【Side:ユキネ】

 私が知るマリア様は、あのように笑われる方ではなかった。
 この国の王女として生まれ、殆どの時間を皇宮で過ごされているマリア様にとって、親しい友人と呼べるものは一人もいない。
 専属の護衛である私か、フローラ様を除けば、マリア様が本音を曝け出せる相手など限られている。
 マリア様と対等に話せる同い年くらいの友人と言えば、従姉妹のラシャラ様くらいだったので、それも無理はない。
 そんなマリア様の笑い声が、最近では皇宮でよく聞かれるようになった。
 侍従達は皆、声を揃えて言う。

「本当に可愛らしくなられた」

 年相応の少女らしい笑顔を自然と向けられる機会が多くなり、その笑顔の先にはいつも彼≠ェいた。
 ――正木太老。マリア様を山賊から救いだしてくれた恩人。
 フローラ様も彼のことはお気に入りのようで、忙しい公務の合間を縫って、彼に会いに皇宮に帰って来られる。
 そして一番驚いたのは、マリア様が彼を自分専属の従者としたことだ。
 今までに、マリア様がフローラ様に我が侭を言ったのは、あれが初めてのことだろうと私は記憶している。

「太老さんを私の従者として正式に雇いたいのです」

 そのように話されるマリア様にとって、太老はただの恩人≠ナも従者≠ナもなかった。
 初めてマリア様が、自分から傍にいて欲しいと願った存在。
 正木太老とはマリア様にとって、異世界人の伝えた御伽噺にでてくるような、自分やこの国を護ってくれる英雄(ヒーロー)そのものだった。

 面倒臭がりやで怠け者。従者としての自覚もなく、フローラ様やマリア様を敬うと言った敬意すら見せない。
 普通ならば、ただ失礼なだけなのだが、彼の場合はそれが自然すぎて、いつの間にか彼の取り巻く空気に周囲も流されている。
 最近ではマリア様を「ちゃん」付けで呼ぶ太老を咎める者も少なくなった。
 従者である太老を、主君のマリア様が追いかけると言った時点で普通ではないのだが、それですら侍従達の間ではいつものこと、逆に微笑ましいと言った具合に好意的に捉えられているから不思議でならない。

 私にとって正木太老とは、正直に言えば変わり者=B
 今までに会ったことがないタイプの男性。彼のような人物は、王侯貴族や男性聖機師にも見たことがない。
 しかし、従者としては問題があるが、その実力は高く評価出来る。
 私やフローラ様ですら敵わないほどの戦闘力を持ち、状況に合わせた柔軟性と高い判断力もある。
 彼ならば、確かにマリア様の護衛を任せられるだけの実力があると、私もフローラ様の見立てに同意できた。
 ――にも関わらず、あれ程の才能、そして高い聖機師としての素質を持っているにも関わらず、聖機師になりたくないなどと我が侭を言い、平気でフローラ様を困らせる。
 大物なのか? 怖いもの知らずなのか? 相手が王侯貴族であっても、彼は一切、遠慮も物怖じもしない。
 一度だけ、皇宮に戻られたフローラ様に、太老のことについて訪ねてみたことがある。
 マリア様のためにも、もっとよく太老のことを知って置きたかったからだ。

「太老ちゃん? そうね……最近、私が皇宮に帰って来れるようになったのは、太老ちゃんのお陰かな?」
「……それは、やはり太老のことが」

 太老のことを、フローラ様が特別気に掛けていらっしゃるのは知っていたので、やはりそれが原因かと思った。

「マリアちゃんが寂しがるから、出来るだけ家に帰ってきてあげて欲しいって――
 そんな事が平然と言える優しい子よ。太老ちゃんは」
「え……?」

 その話を聞くまでフローラ様は、太老に会いたくて無理をして帰って来ているのだと思っていた。
 しかし事実は違ったらしい。
 ある日、城にまで何をしにやって来たかと思えば、マリア様の名前をだしてフローラ様への謁見を要請し、何日も公務で皇宮を留守にしているフローラ様に向かって、他の貴族達がいる前でそんな事を平然と言ってのけたらしい。
 当然だが、突然やってきて女王に失礼なことを言う太老に、貴族達はマリア様の従者、フローラ様の知人と言う事で抑えていた憤懣(ふんまん)をぶつけた。
 だが、太老はこの国の特権階級の貴族達に向かって――

