【Side:太老】

 俺は自分の部屋に戻り、マリアに任せきりになっていた仕事を黙々とこなしていた。
 こんな事で罪滅ぼしになるとは思わないが、二人にあんな事を言った手前、もう少し真面目に仕事に取り組もうと考えたからだ。
 しかし、マリアめ。俺が一週間掛かってやる仕事を、俺が寝込んでいた僅か二日ほどの間にすべてやってしまうとは……。
 俺の三倍以上仕事していると言う見立ては、どうやら間違っていなかったようだ。
 それにしても、事務処理能力に関しては、子供とはとても思えないほど廃スペックだ。

「タロウさん! 何をされてるんですか!?」
「え……何って仕事を」

 何やら凄い剣幕で部屋に飛び込んできたマリアに、よく分からないまま怒られる俺。
 あれ? この仕事って手を付けてはいけないものだったのか?
 そうか、真面目なマリアのことだ。自分がやり掛けの仕事に手を付けられたくはなかったのだろう。
 また、よかれと思ってしたことで、彼女を怒らせてしまったようだ。
 つくづく考えの足りない自分が、少し嫌になった。

「そんな事をしてないで、こっちに来てください!」

 無理矢理、席を立たされ、掴まれた手を引っ張られるがまま、俺は特に抵抗もせずマリアの後をついて行く。
 きっと、別の場所で説教するつもりなのだ。今回の件ばかりではない。先程のこともある。マリアも、俺に言いたいことが溜まっているに違いない。
 確かに、このまま、わだかまりを残したままではお互いによくない。
 俺ばかりが言うのではなく、マリアの言い分もしっかりと聞いておくべきだろう。

「……ここ?」
「そうですわ。さあ、入ってください」

 マリアに連れてこられたのは、またもやマリアの部屋だった。
 確かに邪魔者を交えず、静かに話をするなら場所は限られているだろう。そう言う意味では最適な場所だ。
 俺が邪な考えさえ抱かなければ、別に問題ないことだ。
 しかし、本当にさっきの俺の話を分かってくれているのだろうか? 少し不安になった。

「あの、マリアちゃん、ユキネさんは?」
「ユキネには、商会の仕事を手伝ってもらっています。
 ここには、私とタロウさんだけですわ」

 部屋にはユキネもいるものとばかり思っていたのだが、どうやら違うようだ。
 まずは二人きりで、とことん話をしたいと言う事か。
 ならば、受けるしかないだろう。

 俺は気を引き締め直し、マリアが話を切り出すのを待った。

【Side out】





異世界の伝道師 第28話『太老の罰』
作者 193






【Side:マリア】

 取り敢えず、私はユキネとの話し合いを終え、彼の姿を捜していた。
 看病と言う名目で二日間もタロウさんを独占していたと言う事で、ユキネがタロウさんの看病を代わってくれたからだ。
 今度は代わりに、ユキネが商会の仕事を手伝っている。今日と明日は、私は自由と言う事になる。

 二日など、あっと言う間ではあるが、彼と二人きりで過ごせると思うと、嬉しさと期待で胸が一杯になる。
 しかし彼は、まだ完治しているとは言い難い。この二日間は、彼の看病を兼ねて、部屋でゆっくりと過ごすのが一番いいだろう。
 それにしても、どこにいったのか? 外の空気を吸いに出掛けた程度に思っていたのだが、廊下にも、中庭にも、その姿は見当たらない。

「まさか――」

 私は一つ思い当たることがあり、慌てて彼の自室へと向かった。
 普通であれば、そんな事はないと思いたいが、彼のことだ。その有り得ない無茶をやっている可能性が高い。

「タロウさん! 何をされてるんですか!?」
「え……何って仕事を」

 慌てて部屋に飛び込んでみると、案の定、書類に埋もれて彼は仕事をしていた。
 目を離すとすぐにこれだ。ユキネが心配していた理由も頷ける。おそらくは彼女が看病していた二日間も、こんな調子だったのだろう。
 まったく、何を考えているのか? 仕事をするなとは言わないが、病気の時くらいは病人らしく振舞って欲しい。
 そうは言っても、彼のことだ。真面目に取り合ってはもらえないだろう。
 ここは多少強引でも、無理矢理ベッドに連れて行くしかない。

