真っ青な、高く、どこまでも続く空。
 見渡す限り壁などない、どこまでも続く地平線。

「これが地上……」
うわぁ! すごいっ!! すごいっ!!
すご〜〜〜〜〜いっ!!

 オールバックでおでこを出し、髪の毛を後ろにくくった少し大人びた少年と、まだ年端も行かない男の子と女の子の姿がそこにあった。
 こんな荒れ果てた場所に全くそぐわない三人の子供達。
 彼等はその光景に目を奪われ、そして各々に歓喜と驚きの声をあげる。

「なあなあ、あっちの方に行ってみようぜっ!」
「うん」

 二人の子供が持てる好奇心を抑えられずに、前へと走り出す。
 しかし、どんな危険があるかわからないと、もう一人の少年は二人を止めようと走り出す。

「お前達、そんな先走ったら――っ!!」

 前方の岩陰から、突如、三人の前に現れた巨人。
 それは三人がよく知るもので、そして先程まで暮らしていた村で、信仰していた物、その物だった。

「カオガミさま……」

 突然姿を見せた巨大なガンメンに驚きながらも、少年は膝をつき頭を下げる。
 それを真似するかのように二人の子供達も横に並び、頭を下げた。

「アン? 何デ、人間ガコンナトコニイルンダ?」

 ガンメンは三人の姿を見つけると、もっていたその大きな棍棒を振り上げる。

「取リ敢エズ、地上ニデタ人間ハ死ンドケッ!!」
「――!?」

 神と称え信仰していた対象から突如、死刑宣告を告げられ振り下ろされる棍棒。
 これが自分達への神の答えだというのか? 少年の脳裏に様々な思いと、葛藤が浮かぶ。
 だが、左右で脅えながら自分のマントを掴む子供達の姿を確認すると、少年は二人を腕に抱え、間一髪のところを横へと飛びのく。

 ――ドゴオオオォォン!!!

「コイツ、カワシヤガッタナ!!」

 だが、倒れこんだ三人目掛けてガンメンの第二撃が振り下ろされようとした時――奇跡は起こった。
 青白く光る閃光。何もなかった空間から突如現れた黒い巨人が、両者の間に割って入るように立ち、先程のガンメンをその拳で吹き飛ばす。

「――生存者を確認。子供達は無事だ。これより目標を破壊する」
『了解、アキトも気をつけて』

 吹き飛ばしたガンメンに向かって、空中に飛び上がり猛スピードで迫るブラックサレナ。
 自分達を救ったその黒い巨人の圧倒的な力を見た少年は、その光景に目を奪われ、ただ一言呟いた。

「カミサマ……」





紅蓮と黒い王子
紅蓮と黒い王子 第14話「ようこそっ! ユーチャリスへ!!」
193作





「アキト、サレナ、お疲れ様」

 ユーチャリスのハンガーで、ブラックサレナから降りてきたアキトとサレナにヨーコが声をかける。

「危機一髪だったがな。ボソンジャンプを使わなかったら間に合わなかった」
「前にもサレナと姿を消したときも、それをやったんでしょ? 一瞬で目的地まで飛べるなんて便利よね」
「そうでもないさ。便利なようで、このシステムにも制約は多い。それに……」
「……?」

 サレナの方を見て、言葉を詰まらせるアキトに首を傾げるヨーコ。
 それを見ていたサレナは、ヨーコに助け出した子供達の様子を聞く。

「ヨーコ、先程の子供達の方はどうですか?」
「ああ、一緒に居た小さい方の二人は疲れたのか、ベッドで寝ちゃってるわ。で、もう一人の方なんだけど……」
「ふざけんなっ!!」

 格納庫に響くほどの大きな声で怒鳴りあげるカミナ。
 今にもグレンに乗り込んで出撃しようとするカミナを、シモンとダヤッカが必死に止めている。

「あちゃ〜、遅かったか……」

 額に手を当てて、その行動を予測してたかのように溜息をもらすヨーコ。
 様子を確認すると、ヨーコは持っていたライフルを構え、対人鎮圧用のゴム弾をカミナの後頭部目掛けて一気に撃ち放った。