「そこまで言うなら、自分達が有能≠セってところを少しは見せてみろ。
 女王が休めないほどに忙しいんだ。さぞかしアンタらは無能≠ネんだろうな」

 その太老の啖呵を聞いたフローラ様は臣下の前にも関わらず、我慢が出来ず腹を抱えて大声で笑ってしまったらしい。
 その後、女王の前で笑い者にされたと勘違いした貴族達が太老に決闘を申し込み、フローラ様自ら立ち会い人をしたとか。
 その中には、男性聖機師も多く混ざっていたとかで、尚も懲りずに挑発を繰り返す太老に、全員で武器を持って向かっていったらしい。

 結果は――
 いつも通り、呆れるほど元気な太老を見れば、聞くまでもない。

「男性聖機師だからって、普段何もさせないのはおかしいって――
 まあ、彼等も聖機師でもないただの従者≠ノ決闘で負けたことが悔しかったみたいでね。
 それで太老ちゃんの提案で、彼等にも仕事を割り振るようにし始めたのよ」

 フローラ様に理由を聞かされ、彼の行動がすべてはマリア様のためだったのだと、その時、始めて私は理解した。
 この時から私は、怪しい変わり者≠フ男を、マリア様の従者≠ニして意識し始めていた。
 ――正木太老。彼のことを理解するには、まだまだ知らないことが多すぎた。

【Side out】





異世界の伝道師 第6話『マリアの従者』
作者 193






【Side:太老】

 先日、黄金聖闘士の仲間入りをした正木太老です。

「はあ……本当に鬱だ」

 黄金の聖機人の話がフローラや技師達から、マリアに伝わるまで大して時間は掛からなかった。
 あんな恥ずかしい物、本当なら全員に忘れていて欲しかった。
 まあ、隠したところで、どちらにせよ、いつかはマリアにもバレていたことなんだが……。
 俺が軍の工房に出入りするようになってからと言うもの、マリアも公務や稽古が重ならない限りは工房に出入りしているので、そもそも隠そうとすること自体が無駄と言うものだった。

「タロウとお母様を二人きりにするのは、色々と危険ですから」

 そんな理由を口にはしていたが、ここには色々と珍しい物があるので本人も普通に楽しんでいる様子。
 確かに軍の工房と言うだけあって、ハヴォニワの最新技術が集まっているので、知的好奇心をくすぐられる物が沢山ある。
 マリアでなくても、心躍るのは分からなくはない。俺も、その知的好奇心を刺激された者の一人だ。
 技師やフローラに頼まれて協力していると言う事もあるが、ここの技師達に色々と話を聞かせて貰ったり、普段はお目に掛かれない研究資料の一部や開発の現場を直ぐに目にすることが出来るのは嬉しい。
 しかし、聖機人と亜法結界炉の整備や開発を行っていると聞かされていたが、随分と聞いていた話と実情は違うようだ。

 そもそも聖機人に関しては、研究したくてもよく分かっていないことの方が多いらしく、数も教会によって制限されているので下手に潰して貴重な聖機人の数を減らしたり、そのことで教会に目をつけられたりはしたくないらしい。
 出来ることと言えば、多少の整備や修理程度。
 破損具合によっては回復系の亜法が使える『聖衛士』と呼ばれる聖機師の力を借りるか、教会に返却して修復してもらう以外に手はない。
 そんな実情だから、実際には聖機人そのものの研究と言うものは余りされていないのだとか。

 亜法結界炉に関しても、もう殆ど確立された技術なので、国費を割いて一生懸命研究したところでメリットは少ない。
 色々と試してはみたいが、先史文明の技術の殆どは教会が厳重に管理しているため、それも政治的なしがらみがあって難しい。
 そのため、亜法を使った新技術の開発と言うと、精々が聖機人用の強化武器や、軍で用いられる装備や亜法機械の開発と研究がメインになるのだとか。

「結局のところ、教会に技術を独占されてるってことだよな?
 そんなんで、よく他の国も黙ってるな」
「何処の国も教会に頼らざる得ない理由≠ェありますからね。
 亜法がなければ、そもそも今の生活が成り立たなくなりますから」

