そこは、まさに戦場だった。
 ダイグレンの周囲では爆音が鳴り止まない。
 ガンメン同士の戦いが至る所で繰り広げられ、一瞬にして多くの命が消えていく。
 木霊すのは死の雄叫び、勇士の気勢。
 人の運命とは、これほど呆気ないものか? 人の命とはこれほど軽いものか?
 そう思わせるほど、たくさんの獣人、人間たちが、その黄昏の空で散っていく。

「甲板に直撃っ、第二隔壁閉鎖!!」

 ダイグレンもまた、敵の攻撃に晒され被害を被っていた。
 だが、それでもグレンラガンはダイグレンの舳先に立ったまま動かない。
 カミナとシモンは来るべき時を、逸る気持ちを抑えながら待っていた。

「オモイカネっ!!」
『エネルギー充填率九十八%! 行ケマスッ』

 後方に控えていたユーチャリスから一筋の光が放たれる。
 グラビティブラスト――
 ユーチャリスの主砲がデカブツまでの一筋の道を作り出した。

「行って! ダイグレン!!」

 ラピスの作ったチャンスを生かし、トビダマの出力を最大にして一気にその道を突っ切るダイグレン。
 グレンラガンも舳先でギガドリルを構え、迫る脅威に身構える。
 ロージェノムの元に辿り着くには、デカブツの攻撃を突破しなくてはいけない。
 だが、グレンラガンの力だけでは不可能だった。
 しかし、今はグレンラガン、ダイグレン、それに後ろで支えてくれている大グレン団の仲間達がついている。
 頭目掛けて前進を続けるダイグレンに向かって、周囲の雲を散りじり吹き飛ばし、デカブツのハンマーが迫る。

「なんだ、ありゃ!?」

 アーテンボローがその馬鹿でかいハンマーを見て、驚きの声を上げる。
 デカブツは右腕が普通の手、左腕が巨大なハンマーになっていた。ダイグレンの何百倍もある巨大なハンマーがシモン達に迫る。
 皆がそのハンマーのあまりの大きさに、ダイグレンが潰される様を想像したとき、シモンとカミナだけは笑っていた。
 ニアは、そんなシモンの強さを信じていた。

「いける! 俺達のグレンラガンとダイグレンは、こんなもんに負けない!!」
「見せてやれっ、シモン!! 俺達の気合と根性を!!!」

 グレンラガンが目映い光を放ち、ダイグレンもその光に包まれる。
 ハンマーとダイグレンの激突――。
 巨大な爆発を引き起こし、周囲に衝撃波が広がる。一瞬にして、そこにあった雲という雲が吹き飛んだ。

「ほう……」

 ロージェノムは感嘆の声を上げた。
 デカブツのハンマーがダイグレンの一撃で動きを止め、完全に静止していたのだ。
 そればかりか、ダイグレンの先端がデカブツのハンマーに突き刺さっていた。

「先さえ、入ってしまえば!!」
「こっちのもんだぜぇ――全弾発射!!」

 ロシウの一声で、アーテンボローがミサイルの発射ボタンに手をかける。
 いくらアーテンボローでも、このゼロ距離から外すことはない。
 一斉に発射されるミサイルの嵐。それはハンマーを中から破壊し、巨大な穴を空けた。
 その穴に向かって、グレンラガンはギガドリルを突き刺す。すると、ハンマーの後ろに亀裂が走った。
 そのチャンスを逃すまいと、ダイグレンが最後の攻撃にでる。

「ホウチョウアンカ――!!」

 ガバルがダイグレンの最後の切り札であるホウチョウアンカー≠フレバーを勢いよく下げる。
 ダイグレンの舳先部分の大剣が分離し、その先に乗っていたグレンラガンと一緒にハンマーの向こう側へと発射された。
 貫かれたデカブツのハンマー。
 すでに飛ぶことすら不可能なほど満身創痍なダイグレンではあったが、見事にグレンラガンを向こう側へ送り出すことに成功した。
 撃ち出されたホウチョウアンカーは真っ直ぐに、ロージェノムのいる謁見の間へと突き刺さる。
 人の想いと力が、グレンラガンをロージェノムの元へと見事に届けたのだ。

「シモンさん、カミナさん、後は頼みます……」

 すでに、ダイグレンは限界だった。そこら中から火を噴き、動力機関も悲鳴を上げている。
 それでも彼等は賭けたのだ。カミナとシモンに――
 そして、ニアという少女の想いに――
 カミナとアキトから託されたダイグレンの最後を静かにロシウは宣言する。

