いの強さなのだから仕方ない。
しかし、次元移動に成功した瞬間、スカリエッティ達に目をつけられた。
元々戦闘が出来るわけでもないイネスは捕まるしかなかったのだが、
彼女は散々逃げ回り、知識を吸収し、スカリエッティ達と敵対した。
捕まったのはごく最近だ、ようやくアキト達の居所がつかめたところで、捕まってしまった。
恐らく合流できれば連合宇宙軍などとも協力してかなりの規模になっただろう。
それに、スカリエッティの研究も大まかなところは分かっていた。
そう、彼女はキーマンとなれる素質を持っていたのだ。
だからこそ、彼女は拘束された。
ただ、スカリエッティは同じ研究者を、それも恐らく天才を簡単に失うのを恐れた。
彼の目的にもそぐわないからだ、しかし、彼女に介入されても困る、ならば介入されても困らない時期まで拘束するしかない。
その結果が現在の状況だった。
「一つ聞いてもいいかしら?」
「なんです、お応えできる事ならお答えしますが」
「貴方達はなぜスカリエッティに従うの?」
「そういう事を聞きますか? 理由はわかりきっていると思うのですが」
「普通に考えれば、貴方達は彼に絶対的忠誠を誓うように作られていると考えるわ、けれど、抵抗した痕跡もない」
「元々従う事は楽な事だと知っていたのかも」
「コンピューターならそれもいい、でも生物なら、命令より生理反応が優先する事態は起こりうるのだけど」
「ふふふ、その辺りは博士が私達を使うのがうまいのではないでしょうか」
「……」
どこまでもつかませない、相手の女性、ドゥーエに少しいらだつ、いやずっといらだってもいた。
だからこそ、いろいろな方面からアプローチしているのだが、ドゥーエは隙を見せる事はなかった。
このままではまずい、それだけははっきりしている。
しかし、どうすればここを突破してアキト達のもとに駆け込めるのかそれがわからずにいた。
「結構苦戦させてもらったわ……」
クアットロは、目的である聖王の遺伝子を持つ少女、ヴィヴィオのところまで来ていた。
まだすべての戦力は拮抗の状態にあり、決着がつく様子はない、元々クアットロはそういう計算をしていた。
元々は戦力差で押しつぶすつもりだったのだが、今や人員は互角、それだけに奪取は迅速に行わねばならない。
そう自分に言い聞かせると、クアットロは正面の少女を見る。
ヴィヴィオは緑と赤の瞳を恐怖に歪ませクアットロを見ている。
「いいですわねぇ、その顔、もっと歪ませてあげたいですわぁ♪」
「ヒッ!?」
「でも、残念、私時間がないんですの。貴方を連れてさっさとここから立ち去らせてもらいますわね」
そう、まさか戦っている最中によそ見をしているわけにもいかない。
クアットロは急いでボソンジャンプの準備を始める、クアットロ撤退後は各自撤退と伝えてある。
最も、クアットロ本人以外が撤退できなかったとしてもさほど困る事はないが。
「ジャンプ」
防衛をしている子供達や守護獣や使い魔が邪魔をしようと同じ言葉を繰り出すが、
戦闘しながらではイメージがまとまらず、結局クアットロのジャンプを許してしまう結果となる。
クアットロは思いのほかうまくいった自分の作戦に喜びつつも、早速聖王の遺伝子を持つものを改造するための培養層へ向かう。
培養層はおあつらえむきに大部分が開いており、彼女はその一つに少女を押し込む。
「さて、流石に半日くらいはかかりますし、後は向こうのリアクションスピード次第というところですわね」
それに、スカリエッティが帰って来ては勝手に聖王に手を出した事を指摘されかねない。
殺されるとは思えないが、そうなるとなかなか困った事態になるかもしれない。
とはいえ、聖王は自分の駒としておかなければ、他の者達と差がつく可能性が高い。
少なくとも、最終的にはナンバーズ程度は下につけておきたい。
もしも、究極の生命が完成すれば、今の組織形態は確実に崩壊するのだから。
「博士はその後のことなんて何も考えていませんものね……でも私は、そのまま埋もれてしまうつもりはありませんの」
その後の世界でも重要なポジションを手に入れて今のように暗躍していく、それが今のところのクアットロの目標だ。
そのための切り札がこの少女、つまりは聖王とその力なのだ。