「そんな事をしてないで、こっちに来てください!」

 このままでは治るものも治らない。彼の手を掴み、強引に仕事から手を離させ、部屋から連れ出す。
 本気で彼が抵抗すれば、私の力では止めることは出来ない。
 しかし、困った顔を浮かべながらも、その手を掴んだまま、私の後を、彼は素直に付いて来てくれた。

 彼も、自分の体のことはよく分かっているのだろう。だから、私を困らせたくないから抵抗せずに付いて来てくれる。
 彼の目的に掛ける決意の強さは、私も分かっている。体が動く限り、彼は無茶をしてでも走り続けるような人だ。
 でも、例えそれで目的を達成できたとしても、その世界に彼がいないのであれば意味がない。
 夢を叶え、理想を達成し、そこで力尽きてしまっては、残された私達はどうすればいいのか?
 幾ら豊かになっても、彼の犠牲の上に成り立つような世界に、私は住みたいとは思わない。

「……ここ?」
「そうですわ。さあ、入ってください」

 まったく、もう少し周囲に目を向け、もっと皆に頼って欲しい。
 皆、あなたが居なくなることなど、望んでいないのだから――

【Side out】





【Side:太老】

「マリアちゃん? これは……」
「ちゃんと寝てないとダメです。タロウさんの頼みでも、これだけは聞けません」

 再びマリアの部屋に連れてこられた俺は、今度はユキネではなくマリアの看病を受けていた。
 まあ、普通の看病ならいいんだが、どう言う訳か、ベッドに腰掛けたマリアに膝枕をされている状態だ。
 ユキネとは違う、また良い香がするマリアに興奮――って、それは不味い色々と不味すぎる。道徳的にも、倫理的にも何かと不味いだろ。
 俺は幼女≠愛でるのは好きだが、ロリコンではない。だってそうだろ? 可愛いものは可愛い、それのどこが悪い。
 しかし、手を出してしまっては犯罪だ。変態≠セと言う自覚はあるが、俺はそこまで堕ちてはいない。
 マリアは十一歳だ。マリアに欲情するなどと言う事があってはいけない。
 色々と不味すぎる。ここが異世界だと言う事を考慮に入れてもだ。

「あの……マリアちゃん、さすがにこれは」
「ダメです。目を離すとタロウさんは、すぐに無茶をしますから」

 無茶? さっきのことを言っているのだろうか?
 確かに、あれは言いすぎた気がしなくもない。
 それにマリアに何も聞かずに、勝手に彼女の仕事に手を付けてしまったのは申し訳ないと思っている。

(もしかして、これは罰なのか?)

 二人きりで部屋に居ても平気でしょ?
 膝枕くらい平気でしょ?
 本当に反省してるなら、欲情なんてしませんわよね?

 って、ことなのだろうか……。だとしたら、何とも恐ろしい罰なんだ。
 ここで流されてしまえば、その時点で永遠に消えることのない変態≠フ烙印が押される訳だ。
 しかも、『ロリコン伯爵』の二つ名も不動の物となり、ずっと世間様に後ろ指をさされることになるに違いない。

 くっ――ならば、我慢してやろうではないか。マリア、俺は、必ずこの罰に耐え切ってみせる。
 マリアが、先程のことをどれほど根に持っているかが、これでよく分かった。
 このくらいの試練を乗り越えられないようでは、仲直りは出来ないとそう言いたいのだろう?
 ならば、見せてやろう。俺の鼻毛の精神≠ェ……って、何か違う! 鋼の精神≠ェ、どれほどのものかをっ!