「ぐはっ……」
「兄貴っ!! 兄貴――っ!!!」

 シモンの目の前で銃弾を頭に受けて、白目を向いて倒れこむカミナ。

「ヨーコ……やり過ぎですよ」
「大丈夫よ。カミナなら死にはしないって」

 サレナも普段のヨーコとカミナの喧嘩を見ていることからも、まあ、カミナ限定なら別にいいかと思い口を挟むのはそこまでにした。

「ところで、何があったんだ?」






「なるほどな。口減らしか」
「確かにそれならカミナがあそこまで怒っていた理由も判りますね」

 食事を取りながらヨーコから聞いた子供達の境遇は常軌を逸していた。
 食料も水も限られ、五十人までしか養えない村の状態。
 その為に村がとった方針とは、五十人以上になった場合、村人の中から余った人間を地上に送り出すというものだった。

「私達も食べる物がないことの辛さや、生きることが大変なのはわかる。でも、あんな子供達を地上に追い出すなんて……」
「それだけ、村の状況が切迫した物だったのだろう」
「アキトはそれで許されるって言うの? 自分達が生き残る為なら子供達を犠牲にしていいって……」

 カミナほどではないが、ヨーコもやるせない憤りを感じていた。
 自分達は村の仲間を、皆を信頼してここまでやって来ただけに、安易に村人を仲間を切り捨てるそのやり方が気に食わなかった。

「何かを犠牲にして良いなんてことはない。だが、間違っているとしたらこの世界。そして許されないとしたら、俺達人間の業だ」
「ヨーコ、あなたにも私達にも戦う力はあるし、何とかしようとする志もある。だけど、全ての人がそうじゃない。
 人は絶望に心を折られると、凄く残酷なことでも、常軌を逸した行動でも受け入れ実行することが出来る。
 電気もなく、光の射さない世界で、満足な食料もない生活を彼等は長い年月の間、送ってきたのです。
 信仰というただ一つの救いに縋りながら」

 ガンメンを神と祭り、地上を天上の世界と呼ぶことにより、彼等は聖典と言う拠り所をえて自身の行為を正当化していた。
 それは、人としては間違っている行動なのかもしれない。
 だが、自分達が生き残るために必死に考えた上での結論だ。
 それは、戦うことを決めたリットナーの人々とは全く違う物だが、この歪んでしまった世界ではむしろ自然に起こり得たこととも言える。

「でも、納得はできない……」
「今はそれでもいいさ。だが、そんな人達も含めて助けるつもりで戦う道を選んだんだろ? こんな世界を変えるために」

 ヨーコは静かに頷く。カミナに付いて行こうと決めたのは、村の皆の為もあるが、カミナやアキトならこんな世界でも変えられるかも知れないと思ったからだ。



 ――コツコツコツ。
 廊下に二人の足音が鳴り響く。

「兄貴……」

 ドアの陰で隠れるように立ち聞きしていたカミナとシモンは、アキトやサレナの言葉を聞き、無言でその場を後にしていた。

「俺も納得はいかねえ。だが、その為に旅に出たんだ。だから、立ち止まるわけにはいかねえっ!!」

 拳を強く握り締めながらカミナは自分の赴く場所をしっかりと考え、戦うべき相手を捕らえていた。



「アキト、カミナに聞かせるためにあんな話を?」
「それほど、お節介じゃない。ただ、ヨーコの決心に水を差したくなかっただけだ」

 ヨーコも立ち去り二人きりとなった食堂で、サレナはその言葉とは裏腹に、周りを気にかけているアキトに思わず苦笑をもらす。

「キヤルとラピスの言う通り、どうやら私のマスターは素直じゃないみたいですね」
「そのマスターと言うのはやめろと言っただろ」
「では、ご主人様とお呼びした方がいいですか?」

 イタズラっぽく、からかう様に言うサレナにアキトは言葉が出ない。

「ラピスといい、出会った頃より随分と変わったな」

 最初の頃と違い、ラピスもサレナも随分と変わった。
 無機質で感情を思うように出せなかった二人が、冗談まで言うようになったことに、アキトは驚いていた。
 とくにラピスとは長い付き合いだが、それでも感情を表に出すことが苦手だった彼女が、こうも短時間であそこまで変わったことに嬉しくもあり、自分は結局、ラピスに何もしてやれてなかったのではないかと、アキトは寂しさも感じていた。