スカリエッティが究極の生命を求める上で現在の計画になる前に求めていた存在、それが聖王。
それを手に入れれば少なくともその後の世界で優位に立てるのは間違いないはず。
それが彼女の計算であったし、そのための今回の計画だ、以前の計画の要となる、聖王とゆりかご。
ゆりかごの力はアルカンシェルすら超えると考えられるという検証結果も出ている。
「そう後は目覚めるのを待つだけですわ……はやくめざめてくださいましね、聖王様♪」
中ですさまじい速度で肉体を成長させているヴィヴィオに向かって残忍に笑う。
しかしふと、気になる事があった。
それは、たくさんの空席となっている培養層とは別に、もう一つ中身の入っている培養層がある。
その中身は確か男、それも50代くらいのおっさんだったはず。
それを何気なく見たら20代くらいの頑強な肉体を持つ存在へと変貌していたのだ。
「なんですの……これは……」
彼女の背中がゾクリとする、それは普段彼女が感じている政治や罠に相手をはめ、逆に相手の罠をかいくぐる時のスリルとは違った。
たとえて言うなら、この背の高い、少し濃いめの二枚目といっていい男は、何者とも相容れないだろうという予感。
彼女はそういうあいまいな感情で動く事はまずないのだが、それでも彼女の全身が言っている、逃げろ、と。
「……今壊さないと」
クアットロはうわごとのようにつぶやき、培養層の生命維持装置のスイッチに手をかける。
それは意図的というよりも、本能的な行動だった、この震えを止めるにはこれしかないと思ったのだ。
だがその行動は、彼女のよく知る人物によって止められる。
「おやめなさい」
「ッ!?」
鋭い瞳をクアットロに注ぐその相手はウーノだった。
その姿を一瞬スカリエッティと見間違うクアットロ。
しかし、それも無理のない事、彼女はスカリエッティの遺伝子をほぼそのまま受け継いでいる。
見た目における大きな違いは女性であるということくらいだった。
「ウーノ姉様……もう戻っていらしてたのですか、では博士も?」
「いいえ、博士はこちらに戻るための準備が必要なものがあるため一日前後、遅れます」
「そうですの……」
「クアットロ、そこから離れなさい。そのスイッチを押せば私は貴方を殺すしかなくなります」
「……わかりましたわ」
別にウーノが怖いというわけではない、というよりウーノが今どれくらい憎んでいたとしても戦力差はさほどない。
逃げに徹すればウーノから逃げきる自信はあった。
しかし、その後、スカリエッティの怒りを買えば、彼を見た瞬間自分で自分を殺すよう命令されるかもしれない。
というより、確実にそういう未来が待っているだろう。
そして、この男を殺しても恐らく後がまがいないわけじゃない……。
そこまで考えを進めたところでクアットロは降参を示したのだ。
「利口ね、なら姉妹として最後に忠告してあげる、そっちの少女を調整したら出来るだけ急いでここから離れなさい」
「それは、もしかして……」
「ええ、博士は完成の糸口がつかめたと言っていたわ」
クアットロはウーノの意図するところを正確に理解した。
スカリエッティの研究が完成するという事は、ナンバーズはお払い箱であるという事。
つまりは、殺される可能性すらあるという事だ。
もう、スカリエッティのアジトには近づかないほうがいい、
生き残るつもりならこの聖王の力を持つようになるだろう少女を利用して生きていくしかない。
クアットロは心を決めた、恐らくウーノはもう死ぬつもりでいるのだろう。
ドゥーエはわからない、どこでもたくましく生きていきそうだ。
残りのナンバーズは全て捕まったらしい、それはそれで構わない、ある意味幸せかもしれないほどだ。
後は彼女が残してきたテンカワ家襲撃の際の人員だが……無理をしてまで助けようとは思えなかった。
「ありがとうございます。お姉さまも……」
「いいえ、私の未来は分かっています。貴方が気にする事はありません」
「はい」
この時、クアットロはウーノの事を可哀そうにと思うとともに、どこかうらやましくも思えた。
しかし、自分はそんな事をする気にはなれない、それではただの自殺にすぎないのだから……。
複雑な事情の中でとうとうパズルのピースは全て揃いつつあった……。