ダメ! アキトモドッテ!!

 ラピスの悲痛な叫びがアキトの元へと届く。

「ダメだ。ラピス、戻るんだ。」
「アキトガイッショナラ。アキトガイッショデナイト、ダメ」
ラピスっ!!!

 焦るアキトの声がサレナの中で木霊す。
 ――ビービー! そんな中、敵の接近を知らせる警告音が機体の中に鳴り響いた。

「くっ! もう、新手が来たのか。余程、俺は恨まれていると見える」

 すでにサレナはボロボロで推進剤も残り少ない状態。アキトの疲労もピークに達していた。

「せめて、ラピスだけでも守らないとな……」

 残り少ない気力を振り絞り、アキトは迫り来る敵へとその殺意を向ける。

「(ダメ、アキトガイナクナッチャウ。アキトガ死ンジャウ)」

 ラピスはボロボロになっても戦うアキトの姿を見て、今にも迫ろうとする死の恐怖に震えていた。
 自分が傷つくことは怖い。死ぬのはもっと怖い。

「ダケド、アキトガイナクナル方ガ、ズット怖イ」

 ユーチャリスの相転移エンジンを全開にすると、ラピスはアキトの元へ一直線へに進む。

「アキトハ、アキトは私が殺させないっ!!!

 ラピスの初めてとも言える、今までにない強い感情がユーチャリスの中で溢れ出した。

「ラピスっ!!!」

 ユーチャリスの接近とラピスの異常を感知したアキトに動揺が走る。

「ユーチャリスが光っている。まさか……」

 青白く目映い光を放ち近づいてくるユーチャリスを前にアキトは必死にその名を叫び続けた。

ラピスゥゥゥゥ―――!!!

 ――刹那。二人を中心に、世界は青い光に包まれた。





紅蓮と黒い王子 第2話「……ここは一体どこだ?」
193作





ラピスっ!

 ――ガバッ!

「……アキト?」

 首を傾げながら、自分の名前を呼び飛び起きたアキトを不思議がるラピスがそこにはいた。

「――ここはユーチャリスか。いや、何でもない」

 ユーチャリスの船内であることを確認すると、アキトはラピスを見て、今一度その無事な姿に安堵する。

「アキト。艦内ノ状態確認オワッタヨ」

 そう言うとラピスは艦橋のディスプレイにアキトにも分かるように艦内状態を表示する。

「相転移エンジンノ出力ガ極端ニ落チテル。アキトガ捕獲シタロボットカラ使エソウナ予備パーツヲ、アノ子達ニ運バセタカラ、明日ニハ航行ハ可能ニナルト思ウヨ」

 そう言って指す先には、ユーチャリスに搭載されていた無数のバッタ(無人兵器)達が、昼間のロボットを解体している姿があった。

「そうか。ありがとうな」

 アキトが感謝の言葉を述べながら、ラピスの頭を優しく撫でると、ラピスはどことなく恥ずかしそうな仕草をする。

「エ、エットネ。デモ、ソレホド高イ高度は飛ベナイト思ウ。マダ、エンジンノ出力ガ安定シナクテ、動ケルノガヤット……」

 アキトに褒められた後なのに、それでもそれに応える事が出来なかったのが悔しいのか、ラピスは少し落込んだ表情を見せる。

「ラピスはよくやってくれてるさ。動けるだけでも随分とマシだ。それに出来るだけ早くここを離れないといけなくなるだろう」

 そう、昼間のロボットに乗っていた奴の仲間が、ここに来る可能性もある。ラピスを危険に晒すわけにはいかない。
 相手が何者かも分かっていない以上、ここに留まるのは危険だ。

