シルフェニアリレー企画
黄昏の夢
the red world and true black

第三話

地球へ
エフィン








「ナデシコB艦、地球へと向けて―――発進します!」


艦長であるルリの言葉を受け、赤い大地より飛び立つナデシコB。
ナデシコが少しずつ速度を上げながら高度を高くしていくにつれ、クルーの皆が違和感を覚えていくのであった。

そして、その違和感の正体が何なのか気付いたのは宇宙から火星を眺めた時であった。



「火星が赤い……」

それを呆然と見ていたミナトが呟く。
他のクルーも同じ心境であろう、ミナトと同じく呆然としている。
それもそうであろう。
彼らの世界の火星は、テラフォーミング計画による環境改善ナノマシンにより環境が地球に近づけられ、
少なくとも今見える火星の様に真っ赤ではないのだ。
イネスの言った可能性 ――

-『遺跡が造られてもいないような超古代』 『今まで私達がいた世界と全く基盤が異なる世界』-

この二つの説を裏付けるような形の結果なので、彼らは今は只、呆然とするしかなかった。









「 ―― 皆さん、ボーっとするのは後にしてください。
 とりあえず、周囲の索敵ともう一度地球及びその他施設への通信を再度試みてください。」

「はいっ……本艦より周囲300km範囲内には反応無し」

「通信…駄目です! やはり反応がありません」

ルリの声に自分の仕事に戻ったクルーは各々の作業をこなしてゆく。
報告を聞いたルリは少し考えると、彼女の命を待つクルーに指示を飛ばす。

「警戒態勢をLv1へ。本艦はこれより通常航行に移行します」

「了解。警戒態勢Lv1、通常航行に移行します」

オペレータの艦内放送が終わると、一部を残し全員が立ち上がりブリッジから出て行く。

「…ホシノ艦長、よろしいのか?」

艦長席の後ろのほうでズィッと立っていたゴートがルリに訊ねる。

「何がですか?」

「まだ現状がどのようなものか分かってもおらんのに、警戒レベルを下げていいのか?」

「確かにそうですけど、いつまでも緊張状態では士気も保てませんし」

「まぁ、確かにそうだが」

「心配しすぎですよゴートさん、、忘れたんですか?
 このナデシコにはオモイカネと言う優秀なクルーがいるんですよ」

そのルリの言葉に合わせてオモイカネがスクリーンに【おまかせあれ】等といった文字を表示する。

「…そうだったな、失礼した」

彼女のオモイカネに対する信頼を、彼女の言葉で再認識したゴートは差し出がましい事したと一礼する。

「いえ、ゴートさんが心配する気も分かります。でも少しリラックスした方が良いですよ」

そう言うとルリは、では、とペコリとお辞儀をした後未だ強張った顔のゴートの傍を通り抜けてブリッジから退室していった。

彼女の後を追う形で退室しようと席を立ったミナトは、その場で突っ立っているゴートの傍まで行くと彼の背を押す。

「ほら、ルリルリに言われた様にリラックスしなきゃ」

「…あぁ。ところでどこへ連れて行くつもりだ?」

ミナトはニッコリと笑みを浮かべ、さも当たり前のように答える。

「もちろん、食堂よ」















艦内時間で言えば、現在は夕暮れ。
食堂に人が集まる時間であるが、今日だけは数が少なかった。

「…無理も無いか」

空席が目立つ食堂を見渡しながら、ゴートを引っ張ってきたミナトは嘆息しながらも空いていた席につく。

「堪えるだろうな、今の状況が悪いと知れば」

ミナトと向かい合うような形でゴートも席に着くと、そう呟く。

先程の火星の映像は全クルーが見ているし、イネスの仮説も全クルーが知っている。
幾らなんでも自分達が置かれている状況に感づくであろう。

「そうね…。 でも、これがナデシコAだったらどうなってたかしら?」

ふと思った事を口に出してみたミナトは、ゴートの反応を見る。

「ナデシコAならば、か。 そうだな…多分、今の俺らの様に気楽に夕食を取ろうとしているだろうな、皆」

そのゴートの言葉に、そうねと同意しながら改めて食堂を見渡すミナト。
席について食事をしているのは皆、知っている顔ばかり ―― つまりナデシコAクルーばかりであった。
ゴートの言葉が思い切り的中している事に苦笑いしていた彼女は、ふと食堂の隅っこにポツンと座って食事を取っている少女を発見した。

