【Side:太老】

 天井には煌びやかなシャンデリア、床には真っ赤な絨毯が敷き詰められ、光沢ある大理石の柱が精悍な佇まいで並び立つ。
 ハヴォニワの城の中でも、もっとも絢爛豪華な大広間。そして、城の玄関と広間を繋ぐ中庭を使いマリアの誕生会≠ヘ催されてた。
 来賓の方々は皆、各国でも高い地位に就く王侯貴族ばかり。だが、マリアの従者とは言え、俺は外も中身も思いっきり一般人。
 正直、場違いもよいところなのだが、フローラと約束した手前、逃げ出すわけにもいかない。
 第一、俺の腕を取って、終始にこやかな笑顔を浮かべているマリアを見て、そんな事が出来るはずもなかった。

「ハヴォニワ王国王女――マリア・ナナダン様っ!」

 衛兵がマリアの名を上げると同時に重厚な扉が開け放たれ、俺達は大広間に参列する貴族達の前に歩み出る。
 中央に開かれた道を、フローラの待つ玉座に向かって、マリアと一緒にゆっくりと一歩ずつ前に進んでいく。
 左右では、世界各国を代表する王侯貴族達が目を光らせており、値踏みするかのような視線をこちらへと送ってきていた。

「なんと言う、羞恥プレイ……」
「タロウさん、皆さんご覧になっているのですから、ちゃんとして下さい」

 耐え切れなくなって思わず愚痴を漏らしてしまう。
 場の雰囲気に飲まれ、落ち着きのない俺を見かねて、組んでいた腕を僅かにギュッと引き寄せ、周囲には聞こえない程度の小声でマリアは注意を促した。
 そうは言うが、明らかに彼等の興味はマリアだけでなく俺にも向けられている。
 それはそうだろう。ハヴォニワの王女のエスコート役を務めている男が気にならないわけがない。
 しかも、今まで社交の場で一度も顔を見たことすらない、得たいの知れない男だ。
 そりゃ、俺は聖機師でも貴族でもないので、彼等が知らなくて当たり前なのだが、だからこそ不審でならないはず。

「マリアちゃん、十一歳の誕生日おめでとう」

 フローラに祝いの言葉を述べられ、照れた様子で頬を紅潮させながら、マリアは貴族達の方へ振り返る。
 一斉に湧き上がる拍手の波。マリア・ナナダン、十一歳の誕生日はこうして幕を開けた。





異世界の伝道師 第8話『フローラの計略』
作者 193






「マリア、誕生日を祝いに来てやったぞ。感謝するがよい」
「あら、ラシャラさん。ご丁寧な挨拶をどうも。あなたもいらしてたのね」

 ――ラシャラ・アース。彼女が話に聞く、シトレイユの皇女。マリアの従姉妹に当たるお姫様か。
 ウェーブがかった癖のある金髪に、猫のような目をした小柄な少女。マリアと比べても甲乙つけ難い美少女だ。
 シトレイユ皇国の現国皇の一人娘だと言う話だから、このままいけば彼女が次期シトレイユ国皇となる可能性が高い。
 歳はマリアと同じだと言う話だから、マリアにとっても数少ない同世代の友達と言う事になるのだろう。
 目の前でじゃれ合っている二人を見ると、普段のマリアと違い、子供らしい姿が新鮮で微笑ましく思えてくる。

「……タロウさん? 何か、失礼なことを考えてません?」
「いや、仲が良いんだなーって」

 さすがに鋭いな。『ちゃん』付けで呼ばれるのも今でこそ何も言わないが、基本的にマリアは子供扱いされることを嫌っている。
 まさか、ラシャラとの絡みが年相応の子供らしく見えて、微笑ましくなったなんて正直に言えるはずもない。
 俺としては、もっと我が侭を言って欲しかったり、子供らしくして欲しいと思っているのだが、マリアはそれがどう言うわけか気に入らないらしい。
 フローラにそのことを相談したことがあるのだが――

「太老ちゃん、鈍いとは思っていたけど……マリアちゃんも大変ね」

 と、何故か盛大に溜め息を吐かれてしまった。俺が何か悪いことしたか?

