俺の名前は正木太老。先週、五歳の誕生日を迎えたばかりのピチピチの幼稚園児だ。
 村には子供が少ないこともあって、昨年の春から街の幼稚園に通っている。
 俺としては、今更そんな場所へ通う意味を見出せなかったのだが――押し切られた。
 最初に俺を幼稚園に通わせようと言いだしたのは砂沙美だった。そこに『正木』の女性で構成された淑女会が同調したという結果だ。
 母さんも一枚噛んでいるらしい。この決定には鷲羽すら逆らえなかったそうなので、天地や男連中に期待するのは最初から無駄だったのだろう。
 まあ、勝仁に剣術を習ってはいるが、鍛練の時間以外は工房に引き籠もってばかりだしな。
 外へでて、もっと遊んで、友達を作ってきなさいと言うことらしいが、俺には前世の記憶がある。中身は良い歳の大人なので、これが難しい。
 幼稚園児に混ざって遊ぶというのも……そもそも何をすればいいんだ? と、まずそこから大変だった。
 しかし、俺に拒否権はない。鷲羽に前世の知識があることがバレて両親とは離れて暮らしているが、そんな俺と真剣に向き合い、いまも愛情を注いでくれる両親には感謝している。その両親が望んでいるのなら、悲しませるような真似はしたくない。それが俺に出来る唯一の親孝行だと思っていた。
 だから立派な園児≠ニなるべく心に誓ったというのに――

「太老ちゃん、正座」

 何故、俺は砂沙美に説教されているのだろう?
 実はこれが初めてではない。もはや日課のように俺は幼稚園から帰宅すると、砂沙美やノイケに代わる代わる叱られていた。
 後ろのソファーには、なんだか疲れきった様子でソファーでだらける魎呼の姿が確認できる。
 一人でも問題はないのだが、一応は園児だ。街の幼稚園への送迎は魎呼と阿重霞が担当してくれていた。
 面倒を掛けて申し訳なくは思っているが、幼稚園の送迎がそんなに疲れるようなことなんだろうか?
 最近、酒の量が増えているみたいだしな。原因は恐らくそれだろう。大人なんだから体調管理はしっかりとして欲しいものだ。

「とにかく! もう先生を困らせちゃダメだからね! わかった?」

 砂沙美の剣幕に押されて、いつものように取り敢えず頷いて見せたが、よく話を聞いてなかった。
 そもそも先生を困らせるようなことをした覚えはないんだが……ちゃんと子供らしく出来ているはずだ。
 出来てるよな? 子供らしく素直≠ノ、時には我儘≠煬セって、はっちゃけてるつもりなんだが――

「……もうちょっと自重しろよな」

 そっくりそのまま言葉を返したい。
 魎呼にだけは言われたくなかった。





異世界の伝道師・番外編『スーパー園児太老くん』
作者 193






「はあ……太老の奴、こんな調子で大丈夫なのか?」

 宇宙海賊として恐れられる魎呼なら、こんな風に子供の心配などしなかっただろう。
 しかし血の繋がりはないとはいえ、鷲羽を育ての親とする太老は、謂わば魎呼の弟≠ニ言っても間違いではない。
 長く一緒に暮らしていれば、愛情の一つも湧く。
 特に太老や剣士を見ていると、幼い頃の天地を思い出して懐かしい気持ちになる。
 魎呼にとってそれほどに、太老は『柾木家』に欠かすことの出来ない大切な存在になっていた。
 だが、しかしだ。太老の破天荒極まり無い奇天烈な行動を見ていると、魎呼は頭を抱えざるを得ない。

