戦闘開始から一時間。シモンはアキトの作戦通り、単機、ラガンで地中を移動していた。

「この作戦は全てお前にかかっている。シモン、俺達の命運はお前に預ける」
「大丈夫、シモンならきっとやれるわよっ!」
「相棒、オレはお前を信じてる! だから、お前にしか出来ないことをお前はしっかりやれ!!」

 アキト、ヨーコ、カミナに後押しされ、決意を新たにシモンは戦いに赴く。
 自分はカミナのように皆を惹きつける魅力も、アキトのような力もない。だけど、ラガンとこのドリルがある限り、こと穴を掘ることに関しては誰にも負けない自身がある。
 オレには他に何もない。でも、穴を掘ることは出来る。どこまでもどこまでも、掘り続け、その穴が後の者が進む道になっていく。
 シモンはラガンの中で凛とした表情をすると、「だからこそ、掘り続けると決めたんだ。兄貴の道はオレが作る」そう、自分に言い聞かせるように覚悟を口にした。
 後ろの戦場では今も、アキトがカミナがヨーコがユーチャリスの仲間達が、この作戦の成功を祈って命懸けで戦っている。
 そんな皆の想いを背負い、シモンは僅かに身震いをする。だが、それは恐怖からではなかった。
 心強い仲間に囲まれ、そして自分を信頼して送り出してくれた皆の意志に応えたい。シモンは心からそう思っていた。



 戦闘開始から一時間。後に歴史で語られる、大戦の幕開けである。





紅蓮と黒い王子 第24話「見せてみろっ!! 貴様の想いが上か、それともワシの覚悟が上か!?」
193作





「アキト……さすがにこれだけの守備範囲をカバーするには今の兵装では無理があります」
「敵の数は一万……そうは言っても一度に襲ってこれるのは精々、数百が限度だ。短時間ならまだ、何とかなる……」

 シモンが必ず作戦を成功させてくれる。それを前提に動いているのだ。どの道、失敗すれば自分達の命はない。
 アキトはサレナにブラックサレナのオプションモードを使うように指示を出す。

「サレナ、重武装モードで一気に周囲の敵を殲滅する……」
「イエス、マイマスター!!」

 ブラックサレナの後方に黒いシミが広がり、その亜空間からブラックサレナよりも一回り以上も大きな戦闘機が姿を現す。
 そして、ブラックサレナの背後に取り付くと、その形態を巨大な怪鳥のような姿へと変貌させる。
 突如現れた巨大な黒い影を前にして、今まで積極的に攻めに回っていた獣人達の動きが鈍る。
 彼等は本能的に悟っていた、これは自分達を殺す為に現れた死神なのだと。
 ――黒い悪魔。今や獣人の間でその名を知らぬ者などいない。数多くの獣人を屠り、その圧倒的な力と躊躇いのない冷酷さで、獣人達の恐怖の対象として君臨した異邦人。
 それが、今自分達の目の前にいる。見たこともない、黒く巨大な鉄の鳥と姿を変え……。

「今更、善悪を問おうとは思わない……だが、ラピスに、この艦に敵意を向けるというなら、俺はお前達を狩る、死神となろう」

 重武装モードと化したブラックサレナから一斉に放たれる無数のミサイルと、ビームキャノン。
 肩を、胸を、脚を貫かれ、木霊すように轟音をあげ、周囲のガンメンが一斉に爆散する。



「あっちは問題なさそうね。と言うかアキトとサレナなら心配するだけ無駄か……
 キヤル、そっちはどう?」
「大丈夫、いけるっ!!」

 ダヤッカイザーと同じく、敵のガンメンを奪って改修された機体。ピンク色の丸っこいフォルムが印象的なガンメン、キヤルンガが戦場を駆ける。
 それに並行するようにバッタバイクに乗ったヨーコが追走し、周囲のガンメンをその巨大なライフルで屠っていく。