 やはり、一番の問題は同世代の友達がいないってことだと思う。
 マリアの交友関係で親しい相手と言えば、俺やユキネ、それに母親のフローラ。皇宮の侍従達ともそれなりにコミュニケーションを結べてはいるが、やはり相手は大人ばかりだ。
 王女と言う立場上、それが難しい事だと言うのは分かるが、やはりそれでは問題だろう。
 ラシャラとは歳も近いし、それなりに仲が良いように思えるが、向こうは大国シトレイユの皇女だ。
 国という距離を隔てている以上、軽い気持ちで会って遊ぶなんてことが出来るはずもない。

 思い起こしてみると、基本的にマリアは友達が少ない。
 まあ、俺も人のことを言えない人生を送ってきているんだが――

「仲が良いだなんて、冗談も程々にして下さい」
「まったくじゃ、我をこんな田舎娘と一緒にするでないわ」
「なんですって! この業突く張りっ!」
「なんじゃと!」

 本当に仲が良いな。こう言うのを『友』や『天敵』と書いて『ライバル』と読むんだっけ?
 まあ、どっちも言ってることは子供ぽいんだが、余計なことを言って波風を立てる必要もない。
 どうやら忙しい国王の代理で、娘のラシャラが今回のパーティーに参加することになったらしい。
 本人は「仕方なくきてやったのじゃ」などと言ってはいるが、実際には結構楽しんでいる様子だし、なんだかんだ言ってマリアのことも気に掛けている様子だ。彼女の態度を見れば、一目で分かる。

「それはそうと、御主何者じゃ? マリアとは随分と親しげなようじゃが?」
「ああ、自己紹介が遅れたね。俺は正木太老=Bマリアちゃんの従者兼護衛ってところかな?」
「ふむ……我はラシャラ・アースじゃ。以後、見知り置くがいい」

 清々しいほど尊大な態度で、自己紹介をするラシャラ。正直、ここまで堂々とされると嫌な気もしない。
 小さな身体で前と後の区別がつかない小さな胸を張って、相手に負けじと背伸びしている姿を見ると、なんだか微笑ましく見えるくらいだ。
 父親の代理としてきたという事は、シトレイユ皇国の権威を彼女が背負っているという事だ。
 だからこそ、皇族として、次期国王として、他の貴族に子供だから≠ニ言う理由で舐められるわけにはいかない。この必要以上に肩肘の張った尊大な物言いも、大国の皇女として立派に務めを果たそうと言う責任感から来ているものだと俺は思った。
 マリアとのやり取りを見ている限りでは、それほど悪い子には思えなかったからだ。

「ラシャラちゃんね。こちらこそ、よろしく」
「ラシャラ……ちゃん?」

 怪訝な表情で俺のことを見るラシャラ。どうやら『ちゃん』付けで呼ばれたことが気にいらなかったらしい。
 他の貴族達のように、従者風情に舐められた――とでも思っているのだろうか?
 さすがにマリアはともかく、大国の皇女さま相手に馴れ馴れし過ぎたかも知れない。
 ここは彼女の顔を立てて言い直した方がいいか、と考えていたらマリアが助け舟を出してくれた。

「諦めた方がいいですわよ。お母様相手でも、タロウさんはこの調子ですから。いえ寧ろ、お母様とは悪友のような関係ですので、逆らわない方が身のためです」
「フローラ伯母と悪友……じゃと?」

 何だか酷い言いようです。マリアの話を聞けば、フローラと同列扱いされている様子。
 失礼な。あんな、人を玩具にすることを至高の喜びとしているような人格破綻者と一緒にしないでもらいたい。
 これでも俺は自重しているつもりだ。
 ほら、ラシャラの見る目が変わった。明らかに警戒している様子だ。
 と言うか、娘ばかりか姪にまでこの評価って……仮にも女王なんだから、あの人も、もうちょっと自重した方がいいな。

「まあ、よい。しかし、思い出したぞ。そうか、御主が『ハヴォニワの革命家』じゃな」
「は? 何、それ?」

 耳慣れない単語をラシャラの口から聞き、俺は何のことか分からず疑問符を頭に浮かべる。
 彼女の話では、シトレイユにまで流れてきている噂で、俺のことが語られていたらしい。