【Side out】





【Side:マリア】

 膝枕なんて少し恥ずかしいですが、こうして見張っておけば、タロウさんも無茶が出来ないと思う。
 ゆっくりと彼には休んでもらわないと、私に出来ることと言えば、このくらいしかないのだから――

「あの……マリアちゃん、さすがにこれは」
「ダメです。目を離すとタロウさんは、すぐに無茶をしますから」

 本当に聞き分けがない。こう言うところは子供みたいだ。
 でも、それだけ彼の目的に掛ける意志が、他の誰よりも強いと言う事だろう。
 彼に無茶をさせないよう、これからもしっかり見張っておかないと。

 商会の皆にも、そのことをしっかりと注意して置くべきだろう。
 仕事が目の前にあればあるほど、彼は無茶をしてしまうのだから気をつけないといけない。
 どうせ、自分一人であれこれとやる事を見つけ、色々と始めだしてしまうような人だ。
 出来るだけ、彼でなくても済ませられる仕事は、彼に回さないように厳重に注意して置かなくてはいけない。

「…………」

 何やら難しい顔をして意識を集中しているようだ。やはり、我慢しているのだろうか?
 すぐにでも仕事に戻りたいと言う思いが強いのだろう。しかし、ここでそれを許してしまえば、また同じことを繰り返すだけだ。
 私も心を鬼にして、彼から仕事を取り上げ、休ませなくてはいけない。

(そんな顔をしてもダメです。気持ちは分かりますが、今は休んでいてください)

 彼の髪を撫でながら、私は心の中でそう呟く。
 口で言っても、どうせ聞いてくれないのだ。思うくらいなら、彼も許してくれるはずだ。
 それにしても、本当に困った人だ。皆を、こんなにも心配させて。

 大丈夫、あなただけに背負わせるつもりはない。
 あなたの理想は、私達の理想でもあるのだから――

 だから、せめて今だけでも、その疲れた体を休めてください。
 私の大切な人=\―

【Side out】





【Side:フローラ】

 太老が倒れたと言う話を聞き、すぐにも様子を覗きに行きたかったが、私にも政務がある。
 大急ぎで必要な案件から片付けてはいるが、私でも一向に終わりが見えないほどの仕事が溜まっていた。
 次々に持ってこられる書類の山で、すでに机の周囲は身動きが取れないほど埋没してしまい、移動も一苦労な状態だ。
 それと言うのも、商会関連の書類がとにかく多いことが、この仕事量の多さに関係していた。
 彼の商会がハヴォニワの経済発展に際し、多大な成果を上げてくれていることは間違いないが、それに伴うこちらの仕事量の増加も深刻なレベルの問題になっていた。
 私を含め、城に勤める文官は皆が常にオーバーワーク状態。全員が泊り込みで書類整理に当たってはいるが、それでも追いつかないような状態だ。
 こんなにも忙しいのはハヴォニワ建国以来、初めてのことではないだろうか?

「フローラ様、追加の報告書をお持ちしました」
「……また? さすがの私も、すでに目一杯よ?」
「いえ、これでもまだ一部でして……」
「そう……」

 侍従が両手一杯に書類を抱えて、部屋に入って来る。
 本来、侍従の彼女が手伝うような仕事ではないのだが、文官の者達は皆、机に噛り付いて離れられないほど忙しい状態に陥っており、彼女達にも書類の運び出しや、整理ををお願いしているような状態だった。

 やはり、太老の商会もそうだが、他の組合の商人や貴族達も活気付いているのが、この忙しさの一番の原因だろう。
 今までは、自分達で商売などと考えもしなかった特権階級の貴族達が、自ら率先して働くようになったことが大きい。
 それと言うのも、太老のやり方を見て、このままではいけないと自分達を見詰め直す切っ掛けを得たことが大きかった。