 マリアの言うように、この世界の人々にとって亜法、そしてエナの存在は大きい。
 聖機人、それに亜法動力炉、エナを利用するその技術の殆どが先史文明からの遺産だ。
 各国は教会からその恩恵を少しずつ分けて貰っているに過ぎず、逆にそういう事情があるからこそ、各国共に互いを牽制し合い大きな諍いに発展しないで済んでいる現状がある。
 教会はその成り立ちから、どの陣営にも所属せず中立を保っているので、各国の緩衝材としての役割も担っていた。

 それに、聖機人がエナの海に置いて、最強の絶対兵器≠ナあることは疑いようがない事実。
 教会にその絶対的なアドバンテージがある以上、軍略的、政治的な観点からも教会との付き合いを軽んじるわけにいかない。
 故に様子を見るしかない。教会を襲っても、それに見合うメリットが得られないのであれば意味がない。
 どこの国が技術を独占しようが、それを他の国が黙って許すはずもなく、そうなれば必ず争いが起こることは目に見えている。
 例え教会の襲撃に成功しても、教会との戦いで疲弊した状態であれば、いつ今度は自分達が寝首をかかれるか分からない。

 大陸最大の勢力を持つシトレイユ皇国、ダークエルフの治めるシュリフォン王国、そしてここハヴォニワ王国。
 この三大国家の他に近隣にいくつかの小国が点在するが、どこもこの三国に拮抗するほどの国力を持ち合わせていない。
 各国共に、三国の動きを見ながら様子を見ていると言うのが今の世情だ。

 それに現在の情勢で言えば、シトレイユとハヴォニワの関係は他国と比べても非常に友好的なものだ。
 マリアの母親のフローラがシトレイユの皇女の伯母に当たるからなのだが、そもそもハヴォニワは三国の中の一つに数えられてはいるが、他の二国に比べて圧倒的に国力が乏しい。
 衣料品を始めとする縫製産業や、豊富な材木資源を生かした工芸品などが有名ではあるが、その国土の殆どを森や山に囲まれているため、開拓が非常に困難な土地柄であることも影響して、国内全体に治世が行き届いていない。
 故に、首都近郊の繁栄も、ほんの少し離れた土地にいけば見る影がない。
 森の恵みを受け、食料は豊富であることから民が飢えると言う事はないが、そのため農業を始めとする生産力が乏しいのも問題となっていた。

 現在の王、フローラが即位してからは、国内の情勢も多少は良くはなってきているらしいが、やはりこれまでの経緯を踏まえると主要となる産業が少ないのは如何ともし難い。
 だからこそ、三国の中でもっとも力が乏しいハヴォニワにとって、大国シトレイユとの関係強化は必要不可欠だった。
 もし戦争になった場合、真っ先に狙われるのは、力の弱いハヴォニワである可能性が高かったからだ。

 政治とは難しいものだ。何事も奇麗事だけでは成り立たない。
 使えるものは何でも使うくらいの考えを持っていないと、隙を見せたその瞬間、弱者は強者に利用するだけ利用され呑まれるだけだ。
 特に大国であるシトレイユに比べ国力が乏しいハヴォニワは、その危険に常に晒されている。
 そして、その政治の中心に、この少女(マリア)はいた。

 まだ十歳、もうじき十一になるが、それでもまだ少女と言えるこの小さな身体で、各国の諸侯達と渡り合っていかなくてはいけない。
 女王が健在の今ならまだいいが、いつかはフローラのように政略結婚や、政治の道具にされる可能性が高い。
 だからこそ、今から経験を積み、見る目を養う必要がある。必要なことだと分かってはいても、その理由を考えると悲しくなった。

 自分の足元ですらおぼつかない俺が、こうしてマリアのことを心配するなどおこがましい≠アとなのだろう。
 こんな考えが及ぶのも、やはりまだ俺はあちらの世界の価値観に囚われていると言う事だ。
 聖機師のことといい、この世界の人達にとって常識であることが、俺の目には奇妙に映る。
 向こうの世界でも戦争がなかった訳じゃない。政治がどう言ったものかが分からないわけじゃない。
 程度の違いはあっても、やってることはこちらの世界も、あちらの世界も、それほど大差はないだろう。
 それでもやはり、見知った少女がそうした政治の道具に利用されるかも知れないと言う現実は、受け入れ難いものだった。