「オレだって、アキトの……サレナの力になるんだっ!!!」
「行くわよっ! キヤル!!」

 キヤルがヨーコの前方に切り込み、その死角を埋めるように援護攻撃をするヨーコ。
 即席とは思えない見事な連携を見せ、次々に獣人達のガンメンを倒していく。

「強くなるんだ……アキトやサレナの横を一緒に歩いていけるくらいっ!!」

 まだ慣れないガンメンの操縦を必死にするキヤル。荒削りではあるが、そこには確かな戦う意志と、そして大切な人とずっと一緒に居たい、力になりたいと言う想いに溢れていた。
 動機はどうあれ、キヤルは確かに前に歩き始めている。ただ、好きな人の傍にいたいと言う思いで、キヤルは自分の道を自分で決め、歩き出したのだ。
 こうして、成長していくキヤルを見て、ヨーコも自分を見つめなおす。

「私も負けてられないわよね。まだ、はっきりしないけど……それでも、アキトやカミナ達に着いて行くと決めたんだから……」

 この銃を手にした時から決めたこと……自分は守る為に戦うと。
 カミナも子供達の為に、青く澄み渡る天井のない未来を子供達に見せてやりたいと言った。
 シモンもそんなカミナの意志に同調して、その道を自分が掘り進むと覚悟を決めた。
 アキトは家族を、ラピスを守る為に命を掛けて戦っている。他の皆も、それぞれ自分なりの理由があって、戦っているのだろう。

 なら、自分の戦う本当の理由は何なんだろう? 仲間を守りたい、それも間違いじゃない。
 アキトの支えに、カミナに協力したいと言うのも本当の想いだ。でも、それは私の本当の目的なのだろうか。
 みんな、何かをするのにちゃんとした目的や目標を持っている。
 なら、私は……。

「ヨーコっ!! あぶないっ!!!」

 考え事をして注意を逸らしてしまったヨーコに背後から迫るガンメン。
 だが、それを素早く察知したキヤルが、キヤルンガの飛び蹴りで獣人のガンメンを吹き飛ばし、ヨーコの危機を救う。

「何、ボーっとしてるんだよっ!! 戦闘中だぞっ!!!」
「……ごめん、助かったわ」

 こんな時、カミナなら「理由なんて考えてるうちは、そんなもんでてこねえよ! 漢なら志で、魂で決めやがれっ!!!」とでも言うのだろう。
 どうしてこんな時に、カミナの顔が浮かぶのかはヨーコには分からなかったが、それでも、先程までの自分の悩みが、その時ばかりはどうでも良い物のように思えてくる。

「私は女なんだけどね……」

 ボソっと冷たい殺意を込め、出てきた幻影であるカミナに恨めしく言うヨーコ。

「ヨーコ、何か、今寒気がしたんだけど……」
「何でもないわよ……さて……」

 ――ザワッ!!
 周囲に恐ろしいまでに張り詰めた空気が広がる。それを感じ取った獣人達の背中にも冷たい汗が流れていた。

「何だか分からないけど、無性に銃を撃ちまくりたい気分なの……あんた達、付き合ってもらうわよ」

 ――ガチャッ!!
 そう言いながら獣人のガンメンに向かってライフルを構えるヨーコ。
 この時、キヤルも獣人も同じ事を考えていた。ユーチャリスで一番恐ろしいのは、グレンラガンでも、アキトでもなく、怒ったヨーコなのではないかと……。
 戦場では頼もしくても、出来るだけ普段は怒らせないようにしようと心から誓うキヤルであった。






「どういうことだっ!! カミナッ!! 何故、グレンラガンでこないっ!!」

 その頃、更に前線に位置した場所で、カミナのグレンと、ヴィラルのエンキドゥが対峙していた。
 ヴィラルの猛攻を危なげなくかわすカミナに、ヴィラル自身、驚きと衝撃を隠せない。
 今のカミナが乗っている機体はグレンラガンではなく、グレン単独なのだ。以前は同じ条件でカミナを圧倒したのに、今回は押されているのが自分だと言う事実に衝撃を受けていた。

「へっ! テメエなんて、俺一人で十分なんだよっ!!!」
「――ガッ!!」

 ――ドゴンッ!!
 エンキドゥの刀が振り下ろされた直前、その手首を掴み、腹に目掛けて強力な蹴りを放つグレン。
 カミナはすかさず、グレンのサングラスを手に取り、エンキドゥに向かって投げつける。