「爆破の後、緊急脱出します!!」

 それが、ダイグレンでの最後の言葉だった。





紅蓮と黒い王子 第33話「教えてください、お父さま」
193作





 巨大な爆煙を上げ、粉々に砕け散るデカブツのハンマー。
 それを謁見の間からロージェノムは見上げていた。人の力が成した奇跡と言う名の功績を――

「ロージェノム!!」

 グレンラガンは、アンカーが突き刺さった天井から、眼下にいるロージェノムを見下ろす。
 だが、まったく動揺する様子も、焦り一つ見せないロージェノム。
 そこにいるのはただの人間ではない。まさに、獣人の王、世界の支配者。
 その強大な威圧感に、グレンラガンに乗り、圧倒的に有利なはずのシモンとカミナも気圧される。

「よもや、貴様らだけでここまで来るとは……。褒めてやろう、人間」
「俺達だけじゃない! みんなが力を貸してくれた!!」
「テメエだけは許せねえ!! みんなの恨み晴らさせて貰うぜ!!!」

 先に飛び出したのはカミナだった。グレンラガンのドリルがロージェノム目掛けて迫る。

「ダメだ! 兄貴っ!!」

 だが、あと一歩と言うところで、それをシモンが止めた。
 ロージェノムの眼前で制止するドリル。

「シモン! なんで、止める!?」
「ここに来たのには、もう一つ理由があるんだ……。
 だから、それが終わるまでは、いくら兄貴にでもロージェノムを殺させない!!」
「シモン……」

 シモンがここまではっきりと、自分に反抗してくるとはカミナも思わなかった。
 それだけに嬉しくもあり、シモンのその行動が理解できない。
 だが、シモンの横でその手を取り合うニアを見て、カミナもその行動の意味を悟った。
 シモンは他の誰でもない。ニアのために戦っているのだ。
 ここまで来たのも、戦ってこれたのも、全て、ニアとの約束を守るため。

「惚れた女のためか……なら、仕方ねえな」

 そう言って、操縦桿から手を離し、両手を上げるカミナ。
 その顔は笑っていた。いつの間にか、大きく成長し、自分の道を歩き出していたシモンを嬉しく思う。

「ありがとう……兄貴」

 グレンラガンの頭部――ラガンのコクピットが開き、そこからシモンとニアが姿を見せる。
 父と娘の邂逅。ニアの願いが今、叶おうとしていた。






「……参る!!」

 その頃、デカブツの前では大グレン団と獣人達の激しいガンメン戦が繰り広げられていた。
 度重なるグラビティブラストの連発で、エネルギーを失ったユーチャリスは後方に控え、ダイガンカイとガンメン部隊がその前線を維持していた。
 マッケンが愛機のモーショーグンを駆り、その愛刀で飛び回る空中ガンメンカトラ・リーダー≠斬り倒す。
 モーショーグンが手首を捻り返すと、先ほどまで刀だった武器がチェーン状に分解され、鞭へと変貌する。
 そのまま、弧を描くように一閃するモーショーグン。避けきれなかったガンメン達が爆散していく。

「こっちも負けてらんね――っ」
「ああ、いくぜ!!」

 キッドとアイラックのコンビも負けていなかった。
 キッドが持ち前の機動力で敵を翻弄しつつ、アイラックが適確な射撃で敵を撃ち抜いていく。
 お互いの隙を埋めあうように、戦い続ける二人。
 それは、長年コンビを続けてきた二人だからこそ出来る、絶妙なコンビネーションだった。

「ふん、このオレを誰だとおもってやがる!!」
「全部、ぶっこわす!!」
「ぶちこわす――っ!!」

 ゾーシィがソーゾーシンの両腕から放った音波で前方のガンメンの動きを止め、そこにジョーガン、バリンボーのツインボークンのパワーが火を噴く。
 動きの遅いツインボークンだったが、そのパワーはグレンラガンに勝るとも劣らない。
 その特性を活かし、ソーゾーシンの音波攻撃で動きの鈍くなった敵に、ツインボークンの突撃が炸裂する。

 彼等は苛烈を極めるその戦いの中で、奮闘していた。
 ダヤッカも愛機のダヤッカイザーで、キタンやキノンもその戦禍の中で持てる力の全てを振るう。

「足りねえ、足りねえよ!! こんなんでオレ達を止められると思うなよ!?」
「オレたち、黒の兄妹を舐めないで、ほしいねっ!!」
『あら? 二人だけで私たちのことを忘れてない?』
『そうですよ。ガンメン乗りだけが戦ってるんじゃないんですからっ』

 キヨウ、キノンの言葉に嘘はない。
 ガンメン部隊を支援するように、ダイガンカイ、ユーチャリスからも砲撃が絶えることなく放たれる。
 彼等はその役割は違えど、皆、戦っていた。
 ガンメンに乗り戦う者、戦艦で指揮する者、後方で傷ついた人を治療し、ガンメンの補給や修理をする者達。
 皆、一人一人が、この死と隣り合わせの戦場で仲間のために、家族のために戦っていた。
 大人も子供もない。男も女もない。大グレン団としての意地と誇りが、彼等を突き動かす。