「私を変えたのはアキトの想い、それにキヤルがいてくれたからです。
 彼女の明るさや優しさに触れて、私は人間という物を更に理解できた。
 それに……」

 サレナはユーチャリスの天井を見詰め、口元を緩めると嬉しそうに笑顔をもらす。

「今のこの艦はブラックサレナの記憶で見たような冷たさはなく、とても温かい。
 そう、まるでアキトの知るナデシコの様な温かさに包まれている」
「ナデシコか……」

 ヨーコに出会い、リットナーの人たちに出会ってそれは強く感じていた。
 彼らをユーチャリスに迎えたのも、そう言う想いがアキトの何処かにあったのかもしれない。

「私(自分)らしく行こう……か」
「アキト……?」

 ――そんなのアキトさんらしくありません!!

 かつて大切な少女に言われた言葉がアキトの頭を過ぎる。

「自分らしさなんて、すでに何処かに置き忘れてしまった。
 俺は俺らしく生きれる日がまた来るのかな? ユリカ……」

 かつての様に少年の様な声で最愛の人に語りかけるアキトに、サレナはそっと近づき、後ろから抱きつくようにその体を包み込む。

「私はずっとアキトの傍にいます。アキトがアキトの望むことが出来るその日まで……アキトの剣になって」

 それはこの世界に来て、初めてアキトがもらした弱音だったのかも知れない。
 サレナは一人、アキトの言葉に耳を傾け、何も言わずアキトを抱きしめていた。






挿絵ようこそっ! ユーチャリスへ!!

 ――パンッ! パアンッ!

 クラッカーが格納庫に用意されたパーティー会場に一斉に鳴り響く。
 グレンに備え付けられた大きな垂れ幕には「ようこそ、ユーチャリスへ」の文字が書かれ、その下にはロシウ=Aギミー=Aダリー≠ニ三人の子供達の名前が添えられていた。

「これは……?」

 格納庫に遅れてきたアキトとサレナが疑問の声をあげる。
 それに後ろから来たダヤッカが答える。

「ヨーコとキヤルの発案さ。自分達はきっと彼らのことも選択も何も理解できないかもしれない。
 でも、ここに来たからには今日からは家族だ。だから家族には寂しい想いをして欲しくない。
 そう言って、子供達の為にこの催しだ」
「ヨーコとキヤルがそんなことを……」

 目の前では箸を鼻と口で挟んで、阿波踊りの様な変な踊りを踊るカミナと、大勢の人に囲まれ困惑しながらも笑顔で楽しむ子供達の姿があった。

「クク……バカは何よりも強いというが、本当にここの人達は強いな」
「ア、アキトが笑った!!」

 バイザー越しにわかるほど、心から笑うアキトを見て、シモンは驚きの声を上げ他の面々にも思わず笑顔がこぼれる。

「なんだ、仏頂面ばっかりかと思ったら笑えるんじゃねえか!!」
「そんな格好で言っても、締りがないぞ」

 カミナの野次に皮肉で返すアキト。
 そこに割って入るように、ラピスがアキトとサレナの二人に近づき、何か差し出す。

「これは……?」

 二人に差し出された物、それは紅蓮の炎を形どったグレン団の証。
 炎を形取ったそのバッジを二人は受け取り、その視線を皆に向けると、全員が各々、手に持ったバッジを見せる。

「俺達は仲間だ、友人だ、家族だっ! どんな時もグレン団とこの旗印がある限り、俺達は負けねえ、悔やまねえ、諦めねえっ!!
 どんな困難にも背を向けず、前を向いて突き進む!! それがグレン団だっ!!!
「俺はグレン団とやらに入ったつもりはないぞ……」
「そいつは魂の証だ。別にグレン団がどうとかじゃねえよ。俺はテメエを信用したからその旗印を預ける。
 アキト、お前があんなに大事にしていたこの艦に俺達を乗せてくれたのも、俺達に大切な物を預けてくれたってことだろ?
 なら、俺達もその想いに応えないといけねえ!! 俺はその証をここに立てる!!!」