「――くっ!! この程度でっ!!」

 体制を崩しながらも何とか攻撃を弾くヴィラル。だが、その隙を逃すカミナではなかった。
 一息でエンキドゥの側面に移動すると、エンキドゥの脚を太股から一気に引き裂く。そして、一気にバランスを崩し後ろに倒れこむエンキドゥ。
 グレンは先程エンキドゥに投げつけ、ブーメランのように旋回して戻ってきたサングラスを空中で受け取ると、そのままエンキドゥの喉元に突きつけた。

「お前の負けだ、ヴィラル」
「くっ!! ならば、殺せ!!! 情けなど、貴様に掛けられるくらいなら俺は死を選ぶっ!!!」
「たくっ……殺せだとか、死ぬだとか……軽々しく口にしてんじゃねえよっ!!」
「――――っ!!?」
「ヴィラル……今のお前じゃ、何度やっても俺達には勝てねえよ……覚悟も、戦う決意も足りないお前には誰一人殺せねえ」
「な……なんだと、このオレを愚弄するか!?」

 ――身動きの取れないエンキドゥの中で吼えるヴィラル。だが、カミナがヴィラルと話している隙を突いて、針のような武器が空中より飛来し、グレンに襲い掛かる。

「ぐ――っ!!」

 思わぬ隙をつかれた襲撃に、攻撃を掠らせながらも、なんとか回避するグレン。
 空中からエンキドゥの傍に降り立った、白いガンメン。その蛾のような蝶のようなフォルムをしたガンメンは、以前にもアキト達を襲撃した四天王、アディーネの駆る、セイルーンだった。

「たくっ、役に立たない奴だねっ!! もっとしっかり奴を抑えて置けないのかい?」
「……す、すみません……アディーネ様、チミルフ様は……?」

 アディーネと後方で控えていたはずのチミルフがいない。それが意味するところをヴィラルは何となく感じ取っていた。
 チミルフが先日言っていた言葉、「聞いてみたいとは思わんか? 人間の戦士ならば、どのような答えをだすかを」あれはあのアキトとか言う戦士の事を指していたのだろうとヴィラルは直感していた。
 チミルフはあの異邦人に何か特別な感情を抱いているような感じがする。そこまでチミルフを魅了するアキトという存在がどう言った人物なのか、ヴィラル自身も興味を持ち始めていた。

「行かれたのですね……決着をつけに」
「ああ、そうだよ……まったく男ってのはどうしてこんなにバカ揃いかね……大将が前線に出向いて、それもあんな化け物と一線を交えに行くってんだから、正気を疑いたくなるよ」

 そんなアディーネも、なぜ、こんな馬鹿どもに正直に付き合っているのか、自分自身を不思議に思っていた。
 以前の自分ならこうして前線など出てこず、隙を見て後ろから奇襲を掛けるか、危なくなったら逃げ出す算段でも練っていただろう。
 だが、あのアキトと言う人間の戦士と戦い、ロージェノムの話を聞いてから、アディーネの考えは僅かに変わってきていた。
 いや、興味があると言った方が正しいのだろう。本当に殺されると思ったほど、冷たい殺気を向けられたにも関わらず、あのアキトと言う異邦人は自分を殺さなかった。殺せないのではない……殺さなかったのだ。あの殺気、その気になれば、どんな相手でも例えそれが親しい友人であろうと、目的の為には迷わず剣を振り下ろすだろう。そう感じさせる程の気配を奴は持っていた。
 そんな男だからこそ、人間でありながら、自分が初めて惹かれたのかもしれない。アディーネはそう考える。
 強い力、身も凍る冷酷さ、そうでありながら他者を守る為に戦い、自分が壊れることも傷つくことにも躊躇いの色がない。
 そんな人間がいるだろうか? いや、居たとしても、そいつはどこか壊れている。

「だからこそ、好感が持てたのかもね……お前、カミナとか言ったね」
「へ……敵の大将自ら、前線に出てきてくれるとは手間が省けて助かったぜっ!!」

 武器を構え、戦闘態勢を整えるカミナ。

「ヴィラル……動けるかい?」
「はい、なんとか……」

 片足をやられ、バランスを崩しながらも、刀を杖にして起き上がるエンキドゥ。

「なら、お前はチミルフのところにいってやりな……ここはアタシが何とかする」
「アディーネ様……」
「認めたくない……けど、悔しいけどチミルフだけじゃ、あのアキトって人間には勝てない。今のアンタが行っても、大して役には立たないかもしれないだろうけど、それでもいざとなったらチミルフを連れて逃げるくらいのことは出来るだろう? まあ、それも僅かな可能性かもしれないけどね」

