「おかえりなさい、アキト」
「アキト――ッ!!」

 笑顔でアキトを出迎えるラピスと、我慢できずアキトに飛び掛るキヤル。
 アキトを抱きしめると、その温もりと匂いを確かめるようにキヤルは身体を擦りつける。

「おい、キヤル……」
「ん〜! アキトだ、アキトの匂いだ」

 行き成り抱きつかれ、困り果てるアキト。
 ご満悦なのか、キヤルは何度も何度も確かめるようにアキトの胸ですりすりと頭を動かす。
 そんなキヤルを見てヨーコは「まあ、仕方ないか」と諦めていた。
 二年もの間、音沙汰なしだったのだ。
 しかもラピスとキヤル、それにヴィラルの三人は一年もの間、自分たちを捜して世界中を旅してたと聞き、ヨーコは少し罪悪感を感じていた。
 その二年もの間、仕方ないこととは言え、アキトを独り占めしていたからだ。
 二人の気持ちを知っている身としては肩身が狭い。

「ラピス……心配をかけたな」
「ううん……アキトが無事だったなら、わたしはそれで十分」

 そんなアキトの言葉に、ラピスは笑顔で答える。
 確かに二年もの間、アキトのことを心配し捜し続けていたが、ラピスはアキトたちが生きていてくれたと言うだけで満足だった。
 しかし、そんなラピスにも不安なことが一つあった。
 それは――

「なあ、アキト……アキトたちが無事だったのは嬉しいンだけど――
 なんで、ロージェノムも一緒なんだ?」

 キヤルがアキトに抱きつきながら、訝しむようにロージェノムを見る。
 ラピスもアキトたちが生きていたことは素直に嬉しかったが、一緒にいたロージェノムにまで気を許すことは出来なかった。
 ラピスが警戒を続けているのは、これが原因だ。

「それは――」

 アキトは語る。
 二年の間、自分の身に何があったのか――





紅蓮と黒い王子 第44話「ぼくは成し遂げて見せる」
193作





 アキトの話、そしてヨーコやカミナの説得を受けたラピスとキヤルはもちろん、ヴィラルもロージェノムのことを納得し黙って受け入れた。
 かつてロージェノムに仕えていた獣人のヴィラルに比べ、ラピスとキヤルは確かにロージェノムに色々と禍根も残る。
 それでも、ロージェノムが二年もの間アキトを支え、助けてくれていたと言うことに感謝していた。
 当事者であるアキトとカミナ、それにヨーコが文句を言わないのなら自分たちにそれを言う権利はない。
 その三人がいなければ、今のこの世界はなかっただろう。
 自分たちはあそこで爆発に巻き込まれ死んでいたかも知れないと、二人は悟っていたからだった。

「でも、ヨーコとカミナが名乗り出てこなかったの理由はそれで分かった。
 確かにロージェノムのことがある以上、あまり公にできないもの……」

 ラピスはアキトたちが生きているとは思っていたが、戻ってこないのには何か理由があるのだろうと思っていた。
 その理由がロージェノムのことを聞いて分かった。
 確かにロージェノムはかつての螺旋王=A人間たちを弾圧してきた諸悪の根源だ。
 そこにどんな背景や理由があったとしても、何百年もの間、地下に閉じ込められて弾圧され続けてきた人間たちにしてみれば、ロージェノムは悪∴ネ外の何者でもない。
 新政府に出頭すれば、間違いなく戦犯として必ず極刑≠ナ捌かれるだろう。
 ヨーコとカミナが名前を変え、コノハナ島に潜伏していた理由もラピスは合点がいった。

「それもあるけど、サレナと融合したと言ってもしばらくはアキトも不安定な状態が続いたの。
 わたしたちはそちらの知識がないし、対処方法も持ってない。
 正直、アキトのためにもロージェノムの助けが必要だったのよ」

 当時のことを本当に辛そうに話、ヨーコはその理由を補足する。
 二年もの間、アキトが眠りにつくことになったのにはそうした理由もあった。
 サレナの力で制御が可能になりナノマシンの暴走が納まったと言っても、アキトの身体は本人が思っている以上に消耗していた。
 そのためナノマシンが正常な状態にまで安定し、アキトの身体が回復するまでにかなりの時間を有したのだ。
 そんなアキトの状態を診ることが出来たのは、ガンメンやサレナの身体にも詳しく、千年を超える深い知識を持つロージェノムがいてこそだった。