「あら?」

「おい、どうした?」

唐突に立ち上がって歩き出すミナトの行動に戸惑いながら、彼女の行く先を目で追う。



箸には慣れていないのか食事に苦戦している少女、ラピスはムーッと頬を膨らませると
箸を片方ずつ両手で持ちながら再度食事に挑戦しようと手を伸ばす。

「ラピラピ〜、お箸はそうやって持つものじゃないわよ〜」

「…?」

笑みを浮かべながら話かけるミナトを見上げたラピスは、彼女に向かって小首を傾げてみせる。

「あー私? 私はハルカ・ミナト、こうやってお話しするのは初めてね。 よろしくラピラピ」

「…よろしく」

笑みを絶やさずに言葉を交わしたミナトはラピスの隣の席に座って、彼女の頬に手を伸ばし

「ほら、ご飯粒がついてるわよ」

「ん」

付いていた米粒を取って口に運ぶ。






「…む、むぅ(///)」

その光景を見て赤くなる大男が居たり。







「……ラピラピって?」

「ラピスちゃんだから、ラピラピ。 可愛いでしょ」

「かわいい…」

「あれ、嫌だった?」

ミナトの問い掛けに、ラピスは首を振って否定すると少し頬を赤くして答えた。

「いい、ラピラピでも…」

「んで、ラピラピ。 どうしたの?」

どうしたの?と問われ、ラピスは持っていた箸をミナトに見えるように差し出す。

「ご飯、食べてたの…」

「んーとね、そういう事じゃなくてね。 何で一人で食べてるのって聞きたかったの」

相変わらず笑みを絶やさないミナトの言葉に、ラピスは少し考える仕草を見せて彼女に答えた。

「ご飯食べないと元気なくなる。 …アキト、起きた時に私元気なかったら悲しい。だから来たの」

「(この娘…)」

その言葉に驚いたミナトだが、すぐにもとの笑みに戻して語りかける。

「ラピラピは本当にアキト君の事が好きなのね」

「…好き?」

「そうよ。 アキト君の傍に居たい…、アキト君の為に何かしてあげたい…、アキト君のずっと一緒にいたい。
 アキト君とお話がしたい……ラピラピはそう思ってるでしょ?」

