まさに一進一退の戦い。
 敵も死ぬ物狂いでくる中、大グレン団も、この数日というもの必死で抵抗を試みた。
 だが、五日目の戦いが終わった時には、すでに大グレン団の三割以上が再起不能な状態まで追い込まれていた。
 ここに来るまでに、その十倍以上と言う敵を倒している事に違いはないが、それでも元々の数が圧倒的に違いすぎる。
 このまま戦闘を継続する事は難しいかも知れないと、誰もが思い始めていた。

「ここまでのデータ収集でわかった事は一つ」
「獣人達の量産型ガンメンは全て、王都テッペリンからのエネルギー供給を得て動いてる。
 だから、ロージェノムを倒し、テッペリンを崩せば勝算はあるわ。それに……」
「……ワシらの身体のことだな」

 ここまでの情報分析の結果をキノンとリーロンから聞くアキト達。
 だが、最後の一言で、そこにいたチミルフ達、獣人を見てリーロンは言葉を詰まらせる。

「ええ、二十四時間――。あなた達の身体は休眠を取らないと、そこで完全に仮死状態になる。
 もちろん、それ以上放置しておけば、確実に死ぬことになるわ」

 獣人として生を受けた者の宿命。彼等は朝しか襲って来れないのではなく、半日しか起きていられないのだ。
 無理をすれば、最大で一日二日程度なら耐えられるかも知れないが、細胞が壊死していき、必ず死に至る。
 ロージェノムが何故、そんな不完全な生き物を作ったのかはわからない。
 だが、彼等の身体には時間という時限爆弾が付けられていると言うことは紛れもない事実だった。

「だとすると、最低でも丸一日持たせるか、もしくはテッペリンを崩す事が出来れば……」
「ええ、私達の勝ちよ」

 作戦は決まった。
 テッペリン攻略戦六日目――明朝より二十四時間。
 世界で、もっとも長い一日が始まろうとしている。





紅蓮と黒い王子 第31話「大グレン団のしぶとさを見せてやれっ!!」
193作





「かつて七日間で世界を作った神は、その六日目で人間を作ったと言う」

 ――過去の経典に習えば、今日が彼等にとっても、そして獣人にとっても最後の日になるかも知れない。
 そんな予感がロージェノムの中にはあった。
 人間はしぶとい。改めてそう思わされるほど、彼等の抵抗は強かった。
 そして、戦いの度に力を増す彼等を見て、その予想は現実の物となっている。

「この螺旋王の全てを持って、この日を貴様らの最後の日にしてやろう」



「アキト? どうしたの?」

 朝焼けの中、アキトは一人、ユーチャリスの艦橋でテッペリンを眺めていた。
 そんなアキトを心配してか、ダリーが声をかけてくる。

「大きいね……」

 子供ながらに、今日、ここで何が起こるのか? わかっているのだろう。
 テッペリンの姿を見て、ダリーの小さな身体が震えているのがわかる。
 アキトは、そんなダリーを抱き上げ、もう片方の手で頭をそっと撫でる。

「うみゅ……」

 照れているのか顔を赤くするダリー。だが、決して嫌そうではなかった。
 むしろ、もっと撫でてほしいのか? アキトに身体を擦りつける。

「ダリー、怖いか?」
「……怖いよ。あんなにおっきいんだもん。アキトは怖くないの?」
「怖くないと言うと嘘になるな……だけどな、ダリー」

 真っ直ぐにアキトの方を見詰めるダリーの目を見て、再度、優しくダリーの頭を撫でてやると、アキトは柔らかい笑顔を見せる。
 その笑顔に反応して、また頬を染めるダリーだったが、アキトは構わず話を続ける。

「オレはダリー達が笑えなくなる方が怖い」
「ダリー、笑えなくなるの? アキトも……?」

 ダリーはアキトの笑顔が好きだった。
 仏頂面だとか、怖いとか、アキトのことを言う人もいるけれど、ダリーにとってアキトとは皆を助けてくれる正義の味方で、とても優しいお兄ちゃんだった。
 ダリーは、カミナのことも、シモンのことも、ラピスやサレナ、ギミーのことも大グレン団にいる家族のことが大好きだ。
 だけど、その中でもアキトは特別だった。