 アディーネにしても、こんなことをするのは自分らしくない。そう思っていた。
 だが、知ってしまった。気付いてしまった。その想いに嘘をつくことは、どんな卑怯な手を使うよりも、自分を許せそうになかった。
 チミルフは全てを知った上で、決着をつける為に前線に出て行った。



「アディーネ、ワシはアキトと決着をつけにいく……おそらく、ワシは勝てんだろう……。
 ビャコウのシグナルが消えたその時は、迷わず部下を連れて逃げてくれて構わん……今更、螺旋王の下に戻れんだろう。
 連れてこれた兵士はこれで全部だったが、せめてこいつらだけでも助けてやってくれ」
「あんた、最初からそのつもりで……」
「近いうち、必ずテッペリンは落ちる。その時に獣人と人間が共に歩める道が本当に来るかはわからない。だが、それでもワシはあの男に聞いてみたい、そして賭けて見たいのだ。本当に獣人と人間が一緒に歩める道があるのか……そして、真実を知ってなお、あの男がどう言った答えをだすのかを」
「こんな真実を知ったら、案外逃げ出しちまうかもしれないよ……」
「フ……そんな男に敗れたと言うのなら、ワシもそれまでだったと言うことだな」


挿絵 ダイガンザンの上でビャコウに乗り込む前に見せたチミルフの笑顔。それがアディーネの頭から離れなかった。
 おそらくテッペリンが落ちると予測したチミルフの考えは遠からず当たっているのだろう。だからこそ、できるだけ無駄な血を流させない為に、これだけの軍勢を連れ出し、ロージェノムを欺いてまでこの戦いに赴いたのだと分かった。
 しかし、アディーネにはその生き方が、違いはあれど、あの異邦人とどこが変わるのか分からなかった。
 目的や趣旨は違えど、沢山の仲間の為に、自分を犠牲にしていることに変わりはないのではないか?
 だからと言って、自分にはそんなバカどもを止めることは出来ない。
 それが、自分が納得しての行動なら尚更だ。男が一度決意したことに水を注す様な事はアディーネにはできなかった。

「だからと言って、アイツには貸しがたんまりあるんだ……こんなところで死んで貰う訳にはいかないんだよ!
 ヴィラル、これも貸しにしといてやる、そうあのバカに言っておきなっ!!」
「……はい。アディーネ様もお気をつけて」

 そして、チミルフの下に向かうヴィラル。カミナはそんな二人のやり取りを見ながらも、ヴィラルを何も言わず行かせる。

「アンタも随分とあまちゃんだね、後悔することになるよ」
「へっ、アキトの心配何て無駄だしな。それよりも、案外、お前も良い奴じゃねえか」
「よしな……私は悪党さ。どうしようもないね……そして、アンタにはその悪党の毒針で死んでもらうっ!!」
「何か、アキトみたいなことを言うな……まあ、いいぜ!! 殺ろうか!! どっちが強く、どっちが上かをっ!!!」
「私は、四天王が一人、流麗のアディーネ!!」
「オレ様は、グレン団にその人ありと言われた、泣く子も黙る不撓不屈の鬼リーダー……カミナ様だっ!!」
「いざ……」
「尋常に……」
「「……勝負っ!!!」」






 黒い閃光と白銀の風がガンメンのひしめき合う戦場を駆け抜ける。
 二者が撃ち合う衝撃で、周囲の獣人達は近づけないで居た。そこにいるのはまさに二体の鬼神。
 何人も寄せ付けず、二人だけの世界で、その強大な力を奮う。

「それが、お前の答えか!! チミルフっ!!!」
「ならば、お前ならどうすると言うのだっ!! この絶望の満ちた世界で、お前達、人間にはない未来を夢見て……お前はそれで何を得る!! 何をしようというのだっ!!」
「得るものなど何もない……英雄でもない、ただの殺戮者のオレに出来ることは作ることではない、壊すことだけだ……。
 ただ、それでも、許されると言うのなら――っ!!」