その問い掛けに彼女が頷いたのを確認したミナトはやはりニッコリと笑みを浮かべ

「それが、好きって事なの」

「……うん」

分かったような分からないような、そんな微妙な表情をしていたラピスだが納得の意を示し

「私はアキトが大好き」

表情こそまだ固いものがあるが、微笑みを浮かべたラピスにミナトは満足気に頷くのであった。



「でも一人で食べるのって、ラピラピ…寂しくない?」

「寂しい??」

寂しいという単語を理解できてない様子のラピスに、ミナトは言葉を続ける。

「一人で食べる時と、今私とお話しながら食べてる時、どっちが楽しい?」

その問い掛けにラピスは悩む。

「(一人で食べる…ただ食べるだけ。ミナトと一緒に食べる…なんだろ…でもたぶん…。)
 ミナトと一緒のときがいい」

そう答えるとミナトは彼女の頭を撫でながら言葉を紡ぐ。

「そうよね。でも私だけじゃなくて、食事は誰かと一緒に食べると美味しく感じれるし楽しいものよ。
 これからは食事のときは誘ってね♪」

「うん…!」

頷いてからラピスは気付く。

何時もはアキトと一緒に食事していたのに、最近は一人で食べる事が多かった。

その時に感じた物足りなさ、何か欲しいという感情。

ああ、それが「寂しい」という事だと。

そして、今感じている感情が「楽しい」という事なんだと。




この日から、必ずお供を連れて食堂にやってくるラピスが目撃されるようになったとか。























大した障害も無くナデシコBは地球に向かって順調に航行を続けていた。

最初の一日は皆が皆、不安などからくる緊張で場が張り詰めていたが
ナデシコが故か、二日目からは脱力しまくりお気楽モードに移行していた。
本来軍艦なので規律のある軍人が多いのだが、一部の旧ナデシコクルーによりすっかりされ
一週間もするとルリがナデシコAと錯覚する程、ラピスを含めたクルーが『逞しく』『自分らしく』『濃く』なったのであった。



「…納得いきません!」

「どうしたハーリー?」

ブリッジ当直のハーリーことマキビ・ハリが、突然不満を募らせた表情で大声をあげた為
もう一人の当直であるサブロウタは何時もの様に彼の眼前にニュッと顔を近づける。

「うわっ?! …だから!急に顔を突っ込んでこないでって言ってるじゃないですかぁぁ!! エッチィ!」

「おっと、悪ぃ。 で、どうしたんだ? 何が納得いかないって?」

全然悪びれた様子も無いサブロウタに不満げな表情を浮かべるハーリー。

「もぅ! …納得いかないのは最近の皆さんの事です」

「みんなの? 何か変わった事あったか?」

首を傾げた彼に、ハーリーは自分のデスクをバン!と叩くと、スクリーンを幾つか表示させる。

「見てください! この艦内の風紀の乱れっぷりを!」

会議室ではアニメ上映会、格納庫では萌えについて座談会、リラクゼーションルームではカップルがイチャイチャ。
それらの光景を「どうだ」と言わんばかりの表情で見せるハーリーだが、サブロウタの反応はあまり無かった。

「普通じゃねぇか?」

「普通じゃありませんよ!!」

鼻息荒く言う彼に、今度はサブロウタが引いてしまう。

「僕達は軍人ですよ!? 軍人として、もっと規律のある態度という物があるでしょう?!」

「とは言ってもな〜、半数が民間人だし彼らの雰囲気に釣られてしまうのも無理はないかと思うぞ」

「それが納得いかないんですよ!! 半数が民間人の方々だとしても軍人として、こうビシッとしないと
 突然の事態に対応しきれなかったらどうするんですか!!」

「はぁ…心配しすぎだぞハーリー」

「心配しすぎだって…!」

大袈裟に溜息をつくサブロウタに思わずムッとするハーリー。
そんなハーリーを落ち着かせようと言葉を掛けるサブロウタ。

「あのな、現状に問題があったら艦長が何か言ってくるはずだろう?
 多分ナデシコA時代と似たような感じだから、何も言ってこないんだろうな」

「ナデシコA…」

「まぁ俺自身は敵としてしか認識が無いんだが、あの時、普通の艦じゃないってのはわかったなぁ。
 この際だ。 オモイカネ、ちょっとナデシコA時代の記録など出せるか?」

ナデシコBのオモイカネは、ナデシコAオモイカネから分枝されたもの――つまりオモイカネの子供と言える存在が搭載されてある。
軍で運用する為に真っ白なオモイカネが必要であったのだ。
それがルリの意向で、前のオモイカネの記憶を一部引き継がせているのであった。