「誰一人、絶望してない……諦めてないっ」

 パドマ。そう名付けられた真紅の機体で、ヨーコもまた戦っていた。
 大切なものを守るために――

「だから、カミナ、シモン!! 頼んだわよ」

 その巨大なハンマーを破壊されても、なお、雄大にそびえ立つデカブツ。
 ヨーコはそんなデカブツを見上げ、シモン達の無事を祈る。






「――くっ!!」
「アキト、大丈夫か!」
「すまない……少し休めばなんとか……」
「やはり無理ではないか? ここはワシらに任せてユーチャリスで……」
「いや、ダメだ……今でも精一杯な状況なんだ。ここでオレが抜ければ、その穴を埋めるために、また多くの仲間の命が失われてしまう」

 ブラックサレナ以上の働きをできるガンメンなど、ここには確かに存在しない。
 この激しい戦いの中、アキトはずっと重武装モードで戦い続けていた。
 サレナとの融合ではじめて発揮できるこの形態は、確かに圧倒的な火力と機動力を持つ。
 その反面、大量の螺旋力を消費するばかりか、その限界以上にまで引き上げられた機動力が、アキトの身体に大きな負荷をかける。
 すでに日も沈み月が出始めた頃、アキトの身体はその限界に近づき始めていた。

「嫌な予感がする……オレ達も早く、カミナ達に追いつかないと……」
「まさか、グレンラガンが負ける……?」

 チミルフの予感は正しいようで違う。アキトの不安はもっと大きな物だった。
 グレンラガン、いやブラックサレナでも太刀打ちできるか分からない何かが迫っている。
 そんな得体の知れない予感にかられる。

「もっと、まずいことになるかも知れない……テッペリンから感じる殺気……いや、強大な気配に気付いているか?」
「螺旋王のか……いや、これはっ」

 チミルフにも嫌な汗が浮かぶ。
 確かにその気配はロージェノムのものに違いないのだが、まとっている空気が違った。
 今までのロージェノムのものとは違う、異様な気配。

「これがロージェノムの本気なら……オレはロージェノムを甘く見ていた」

 珍しくアキトが焦りを見せていた。そう、離れていてもわかる、その強大で圧倒的な気配。
 それがなんなのか、そこにいる二人にはわからなかったが、何かがここで起ころうとしていることを二人は強く感じていた。






「お父さま……何故なのです? どうして、あんなに酷いことをなさるのですか!?」

 ニアはこれだけはどうしてもロージェノムに問いたかった。
 自分の前に生まれて来たであろう、姉、兄達を殺し、たくさんの人間を虐げ、そしてなお、生きたコマのように獣人達ですら切り捨てていく。
 自分を捨てた父親、決してよい親であったとは言えない。だが、それでもニアにとってはたった一人の肉親だった。
 だからこそ、信じたかった。どれほど、ロージェノムが酷いことをしようが、そこには何か理由があるはずだと。
 そしてニアは、最後の決戦を前に、アキトにある話を聞かされていた。






「そんな……それが本当なら、お父さまは……」

 アキトの後ろにはチミルフ、アディーネが控え、その前にはニア、シモン、カミナの三人が集められていた。
 そこで話されたのは、この戦いの真実。ロージェノムが何故、獣人を作り、人類を地下に押し込めたのか?
 シモンとカミナもそのあまりの事実を前に、言葉が出ない。
 恨み、憎んでいた相手が、人類の守護者だと言われ、すぐに納得できるものではなかった。

「このことを知ってるのは……?」
「獣人を除いて知ってるのは、ラピスとサレナ、それにヨーコだけだ」

 まだ、他には誰にも話してないとアキトは言う。

「それでも、オレは許せねえ……虐げられたもんの気持ちはどうなる? 奪われた奴の想いは?
 それが世界のためだ。人類のためだと言われても、オレは納得しねえ……」

 拳を握り締め、そのやり場のない怒りを堪えるカミナ。
 だが、カミナの言うことも、もっともだ。たとえ、それが平和のため、人類のためと言われても、奪われた人の悲しみは消えない。
 その事実が消える事はない。

「オレも……獣人達に両親を殺された。だから、許せない……とても、許せそうにない。
 でも……ロージェノムは信じられないけど、ニアならオレは信じられる」
「シモン……」
「ニア、キミはどうしたい? これはキミの戦いでもある。実の父を殺すか? それとも……」
「私は……」