 ビャコウの矛がブラックサレナのミサイルポッド撃ち抜く、アキトはすかさず重武装モードを切り離し、そのままブラックサレナの左右のフロントアーマーからドリルを出し、ビャコウに斬りかかる。
 チミルフもその動きに素早く反応し、矛を手元に返すと、ブラックサレナのドリルを弾く。

「オレは、ラピスを……サレナ、ヨーコ、キヤル、リーロン、ダヤッカ、カミナ、シモン……皆を、守るためなら今一度、死神だろうと悪魔だろうとなってやる!!!」
「アキト……」

 アキトの言葉が嬉しい反面、サレナは浮かない表情をする。アキトの自分達を想ってくれる気持ちは確かに伝わってくる。
 でも、自分を犠牲にしてまで、誰も助けて欲しいとは思わない。そうは言っても、アキトは主義を曲げないだろう、これからもずっと誰かの為に戦い続けようとするだろう。それが分かるだけにサレナは素直に喜べないで居た。

「ならば、見せてみろっ!! 貴様の想いが上か、それともワシの覚悟が上か――っ!!!」

 先程までよりも、圧倒的な力を放出し、その力の全てを持てる武器に乗せるチミルフ。
 アキトもそれに応えるように、ブラックサレナの出力を限界まで引き上げる。
 激突する、黒と銀。二者の衝突が巨大なエネルギーの嵐となって、周囲を巻き込んで吹き飛ばす。

 ――貫かれる!!
 咄嗟の判断でディストーションフィールドを解除するアキト。全エネルギーを一対のドリルに集中すると、その刹那の間をついてビャコウの半身を吹き飛ばす。だが、チミルフもブラックサレナの攻撃を受けながらも、コクピットが剥き出しになった機体の中でブラックサレナを肉眼で確認すると、最後の力を振り絞り、ブラックサッレナの左胸を貫いた。

「ぐっ!! アキト――っ!!」

 ブラックサレナの痛みを自身の胸でも感じ、アキトの無事を確認しようと名を叫ぶするサレナ。
 だがアキトは、コクピットから僅かに攻撃はそれてはいたが、その攻撃が身体を掠め、その漆黒のマントの下からはおびただしい程の血が流していた。

「アキト、早く手当てをっ!!」
「まだだ、まだ、終わっていないっ!!」

 機体との融合を解き、自分の治療を優先しようとするサレナをアキトが踏み留める。
 傷ついた身体で、ブラックサレナを操縦し、胸にささった矛を掴む。そのまま一気に引き抜くとその矛を地面に落下していくビャコウ目掛けて投擲した。
 ――ザンッ!!
 腰の辺りに突き刺さり、地面に縫い付けられるビャコウ。そして、上空から迫るブラックサレナ。
 チミルフは静かに目を閉じる。覚悟していた結末。
 だが、それでも……アキトの本気を見て、その覚悟を戦いの中で感じ、安らかな表情をしていた。
 人間――ロージェノムが言った。人間とは業が深く、そしてどんな生物よりも、生きる事に貪欲で執念深い生き物だと。
 人間は獣人のような強靭な身体を持たず、寿命も短い。だが、生きようとする意志、向上心と言う一点において、人は無限の可能性を持つ。
 決して弱い存在などではない。おそらく、個々としての能力が優れる余り、失っている物が多い獣人達よりも……ずっと人間は……。

 ブラックサレナのドリルがビャコウに迫り、貫こうとした瞬間。割って入るようにエンキドゥがビャコウの盾になり、その身を貫かれた。

「なっ!!」

 アキトとチミルフ、双方の瞳が驚愕に揺れる。有り得ないはずの乱入者。ヴィラルは身を貫かれ血を吐きながらも、チミルフが無事なことを確認すると「よかった……」ただ一言そう言い、エンキドゥの中で意識を失った。

「ヴィラルっ!! どうして……」

 動かないビャコウからすぐさま飛び降り、エンキドゥの中で血を出しながら倒れるヴィラルを抱きかかえ、涙するチミルフ。
 周囲で様子を伺っていた獣人達も、武器を置き、戦うことも忘れ二人を見守る。
 先程までの喧騒とした戦いの中とは思えないほどの静寂がその場に訪れる。