『可能』 『再生に時間が掛かります』 『少々お待ちを』



彼の声に答えたオモイカネは、データベースの一番深い所からデータを引っ張り出し、
高圧縮された【思い出】を解凍し、一枚一枚スライドショーの様に表示する。

『これはルリが初めてナデシコにやって来たとき』『これはルリがテンカワアキトに連れられ初めて食堂に行った時』

『これは整備班長ウリバタケセイヤが1/1等身大ルリ人形を作った時』『これはルリがテンカワアキトと食事している時』

『これはゲキガン祭りが開催された時』『これは……』


オモイカネが記憶の奥底から取り出した数十枚の写真には、殆どルリ中心であった。
それを食い入るように見ていたハーリーはある事に気付いてしまう。

「ねぇオモイカネ、艦長が沢山撮られているのは何となくわかるけどさ…
 どうしてあのテンカワアキトも一緒に写っているのが多いのさ」

「それは俺も気になったぞ。 …まぁ、だいたいの想像は付くがな」

「え?どんなですか?!」

サブロウタの言葉が気になったハーリーは彼に問いかけるが、サブロウタはスクリーンを指差して

「オモイカネに聞いた方が確実さ。 でオモイカネ、どういうことだい?」

その言葉にオモイカネは少し考え込むようにスクリーンを伸び縮みさせ始める。
そして、考えが纏まったらしく『お待たせ』と表示をさせる彼にハーリーは待ってましたと身を乗り出す。

『ルリがテンカワアキトに好意を持っていたからだと思われます』

サブロウタは「やっぱり」と呟き、ハーリーは口を大きく開けて呆然とする。

そんな彼に止めを刺すようにオモイカネは言葉を続ける。

『その好意は今現在も持っていると思われます』

ピッと現在アキトの傍でジッと彼を見詰めながらラピスと一緒に座っているライブ映像を見せながら。

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁん! オモイカネの意地悪ぅぅ!!!」

自分の恋心を完全に潰されたような形のハーリーは、泣き叫びながら伝家の宝刀ハーリーダッシュを発動させて
何処かへと走り去っていった。

「…オモイカネ、意外と容赦ないなぁ」

『今のうちに現実を知っておいたほうが良いかと思ったので』

「まぁ、そうだな。 艦長がハーリーを男として見る可能性って限りなく0に近いからなぁ、あの男が居る限り」

ウインドゥの先で二人の妖精に見守られながら、ぴくりとも動かず眠り続ける男を見ながらサブロウタは呟く。

「…早く起きろよな。あんなに心配してくれる人がいるんだから」





















「イネスさん」

既に日課と化しているルリの見舞いは、イネスにアキトの状態を確認する事から始まる。

そして活き活きとホワイトボードを引っ張ってきた彼女に制止の声をあげるルリ。
この情景もまた、日常であった。


「毎度の事だけど、どうして私が説明するのを嫌がるのかしら?」

渋々とホワイトボードを仕舞うと、不思議そうな顔をして腕を組むイネス。
一つの事を説明するに当たって、完璧に・詳しく説明するのが彼女のポリシーであるが故に
時間が掛かろうが、どんな些細なことでも細かく説明しようとするのだ。

そんな彼女を無視しルリはアキトの方へと足を進める。

「そんな事より、どうなんですか? アキトさん」

いつもの指定席に腰掛けたルリは、丸椅子を回転させてイネスの方を向きながら問いかけた。

「…まぁいいわ。 リリィ、レポートを表示してちょうだい」

『わかりました』

生き甲斐を「そんな事」で片付けられたイネスは不満そうにルリを見るが、その視線をも無視されたので
仕方なくリリィにアキトの体に関するレポートをスクリーンに表示させる。

「悪性ナノマシンの活性度は前日より-0.7ポイント。もう安全値ね。
 血液検査及び他の検査結果から、アキト君の体は回復に向かっているわ。
 これはナノマシン同士の競合による阻害が減り、医療ナノマシンがうまく活動し始めている証よ」