 アキトは寂しい顔を一杯する。難しい顔を一杯する。怖い顔も時々する。

 でも、やっぱり、時々見せてくれる笑顔が大好きだったから、ダリーはアキトのことを怖いと思わない。
 ダリーと一緒によくいるギミーは、アキトやカミナを正義の味方か何かとおもってるのだろう。他の子供達に比べてよく二人に懐いている。
 他の男の子達も、みんな、ガンメン乗りに憧れて、カミナ達のことをヒーローのように敬っていた。
 でも、ダリーと同世代の女の子達の中には、アキトのことを怖いと言う子もいた。
 ダリーも、確かにアキトの格好は黒ずくめで、正義の味方というより悪役っぽいと思う。

「笑えなくなるか……そうだな。だから、負けられないな」
「うん」

 アキトは純粋なダリーを見て、決意を新たにする。
 今日の戦い、最後の戦いには自分も出撃しなくてはいけなくなるだろう≠ニ考える。
 だが、おそらく、この戦いが最後になるとわかっていた。
 それは、勝つにしても、負けるにしても、テンカワアキトと言う存在が、この世界からいなくなると言うこと。
 そんなことをダリーに言えるわけもないが、それでもアキトはこのまま最後まで戦わず、残り少ない余生を生きるよりは、ここにいるダリーやラピス達の未来の為に、この命を使いたい。
 そう、考えていた。

「アキト、あのね」
「……うん?」

 少しモジモジしながら、ダリーは、顔を赤くして何かを必死にアキトに伝えようとする。
 大きく息を吸うと覚悟を決めたのか、アキトの首に手を回して抱きついた。

挿絵「……ダリー?」
「この戦いが終わって、平和になったら私がアキトのお嫁さんになってあげるっ!!
 だから、だから……アキトっ!! 絶対に生きて帰ってきてねっ!!!」

 先ほどまでとは違い、両目にたくさんの涙を浮かべてアキトに抱きつくダリー。
 アキトが普段と違う事を、どこかで気付いていたのかも知れない。
 このままアキトが帰ってこないのではないか? ダリーにはそんな予感があった。

「……ダリー」
「うぐ……ぐす……約束……」
「すまない……」
「アキト……約束……」

 涙で目を赤くするダリーに、アキトは覚悟を決める。
 どんな悪魔でも、死神でも、さすがに泣く子には勝てない。
 本当なら嘘になってしまうかも知れない約束を、交わしたくはなかった。
 だが、泣きつく少女の純粋な思いを、アキトは踏みにじるようなことはしたくはなかった。

「ああ、約束だ。ダリーみたいな可愛いお嫁さんなら、オレも嬉しいな」
「うんっ! さんごくいち≠フお嫁さんだよっ!!」

 きっと、三国一と言いたいのだろう。
 多分、こう言うことを教えるのはアディーネかサレナ辺りだと思うが、アキトも悪い気はしなかった。
 嘘になってしまうかも知れない。この笑顔を曇らせてしまうかも知れない。
 アキトにも、それはわかっている。

「……アキト? 泣いてるの?」

 もう、枯れてしまったと思っていた涙が、そのバイザーの下から零れ落ちる。

「嬉し涙だ……ありがとう、ダリー」






「ダリーに先を越されちまったか……」

 物陰に隠れて一部始終を見ていたキヤル、ラピス、サレナ、ヨーコ、アディーネの五人。
 アキトがバカなことを考えているなら、引っ叩いてでも止めようと彼女達は集まっていた。

「まあ、あれならバカなことは出来ないでしょ」
「そうですね。でも、あれだとアキトが無事に帰ってきたら、アキトのお嫁さんはダリーと言うことになるのでは?」
「「「え!?」」」

