「無事に帰って来たのはいいけど……」
「何で、女連れ?」

 キタンとキヤルの言葉はそこにいる全員の言葉を代返したものだった。
 シモンの事を心配して待っていれば、女連れで帰って来るのだ。それは呆れを通り越して、男が多い大グレン団の男達にしてみれば羨ましかったり悔しかったり、ムカついたりとするわけで……

「シモンちょっと来い……」
「え……?」

 キタン達、男グループに連行され連れ去られるシモン。
 そんなシモンを、一緒にいたニアは不思議そうに見送る。

「ねえねえ、あなた、シモンとどんな関係??」
「うわ、肌白い……それに細い……」

 シモンが連れて行かれたのを幸いに、ニアに近づいて質問の嵐を浴びせる女性達。
 ニアは精一杯、その質問に答えたが、どうにも要領を得ない答えばかりだった。

「……不思議ちゃん?」

 みんなの見解はほぼ同じだった。分かった事はとんでもない箱入り娘だという事、父親とどこかの地下で一緒に暮らしていたのだろうと言う事だけだった。





紅蓮と黒い王子 第26話「何故、泣くと恥ずかしいのですか?」
193作





「はい、アキト」
「いや……別に一人で食べれるから……」
「はい、アキト」
「……」
「あ〜ん」
「…………orz」

 ラピスに食事を食べさせて貰いながら、まるで針の筵の様な状態で、アキトはニアと言う少女の報告を聞いていた。
 報告をしているのはサレナだったりするのだが、その表情はラピスの行動が羨ましいのか、ラピスがアキトの口に食事を運ぶ度に「あっ!」とか「う……っ!」とか顔を赤くしてコロコロ表情を変えていた。
 それを面白そうに、見舞いに来ていたアディーネがケラケラと笑い、ますますサレナは顔を赤くする。

「これは、アディーネの入れ知恵ですね……」
「だって、面白いじゃないか? 次はアタシがアキトに食べさせてやろうかね?」
「やめてくれ……身が持たん」

 「う〜」とサレナに睨まれ、さすがに居心地が悪くなって来たアキトが観念する。
 そして、その報告を聞いてる内に、アディーネの表情が僅かに引き攣ったのをアキトは見逃さなかった。

「なんだ? 何か知ってるのか?」
「いや……まさかね……」

 口元に手を当て、何かを考え込むアディーネ。

「そのニアって娘の写真か何かあるかい?」
「映像なら出せますけど。オモイカネ、お願い」
「ハイ」

 アディーネやアキトの前に現れる立体映像、そこには食堂で、女性に囲まれて楽しそうに談笑するニアの姿がそこに映し出されていた。
 それを見て、アディーネの顔が更に驚きに歪む。

「な……な……何で、姫様がここに居るんだい!?」
「「「ひ……姫様!?」」」

 アディーネの言葉にその場の全員が驚きを隠せず、素っ頓狂な声を上げる。
 アディーネの説明によると、ニアは螺旋王の娘で、テッペリンのお姫様だと言う事だった。
 言わば、シモンは敵のお姫様をどこからか攫って来たと言う事になる。
 だが、報告を聞いている限り、そんな様子は見受けられなかった。
 ならば、どう言う事なのか?

「あの姫さん、何か螺旋王を怒らせる様な事をやったのかも知れないね」
「どう言う事だ?」
「そのまんまだよ。あの谷に捨てられていたって事は、螺旋王に愛想を付かされたって事だろうね」
「……実の娘だろう?」
「珍しい事じゃないさ。螺旋王にとって、娘だろうと側近だろうと、それは道具でしかない。アキト、アンタだってそんな人間を沢山知ってるんじゃないかい?」
「…………彼女はその事を知っていると思うか?」
「……どうだろうね? あの姫さんポケポケしてるから読めないって言うか……でも、何となく分かってるんじゃないかね?」
「そうか……」

 別段、螺旋王がそう言う人物だと言うならばそれ程驚く事ではない、それに捨てられたと言うならば、ニアには人質としての価値も何も無いと言う事になる。
 だからと言って、今、この艦はその螺旋王と戦う為に今、まさにテッペリンへと向けて進攻しているのだ。
 そんな中、敵の要人である彼女が居ることが知れれば、彼女の事を良く思わない者達も出て来ることだろう。
 特に螺旋王が自分達を道具の様に利用して捨てたと思い込んでいる獣人達や、螺旋王への憎しみを隠し切れない人間達にその事を話すのは危険かも知れない。アキトはそう考えていた。

