【Side:マリア】

「当たり前だろ? マリアちゃんがいなきゃ、俺は生きていけないんだからっ!」

 タロウさんのその言葉が聞けたのが凄く嬉しかった。
 しかし、同時に思う。

 彼を、どうして疑ってしまったのだろう?
 責めるようなことをしてしまったのだろう?

 そのことが悔やまれてならない。
 挙句にはキャイアに嫉妬して――

 彼に除け者にされているのではないか?
 迷惑に思われているのではないか?
 嫌われているのではないか?

 と言う、負の感情ばかり先行して、先走ってしまった。
 にも関わらず、彼は私のことを考え、想っていてくれたと言うのに――
 そのことを思うと恥ずかしくてならない。

「タロウさんの御役に立ちたい」

 彼の想いに応えたい。それが私が導き出した答え。
 いつも他人の為、皆の生活を良くする為にと、自分を押し殺して頑張っている彼の役に立ちたい。
 今回のことで、そのことがよく分かった。
 この胸に宿る想い。これは、決して幻でも、勘違いでもない。

「私は、タロウさんのことが――」

 マリア・ナナダンは彼のことを――愛していると。

【Side out】





異世界の伝道師 第17話『マリアの花嫁修業』
作者 193






【Side:太老】

 どこでフラグを立て間違えてしまったのだろう?

「タロウさん、北地区に開店する予定の、新店舗の工事見積書なのですが――」

 マリアがいるお陰で仕事は非常に捗っていた。秘書は欲しかったし、実務面で手助けしてくれるのは非常に助かる。
 十一歳とは思えないほど、彼女は優秀だ。小さな頃から皇宮で英才教育を受けてきた点を差し置いても、マリアは非常に優れていた。
 城の文官でさえも、彼女の事務処理能力には敵わないだろう。
 今まで俺が出会った中で、これほどの能力を持っていた者と言えば、こちらの世界ではフローラくらいのものだ。
 秘書、補佐官に必要な能力を考えれば、水穂と比べても遜色はないと俺は認めている。
 まあ、経験は足りてないが、そこはマリアならば時間の問題だ。すぐに埋めて来るだろう。
 しかし――

「何で、こんな事になってるのか……訳が分からん」

 マリアを泣かせてしまった、あの一件から二週間余り。
 いつの間にか、フローラの別宅を改造して造られていた俺の事務所。
 城や皇宮からも募集され、集められた優秀な人材と、俺の仕事の補佐として何故かマリアが俺の下に就くことになった。
 先日までマリアの従者だったはずの俺が、いつの間にか立場が逆転すると言う意味不明な展開になっていた。
 よく分からないがフローラもノリノリの様子で――

「タロウちゃん、マリアちゃんのことをよろしくね。あ、でも本番≠ヘまだダメよ?」

 あの嬉々とした表情のフローラを見て、何のことやら更に意味が分からなかった。
 ――本番って何のことだ?

 しかし、現実は受け止めなくてはいけない。マリアがやる気を出しているのは事実だ。

「マリアちゃん」
「はい、何ですか? タロウさん」
「手伝ってくれるのは助かるし、嬉しいんだけど……その、勉強の方はいいの?」

 マリアが毎日、勉強や稽古事を頑張っている理由に、俺はある程度は気付いている。
 皇族としての自覚を誰よりも強く持つマリアのことだ。将来は立派な女王になり、この国を良くして行きたいと考えているのだろう。
 俺のことでさえ、あれほど気に掛けてくれるほど優しい彼女のことだ。
 ハヴォニワの現状を、相当に憂いているに違いない。

「大丈夫ですわ。勉強の方は今もちゃんと進めておりますし、それに……これも大切≠ネことですから」
「大切なこと?」
「知識だけでなく経験を積むことも大事ですし、それにタロウさんの御役に立ちたいですから」

 そう、笑顔で答えるマリアが眩しかった。
 知識、経験と言うのは、おそらくは政務のことを言っているのだろう。
 今はまだいいが、近い将来、マリアもフローラと同じように政務に携わっていくことになるのは間違いない。
 その時のために、少しでも経験を積んでおきたいと言う、強い意志の表れだと俺は思った。

(その上、俺の役に立ちたいだ何て……)

 あの地獄の一週間とも言える激務は、確かに並外れた体力を持つ俺でも辛いものだった。
 更に新しい店を次々に展開していくようなことになれば、いくら俺でも体が持つかどうか分からない。
 いや、途中で投げ出しても不思議ではないほどに、やる気を失くして投げていたに違いない。
 マリアはあの一週間のことを知って、俺の体のことを心配してくれていたのだろう。