「ワシは何もしていない。アキトが助かったのはアキト自身の力と……サレナのお陰だ」
「いや、感謝してるさ。お前がいてくれて本当に助かったと思ってる」

 ロージェノムは否定するが、アキトは感謝していた。
 その時のヨーコとカミナの不安も考えれば、ロージェノムがいてくれて良かったと考えていたからだ。
 少なくともロージェノムがいたことで、二人の不安が和らいだことは疑うべくもない。
 アキトは自身を見てくれたことも当然だが、そうした心のケアをロージェノムが行なってくれたことに感謝していた。

「でも、どうしたもんかな? ってことは島の人たちの件もあるし」

 キヤルが言うのも無理はない。
 今、コノハナ島の人々は焼き払われた村に置いておく訳にもいかず、ユーチャリスに避難してもらっていた。
 また、新政府のガンメン部隊がやってくる可能性がある以上、あそこに島民たちを放っていく訳にもいかない。
 それは、そこにいる誰もが分かっていた。

 しかし、問題は他にもある。

 今回の件はアキトたちだけでなく、ラピスたちも不思議で仕方なかった。
 何故、新政府軍がコノハナ島を襲ったのかが分からなかったからだ。
 少なくともアキトたちが知るシモンはそんなことを命令する人物ではない。

「ヨーコ、軍はなんて言ってたの?」
「なんか『保護しにきた、難民収容区に連れて行く』って言ってたわ」
「保護? 難民収容区?」

 ラピスは考える。ヨーコの言っている意味からすると新政府は何か目的があって、人間を集めていると言うことになる。
 考えられるのは労働者の補充、徴兵などいくつかあるが、そんなことのためにこんな無茶な強要をするとはラピスには思えない。

「なるほど……そう言うことか」
「何か分かったのか?」

 ロージェノムが何かを悟ったのか声を上げる。それに反応するアキト。
 みんなも同じ気持ちだったのか、ロージェノムの回答を静かに待つ。

「アンチスパイラルのことは話したな。
 そして人類が百万人に達した時、奴らが襲ってくると言うことを――」
「――!? そう言うことかっ」

 アキトはロージェノムの言葉ですべてを悟ったのか声を大きくする。

 それは実に単純なことだった。
 アンチスパイラルが襲ってくるのは人類が百万人に達した時とされている。
 その理由は恐らく、螺旋の民の反抗をアンチスパイラルが恐れているため、再び彼らの文明を栄えさせないようにとの予防策なのだろう。
 だが、それならば人口を正確に把握、調整することが可能ならば、アンチスパイラルとの戦いを回避することも、決戦の時期を調整することも可能かも知れないと言うことだ。

「でも、それは……」

 ヨーコは不安の入り混じった声を出す。それも無理はない。
 それは「ロージェノムがしてきたことと同じだ」とヨーコは言いたかった。
 人々の自由を奪い、一箇所に閉じ込めるなど、ロージェノムが獣人たちを使いやってきたことと何一つ変わらない。
 獣人が世界を治めるか、人間が世界を治めるかの違いはあれ、統治者が変わっただけでやっていることは同じだと――
 そう言うことを言いたかった。
 その新政府のやり方を理解したアキトたちは悲痛な表情を浮かべる。

「ラピス、なんかわかんねぇのか? その……新政府のこととか」
「ごめん……わたしたちがシモンたちのところを離れたのは一年も前の話だから……
 でも、こんなことになるなんて知っていれば……ごめん、アキト。
 アキトに託されたのに、わたしの責任だ……」

 カミナは新政府の現在の様子を聞きたかっただけなのだが、ラピスはそのことに責任を感じているのか暗い表情を見せる。
 アキトから託された世界。その世界をちゃんと守っていかなくてはいけない――ラピスはそう思っていた。
 だから一年の間、アキトをすぐにでも捜しに行きたい気持ちを抑え、新政府の地盤作りを行なってきたのだ。

 だが、シモンたちならば間違いはない。より良い世界を作ってくれるとラピスは思い――
 一年前、アキトを捜すたびにラピスはキヤル、ヴィラルの二人を連れて旅に出た。
 だけど、今になって思えば、それは間違いだったのかも知れないとラピスは思う。
 おそらく、今回のケースはアキトが想定していたもっとも最悪≠フケースに当て嵌まるだろう。
 それを回避できる立場にいながら放棄し、こんなところにいる自分をラピスは悔いていた。

挿絵「そんなことはない。ラピスは良くやってくれたさ。
 たった二年だ。二年でこれだけの計画を新政府が起こせたと言うことは――
 それはラピスがしっかりとした地盤を作ってくれたからだろう」
「アキト……」
「だから、胸を張っていい。オレの方こそすまない……傍にいてやることが出来なくて」