 アキトのその質問は残酷だったかも知れない。たった一人の肉親を裏切れ、殺せと宣告しているに等しかった。
 だが、それでもアキトは最後の戦いを前に、ニアやカミナ達だけには伝えておきたかったのだ。
 彼等が、彼女がどんな答えをだそうと、当事者である彼等には知る権利も、選ぶ権利もある。

「このことを、みんなに話すも話さないも任せる。だが、覚悟を決めておいてくれ。
 ロージェノムと対峙した時、迷えば死ぬのは他でもない。自分だと言うことを」






挿絵 アキトの言葉はそんなニアの中に深く残っていた。
 そして、ニアは答えをだした。その上で、ロージェノムを信じると決めたのだ。
 だからこそ、聞きたい。ロージェノムの口から、その真実を――

「その眼……そうか、真実を知ったのか」
「教えてください、お父さま。どうして、あんなことを? 本当にそれが正しいことだと信じていたのですか?」

 ロージェノムは静かに眼を閉じ、ニアの言葉に沈黙をもって返す。
 外から伝わる激しい爆音と違い、謁見の間は二人の間に張り詰めた空気で冷たく、静寂に包まれていた。

「無知とは恐ろしいものだ。自身を正義と誇示するか? 英雄として蛮勇を奮うか? 勇者として悪を討つか?
 お前達は知らぬだけだ。敵の大きさも、強さも、そして、恐ろしさも……。
 圧倒的な力の前には勇気や誇りなど、そして人の命など、どれほど小さきものか」

 かつてこの星にいた、たくさんの螺旋の民の命が奪われた。
 ロージェノムと同じように、強い螺旋力を持つ螺旋の戦士が結束したにも関わらず、その戦いは敗北の土をなめることになる。
 だからこそ、ロージェノムは固く決意したのだ。人類を守るために――

「それでも……私は間違っていると思います。この世界は狂っている――
 お父さま、あなたは間違っている!! 何故、そのことにお気づきにならないのですか!?」

 その言葉は、ニアだけの思いではない。そこにいるシモンのカミナの気持ちでもあった。
 ロージェノムのしてきたことは、確かに人類を守るためだったのかも知れない。
 だが、その行為は、彼等にとって決して許せるものではなかった。

「ニアよ。そして、螺旋の戦士よ。ならば、その力を持って証明してみるがいい。
 人の力が、どれほどのものか? この螺旋王に敵わぬ者が、そのような夢を語るのは笑止。
 ならば、見せてみよ。お前達の語る思いが、力が、ワシを否定するに足るものかを!!」

 爆発的に膨らむロージェノムの螺旋力。
 すると、玉座の下から細く研ぎ澄まされたドリルが、ニア目掛けて伸びる。
 ニアに突き刺さろうとするその瞬間、咄嗟に反応したシモンが、グレンラガンの腕でそのドリルを払いのけ、ニアを救った。

「なかなか強い螺旋力を持っておるな」

 ニアをその手に拾い上げ、咄嗟のことに怒りと動揺を見せるシモン。カミナも、ニアを狙ったロージェノムを強く睨みつける。
 だが、ロージェノムはそんな彼等を見て笑っていた。
 マントを脱ぎ捨て、ロージェノムは玉座の下へと沈んでいく。その先には、グレンラガンと同じ巨大な漆黒の機体があった。
 周囲に控えていた螺旋神官達も姿をドリルに変え、そのガンメンのコクピットへと収まっていく。

「人が……ドリルに……」

 鈍い光を放ち、その圧倒的な存在感を誇示しながら、グレンラガンの前に姿を現す黒いガンメン。
 その姿は多少の違いはあっても、グレンラガンとよく似ていた。
 そして、その姿から、キノンが言っていたグレンラガンと同じエネルギー反応の正体を彼等は悟る。

「ニア、乗って!! もう、戦うしかない……」

 ニアがラガンのコクピットに戻った事を確認すると、ロージェノムから距離を取り、臨戦態勢をとるグレンラガン。
 だが、そんな彼等を見てもなお、ロージェノムはその行為を冷たく吐き捨てた。

「人の業は深い。そして、醜く愚かだ。だからこそ、貴様達が如何ほどに無知かを教えてやろう。
 このラゼンガンとともに……」

 ラゼンガン――
 ここに、もう一つの漆黒の悪魔が降臨する。






 ……TO BE CONTINUED









 あとがき

 193です。
 ラゼンガン登場。そして、アキトが感じた不安とは……。
 全てを知りながらも、なお戦うこと選ぶ両者。
 結局は止めることが出来なかった戦い……。
 次回、シモンとカミナ、そしてロージェノムの螺旋力が激突します。

 次回は、少年には守りたかったものがある。青年には果たしたかった約束がある。だからこそ、戦う。その命を燃やして……。

 紅蓮と黒い王子は定期連載物です。毎週木曜日の夜定期配信です。




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