「でも、いつまでも隠し続けるのは無理があると思うよ。そりゃ、末端の奴らは姫さんの顔を知らないし、私等も無理に言うつもりはないけどさ」
「それは分かってるさ……だが、あの軋轢の中でこうして人間と獣人の連合軍が纏まっているだけでも奇跡的なんだ。そんな中に彼女を放り込めばそれがどうなるか……」

 爆弾になるかも知れない。それを聞いた誰もが思った。
 少なくとも、暫くは時間を置く必要がある。アキトはそう考えた。

「仕方ないね……全く、厄介な姫さんだよ」
「それでも、あの子が悪い訳じゃない。サレナ頼めるか?」
「彼女の部屋をユーチャリスに用意するんですね?」
「ああ……出来るだけ彼女の事を知っている可能性がある相手からは遠ざけたい」
「分かりました。早速手配します」

 こうして、ニアの居住場所が決まったのだった。






 ニアがシモンと現れてから三日が経過した。
 ニアも最初は新しい生活に多少の戸惑いを見せていた様だが、それでもユーチャリスでの生活に大分慣れた様子だった。

「ヨーコ、これはここでいいですか?」
「うん、よっと」

 パンパンとシワを伸ばして、白いシーツを日差しの良く当たる艦橋に干していくヨーコ。
 ニアもそれを真似して、シーツを伸ばして干していく。

「ニア、ここの生活には慣れた?」
「はい。皆さんも良くしてくれるので……あ、でも」
「でも……?」
「何だか、シモンが最近、余所余所しいって言うか、あまり口を聞いてくれないんです……」

 表情を曇らせ、俯きながらそう話すニアを見て、ヨーコは「ああっ!」と手を合わせ、それが何かを感じ取る。

「私は何かシモンに嫌われる様な事をしたのでしょうか?」
「違う違う! きっとシモンは照れてるのよ」
「照れる?」
「皆に大分、冷やかされてたみたいだしね。ちょっとやり過ぎちゃったかな……?」

 ニアとの関係を聞かれ、あたふたしていたシモンを思い出し思わず笑いが込み上げて来るヨーコ。
 事情聴取もとい、容赦ない追求により、シモンはニアとの馴れ初めから、「君はオレが守る」と言った件まで全部筒抜けとなっていた。
 そして、女性達の間ではニアはすでにシモンの御手付きであり、この初々しいカップルを温かく見守っていこうと言う見解で一致していた。
 もっとも、ユーチャリスの男性達の間ではラピスに次ぐ美少女の登場に、裏ではファンクラブまで出来、ラピスと首位争いのデットヒートを繰り広げる人気だとか何とか……。
 当然、ニアをゲットしたとされるシモンは、アキトと同じくして、男性達の嫉妬をその身に受ける事となる。

「まあ、分からないなら別に良いわよ。でも、あのシモンがね……」

 最初は周りが先行して騒いでるだけかとヨーコも思っていたのだが、シモンの反応を聞いて、満更でもないんだと笑みが零れる。
 シモンにしても前線で戦ってはいるが、普通ならまだ遊びたい恋をしたい盛りの子供なのだ。
 最近のシモンは戦いにその身を置くことで、少し焦りが見えているとアキトが心配していた事も知っていたヨーコは、良い傾向だとそれを締め括る事にした。

「ニア、シモンの事、好き?」
「はい。シモンもヨーコさんも好きですよ」
「……いや、そう言う訳じゃないんだけどね。まあ、いいか」

 洗濯物を干し終わると、一息付いて、その場に寝転がって空を見るヨーコ。
 ニアもその横にぽつんと座り、一緒に良く澄み渡った青空を眺める。
 その場で、それ以上の会話はお互いになかったけれども、それでもゆったりとしたその時間を二人とも満喫していた。