 曰く、『ハヴォニワの改革』と民の間で呼ばれている政治改革を、たった一人で成し遂げた偉人。
 曰く、女王すら認める卓越した知略を持つ博識家であり、何人もの一流の聖機師を一人で手玉に取ってしまうほどの武道の達人。
 曰く、彼のもたらした功績により、ハヴォニワは向こう数十年の政治的余裕を持ったとさえ言われている。
 曰く、国策も順調に進み、手付かずとなっていた国土の開拓も、ここに来て光明を見せ始めたとか。
 曰く、僅か数ヶ月でそれだけの成果をもたらした人物を、各国の諸侯達が気に掛けないはずもない。

 と、ラシャラの説明に目を丸くした。

「はあ!? なんで、そんな事に!? 俺はただの一般人だぞっ!」
「――タロウ・マサキ伯爵」
「……は?」
「だから、タロウちゃんは正式にハヴォニワの貴族≠ノなったのよ。ほら、これ、 女王(わたし)の押印付きの任命状」

 前触れもなく突然姿を見せたかと思えば、ひらひらと俺の前に一枚の紙をちらつかせるフローラ。
 そこには、『貴君の行った政革は、ハヴォニワに多大な利益をもたらした。故に、その功績を讃え、卿を伯爵に任命する』と一文が添えられ、女王の印が押されていた。

「はあ!?」
「お母様!?」
「フローラ伯母!?」

 突然、割って入ったフローラの爆弾発言に、俺、マリア、ラシャラの三人は驚きの声を上げる。
 その任命状には、手付かずのまま未開拓になっている西方の領土の領有権までしっかりと記されており、議会の承認も得ている正式な物だった。
 いつの間に、こんなものを――

「お母様! タロウさんは、私の従者なのですよ!?」

 そうだ! マリア、もっと言ってやれ!

「大丈夫よ。伯爵とは言っても、未開拓の領民もいないような辺境の名ばかりの貴族よ? タロウちゃんがその気なら、マリアちゃんの従者を続けても問題はないわ」

 それにしても、こんな物をいつの間に用意していたのか? 考えられるのは、あの城の一件からか。
 あの時から画策していたすれば、俺にマリアの誕生日の話を持って来た時には、すでに計画は進行していたと言う事だ。
 だとすれば、周辺諸国に流れている噂の出所も、フローラである可能性が高い。
 任命状だけであれば俺が突っぱねる可能性もあるが、事情はどうあれ俺が噂になっているハヴォニワの改革に一枚噛んでいたのは隠しきれる物ではない。
 しかもマリアのエスコート役を務めたことにより、その信憑性は更に増したことになる。
 マリアの誕生会に参加した王侯貴族達は皆、俺をハヴォニワの貴族=Bフローラの腹心≠ニして認識したはずだ。

「でも――」
「それに、将来のことを考えれば、太老ちゃんには貴族でいてもらった方が、マリアちゃんも色々≠ニ都合がよいでしょう?」
「――! そ、そうですわね。確かにタロウさんは頑張っていますから、それに報いるところがないと」

 唯一の味方と思われたマリアも懐柔された。どうやら、本格的に逃げ場などないらしい。
 ハヴォニワを捨てて他所の土地に逃げたとしても、すでにここまで顔が割れてしまっている後では、それも難しい。
 ハヴォニワの貴族。しかもフローラの腹心と思われている可能性が高い以上、ハヴォニワとの外交問題となりかねないので、何処の国も俺を素直に受け入れてはくれないだろう。
 さすがに見知らぬ土地で、こそこそと隠れ住むような生活をしたくはない。退路は完全に断たれた訳だ。

「太老ちゃん、これからもよろしくね♪」
「ははは……」

 表向き笑顔で握手を交わしながらも、内心は笑ってなどいない。ギュッと握り締める手に、思わず力が入ってしまうほどだ。
 勢いよく握られた手が痛かったのか? フローラも笑顔を崩さないまでも、目は笑っていなかった。
 俺を嵌めてくれたんだ。少しくらい痛い目を見ても我慢しろ。

