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〜Lost Serenity 失われた平穏〜
五話 視点者 アーク 「とりあえず離れろレイラ」
(オリジナル)
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『12月16日 アーク』

 広がっているのは際限ない赤茶色、手にも足にも顔にもそれらは乾燥しこびり付いていた。
 それが固まっていて指が動かなかったのか、それとも指を動かす気にならなかったのはよくわからない。血で元の色が分からない刃が彷徨っている。

「待て!! 殺さないでくれ!! 頼む―― ガハッ!!」

 大きなブロック肉を切り出すときにとてもよく似た感触、刃が筋肉繊維の間をズタズタ切り裂いて、奥のコリコリとした肉とも骨とも違う感触が切っ先から伝わる、脈打つたびにかすかな振動が手に伝わってくる。
 その感触は徐々に小さくなり、やがてどこかに消えてしまった。

「シャワーに浴びたい、温かくて気持ちいい、シャワーに浴びたいよ、いっつも使ってるあの広いお風呂使わせて、みんな死んじゃったから僕だけでいい。あ、あの荷物持ちは生きてるから二人だね、貸してよお風呂」

 物言わぬ肉の塊が、黒いドロドロとした生臭い液体を出しいるそれに語りかけている。
 月の光が、窓枠からやや鋭角に差し込む。月明りに照らされている彼は、黒い髪に黒い瞳、痩せこけて今にも餓死してしまいそうなほどだった。
 瞳孔は開いており、落ちつているように見えるが、今にも人を襲ってもおかしくは無かった。
 彼は肉の塊が持っていた紙切れを拾いあげる、血が滲んでところどころ読めなかったが、それが懐かしき母国の文字だということは認識することが出来た。
 難しい漢字を省き、最初に読めた文字が『アーク』意味は分からなかった。

「今日から名前を変えないと、昔の名前を使ったらこいつらみたいなのにまた捕まっちゃう」

 幼い少年はにっこりと明日を笑った。

「さっきから、なにぶつぶつ言ってんだ? アークとかなんとか?」

 奥から、自分の身長とは相反した、斧を担ぎながら軽々歩いている少年、静かに窓の外を眺めながら呟いた。

「新しい名前だよ、昔の名前使ったら、バレちゃうよ?」

「それも、そうだな、じゃあオレにも名前、付けてくれよ」

「う〜ん、『ガス』とかどう?」

「ガスだなわかった、アーク」

 ガス改名した少年は右手を差し出した。これが彼らの奇妙な出会いだった。

「うん、ガスよろしくね」



「アーク、起きてるかな? 寝てるスキに唇奪っちゃおうかな〜」

 目を開こうとしたが、やめたい、絶対に目の前に奴がいるからだ。

「とりあえず、離れろ、レイラ」

「あら、起きてたの、随分うなされていたみたいだけど?」

 アークは携帯端末の時刻を見る、設定時刻の一時間前だったが、二度寝する気分にもなれない。
 レイラの言葉を軽く相槌を入れ、テーブルに置いた、ハンドガンのUSPを手に取り、銃身をバラバラにして整備し始める。
 慣れた手つきで、銃を解体しゴミなどを掃除してゆく、何千回も生きるためにやってきたためか物の一分もかからず掃除が終わる、もともとそこまで汚れていなかったというのもあったためだろう。
 マガジンの残弾を確認し、銃身にセットしセーフティーをかける。

 物静かに静寂に包まれた、中で漆黒の髪と瞳が彼女を捕らえる。

「これから、ここを脱出してドイツの空港に向かう、多少荒々しいが我慢しろ」

「ええ、わかったわ」

 そっと立ち上がり、テーブルにあった軽機関銃M60を肩にかけ、椅子に座りこんだ。

「一応、聞くが銃は使えるか?」

 レイラは軽く頷く。
 USPを右手で差し出す。

「持っていろ、ここからはどうなるかわからねえ」

 それを一瞬戸惑いながら、受け取る。
 携帯端末の時刻を確認する、七時五十五分を指し示す、ほとんど夜明けだろう。

「(そろそろ大丈夫だろう……)」

 アークはM60のセーフティーを外す。

「いくぞ、レイラここからは自分の命は自分で守れ――」

 鉄の扉を引き、ギギッと音を立てながら空気が抜けてゆく。

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