「ヨーコ!? それにニア」
「「……シモン?」」

 振り返るとそこには先程まで噂をしていたシモンの姿があった。
 シモンは何か気まずそうな顔をすると、踵を翻し、来た道を戻ろうとする。

「じゃ、オレはこれで……」
「ちょっと待ちなさい。シモン」

 ガシッ! とヨーコに肩を捕まれ、その場を動けなくなるシモン。

「シモン、良かったらシモンもここでお昼寝しませんか? とっても気持ち良いですよ」
「いや、オレは……」
「フフフ……シモンはニアに用事があってここに来たのよね?」
「え……」
「そうよね?」
「……はい」

 ヨーコの迫力に負けて、覚悟を決めるシモン。

「んじゃ、私はまだ仕事があるからお先に失礼するわ。上手くやりなさいよ、シモン
「ヨ、ヨーコっ!!」

 顔を真っ赤にして叫ぶシモン。それを何ともせず、ヨーコはヒラヒラと手を振りながら、その場を後にした。

「シモン、私に何か御用があったのですか?」
「いや、御用ってあの……」

 首を傾げながら、目の前に近づき俯くシモンの顔を覗き込むニア。
 その行動にシモンはますます顔を赤くして、黙ってしまう。

「シモン、顔が赤いです? 熱があるんじゃ……」

 ピタッと自分の額をシモンの額に当てるニア。その突然の行動にシモンは思わずニアを払いのけ、後ろに後ずさってしまう。
 そんなシモンの様子にニアは表情を曇らせ、悲しそうにシモンの方を見てこう言った。

「シモンは、私と居ると困った顔をします……私はシモンに嫌われる事を何かしたのでしょうか……」

 シモンに問いかけるニアの瞳には涙が滲んでいた。
 それを見て、慌てるシモン。シモンもこんなつもりではなかっただけに、うろたえていた。

「違うよ、ニア! ニアが悪いんじゃなくて……」

 ――君はオレが守る。
 ニアのその手を引き、自分が言った言葉を思い出すシモン。
 シモンがニアを避けていたのは、皆に冷やかされて恥ずかしかったと言うのも一つに合ったが、それ以上に自分の気持ちに決心が付かないからでもあった。
 ニアの前で子供の様に泣き叫んだ自分が恥ずかしくて、そして、そんなニアを守ると言った自分に本当にニアを守る力が、兄貴との約束を守る力があるのか? それを真剣に悩んでいた。
 その事をニアに話すと、ニアは不思議そうな顔をして――

「何故、泣くと恥ずかしいのですか?」
「え、だって……オレはニアを守るって約束したのに……」
「確かにシモンは私を守ると約束してくれました。でも、私もシモンを守ると誓った。
 悲しみも、苦しみも、喜びも全て分け合うと言いました。だから、悲しくて嬉しくて泣くことは決して恥ずかしい事じゃありません。
 あの涙は、嘘など混じっていない、シモンの心からの叫びだったのでしょう?」

挿絵 それは何事もなかったのだと言わんばかりに笑顔でシモンに問いかけるニア。
 そっと、差し出したニアの手を取り、シモンも笑顔でそれに答えた。

「うん。嘘じゃない」
「だったら、シモンは何も約束を破っていません。自分に自信を持って下さい」
「自信……」
「シモンはシモンです。誰でもありません。私は、そんなシモンが大好きなのですから」

 兄貴を信じられるから自分も信じられる。アキトを皆を信じているから自分は頑張れると思っていたシモンにとって、ニアの言葉は心に落ちて来るような不思議な衝撃と温かさを持っていた。
 ニアはシモンにとって不思議な少女だった。世間知らずで、何も知らないように見えて、その実は自分の心を見透かしている様に、その内面に入ってくる。だけど、不快な感じは全くしない。
 彼女を守ると言った自分の言葉も、あの時は何も考えず口に出していた。今から思うと恥ずかしい言葉には違いは無いのだが、彼女だからこそそれが自然と出たのだと分かる。
 ニアの前で大泣きしたのも、襲ってきたガンメンに今まで以上の強い怒りを覚えたのも、それは全て相手がニアだったから……。
 それに気が付くと、シモンは思い出したかの様に顔を真っ赤にして固まってしまった。

「シモン……?」

 何か言わなきゃ何か言わなきゃと思考を巡らせるが、思うように言葉が紡げない。
 ただ、一つ分かることは自分はこの少女に一目惚れしてしまっていたと言う事。
 ニアのその無垢な所も、あどけない表情も、白い肌も、クルクルとした金髪も、全てがシモンにとっては愛しく思えて、思考を奪って行く。