 ラピスはアキトの胸に顔を埋め泣いていた。

 ――ずっと求めていた温もり。

 その能力の高さから皆に尊敬され、頼りにされて、頑張り続けてきた少女も、本当は歳相応のひとりの女の子≠セった。

 ――本当は辛かった。

 ダメだと思うことも一杯あった。でも、ラピスは誰にも頼ることが出来なかった。
 アキトが残してくれた世界、アキトから託された世界、その世界を自分が守らないと行けないと――
 そんな使命感に襲われていたからだ。

 そんなラピスの心にアキトの言葉は届いた。
 いや、アキトだったから届いたのだろう。

 ――ラピスは思う。
 ずっとこの言葉を聞きたくて、自分はアキトを捜していたのだと、アキトを求めていたのだと――

「だけど、どうすんだ? 新政府に乗り込むのか?」
「……ユーチャリスなら新政府には問題なく入れると思う。だけど――」

 カミナの疑問はもっともだった。放っておけない以上、一度はシモンたちとも会わなくていけないだろう。
 しかし、ラピスはロージェノムの方を見る。
 素直に新政府に行くことは出来ない理由がロージェノムにあった。
 あそこにはロージェノムの顔を知る者も多い。偽名を使った程度では誤魔化すことは難しいとラピスは考えた。

「ワシはここに残っても――」
「それはダメ……きっと新政府軍はまたここにやってくる。
 アキトの恩人を、そんなところに置いていけない」
「む……」

 ラピスの真っ直ぐな回答に思わず押し黙ってしまうロージェノム。
 そこには確かな意志があった。
 おそらく、どう説得しても無駄だろうと観念したのかロージェノムは手をあげる。

「それなんだが、コノハナ島の人たちをこのままにしておくことも出来ないだろう。
 それに恐らく新政府軍は世界各地でこうした活動を行なっているはずだ」
「そう言えば、最近、反政府組織の活動が激しくなってるって噂で聞いてたけど――
 多分、これが原因≠ヒ……」

 アキトの話を聞いて、今までの情報から推測するラピス。
 たしかにここ数週間、反政府組織の活動が活発になっていると言う話はラピスも耳にしていた。
 コノハナ島に来るまでに訪れたいくつかの村や集落でも、そうした話が話題に上がっていたからだ。
 しかし、それも良くある小競り合いのようなものだろうと、その時はラピスも考えていた。

「そのためのガンメン三百体ってか? さすがに……大袈裟じゃねえの?」
「そうでもない。実際に、新政府の考え方に賛同せず離反してる獣人たちも多いの。
 わたしが新政府に残っているときでも、度々そうした問題はでてた。
 それが、今の新政府の強引なやり方で一気に表面化してきてるのだとしたら――」

 キヤルは大袈裟だと言うが、ラピスはそうは思っていない。
 実際に反政府組織は当時からかなりの人数を規模を持っていたからだ。
 アキトたちが上手く立ち回ったこともあるだろうが、かなりの数の獣人たちが結果的に生き残った。
 当然、その中には人間との共存を望んだものもいれば、その考えについて行けず袂をわかった者もいる。
 そして問題はそれだけではなかった。
 大グレン団の活動に協力し、一早く新政府の設立に携わった者たちを除けば、タイミングを逃し権利を勝ち取れなかった者、権益争いに敗れた者、甘い汁を吸えなかった者たちも存在する。
 そうした地方の有力者たちが、新政府の存在に意義を唱え、反政府組織を陰ながら支えていると言う背景があった。

「じゃあ、結局どうすんだよ?」

 キヤルの言うことはもっともだ。
 ロージェノムの件もあり、堂々とカミナシティに行くことも出来ない。
 しかし、シモンたちとは話をしなくては状況も進展しない。
 だがコノハナ島の人々の問題もある。
 このまま彼らをカミナシティへと連れて行けば、そこで難民収容区へ送られるのは目に見えている。
 当然、彼らはそれを望まないだろう。

「ラピス、首都に向かうまでにどこか避難できそうな村とか集落はないの?」

 ヨーコがラピスに質問する。
 そういう場所があるなら、一度コノハナ島の人々を預かってもらえないかと考えたからだ。
 アキトも同じことを考えていた。
 ここに置いて行くのは危険すぎると言っても、カミナシティに連れて行くのもアキトは危険だと思っていたからだ。
 今の新政府のやり方では、おそらくコノハナ島の人々も同じように収容所送りになるだろうと考えたからだ。
 それはアキトにとっても望むことではない。
 それに、そこでロージェノムたちと二手に分かれれば、少なくともシモンたちとの面会は容易になると言う思惑もあった。