「アキト。何カガ近ヅイテキテル」
「何? 昼間のロボットの仲間か?!」

 考えていた最悪の事態を想定しながら、アキトは現状を確かめる。

「違ウミタイ。人間ミタイダヨ」

 画面に映し出されたのは黒尽くめの怪しい4人組。こちらの様子を伺っているのか、砂丘に身を潜めている。

「状況を確かめてくる。ラピスはここで待機。ユーチャリスに不審に近づく者がいたら威嚇射撃しろ」
「ウン」






「兄ちゃん〜。やっぱヤバイって。あれ、きっと昼間、ガンメンと戦ってた奴のアジトだよ」
「でも〜。あの黒い格好の人、すっごく強かったわよね」
「ですね……。それに変なお面で顔は隠していらっしゃいましたが、格好よかったです」
あ〜! うっせぇ!! この馬鹿娘どもっ!!! 獲物を横取りされてテメエらは悔しくないのか?」
「悔しいも何も、先日、命からがらあいつらから逃げ帰ってるんですけど……」
「やっぱり、私達だけでガンメン二機相手ってのは無理があるわよね〜」
「もう、砂の中に潜るのは嫌です……」

 三人娘と男の意見は見事に別れ、敵地の中だというのに言い争いを始めていた。






「何なんだ? あいつらは……」

 気付かれない様に気配を消し、背後に回っていたアキトは、目の前で起こっている状況に思わず眉間を押さえる。

「とにかく、奴らを捕らえて状況の確認をするしかないか。上手くいけばこの星の情報も得られるかも知れない」

 4人が言い争いをしている中、素早く男の背後に回りこむと、アキトは懐に忍ばせてあった銃口を後頭部に当てる。

「動くな。動けば殺す」

 アキトは鋭く尖らせた殺気を、男とその前にいる女性達に向ける。

「テ、テメエ……」
「お前達、ここで何をしていた? ずっとこちらを見張っていたようだが、昼間の連中の仲間か?」
「誰がガンメンなんかの! そう言うテメエこそ何もんだ! あいつは俺様の獲物だったって言うのによ?!」
「そだっけ?」
「うう〜ん? こう言うのを負け惜しみって言うのかしら?」
「根も葉もない、逆恨みって奴です……」

 と、どっちの味方か分からない酷評を三者三様に述べる娘達。

「お前ら、ここは兄ちゃんを立てるとこだろっ!」
「いや、だってね〜」
「それにそっちの黒服の人の方が格好いいし〜、強いし〜」
「……頼れる男と、頼れない兄の違いでしょうか?」

「……もういい。お前達が昼間の連中と関係がないのは分かった」

 アキトは困惑していた。このテンション。このノリ。ナデシコのクルーを髣髴とさせる彼らの態度に。
 銃口を突きつけられて、殺気を向けられている相手にとる態度ではない。
 肝が据わっているのか、ただの馬鹿なのか……

「むしろ、後者だな」
「ん? 何だか、凄く馬鹿にされたような気がするんだが……」

 勘は鋭いらしい。

「お前達が昼間の連中と関わりがないと言うなら済まなかった。こちらも状況が状況なだけに形振り構っていられなくてな」

 そう言うとアキトは銃口を下ろし、男から距離をとる。

「勝手で悪いが少し話を聞きたい。そちらに敵対の意思がないと言うなら、こちらも相応の条件で交渉してもいい」
「それって、歯向かうつもりなら力づくでも聞き出すってことかぁ?」

 男は先程、銃口を向けられていたことを根に持っているのか、敵を見るような目つきでアキトを見つめる。

「あ〜! もう、兄ちゃん何やってんだよっ!!」

 ――ドゴンッ!!! 鈍い音がなったと思った瞬間、先程の男が地面に顔をつけていた。

「あたし〜。長女のキヨウって言います〜」

 素早く近づいてきたグラマーな金髪美女が腕をとり、胸を押し付けてくる。

「次女のキノンと言います……」

 少し後ろから、控えめな眼鏡を掛けた少女が、気恥ずかしそうにアキトを見詰めていた。

挿絵 「ちょ、姉ちゃん達ずるいっ! 俺様は三女のキヤルだぜぇ!! よろしくなっ!!!」

 見た目からも活発な黒髪の少女が私もとばかりに空いているアキトの片腕をとる。

「ああ、よろしく……。俺はアキトだ」

 三人の勢いに圧されながらも何とか自分の名を口にするアキト。

「そして〜、こっちで寝てるのが兄ちゃんの……」
そうさっ! 世に知れた獣人ハンター!! 黒の兄妹が長兄!! キタンさまとは俺様のことだぁ!!!