 ヨーコも子供に泣きつかれたアキトなら、余程のことがない限り無茶はしないだろうと思って安心した。
 だが、サレナの一言で事態は思わぬ方へ向かう。
 確かにダリーがアキトに告白したことによって、事態は良い方向に向いていると言える。
 アキトは身体のことを抜きにしても、どこか死にたがっているというか、諦めている節があった。
 ヨーコ達も、一番その事を心配していたのだ。
 だが、このままでは、平和になった時、アキトの隣にいるのがダリーという結果になりかねないと気がつく。

「で、でも……ほら、ダリーはまだ子供だろ?」
「でも、この世界に法律とかはないから、結婚するのになんの障害もないと思う……」

 キヤルの言うことはもっともだ。ダリーはまだ六歳。
 いくら少女趣味と言っても、そんな年齢から手を出すなんて、犯罪以外の何物でもない。
 さすがにそんなことは有り得ないと否定するが、それを擁護するかのように現実を述べるラピス。

「ま、まあ、大丈夫だろ」

 キヤル、否定しながらも、どこか目が泳いでいる。

「そ、そうよね。いくらなんでも、ダリーはないわよね」

 (まさか、胸、胸なの!?)
 自分に興味を持たなかったのは胸のせいなのかも知れないと、勘違いするヨーコ。

「私は別にアキトが幼女趣味でも……」

 ラピス、自分の胸を触りながら何かを企む。

「むしろ、貧乳が好みなら私にもチャンスが……」

 サレナもラピスと同じく、自分の胸を触りながら嬉々としていた。

「アキトも大変だね……」

 おもしろそうだから一緒についてきたアディーネだったが、ダリーのことで一喜一憂する彼女達を見て、その後のアキトの苦労を想像する。

「でもま、アキトの相手が、どうしても一人じゃないとダメってことはないだろ?
 人間ってのはどうして、そんなことで悩むんだい?」
「「「「――!?」」」」

 アディーネの一言は、この場では言ってはいけないことの一つだったのだろう。
 まさか、アディーネ自身も、このことが原因で、後に作られる政府の法律に一夫多妻制度≠ェ浮上するとは、夢にも思わなかった。






「シモン、隣いいですか?」
「あ、うん」

 ダイグレンの甲板で、ニアは一人で内職をしているシモンに声をかける。
 シモンは慣れない針を使いながら、大きな黒い布に刺繍をしていた。

「シモン、それは?」
「ああ、これは……よし、できたっ!!」

 そう言って、完成した布を肩にかけ、颯爽と立つシモン。
 それは、カミナと同じ大グレン団のマークが入ったマントだった。
 だが、その色はカミナと同じ赤色ではない。何故か、アキトと同じ漆黒のマントに、大グレン団の証である赤い炎のマークがついている。

「兄貴は、オレにとって大切な恩人であり、相棒でもあるけど……
 でも、アキトも、オレにとっては目標なんだ」
「アキトが、目標?」
「うん、兄貴みたいな器の大きなとことか、物怖じしないとこは好きだけど、アキトの強さにも憧れるんだ。だから、目標」
「でも、シモンも十分強いと思いますよ?」
「違うんだ。あの人の強さは、オレや兄貴の強さとは根本的に違うものだと思う。
 あの人は世界をどうにかしたいとか、強くなりたいとか、そんなので戦ってるんじゃない。
 ただ、大切な人を、好きな人を守りたいから、笑わせたいから戦ってるんだと思う」
「好きな人を守りたい……」

 ラピスやサレナ達に向ける表情を見ていればわかる。本当に彼女達を大切にしている事が――

「前に、アキトに聞かれたことがあるんだ。今よりもずっと頼りなかった時にさ。
 あの時は今よりずっとウジウジしてて、戦うのが怖くって、ずっと兄貴の陰で怯えてることしか出来なかった」

 あの頃の自分を思い出すと、どれだけ兄貴に、皆に頼っていたのかとシモンは思う。
 今でも強くなったと言っても、兄貴やアキトに比べればまだまだだ。
 キタン達みたいに、世界を救おう、人々を解放しようと戦ってる皆に比べたら、全然覚悟も力も足りないと思う。