 すでに既得権益にしがみ付き、特権階級だからと何もしないでやっていける時代は終わりを迎えようとしている。

 確かにハヴォニワは大きな経済発展を続けてはいるが、人材も市場も有限だ。
 優秀な人材はどんどん条件の良い方に流れ、太老の行った無税方策により、領地を持つ貴族達にとっては領民の流出は大きな問題となっていた。
 領民が少なくなれば、それだけ税収が少なくなる。
 農作物や特産品などの収益も少なくなり、このまま放っておけば間違いなく、特権にしがみ付くことしか出来ない能無し貴族は、遠くない未来に自滅し、破綻することは間違いない。

 だが、私はある意味で、それも仕方ないことだと考えていた。この機会に、国の膿≠出し切ってしまおうと考えていたからだ。
 国民からしてみれば、特権階級だからと何もせず、贅沢をして暮らしているだけの貴族は腹立たしいに違いない。
 もちろん、そんな貴族達は国からしても、貴重な国費を食い潰すだけで、利よりも害の方が大きい。
 特権や既得権益にしがみ付いている貴族は、どちらにとっても有益にはならないのだ。

 だからこそ、国を良くする上で、真っ先に計画に入れなくてはいけないのは、無能な貴族の粛清だ。
 しかし、何の理由もなく領地を召し上げ、爵位を剥奪するようなことは出来ない。
 この国の女王である私が、率先してそのような独裁的な政治を行えば、国民も他の貴族達も誰一人ついてこなくなるだろう。

 しかし、正木商会の登場により、事態は一転した。彼等の既得権益が少しずつ傷つけられ、奪われ始めたからだ。
 当然、有能な貴族であれば、この事態にどう対処するべきかを考え、行動を起こすだろう。
 現に、商会からアドバイスを受けることで領民税を下げ、人を雇い入れることで自領の農作物などの生産性をアップしたり、地方独自の特産品を武器に、商人を相手に商売を始めるものまで現れ始めた。
 以前よりも結果的に税収が増え、裕福な暮らしが出来るようになったと、時代の変革を享受している者もいるほどだ。

 だが、現状の既得権益にしがみ付き、いつまで経っても変わることの出来ない貴族と言うものは少なからずいる。
 そう言う彼等は、段々と既得権益を減らしているのが現状で、そのことで太老のことを逆恨みするものまで出始めていた。

「これは……」

 報告書の中に、一部の貴族達が頻繁に会合を行って、よからぬ企てをしている可能性があることを示唆されていた。
 その狙いは正木商会、太老絡みであろうと言う事だ。
 会合に参加していると言う貴族達も、錚々たる顔ぶれだ。中には侯爵∴ネ上の大貴族も数人交じっている。

「太老ちゃんも、つくづくトラブルメイカー≠謔ヒ」
「太老様が、どうかされたのですか?」
「逆恨みを買って、狙われてるらしいわね」
「ええっ!?」

 持っていた書類を床に落とすほど、侍従の少女は驚いていた。
 そう言えば、太老は城の使用人達の人気も異常に高かった。貴族なのにそれを鼻に掛けないところが好まれているらしい。
 実際、恐縮しながらも、仕事を手伝ってもらった使用人達も多いとか。
 聞いてみると、彼女も一人では持ちきれずに困っていた荷物を、太老に運んでもらったことがあるとのこと。
 実に、太老らしい行動だ。女の子が困っていたからとか、そのくらいの理由なのだろう。

「そうね。太老ちゃんのために、あなたにも少し手伝ってもらおうかしら?」
「は、はい! 太老様のためでしたら、喜んでっ!」

 両拳を胸の前で握り締め、顔を真っ赤にして、気合の入った様子で答える侍従。
 そんな彼女の姿を見ていると少し可笑しくなった。太老は、やはりこの国にはなくてはならない存在のようだ。
 ちょうど良い機会だ。太老には悪いが、この機会に国の膿を炙り出すのを手伝ってもらおう。

 そう私は考え、また新たな悪巧みを計画する。

「じゃあ、お願いするわ。あなたには――」

 真剣な様子で、私の話に云々と頷きながら聞き入る侍従。
 後に『ハヴォニワの大粛清』と呼ばれる事件が起こる、二週間前の出来事だった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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