 いつの間にか復活したキタンと名乗る男は、どうやったのか一番高い砂丘の上に乗り、高々とポーズを決めていた。

「で、ダーリン? 何か聞きたいことがあったんでしょ? あたしなら何でも手取り足取り好きなこと教えてあ・げ・る」

「姉ちゃん! 抜け駆け禁止っ!!」
「――ダ、ダーリン?」

 ――ズギュンッ!!!

なっ!×5

 ユーチャリスから撃たれた、高出力のレーザーが、すぐ傍にあった砂丘をドロドロに溶かしてしまった。

『アキト。話ヲ聞クナラコッチニ戻ッテ来タ方ガイイ。警戒ハコノ子(バッタ)達ニサセテルカラ大丈夫』

 ユーチャリスから送られてきたラピスの淡々とした通信に、アキトの背中に思わず冷たい汗が流れる。

「そ、そうだな。そうするか……」

 この意見に逆らう者は誰もいなかったという。






 ――で? なんでこうなってるんでしょうか?
 アキトの膝の上にはしっかりとラピスが腰掛けて、周囲の女性陣を無言の重圧によって威嚇している。

「私ハアキトノ物。私ハアキトノ一部」

 ――ラピスさんっ! あなたはこんな場所で、何でそんな爆弾発言をっ!!

「ダーリン……そう、ダーリンは未成熟な方が好みなのね……」
「でも……あの……アキト様がロリコンの変態でも、私はお慕いしていますから……」
「お、俺じゃダメなのか???」

 とそれぞれは自分とラピスの胸を見比べながら、複雑な心境に駆られていた。

「ま、アキト。テメエがロリコンなのはよく分かった。だが、しかしっ! 俺様はそんなことで、さっきの事を忘れたわけじゃねぇぞ!!」

 そして、ここに空気が読めない男が約一名いた。






「ガンメンに獣人、それに地下都市か……」

 黒の兄妹の話を聞いたアキトは、自分達が迷い込んだ星の現実に渋い顔を見せる。

 地上に現れる獣人はガンメン≠ニ言うロボットを使い、地下から地上に這い上がってきた人間を狩るのだと言う。
 ほとんどの人間は地上を知ることもなく一生を地下で終え、地上にでたとしてもその人間は獣人に狩られる。
 まるで悪い夢を聞かされているかの様なこの星の現状に、この先どうするべきかアキトは考えていた。

「地下に押し込められた人々か。しかし、獣人たちは何故そんなことをする? 話を聞いている限りでは人間を全滅させようとか、そういう話ではないようだ。むしろ、人間を地下に押し込めて、地上に出てこないように仕向けている節がある」