「アイツ、段々と鷲羽に似てきた気がするんだよな……」

 太老が聞けば、絶対に認めないであろうことを口にする魎呼。昔から太老は、美星以上に突拍子もないことを平然とやる行動の読めない子供だった。それに拍車が掛かり始めたのが、鷲羽が太老に賢者の石≠与え、教育を施し始めてからだ。
 太老は睡眠学習のようなもので必要な知識を叩き込まれたと思っているようだが、とんでもない。賢者の石とは『Non-Brain審判調査用ユニット』――所謂『NB』と呼ばれるサポートメカを、鷲羽が嘗て『ローレライ』の異名を持つGPの英雄『山田西南』のために体内型に改良したものだ。
 太老に用いられたのは、その更なる発展型。本来は所有者に不足している知識をサポートし、データ蒐集のために宿主の状態をモニタリング(監視)するためのものでしかないこれを、太老は無意識にシステムを乗っ取ることで〈賢者の石〉が持つ膨大な知識だけを吸収してしまったのだ。
 鷲羽が太老を『哲学士の弟子』として育てることを決めたのは、この時だった。しかし、それが悲劇の始まりだったとも言える。
 嘗て、アカデミーを震撼させた科学の申し子。哲学科の赤い悪魔。その知識を継承した『哲学士タロ』の誕生だった。

 その日から自分のアイデアと知識を確かめるように太老は工房に籠り、現役の哲学士でも驚くような発明品を次々に生み出すようになっていった。
 片手の指で足りるほどの小さな子供がだ。
 それを目の当たりにして、最も直接的な被害を受けてきたのは言うまでもない柾木家の面々だ。
 特に魎呼は『子育てって、こんなに大変なんだな』と遠い目で空の彼方を見上げるほどに太老に振り回され、語るも涙、聞くも涙の大変な毎日を送っていた。
 自然と酒の量が増え、あの阿重霞ですらそんな魎呼を見て、体調の心配をするほどだった。
 このままではいけないと家族会議が開かれ、正木の淑女会が緊急招集される事態に問題が悪化するのは、そう遅くなかった。
 いっそ、太老をアカデミーに通わせではどうかという案も浮上したが、ずっと特殊な環境下にいれば常識的な感覚を失ってしまう。
 今更遅いかもしれないが、普通の子供として地球の幼稚園に通わせ、しばらく様子を見るという案が採用されたのだ。
 同年代の友達が出来れば、少しは常識≠学んでくれるだろうという期待を込めてのことだった。
 だが、その効果が出ているようには見えない。
 太老に悪意はない。家族を心配させまいと、子供らしく振る舞っているだけなのだろうが見事に空回りしていた。

 太老に常識を学ばせるために幼稚園に通わせたというのに、幼稚園の方が太老に染められるという状況に現在はなっている。
 子供は素直だ。周りの影響を受けやすい。そんななかに太老という劇薬を放り込めば、どうなるか? 想像して然るべきことだった。
 現在、太老の通っている幼稚園には『太老予備軍』とでも呼ぶべき園児たちが群れをなしていた。
 最初の頃は、まだマシだったのだ。幼稚園の先生たちも太老を見て、リーダーシップのある元気な男の子というイメージだった。
 しかし次第に園児たちが統率された動きを見せるようになり、何かおかしいと思った時には園児による園児のための組織が誕生していた。
 なかには大人顔負けの知識力と言動で、先生や親すらも言いくるめるハイブリッドな天才園児まで現れ、有名小学校への入学だけでなく国内外の研究機関からのスカウトを受ける園児まで現れた。その翌年から入園希望者が殺到し、職員総出で対応に奔走することになったのは言うまでもない。

 太老が入園して僅か一年で、幼稚園そのものも変わってしまった。
 園児のためにと、皆で遊べる遊具を太老が作り始めたのだ。
 そう、その時点で勇気のある大人が止めるべきだった。
 いま太老の通っている幼稚園(?)は、どこかの『夢の国』のような様相を見せている。
 テレビからも取材が押し寄せ、正木の村の関係者が情報操作に奔走し、遂に園長が胃潰瘍で入院してしまった。
 何度も言うようだが、太老に悪意はないのだ。それだけに、たちが悪い。