 最近はぬるま湯の生活に浸かりすぎて忘れていたが、フローラが鬼姫と同類だという事を忘れていた。
 油断していると骨の髄まで利用され、しゃぶり取られかねない。自分が楽しみながらも、しっかりと国のために利益を上げてくるところが恐ろしい人だ。
 マリアやラシャラが恐れるわけだ。目下一番の強敵は、フローラだと認識せざるを得まい。
 利用しているつもりでも、逆に利用されていた何てことになりかねない。今回の件が良い例だ。

「なんだかよく分からんが……御主も色々と大変そうじゃの」

 妙なところでラシャラに親近感を覚えた。慰めてくれる言葉に重みがあったところを考えるに、彼女もフローラの被害者の一人なのだろう。
 彼女となら対フローラに限り、共同戦線を築けるかも知れない。ここはマリアも抱き込んでおくべきだろう。そうすればユキネも協力せざるを得ない。
 ククク……覚えてろ。この借りは絶対にいつか返させてもらう。

「なんだか、二人とも黒いの」
「似た者同士ですからね」

 笑顔で握手を交わす俺とフローラを見て、失礼なことを口走るギャラリーの少女二人。
 様々な思惑の下に、ハヴォニワの貴族、タロウ・マサキ伯爵が誕生した。
 そしてこれは、俺とフローラの戦いのはじまりを告げる狼煙≠ナもあった。

【Side out】





 パーティーの参列者の中に、白を基調としたシトレイユの正装を身に付けた貴族の青年がいた。
 年の頃は十代半ばと言った様子。端整な顔立ちと艶やかな金色の髪。まだ少年の面影を残しながらも、その気品溢れる佇まいは貴族の子息と呼ぶに相応しいものを持っていた。
 その容姿と相俟って、周囲の淑女達の注目を自然と集める。同じ年頃の貴族の青年達と比べても、彼の存在感は一線を画していた。

「あの男が、報告にもあった正木太老か」
「はい。こちらの調べでは高地の出身者と言う事でしたが――」
「正規の男性聖機師を相手に大立ち回りをしたらしいな。だが、それもどこまで本当だか」

 従者と思われる女性の報告の内容に、青年は胡散臭そうな表情を浮かべ、軽くその話を一瞥する。
 噂では十数名にも上る正規の男性聖機師を相手に軽々と勝利して見せた凄腕の実力者と言う話だったが、とてもではないが彼には目の前の青年がそこまで凄い人物には見えなかった。
 所詮は噂。色々と話に尾ひれが付いていても不思議ではない。
 それに調べてみれば、今まで何をしていたかすら分からず、経歴も穴だらけ。実際に高地の出身かどうかも疑わしい。
 フローラの悪癖は誰もが知るところだ。今回の件も、彼女の気まぐれのお遊びの一環に過ぎない、と彼は考えていた。

「どうなされますか?」
「放っておけ。どれだけ腕が立とうが所詮は聖機師でもない、ただの一般人だ。それよりも例の件はどうなっている?」
「議会への根回しの方は順調です。ただ、現国王は有能な方ですから、あの方も慎重にことを進めざるを得ないようで」
「父上も随分と心配性なことだ」

 今回のマリアの誕生会も、元々は参加をするつもりなど彼にはなかった。
 しかしシトレイユの宰相を務める父の名代と言う事で、半ば無理矢理に参加させられたのが気に食わない。
 更には『ハヴォニワの改革を成し遂げた噂の人物を見て来い』などと命令されはしたが、それすらも無駄なことだと考えていた。
 あんな聖機師でもなく、王族に気に入られただけで貴族になったような男の何を観察しろと言うのか?

「――帰るぞ」
「本当によろしいのですか?」
「黙れ! お前は、この俺に意見する気か?」

 青年は従者の少女の分を弁えぬ進言に苛立ちを覚え、声を荒らげて叱責する。

「……申し訳ありません」

 父親の命令に背けば彼の立場が悪くなるかも知れないと思っての進言だったのだが、それも受け入れてもらえず少女は完全に口を閉ざし早足で歩いていく青年の後を追った。
 その少女の瞳が去り際、遠ざかっていくラシャラの姿を捉える。
 楽しげに笑うラシャラとマリアを見て、その輪の中心にいる太老の存在を、彼女は深くその胸に刻み付けていた。





 ……TO BE CONTINUED



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