「そんなのわからねぇよ。俺たちが生まれるずっと前からこんな感じだしな」

 先程の様子からもキタンの言葉に嘘はないと思える。

「もっとも、現状では獣人が何を考えていようが、やることに変わりはないか」

 ラピスの安全。それが最優先である以上、現状で獣人たちと関わりを持つことが一番危険と言える。

「ラピス。予定通り、明日にはここをでるぞ」

 ……コクリ。首を縦に振って答えるラピス。

「すまなかったな。で、お前達の要求を聞いてなかったな。と言ってもこちらに出来ることは限られるが。現状では少し食料を別けてやる位しか出来ない」
「なあ、アキト。この馬鹿でかい乗り物って本当に動くのか?」
「ああ。今は修理中だが明日にはそれも終わる。そしたら俺達はここを立つつもりだ」
「だったらさ、俺達ものっけてってくれない?」
おい。キヤルっ!
「だってさ〜、兄ちゃん。あの獣人ども追いかけて、こんなとこまで着ちゃったけど、一度アジトの方にも戻らないと。また、フラフラこんな砂漠の中歩いてたら獣人に見つかっちゃうって」
「馬鹿野郎っ! 俺達は獣人ハンターだぞ!! 獣人を怖れてどうするんでぇ!!!」
「でも、もう燃える水のストックもありませんし……」
「まぁ〜、兄ちゃんが後先考えずに馬鹿スカ投げまくってたもんね〜」
「ぬうっ!」

 さすがに分が悪いのかキタンも口を噤んでしまう。

「アキト……」

 ラピスは心配そうな目でアキトを見詰める。

「大丈夫だ。ラピス。この人達はそれほど悪い人じゃない」

 あのナデシコでの懐かしい空気を僅かに思い出しながら、アキトはラピスの頭を撫でてやる。

「わかった。アジトまででいいなら送ろう。どの道、俺達も行く宛がないのは確かだ」

 先がどうなるかは分からない。なら、少しでも道が示されているなら、そこを進むべきだ。
 それがどんな結果であろうと、俺は精一杯、ラピスを守ればいいのだから。






「ここでも星空は変わらないか……」

 アキトはラピスを寝かしつけた後、艦橋で酒を片手に星空を眺めていた。
 ――ゴクゴク。

「……やはり、何も味を感じないか」

 ナノマシンの暴走による五感の麻痺は勿論、自分の命がそう遠くない日に失われてしまう事はすでに覚悟していた。
 せめて自分が生きている間に、ラピスが幸せに暮らせる場所を作ってやりたい。
 それまではどんなことがあろうと守り続ける。それが今のアキトにとっての決意と覚悟の現われだった。

「なんでぇ! こんな所で一人、何やってんだ?」

 アキトの後ろから、食料庫から拝借してきたのか、食い物を銜えたキタンがやって来た。

「見て分からないか? 星を見ながら一杯やってるんだ」
「たくっ! 何であいつらもあの嬢ちゃんも、テメエみたいな暗い奴がいいのかね?」
「俺を本気で好きになる奴なんて、この世のどこにもいないさ。ラピスも家族が俺しかいなかっただけの話だ」
「……本気で言ってるのか?」

 呆れた表情を浮かべながらキタンはやれやれと言ったポーズをとる。

「ま、嬢ちゃんも苦労するわな。こんな奴が相手じゃ……。しかしっ! 妹達を泣かせたら、このキタン様が黙ってねえから、そこんとこはしっかり覚えとけ!!」

 そんなキタンの言葉が聞こえてないのか、アキトは夜空を見て固まっていた。

「うん? アキト、どうした?」
「まさか、そんな……」

 アキトの目に映る一つの星。白く輝くその星はアキトがよく知る物だった。

「あん? お前、月も見たことねぇのか? フッ! 博識の俺様が教えてやってもいいがな。月ってのはだな……」
「……ここは一体どこだ?」

 その困惑の言葉は、漆黒の空に吸い込まれていた。






 ……TO BE CONTINUED









 あとがき

 どうも193です。二話にして早くも登場した黒い兄妹!
 今回は一回目ということもあり、二話同時の投稿となりましたが、次週からは通常通り1話ずつの掲載となります。
 何やらラピスさんが少し黒い感じですが、概ね私のラピス像とはこんなもんですw
 自分の所のHP作業の合間に執筆してる作品ではありますが、概ねプロットは完成しているので、
 できるだけ遅れない様に定期連載をしていきたいと思います。

 次回は、この星が自分達の知るどの地球とも違うことを知ったアキト。帰る手段を完全に失くし、彼が取った行動とは?
 紅蓮と黒い王子は定期連載物です。毎週木曜日の夜定期配信です。



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