「このまま太老が成長したら……」

 第二の鷲羽――いや、それ以上に恐ろしい存在に成長するのではないか?
 そんな想像をして、魎呼はブルリと肩を震わせる。
 いまはまだ無名だが、『哲学士タロ』の名が銀河に轟くのも時間の問題だった。


  ◆


 それから数日が経ってのことだ。

「太老が友達を連れてきた!?」
「え、ええ……」

 阿重霞から『太老が友達を家に連れてきた』という話を聞き、自分のことにように喜ぶ魎呼。

「そうか、そうか! このまま友達が出来ないんじゃないかって心配してたけど、本当によかったぜ!」

 これで太老も少しは常識を学んでくれる。そんな風に魎呼は思っているのだろう。
 喜ぶ魎呼を見て、阿重霞は何も言えなかった。
 言えるはずがない。そもそも気付くべきなのだ。
 太老が連れてくる友達が普通≠フはずがないと言うことに――

「あ、魎呼さん。紹介するよ。異世界から魔法少女に憧れてやってきた――」
「ミルたんだにょ」

 その日、柾木家のリビングには、真っ白に燃え尽きた魎呼の姿があったそうな。


  ◆


「天地さん」
「なんだい? 太老くん」
「最近、魎呼さんに避けられてる気がするんだけど、俺なんかしたかな?」
「……自分の胸に手を当てて考えてみるといいよ。俺からは言えることはないかな」

 最近、魎呼に避けられている気がして天地に相談をしてみたのだが、余り参考になる答えは返ってこなかった。
 自分の胸に手を当てて考えてみるが、まったく心当たりがない。

「ところで、さっきから何をしてるんだい?」
「この間、家に連れてきた友達がいるでしょ?」
「ああ、異世界からやってきたって彼のことか……」

 異世界からやってきた魔法少女(予定)のミルたんだ。
 初めて彼女(?)を見た時、筋肉ムキムキの大男が魔法少女のコスプレをしている姿に驚いたが、人を見た目で判断するのはよくないからな。
 ああ見えて、ミルたんは良い奴だ。空から降ってきた美星のシャトルを受け止め、俺を庇ってくれた恩がミルたんにはある。
 恩には恩で報いるべきだ。話をしてみれば、悪魔の力を借りて異世界からやってきたらしい。
 魔法少女に憧れているらしく、異世界に行けば『魔法』を使えるようになるのではないかと考えたそうだ。
 周りにバカにされようと、夢を叶えるためなら悪魔すら利用する。なかなか真似の出来ることじゃない。

「次元ホールの特定は済んで、元の世界へ送り届ける算段はついたんだけど――」

 そこから意気投合して、友達になるのに時間はそう掛からなかった。
 折角できた友達と離れ離れになるのは寂しいが、ミルたんはこの世界の住人じゃない。
 帰るべき場所があるのなら、笑顔で送り出してやるべきだろう。
 しかし、まだ俺はミルたんに恩を返していない。だから考えたのだ。

「折角だから友達≠フ夢を叶えてあげたいと思ってね」

 友達の夢を叶えてあげたい。そう、俺は考えたのだ。そして、そのための知識が俺にはあった。
 いま俺が開発を進めているのは、『魔法少女大全』と名付けた変身アイテムのプロトタイプだった。
 これを使えば魔砲≠使えるようになるだけでなく、ミルたんの望む少女≠フ姿に変身することが出来る。
 男なのに少女はおかしいって? そんな固定観念を持っているから新しい発想が生まれないんだ。
 魔法少女は性別の壁を越える。心が少女なら、そんなものは些細な問題でしかないと、この発明が証明してくれるはずだ。