(マリア、キミって子は……)

 マリアなら、きっと素晴らしい女王になれる。俺は、そう確信していた。

【Side out】





【Side:マリア】

「大切なこと?」
「知識だけでなく経験を積むことも大事ですし、それにタロウさんの御役に立ちたいですから」

 タロウさんに理由を聞かれ、嘘偽りなく今の自分の正直な気持ちを彼に話す。
 少し恥ずかしいが、彼ならきっと受け入れてくれる。そう、私は信じていた。
 知識≠ニしては知っているつもりでも、私には絶対的に経験≠ェ足りない。
 彼の傍にいて、公私ともに立派なパートナーになれるよう、ここでしっかりと花嫁修業≠積まなくてはならない。

「マリアちゃん。これからも、よろしく」
「はいっ!」

 やはり、彼は分かってくれた。信じていてよかったと、これほど心から思ったことはない。
 お母様に相談して、強引に事を進めてしまったが、彼は拒絶せず、笑顔で私を受け入れてくれた。
 彼に受け入れて貰えたのだ。もう、何も恐れるものはない。
 彼のため、そして慕ってくれるたくさんの民のためにも、精一杯、自分に出来ることを頑張ろう。

【Side out】





【Side:フローラ】

 マリアがやる気を出してくれたことが、私は一番嬉しかった。
 私に弱みを見せ、相談するなんてことが、今までに一度としてあっただろうか?
 いや、弱さを知られることを嫌う子だ。きっと誰にも、弱みと言える部分を曝け出したことなど、一度もないだろう。
 しかし、皇族としての責務、そして義務を誰よりも強く自覚する娘が、何よりも優先したいと思ったこと、始めて心から欲したものがあった。
 それが、太老との絆だ。

 王女と言う立場がある以上、男性聖機師同様、自分で相手を選ぶことはマリアには出来ない。
 それがハヴォニワの王女として、皇族に生まれてきたものの責務だからだ。
 今までのマリアならば、そのことを嫌だとは言わなかっただろう。
 しかし、私に真っ向から立ち向かい、娘は我が侭≠言った。

「タロウさんのことを、心から愛しているのです」

 彼への想いを誤魔化し、捨て去ることなど自分には出来ないとマリアは言う。

 これまでは兄と妹のように、ただ彼と一緒に楽しく過ごせれば、それでいいとマリアは思っていた。
 しかし、その行動力で段々と成果を残し始め、周囲に認められるようになっていく彼を見ていると、焦りを感じ始めた。

 本当にこのままでいいのか?
 今のままでは、彼にいつか置いていかれるのではないか?
 
 と――
 そして、太老の店を手伝っていたと言うキャイアの件。
 そこで、自分の気持ちを自覚したらしい。

 誰にも渡したくない、失いたくないと思うほどに、太老のことを想っていたのだと――

「いつの間にか、大きく成長していたのね」

 娘の成長が、私は嬉しかった。
 女王としての立場で言えば、マリアの選択は間違っていると正すべきなのかも知れない。
 しかし、母としては応援してやりたい気持ちの方が大きかった。

 それに、太老をハヴォニワに繋ぎ止める意味でも、マリアと太老の婚姻は、これ以上ないほど良い手ではある。
 だからこそ、私はマリアの夢に協力することを心に決めた。
 周囲が反対出来なくなるほどに、太老の立場を強くすれば問題はなくなる。
 そしてそれは、当初の予定にも組み込まれていたことだ。
 マリアがその気になってくれたことにより、その未来はより近く、確実なものになった。

「太老ちゃん――この国のため、マリアちゃんのためにも逃がさないわよ」

 ラシャラが、色々と太老にちょっかいを掛けていることは私も知っている。
 おそらく、これから太老が有名になればなるほど、彼に取り入ろう、取り込もうとするものは他にも出て来るだろう。
 しかし、私は彼を手放す気はない。娘の幸せを願いつつも、ハヴォニワのことを常に考える。
 それが私――欲深いハヴォニワの女王、フローラ・ナナダンだった。