「アキト……とにかく治療を……」
「……いや、オレはいい……それよりも……」

 アキトの見る先には死に掛けのヴィラルの姿があった。サレナはそれでさっすると、ブラックサレナから降り、チミルフとヴィラルに近づく。

「何をする気だっ!!」
「ここでは治療できません……ユーチャリスに運びます。私なら一瞬で移動できますから、助かるかもしれません」
「……ヴィラルは助かるのか?」
「確約は出来ません……でも、アキトは彼を助けることを望んだ。だから、私は彼を助けます」

 そう言い、ヴィラルをチミルフの腕から奪い、ボソンジャンプでその場から姿を消すサレナ。
 チミルフは沈痛な趣で、サレナが先程まで居た場所に向かい、深く頭を下げた。






挿絵「なんだっ!! あれは……例のガンメンっ!!」

 その頃、ダイガンザンのいる敵のブースでは、シモンが潜入に成功し、今まさにダイガンザンの頭部に取り付こうとしていた。
 アキトが打ち出した作戦。それはラガンの能力を使って、ダイガンザンのシステムを乗っ取ることにあった。
 それにより敵の戦力を分断。一気に攻め込む算段だったのだ。
 ただ、予想外だったのは敵の大将の二人が前線に赴いたということ。
 そんな状況になっているとは露知らず、シモンはダイガンザンに取り付こうと宙を舞う。

「ラガンっ!! インパクトォォォ――っ!!!」

 そのドリルをダイガンザンの頭部に突き刺し、眩い光を上げるラガン。
 ダイガンザンのシステムを一挙に制圧すると、そのまま、近くに居たダイガンカイ目掛けて蹴りを放つ。

「ひっ!!」

 指揮官を失い、指揮系統が混乱したことで、恐怖にかられ逃げ惑う獣人達。
 そして、そんな獣人達に追い討ちを掛けるかのように、ギリギリ駆けつける事に成功したキタン達の軍団が周囲を取り囲む。

「あれは……っ!」

 シモンが見上げた先、崖の上に降り立った見慣れない複数のガンメンが、ダイガンザンに近づこうとする獣人に攻撃を仕掛け始める。

「シモン、久しぶりだなっ!! 随分と男らしくなったじゃねえかっ!!」
「キタンっ!!」
「あっちじゃ、アキト達がきばってんだろ!! こっちは俺達に任せろ!!」

 団結する人間達。圧倒的な戦力差だったにも関わらず、人間の勝利と言う形で。すでに勝敗は決していた。
 覚悟を決め、戦う明確な理由を持つ者たちと、そうでない者たち……そこにどれほどの差があったのかは分からないが、結果、この戦いはグレン団の勝利と言う形で歴史的な大勝利をもって幕を閉じた。






「……向こうも上手く言ったようだな」

 狼煙があがるダイガンザンの方角を見て、そう洩らすアキトを見て、チミルフはこの戦いがすでに意味のないことを悟る。
 どの道、ロージェノムの下を去るために部下を連れ出せるだけ連れ出してきたのだ。
 今更、負けることは大したことではなかった。だが、この戦いに巻き込み、死んでいった部下達にはどんな言葉を掛けたところで償えるものではない。
 チミルフはアキトの方に向き直ると、深く頭を下げ……

「ワシは……どうなってもいい、それでも部下のことは助けてやって欲しい。そして、出来れば……お前の下で働かせてやってくれ」

 それはチミルフの心からの願いだった。人間だけではない、獣人達の中にも人間を快く思っていない者達も多いだろう。
 だが、チミルフはアキトならばそんな獣人達もまとめ、人と獣の道を新たに築いてくれるのではないか? そう、考えていた。