「そっか。友達おもいなんだね」

 ただ、俺がそうしたいからしているだけだ。
 でも天地にそう言われて、悪い気はしなかった。


   ◆


 太老に見送られ、ミルたんが元の世界へ帰還して一週間が過ぎた。

「アイツ、やっぱ落ち込んでるんだろうな……」
「そんなに気になるのなら様子を見てきては?」

 太老のことを心配して落ち着かない様子を見せる魎呼を見て、阿重霞は苦笑を漏らす。
 いろいろとショックな出来事が続いたのは確かだが、太老を避けていたことを魎呼は気にしていた。
 幾ら非常識な行動が目立つと言っても、太老はまだ五歳だ。
 そのことを考えると、自分の取った態度は大人気なかったと魎呼は反省していた。
 太老が友達を家に連れて帰ってきたのだから、本来であれば喜ぶべきだったのだ。
 とはいえ、阿重霞も今回の件に関しては魎呼を責める気にはなれなかった。
 ミルたんを見て、まったく動じなかったのは鷲羽と美星。それに剣士と魎皇鬼くらいだ。

「しかし、毎回よく落ちるよな」
「ううっ……何度も何度も、すみません」

 そんな風に魎呼と阿重霞が話をしていると、窓の外から太老と美星の声が聞こえてきた。
 二人でデッキテラスにいるようだ。美星のシャトルの修理が終わったのだろう。
 当事者ということで、今回は太老がシャトルの修理を鷲羽に言い付けられていた。

「……ちょっと行ってくる」

 姿を消し、太老のもとへ向かった魎呼の背中を、阿重霞は心の内で応援しながら見送る。
 普段は天地を取り合って言い争っている二人ではあるが、本気で互いのことを嫌っているわけではない。
 特に太老や剣士のことでは今回のように相談をしたり、協力しあうことも少なくなかった。

「だが、そうした悩みも今日で終いだ!」

 そう言って胸を張る太老を見て、パチパチパチと拍手を送る美星。
 いつものようにシャトルが壊れて落ち込む美星に、なら「修理のついでに改良してみるか?」と太老が話を持ち掛けたのだ。

「これで、もう落ちる心配はないんですねー」
「いや、それはもう諦めた」
「……え?」
「どうせ落ちるなら、落ちるの前提で対策を練ることにしたんだ。まあ、見てな」

 会話に集中し、まったく周りが見えていない二人を見て、魎呼は動きを止める。

(太老の奴……人の気も知らないで……)

 大人気なかったことは認めているが、素直に謝る気にはなれない。
 なら憂さ晴らしに少し驚かしてやろうと、魎呼は姿を消して反対側に回り込むことにした。
 そして、

「太老――」

 隙を窺い、太老に声を掛けようとした、その時だった。
 池の底から飛び出してきたシャトルが魎呼に衝突したのだ。

「なあああああッ!?」

 為す術なくシャトルと共に空の彼方へ消え、星となる魎呼。
 そんな魎呼に気付いた様子もなく、太老と美星は遠ざかっていくシャトルの姿を呆然と見上げていた。

「危険を感知すると、自動で衝突を回避するシステムを組み込んだんだ」
「でもシャトル、飛んで行っちゃいましたけど……」
「飛んでいったな」

 反重力装置の調整を間違えたかな、と頭を掻く太老。
 その日からまたしばらく、魎呼に避けられる日々を太老は過すことになるのだった。




あとがき

 まずは13周年記念おめでとうございます。
 私がシルフェニアを知ったのが4年目なので、もう9年になるんですね。年月が経つのは早いものです。
 この話は時系列から言うと『鬼の寵児編』が始まる数ヶ月前の話です。『魔法少女大全』誕生の秘話や、柾木家の人々の苦労がこの話でわかって頂けたと思います。特に魎呼……。
 余談ですが、太老が通っていたのは西園寺グループが経営している幼稚園という設定です。
 この頃から水瀬や西園寺は太老に振り回され、後の実験都市計画へと繋がって行く訳です。
 なお、元の世界に帰ったミルたんがどうなったかはご想像にお任せします。
 いまのところ、そこまで書く余裕はないので……。



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