「ではアキトさんは…」

「残念ながら、だからと言ってアキト君の意識が戻ると言う保証は無いの」

「そんな!?」

希望を打ち砕くような言葉に、ルリは悲痛な叫びをあげる。

そんな彼女を見ながらイネスは、胸の奥底から浮かび上がってくるモノが
表情に出ないように堪えながら言葉を続ける。

「前にも言ったと思うけど、ナノマシンの暴走による負荷で彼の脳にどれだけのダメージが掛かったか、全く検討がつかないの。

 …正直な話、感覚が更に駄目になる可能性とそのまま目覚めない可能性を比べると、このま――」

「やめてください!」

「…」

「そんな事、聞きたくありません」

俯きながら弱々しく呟くルリに、イネスも沈んだ表情を見せる。

「ごめんなさい…。でも、辛いとは思うけど覚悟はしておいてちょうだい」

「そんな覚悟なんて、いりません」

どういう事かとルリに視線を向けるイネス。

「アキトさんはきっと目を覚ましますから」

強く、そして自信たっぷりに笑みを浮かべながらそう言うルリにイネスは圧倒される。

―― いつからこの少女は他人の事を気にかけられる様になったのだろうか?
―― いつからこの少女はここまで強くなったのだろうか?
―― いつからこの少女は人をここまで信じられるようになったのだろうか?
―― いつからこの少女は、同性をも惹きつける笑みを浮かべられるようになったのだろうか?

ナデシコA時代の彼女を知るイネスは、思わず見惚れてしまった自分に赤面してしまう。

「ごほん!…そうね、きっとお兄ちゃんは起きるわよね」

そんな彼女の笑みを見た為か、それがとてつもなく低い可能性だとわかっていても
きっとアキトは再び目を覚ますと…信じられる気がした。


























「地球までの行程、残り約30%です」

何事もなく順調に航海を続けたナデシコBは、
遂に目視ではっきりと地球がわかる距離まで辿り着いた。

その過程であるべき場所にある宇宙ステーションが存在しなかったり、
望遠で確認しても、月に人間が移住している形跡すらなかった事が判明した。

そして、たった今―――

「観測結果、でます」

ナデシコの望遠機能で映し出された映像には、自分達の住んでいた地球と同じ大陸図が映し出されていた。

「…もう少しズームにできませんか? 出来れば地表を」

太古の世界に飛んだ可能性が消えたので歓喜にあふれるブリッジの中、
一人表情を変えないルリは、ハーリーに地表の映像を映せないか尋ねる。

「えっと、ナデシコの望遠機能では無理ですが、探査機を先行させてなら…」

「そうですか。 無理に見る必要も無い訳ですし…ま、近づいた時にでも改めて調べればいい事ですし」

物資の補給が出来るかも危うい状況において、使い捨ての探査機をこの場面で使用するのも
どうかと思ったルリは、そう指示を出すとズームされた地球を見つめる。

「(これでイネスさんの仮説はひとつに絞られた訳ですが…)」

「どうしたんですか艦長?」

難しい顔をしているルリに、ハーリーは不思議そうに問い掛ける。

「さっきの大陸図を見て確信したんですが、やっぱり此処は私達の世界とは違うようですね」

「大陸図で…?」

「えぇ、よく見てください」

観測された大陸図と普通の大陸図を並べて見せる。

「ちょっと見た感じですが、海水面が上昇しているのか微妙に陸地が少ないんです」

「あ、そういえば」

「まそれだけなんですが」

そう言ってルリは再びスクリーンに視線を戻すと、ふぅっと一息つく。
そして時計を確認するとスッと席を立ち「お疲れ様」と声を掛けるとブリッジを去っていくのであった。



















―――
――

ぼんやり意識が開く。

相変わらず自分の両手には温もりが感じられる。
気がつくと、この温もりは常に自分と共にいた。

嬉しかった。

そして、自分が情けなかった。
この温もりを与えてくれる存在に、何もしてやれないのかと。

だから、頑張ろうと思う。

何をどう具体的に頑張るかはわからないが、とにかくこの存在にお礼を言う為に
口を動かそうとする。 眼を開こうと瞼に力を込める。
手を握り返そうともがく。 起き上がって抱きしめようと体を動かそうと力を込める。