「もう……ダメ……」
「シモンっ!!」

 顔を真っ赤にして、白い煙を出しながら後ろに倒れこむシモン。
 ニアはそんなシモンに驚いてシモンに駆け寄っていた。
 だけど、シモンはこの時、初めて何かの為で無い。自分の為に頑張ろうと思う事が出来たのかも知れない。
 人には生きる理由、戦う理由、それぞれ様々な理由がある。
 シモンにとってそれは、兄貴との約束であり、ニアと交わした誓い。
 対等の立場で、自分を想ってくれたこの少女を、大好きな女の子を守りたい。
 そう、思えたのだから。






「青いね……」
「良いじゃない、初々しくて。アディーネはそう言う所が、おばさん臭いのよ」
「何だって? 乳と尻ばかり成長してるメスに言われたく無いね」
「そっちこそ、乳が垂れて来てるんじゃない?」
「やろうってのかい?」
「いつでも受けて立つわよ」

 シモンとニアを温かく見守って居た筈の野次馬達は、ヨーコとアディーネの鬼気迫る雰囲気を感じ取り、戦闘の余波を受けまいと素早く身を隠していた。
 この二人の反りが余り合わないのには色々と理由があるらしいのだが、その一端にカミナやアキトが絡んでいるであろうと言う事は言うまでもなかった。
 そんな様子を、オモイカネを介してモニタで見ていたラピスはお馴染みの言葉を、ただ一言その場で呟くのだった。

「……バカばっか?」






「いい加減、誰かこの縄を解いてくれ……」

 医務室の一角、身動きが取れないようにベッドに縛り付けられ、前回から同じ場所で放置されているカミナの姿がそこにあった。

「カミナ、メシだ」
「…………」

 食事をを運んできたヴィラルに食べさせて貰い、口を動かすカミナ。
 カミナのいる医務室のベッドに訪れるのは食事を運んで来るヴィラルと、時々診察に訪れるリーロンくらいとなっていた。
 リーロンからアキトはダリーやラピスから「あ〜ん」とされ食事をしているばかりか、毎日の様に女性達が代わる代わる見舞いに訪れていると聞かされていただけに、こんな理不尽な事が世の中にあって良いのだろうか?
 と眉を潜める。

「納得いかねえ……」
「オレとて納得がいかん……何故、オレが貴様の面倒を見なくてはならん」

 アディーネに、重症を追った自分を助けたのがアキトとサレナだと聞かされ、その恩を少しでも返さないと武人が腐るのではないかと乗せられ、今に至る。
 アディーネは自分がアキトの世話をするからと、ヴィラルにカミナの世話を命じ、傷がまだ完全に完治していない身体では、いくら獣人の自分であっても役に立てる事は限られてしまうと、渋々、ヴィラルはその事を了承したのだった。

「アディーネ様の命だから今は黙って従うが、傷が治ったら馴れ合うつもりは無い。いつか再戦して、カミナ、貴様に勝つ」
「へ、言ってろっ! また、返り討ちにしてやんよ」

 そうは言っても、男に口元に運んで貰い食べるしかないと言う苦痛を強いられ、食べ物を噛み締めながら涙する漢、カミナだった。
 その後、録画した一部始終の映像をオモイカネから見せて貰い、腹を抱えて笑い転げるアディーネが居たとか。
 これが噂を呼び、後に女性達の間で、カミナ×ヴィラルと言う怪しいカップリングの本や、写真が密かな高値で取引されたらしい。





 ……TO BE CONTINUED









 あとがき

 193です。
 二日連続更新。もっとも、次は早くて日曜日くらいになると思いますけど。
 休んでいた間の仕事が溜まってまして、少し追い込まれてます;
 挿絵をやってる暇が無い……orz
 まあ、出せる範囲で頑張って行きますので、気長にお待ち下さい。

 次回は、青い空、白い砂浜、波打つ海! 最終決戦に向け、海を渡る前に一時の休息。ヨーコのライフルが白い砂浜で火を噴く!?

 紅蓮と黒い王子は定期連載物です。毎週木曜日の夜定期配信です。




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