「自分の部下だろう……なら、お前が自分で面倒を見ろ……ヴィラルが身を呈して守った命だ。それを粗末にだけはするな」

 無骨にただ、それだけを言い、シモン達が待つ前線に飛び立つアキト。
 チミルフは、そんなアキトの背中を見送りながら、両目から滝のような涙を流し、笑っていた。

 ――チミルフ、貴様ならば真実を知った時、人間でも獣人でもない、アキトと言う異邦人につくだろう。だが、それも摂理なのやもしれんな。

 去り際、ロージェノムがチミルフに言った言葉、あの時、反逆者として二人を殺すことをロージェノムは出来た。
 だが、兵を与え、ユーチャリスとの決着を許したのには、さすがのチミルフやアディーネも驚きを隠せなかった。
 しかし、ロージェノムの最後に言った言葉、彼はこうなることが分かっていたのではないかと思う。
 その上で、自分達を送り出したロージェノムの真意は分からないが、ロージェノムもまた、自分と同じように、アキトに何かを感じ取っているのかもしれない。チミルフはそう考えていた。

「敵わぬわけだの……」

 チミルフは心の底から敗北を認めていた。だが、それは悔しいからだけではない。自分を圧倒した男が、ロージェノムすらも気に掛けるほどの器を持つ男だと知り、嬉しくもあった。そして、これからその男の行く末を、生きて見られると言う興奮に胸が躍らずにいられないでいた。



「全く、男ってのは本当に勝手だね……」
「アディーネっ! どうしてここに……」
「どうしてここに……じゃないよっ! こっちはあんたやヴィラルの代わりに、あのカミナって人間と必死こいて戦ってたと言うのに、当人はこんなところで大笑いしてんだから、そりゃ……怒りたくもなるさ……」
「ここにいると言うことは、倒したのか?」
「悔しいけど、引き分けだったよ……たくっ……合体してなくてもあれだけ強いなんて、最近の人間はどうなってんだい? まさかたかがカスタムガンメンに私のセイルーンが……」

 そう言う、アディーネの後ろには羽をもぎ取られ、まさに半死半生と言った具合に傷ついたセイルーンの姿があった。

「本当に……引き分けだったのか?」
「引き分けだったんだよっ!! なんだい? 文句あんのかいっ!?」
「いや……そう言うわけでは……」

 アディーネの迫力に圧され、さすがのチミルフも冷や汗を流しながらたじろぐ。

「それより、こんなとこで馬鹿笑いしてないでいくよっ!」
「もう、ワシらの負けだよ……これ以上戦っても……」
「んなことは分かってるよ! あんたの頭は本当に空だね!! 私らが行かないと連中も止まるに止まれないだろ!?
 ここはすでに落ち着いてるみたいだけど、今もそこら中で小競り合いは起こってんだっ! 自分で起こしたケジメくらい自分でつけなっ!!」
「う……っ!!」

 言葉はきついが正論を言うアディーネの言葉に、落ち込むチミルフ。
 そんなチミルフをアディーネは蹴っ飛ばすと、セイルーンに乗り込み、チミルフを掴み上げる。

「おいっ! もう少し優しく……」
「グダグダ、男がしょうもないこと気にしてるんじゃないよっ! 私もアキトって言う男を早く実物で見てみたいんだっ!! さっさっと行くよ」
「――って、おい!! それが本音か――っ!!!」

 チミルフの絶叫が荒野に響き渡る。最高速度で移動するセイルーンに握られ、絶叫マシーンさながらの体験をするチミルフ。
 いくら優しい声を掛けてこようと、相手はアディーネなのだ。S、女王、サドスティック、アディーネがどう言う人物か忘れていたチミルフは、この時、嫌と言う程、そのことを再認識させられていた。






 この戦いで戦死した獣人千二百名。負傷した獣人三千六百名。人間達、グレン団における負傷者百名余り……。
 そして、この戦いの後、離反した獣人、人間を含めた反螺旋王組織。大グレン団が発足された。
 後の世に名を残す、テッペリン攻略戦が起こる、三ヶ月前の出来事である。





 ……TO BE CONTINUED









 あとがき

 193です。
 チミルフとの決着、かなり大筋を変えた展開となりましたが、一応の区切りを迎えました。
 次回より、アニメで言う九話以降、第二部が始まります。
 人と獣の交わる道、螺旋王の反対戦力として人間達に協力することになったチミルフ達。
 これが歴史にどう影響するのか? 

 次回は、獣の姫と、小さいな英雄の出会い。二人はその宿命に導かれ、運命の出会いをする。
 紅蓮と黒い王子は定期連載物です。毎週木曜日の夜定期配信です。




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