「アキトはそんなオレに言ったんだ。何故、戦うのか?≠チて」
「シモンはなんて答えたのですか?」
「兄貴を死なせたくない。兄貴の力になりたいって」

 その気持ちに嘘はない。だけど、今は――

「シモンは、本当に兄貴が好きなんですね」
「うん。兄貴はオレにとって大切な人だから……でも」
「でも……?」
「今は、兄貴と同じくらい、もっと大切なものが出来たから、それを守る為に戦いたい。
 アキトみたいに……このマントはその決意みたいなもんなんだ」

 漆黒のマントを風になびかせ、シモンは空に浮かぶユーチャリスを見詰める。
 
「シモン、その大切なものが、なんなのか? 聞いてもいいですか?」
「うん……ニアにはいつか聞いてほしいと思う。でも、まだダメなんだ」
「……シモン?」
「いつか、少しでもオレが、アキトや兄貴に追いつけたら、その時は……」

 朝焼けの中、少年少女は肩を寄せ合い、迫る戦いの時を静かに待つ。
 テッペリン攻略戦六日目――。
 人類の歴史に名を残すその戦いは、様々な人々の思いの果てに、静かに動き始める。






 ――ロージェノムが悪かったのか?

 ――人類が無知だったのか?

 今となっては、その答えを待つ時間も、余裕も彼等にはない。
 何がよく、何が悪いのかなど、所詮は個人の主観の問題なのかも知れない。
 だが、子供を殺された親は、彼のことを許さないだろう。妻を奪われた男は、彼を恨むだろう。兄を妹を、兄弟を奪われた人は復讐を誓うだろう。
 たとえ、それが世界の為、人類の為だと言われても、大切な人を奪われた人が彼を許す事はない。
 人の業は、どこまで深いのだろう? 人の愛は、どれほど尊いのだろう?

 ある世界では、「人類の為、未来の為」と声高々に理想を語り、数百と言う人々で実験をし、男から妻を奪い、過去を奪った男がいた。
 ある世界では、「種の保存、人類を守る」と言う理念の下、人々を地下に押し込め、圧政を敷き、人を家畜のように扱った独裁者もいた。

 一体、それのどこが違うのか?
 理想の為に、理念の為に、生きることを否定された人々はどうすればいい?

 それに、あらがった一人の男を知っている。立ち上がった男達を知っている。
 だけど、世界は、どこにいっても変わらない。
 どこまでいっても、人の辿る歴史という物は、血という業で縛られているのかも知れない。

「敵が動き出しましたっ!!」

 獣の咆哮が上がる。
 朝日が上がり、再び戦いの狼煙が上げられる。
 その業がどれだけ深かろうと、その血がどれだけ穢れていようと、彼等には進み続けるしか道がない。

 漆黒のマントが二つ、そして紅蓮のマントが一つ、ダイグレンの甲板で風に揺れる。
 カミナ、シモン、アキト、彼等の眼下には、この戦いの為に集まった戦士達の姿があった。

「みんな、これが最後の戦いだっ!!」

 カミナの一言で、周囲が一気に静まり返る。

「俺達、人間の意地と根性、そして――」

 天に指をさし、最後の戦いの合図を送るカミナ。

「大グレン団の、しぶとさを見せてやれっ!!」

 ――沸き立つ歓声。
 砂埃が舞うその大地に、新たな時代を匂わす一陣の風がふいた。






 ……TO BE CONTINUED









 あとがき

 193です。
 六日目、人類の命運をかけた二十四時間戦争が幕を開けます。
 ここまできたら、意地と意地のぶつかり合い、先にどちらが倒れるか?
 カミナ風に言えば、「根性がある方が勝つ」ってことなんでしょうね。

 次回は、お互いに全勢力を注ぎ込んだ決戦が火蓋を切る。失われる命、流される血、その先に待つものは?


 紅蓮と黒い王子は定期連載物です。毎週木曜日の夜定期配信です。




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