努力の甲斐も無く、全ては失敗に終わる。

が、まだ諦めない。
この夢心地な状態――意識がある状態――が終わるまでは。























「! イネスさん!」

地球が映し出されたスクリーンを表示させながら、眠り続けるアキトに話し続けていたルリは
驚いた表情でイネスを呼ぶ。

「どうしたの、ホシノルリ?」

本を片手にやってきたイネスは、驚きと喜びが混じった表情をしているルリと――

「ラピスも?」

ラピスを見、困惑した表情を浮かべる。

「アキトさんが、手を握り返してきたんです!」

「(こくこく)」

「え?!」

慌てて本を置き、アキトの手を確認するイネス。

「…リリィ!」

『わかりました!』

しっかりとルリとラピスの手を握っている彼の手を確認した彼女は、
すぐさま医療装置の数値を見ながらリリィに情報を纏めさせる。

「い、イネスさん?」

急に慌て始めた彼女にルリが恐る恐る問い掛ける。
もしかしたら悪い兆候なのか――と、ルリとラピスは顔を強張らせる。

「少し待って」

振り向かずに装置を操作し続けるイネスはそう言って少し経つと、その手を止めてルリ達に振り向く。

「これを御覧なさい」

たくさんのスクリーンが表示され、イネスはその中の【HEAD】と表記されたスクリーンを指し示す。

「これはアキト君の脳の状態よ。今までは最小限の反応以外、何も示さなかったけど
 今はこの通り、何故か活性化しているの」

マンボウ型のアイコンでリリィが的確に活性化している部分をルリ達に教える。

「という事は…!」

「先日の言葉は撤回させてもらいましょう。 希望、持ってもいいわ」

笑みを浮かべたイネスに、ルリは嬉し涙を浮かべる。

「アキト、起きるの!?」

「そうね。 何時になるかはわからないけど、これなら…」

「…良かった」

その言葉に安心したのかラピスは嬉しそうにアキトの手をギュッと握りしめ語りかける。

「アキト、私アキトとご飯食べたいな。 早く元気になってねっ」

「ぐすっ。アキトさん。私、まだ話したい事が沢山あるんですよ? 早く起きてください」

負けずとルリも語りかける。

「…あら?」

お互い競い合っているわけじゃないが、交互にアキトに自分の想いをぶつける二人を羨ましそうに
見ていたイネスは、彼の脳の活性度が上がっていく事に気づく。

「ねぇリリィ」

『はい?』

先程まで読んでいた本を手にとって、リリィに向かって

「…最後まで諦めないで色々試すものね」

と微笑を浮かべて言うと、

『そうですね!』

AIであるリリィも自身のグラフィックを表示させ笑みを浮かべるのであった。




イネスが読んでいた本は、【医療は会話から】と云う有り触れたタイトルの本であった。





















あとがき

まず一言。

遅れて申し訳ございませんっ!!!

言い訳はしません。

スケジューリングを誤った自分が悪いのですから…orz



今回、火星→地球間のインターミッションといった形で書かせていただきました。

アニメでいうと3、4話辺りの地球→火星間といった所でしょうか。

アキト覚醒&その他色々はR2さんに任せます!(酷っ

うーん、これ以上書くことも無いのでこれにて…。







こんにちは☆第C走者のR2です(人*゜∀゜)よろしくっ

最初にB話を読んで思ったコト。
エフィンさんがA話の感想で書かれていた「(第A話は)各キャラクターの心・感情の推移がメイン」を上手くつないで「心・感情の成長や発達」がメインに据 えられた話だなぁと思いました。
きっちりリレー小説って感じで書いてていいですねっ♪

私もこんな感じで次の走者(  さん)に話のバトンを渡せたらなぁ。
特にラピスの成長とルリの変化を、それぞれミナトとイネスの視点から見せつける形で書かれているのが印象深いですね〜。
お約束のハーリー君シーンがさらりと入っていたところが個人的に嬉しいです(゜〜゜pq*)♪笑

でぁでぁ、がんばって第C話書かせていただきますっ …遅くなったらごめんなさい



◆◇◆◇おしまい◆◇◆◇


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