「あんなに神々しい聖機人≠ヘ見たことがありませんでしたっ!」

 こんな風にマリアとバカをやっていられるのも、あとどのくらいのことか?
 彼女やユキネ、それにフローラのために俺がしてやれることは、一体どれほどのことがあるのだろう?
 その出来ることの選択肢の一つに『聖機師』と言うものがあるのは確かだ。
 しかし――

「タロウさんなら、あの小生意気なラシャラさんのいるシトレイユでも、きっとお一人≠ナ相手に出来ますわね」

 シトレイユ皇国って、この世界最大の勢力を持つ大国なんですよね? それを一人で……いや、無理です。
 予想通り、更に誤解が深まった。だから見せたくなかったのだが……やはり、あの聖機人は他の人には見せられない。
 しかし、聖機師を目指すと言う事になれば、あれを大衆の面前に(さら)け出すと言う事になる。
 黄金の聖機人なんて悪趣味極まりない。普通、笑いの種にしかならないだろう。
 マリアが特殊なだけで、フローラの反応が普通のはずだ。

「……ダメだ。恥ずかしすぎる」

 益々、聖機師になりたくない理由が増えてしまった。


   ◆


 それから、しばらく経ってからのこと――

「マリアちゃんの誕生日?」
「そうなの。それで太老ちゃんには、マリアちゃんのエスコートをお願いできないかしら?」

 マリアの十一歳の誕生日に、俺に彼女のエスコートをして欲しいと頼むフローラ。
 護衛を兼ねてと言う事なのかも知れないが、先日の貴族達との決闘騒ぎもある。
 その原因となった人物が、主賓のマリアと一緒に堂々と各国の諸侯が集う晩餐会に出席すると言うのは、本当に大丈夫なのだろうか?
 フローラも、そのことが分かっていないはずがない。いや、まさか分かってて楽しんでるのか?

「こないだの城の件、覚えてますよね?」
「ええ、もちろん。太老ちゃんがマリアちゃんのために怒ってくれて、母親としても嬉しかったわ」
「だったら、俺が行けば貴族連中が良い顔しないと思いますけど?
 分かってて言ってますよね? もしかして分かってて楽しんでません?」
「……そ、そんな事ないわよ?」
「ちょっと待てっ! 最初の怪しい間はなんだ!? しかも何故、疑問系!?」

 フローラの反応を見る限り、嫌な予感は的中だったらしい。

「お願いよ〜。マリアちゃんのためなの! この通りっ!」

 かなり必死な様子で、手を合わせて拝み倒すフローラ。
 この情けない姿を見たら、誰もこの人がこの国で一番偉い女王さまだとは思うまい。
 しかし、なんでそんなにマリアと俺を一緒に行かせたがるのか?
 ユキネもいるんだから、別に俺でなくてもいいだろうに。

「ダメよ! 太老ちゃんでないと! マリアちゃんが泣いちゃってもいいの!?」

 マリアが何故、俺が行かないだけで泣くのかは分からないが、さすがにここまで言われたら断れるはずもない。
 本当にそんな事でマリアに泣かれるのは嫌だし、俺がマリアに同行して問題が起こって困るのはフローラであって俺ではない。
 取りあえずこの場は、フローラの顔を立てて置くことにした。
 フローラとは主君と臣下と言うよりは、どちらかと言うと持ちつ持たれつの関係だ。
 お互い、もうどれくらい貸し借りをしてるのか分からないが、これは先日の決闘騒ぎで迷惑をかけたお詫びと言う事にしておこう。
 それに、このくらいのことでマリアが喜ぶのであれば、俺としても無碍にするつもりはない。

「太老ちゃん、ありがとう。きっと、マリアちゃんも喜ぶと思うわよ♪」

 フローラが何故か一番喜んでいる気がするのだが、それに関しては敢えて突っ込むまい。
 しかし、マリアの誕生日か。誕生日プレゼント、どうするかな?

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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