【Side out】





【Side:太老】

「シトレイユにも支店をだしたい?」
「うむ。あの『ハンバーガー』と言う物に興味を覚えての。我が国の民にも、あの味を教えてやりたいのじゃ」

 ラシャラから提案されたことはただ一つ。
 シトレイユ皇国に俺の店を出店してみてはどうかと言う話だった。

「でも、まだ時期尚早だと思うんだけど。第一店舗の開店から、まだ一ヶ月も経ってないんだよ?」
「鉄は熱いうちに打て≠ニ言うではないか。これだけ流行っておるのだ。
 便乗して利益を得ようと、猿真似を企む不届き者も現れんとは限らんしの」
「……ラシャラさんのような?」
「なんじゃとっ!」

 マリアが余計なことを言い、ラシャラがそれを真に受けて過剰に反応する。相変わらず、この二人のいがみ合いは尽きない。
 仲が良いのはいいことだが、もう少し何とかならないものかと考えてしまう。
 しかし、ラシャラも『鉄は熱いうちに打て』とか、妙な言葉知ってるな。
 だが、言われてみれば確かにその通りだ。他人が羨むほどの利益を上げることが出来ているのは事実。
 真似をすることで便乗して儲けようとする奴も、少なからず出て来るだろう。
 もっとも、完全な模倣など不可能だと俺は断言出来るが。

「ラシャラさんの話に応じるのは癪ですけど、確かに何か対策を練らないと、下手な劣化品をばら撒かれてでもしたら、こちらも迷惑を被る可能性が高いですわ」

 マリアの言うとおり、それが一番厄介な問題だ。
 パチモンで悩まされることになるのは、消費者ばかりではない。俺達にも当然、それらの弊害はやってくる。
 金を出して購入している客にとって、その商品がオリジナルかコピーかなど大きな問題ではない。
 知っていて買っている場合でも、知らずに買っている場合でも、その商品についてくる批評の殆どは俺達に返って来るからだ。
 模造品であっても、皆が満足しているのであればいいが、その逆は最悪だ。
 正確な調理法も知らず、設備もなければ、それは商品とは名ばかりのものとなってしまう可能性が高い。
 そのことで要らぬ悪評が付いてきたのでは、こちらとしても、たまったものではない。

「んー、でもな」

 余り早くから手広くやり過ぎると、後のしっぺ返しが怖いと言うのもあるが、何よりも人手が足りていないのだ。
 前にも言ったが、職員の目処はついても、店長はそうも行かない。やる気もそうだが、一定以上の能力が必要となるからだ。
 いっそ、やりたい奴を集めて講習会でも開くか?
 講習会? ん、そういや、あの手があったな。

「そうかっ! 良い手がある」
「何ですか?」
「何じゃ?」

 俺の世界でも手早く事業を拡大する際、よく手段として講じられている『フランチャイズ』と呼ばれる手法を二人に説明する。
 俺の店『タクドナルド』、通称『タック』の名は、ハヴォニワの首都では知らない者がいないほど有名なものとなっている。
 その店名を使用する権利や、ハンバーガーを始めとする商品、そして機材や、営業のノウハウなどのすべてを一つの商品≠ニして販売する。
 人材を育成するために必要な講習会や、店を開店するまでのサポート諸々も含め、すべてその商品の売り上げから予算を捻出すれば問題はない。
 責任者の育成さえ、こちらで徹底して行ってしまえば、後は何処の地域に店を出しても、その地域の商会に職員を確保して貰うなどして利益の分配をしっかりと行えば、店長の采配次第で上手くやっていけるはず。
 こちらへの対価として、売り上げに応じた上納金さえ支払ってもらえば、開店後のサポートを行うことも出来るだろう。

「さすが……タロウさんですわね」
「また……とんでもないことを考え出すものじゃの」

 二人とも感心した様子で驚いているが、俺が考え出したことではない。俺の世界なら社会人であれば、誰でも知ってるような常識的な知識だ。
 まあ、フランチャイズを展開していく上での欠点もあるにはあるが、模造品が出回りまくってイメージを損なうことに比べれば、まだ自分達で監督できる分、こちらの方がリスクが少なくて済むだろう。
 組織を運営する上でのリスク管理の重要性は、嫌と言うほど鬼姫の艦隊に配属された時に思い知らされたしな。
 下手に自分達だけで利益を独占するよりは、こうした形で周囲にも旨味を持たせてやった方が、何かと睨まれずに済み易いと言うのも計算にあった。

「分かりました。それで、やってみましょう」
「うむ。シトレイユへの根回しの方は我に任せるがよい」

 マリアとラシャラも納得してくれたようで何よりだ。
 その後の二人の表情は、やる気と熱意に満ち満ちていた。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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