『アリマス。アダイ<g言ウ村ノ跡地ガ――
 ココハ一年以上前ニ住民ノ殆ドガ、カミナシティヘ移リ住ンデ居マスノデ――
 政府ノ手モ回ッテイナイカト』

 それに答えたのはオモイカネだった。
 だが、これで行く先は決まった。
 アダイの村――そこはかつてロシウが育った故郷だった。






 その頃、新政府は――
 コノハナ島付近の難民収容を担当していたガンメン部隊が全滅したとの報告を受け騒然としていた。
 あの辺りは最近にも数十体にも上る反政府組織のガンメンが目撃されたと報告が上がっており、その存在を警戒して新政府も余分に戦力を割いていたのだ。
 それが全滅したと聞いて、驚かないはずがない。
 三百体ものガンメンを全滅させることが出来る反抗組織がまだ顕在していたとなれば、それは新政府にとっても脅威になる。

「相手はどこの組織だ!? 敵はどのくらいいたんだ?
 ――三百か? ――いや五百か!?」

 ロシウはこの事態に明らかに動揺を見せていた。
 錬度の高い、軍のガンメンを全滅させたのだ。少なくとも同じくらいの数かそれ以上だとロシウは考えた。
 しかし、報告にやってきた兵士の話を聞いて、ロシウは信じられないと言った顔をする。

「たった……三人だって? ガンメンにも乗ってない人間三人にやられたって言うのか!?」

 そんな荒唐無稽な話があるものかとロシウは声を荒げるが、それを見た兵士が皆、同じことを口にしていた。
 集団催眠にでもかかっていなければ、それは事実と言うことになる。
 それに現にガンメンが破壊され、全滅と言う結果に終わっている事実は覆らない。

「早く部隊を編成して、現地の調査をさせるんだ!! 壊れたガンメン、なんでもいい!!
 回収して、なんとしても敵の正体を突き止めろ――っ」

 ロシウは苛立っていた。声を荒げ、部下に命令する。
 ここまで綿密に練ってきた計画が、そんなイレギュラーの存在で崩される訳にはいかない。
 ロシウは焦っていたのだろう。今回の計画は自分でもかなり強引に進めていると言う自覚はあった。
 しかし、痛みを伴わず、今の世界を維持し続けることは難しいと彼は常々考えていたのだ。

 あれだけの戦力と力を持っていたロージェノムが恐れ、戦うことを諦めていたアンチスパイラル≠フ存在。
 とてもではないが、今の人類が保有する戦力でアンチスパイラルに対抗できるとはロシウには思えなかった。

 少なくとも文明がある程度安定期を迎え、戦力が整ってからでなくては話にならない。
 理想的なのは十数年、最低でも二十年は欲しいとロシウは考えていた。
 だからこそ、正確な人口を把握し、人口を調整することでその期間を捻出しようと思っていたのだ。

 ――この計画は人類の未来≠フために絶対に成し遂げなくてはいけない。

 ロシウの意志は固かった。

「たとえ世界中が敵に回ろうと……ぼくは成し遂げて見せる。
 ぼくにだって出来ることはあるんだ。人類の未来のために必ず――」

 それはロシウの思いだったのだろう。
 あの背中にずっと憧れ、見ていることしか出来なかった二年前を思い出す。

 アキト、カミナ、シモン――

 大グレン団の生き方、行いは少年だったロシウにとって、眩しく光り輝くものだった。

 しかし、彼らのようなやり方は自分には出来ないことをロシウは知っていた。
 彼らのように強い力も、ガンメンもない自分では、出来ることに限界がある。
 ロシウはそう考え、より多くの命を救うためにと政治家になる道を選んだのだ。
 前に出て戦うことは難しくても――

 考えることで――
 策を練ることで――
 権力と言う力を持つことで――

 ずっと多くの命を救うことが出来るとロシウは思った。

 その結果、辿り着いたのが今の地位だ。
 それが間違っていたとも、これからも間違っているともロシウは思わない。

 だから、彼は立ち止まらない。

 人類のため、これが正しいことだと信じ、ロシウは前に進み続けるしかなかった。






 ……TO BE CONTINUED









 あとがき

 193です。
 唐突ですが、来週はおやすみします。
 忘年会シーズン真っ盛りですので、おそらく酒入っててSSどころじゃ(オイ
 それが終わればクリスマスですしね。
 クリスマスを家族と過ごされる人もいれば、恋人と過ごされる人、寂しく一人で薄暗い部屋でケーキを食べてる人もいるでしょう。
 わっちはクリスマスも仕事ですがw
 この時期は何かと忙しいと思いますが、風邪をひかないよう、みなさんもお気をつけ下さい。

 次回は、アダイの村に到着したアキトたち。廃村となったその村でアキトたちを出迎えたのは意外な人物だった。


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