 カミナがそう言うと、垂れ幕の一部が剥がれ落ち、そこにアキト=Aラピス=Aサレナ=Aオモイカネ≠フ文字が浮かび上がる。

「アキト達の歓迎会もやってなかったからね。私達はアキトに助けられ、色々な事を教わった」
「だから、皆で決めたんだ。どんな事があってもアキト達の助けになりたい。
 俺達を助けてくれたみたいに、アキトの助けになりたいってさ」

 ヨーコとキヤルが皆を代表してアキト達の前に出る。

「だから、これはその為のケジメ。アキト、私達はどんなことがあってもあなた達の味方よ」
「カミナがグレン団のリーダーであると同時に、アキトは俺達の家主でもあるんだからな」

 キヤルの言葉に思わず笑いを我慢できずに声を上げるサレナ。

「フフ……家主ですか、たしかにユーチャリスの持ち主はここにいるアキトとラピスですからね」
「アキトがお父さんで私がお母さん……」
「それは物事を飛躍しすぎと言うものですよ……ラピス」
「ああ……まあまあ、サレナもラピスも」

 アキトを挟んで先程までと違った意味でにらみ合う二人をキヤルが止めに入る。

『アキト、私モ含マレテイルノデショウカ?』

 垂れ幕に書かれている自分の名前をみて、オモイカネが不思議そうに声をかける。

「そうだな。この人達にとっては機械だとか人間だとか、そんな物は大した意味はないのだろ」

 自分とラピスのことを悟られれば、避けられ化け物扱いされるかもしれない。
 そればかりかラピスに危険が及ぶかも知れないと考えていた自分の考えが、真っ向から否定されたような衝撃をアキトは受けていた。
 おそらく、サレナの正体を知っても、自分やラピスの正体を知っても彼等は態度を変えることがないのだろう。
 オモイカネに接するように、ユーチャリスを同じく大切に思ってくれるように。

「……ルリちゃん、遅かったかもしれないけど、少しわかった気がするよ」

 それはかつて、必死に追いかけてきてくれた少女に対しての懺悔か、後悔か?
 誰にも聞かれることなく、その呟きは人々の歓喜の声にかき消えていた。






「こちらに向かっていることは確かのようです」
「グフフ……そうか、待っておれよ。人間どもめ、この間の返礼は必ずさせてもらう」

 砂漠に身を隠すよう潜むダイガンドの中で不敵に笑うグアーム。
 その顔には以前の戦いで付けた傷か、片目を覆うように眼帯をつけていた。

「異端の戦士よ! 来るなら来るがいい!! ここが貴様の墓場になるのだ!!!」

 両手を大きく広げ、大声で笑うグアーム。
 その眼下には無数のガンメンが、その不気味な眼光を光らせていた。





 ……TO BE CONTINUED









 あとがき

 193です。
 まとまった彼らの意思。それはアキトにとって大きな力となるのか?
 原作とは違い、アダイの村には立ち寄らなかった一行ですが、時間軸的にもすでに原作と相当にずれてきています。
 ロシウはカミナ達が村を訪れなかったとしても、決してギミーとダリーだけを村から追い出すことがなかったのではないかと思い、こういう形を取りました。原作の後半では色々とあったロシウですが、彼は彼なりにこの世界を何とかしたいと思う気持ちで一杯だった結果とも言えます。
 正しいことは、いつも一つとは限らない。それを語る意味でもアダイの村の話や、ロシウの存在は欠かせないのかもしれません。

 ※重要/近況報告
 仕事の方ですが20日くらいには落ち着くと思うので、4月から月曜日の更新を再開します。
 色々と皆様にもご心配をおかけしましたが、無事に乗り切れそうですので一安心です。
 励ましの応援など下さった方々、管理人様を含め紅蓮をここまで支えてくださった方々には感謝しております。

 次回は、復活を遂げたグアーム。その猛攻の前にアキト達は苦戦を強いられる。この危機にアキトの取った作戦とは?
 紅蓮と黒い王子は定期連載物です。毎週木曜日の夜定期配信です。




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