ここはハヴォニワの首都から、それほど遠くない場所にある軍事施設。
 施設に入って、最初に目にすることが出来るエントランスホールに、大勢の人込みの姿が見受けられる。
 ガヤガヤと賑やかな声が反響し、いつになく中央に設置された掲示板の周囲は、大きな賑わいを見せていた。
 彼等が注目しているのは、掲示板に貼り出された一枚のポスター。
 そこに書かれてある募集告知≠見て、皆がその内容に湧き立っていた。

『マサキ卿主催、特別軍事訓練参加者募集中』

 あの黄金の聖機人のパイロット、今や、時の人と噂される正木太老の指導が受けられる。
 募集枠は僅か三名。ハヴォニワ中の聖機師が注目しているとあって、その倍率は極めて高いものとなっていた。
 男性聖機師は勿論のこと、女性聖機師達も、その殆どが手を挙げて、この特別訓練への参加を望んでいた。
 実は太老、任務や訓練で忙しい女性聖機師達からの応募は、まず、ないだろうと考えていたのだ。

 その理由は、以前の封建貴族達との一悶着の件に由来する。
 あの時、優秀な聖機師、出来れば女性聖機師を連れて行きたかった太老だったのだが、手の空いている者が一人も居らず、残っていたのが、あの貧弱な男性聖機師だけだったと言う経緯があった。

 女性聖機師達は、男性聖機師よりも厳しい訓練への参加や、危険な任務への従事が義務付けられている。
 そのため、あの当日も、太老が企画したイベントを密かに裏側から支えるため、フローラの指示により警備任務に当たっていたのだ。
 主には、大型スクリーン前に押し寄せた民衆達の暴走を未然に防いだり、都市や周辺の街道の哨戒任務などが挙げられる。
 当然ではあるが、ハヴォニワ全土に散って、都市警備に当たっていた彼女達が掴まるはずもない。

 そのため、女性聖機師達は基本的に忙しく、そう簡単に掴まるものではないと言う認識が、太老にはあった。
 それに、マリアの頼みを聞いたフローラが、意図的に女性聖機師達を太老から遠ざけていたのも、その勘違いを加速させる原因の一端を担っていた。

 故に太老は、今回も普通に要請すれば、仕事を干された能力の低い男性聖機師達が、派遣されてくるものとばかりに考えていたのだ。

 しかし、現実は違っていた。

「太老様に直接指導して頂けるチャンスですもの! 絶対に受かってみせるわ!」
「私だって、負けないわよ! やっと巡ってきた機会なんだから!」

 ギュッと拳を握り締め、気合の入った様子の女性聖機師達。闘志を漲らせ、その瞳は燃えていた。
 フローラの妨害により、ずっと太老と直接会う機会に恵まれなかった彼女達にとって、これは又とない機会でもあった。
 太老の指導を受けられるばかりか、上手く彼に気に入られれば、彼の相手に選ばれる可能性もある。
 大貴族とは言っても、太老も男性聖機師。普通であれば、いつかは彼女達の誰かとの間に子供を儲けることになる。
 当然、彼女達はその機会を狙っていた。

 女性聖機師から男性聖機師を指名することは出来ないが、力のある男性聖機師に気に入られれば話は違う。
 そのことにより、縁談の話が持ち上がらないとも限らない。
 男性聖機師と言うだけでも貴重なのに、能力の高い聖機師ともなれば、特に優遇されやすい。
 しかも、太老は事実上、女王に次ぐ権力と影響力を持つ、国の重鎮。西方最大の領土を持つ大貴族。
 彼に気に入られると言う事は、ハヴォニワでの地位や立場を約束されたも同じ。
 それに、太老との間に子供が儲けられれば、その子は優秀な遺伝子≠持った聖機師として生まれてくることは確実。
 未来は、約束されたも同然だった。

 彼女達が目を輝かせて、躍起になるのも無理はない。
 どうせ、子供を産むのが義務ならば、相手は出来るだけ優秀で、力があるに越したことはない。
 太老ならば、人柄も申し分ない。実績もあり、女王からの信頼も篤い。
 国民達ばかりでなく、密かに貴族の子女達の間でも、『正木太老ファンクラブ』などと言うものが存在するほど、その人気は高かった。
 彼女達にしてみれば、太老はまさに金の玉=B文字通り、『黄金』のような存在と比喩しても間違いではない。

「参加希望者は、応募用紙に必要事項を記入して提出するように! 明朝、適性試験を行う!」

 結局、応募者全員に適性試験が施されることになり、その中から上位者三名が選ばれることになった。
 太老は、まだ知らない。自分の取った行動が、どんな混乱を招いているかを――





異世界の伝道師 第48話『能力試験』
作者 193






【Side:太老】

「太老様、お帰りなさいませ」
「ただいま、マリエル。ああ、これお土産ね」

 土産に貰って来た大量の野菜をマリエルに見せる。コンテナ一箱分と言うだけあって、結構な量だ。
 百人以上も居るのだし、別に余らせて困ることはないだろう。中身は全部、芋だし。
 これが、農地開拓の初めての成果だ。芋は地域によっては、主食にも数えられている貴重な栄養源。
 比較的、痩せた土地などでも育てやすく、成長も早いので、麦のように大量生産に向いている。
 他にも幾つか試してもらっているのだが、一番最初に取り掛かったこれが、第一出荷を迎えたので少し分けて貰って来たのだ。
 この芋は、サツマイモに味は近いかも知れない。芋の中でも特に甘く、ビタミンが豊富で美容効果も高いと言う事で、女性にも人気が高い。
 ハヴォニワだと、芋羊羹(いもようかん)などの材料にも使われているポピュラーな食材だ。

「全部、芋ですか?」
「うん、焼き芋大会でもする?」

 焼いても、当然だが美味い。
 実は、ユキネが市場で袋一杯にこの芋≠買ってきて、密かに落ち葉で焼き芋をしていたのを俺は目撃している。
 マリアやフローラには内緒にして欲しいと頼まれていたので、誰にもそのことを言ってはいないが、ようは、それくらい女性に人気が高いと言う事だ。
 マリエルも大量の芋を前に、何やら難しい顔を浮かべている。

「芋、嫌いじゃないよね?」
「と、当然です!」
「じゃあ、直ぐに食べる分を適当に分けておいて、残りは倉庫に備蓄しておこうか」
「はい。早速、使用人達に運ばせます」

 女心は複雑と言ったところか。芋は好きだけど、何か胸の内で葛藤のようなものがあるのかも知れない。
 このコンテナ一杯の芋を目にした時、マリアやユキネも複雑な表情を浮かべていたし。

「あの、太老様」
「ん?」

 部屋に戻って、少しゆっくりしようかと考えていると、マリエルに呼び止められた。

「実は能力査定の件で、ご相談したいことがありまして」
「ああ、何か問題でもあった?」

 マリエルに相談事を持ち掛けられるとは珍しい。
 彼女が一人で判断が出来ないと考えたと言う事は、それなりの問題なのだろう。
 提出期限は明日だ。やはり、残り三日で大丈夫とマリエルは言っていたが、些か日数が少なかったかと俺は考えた。
 しかし、どうやら、そのことではないようで、

「え? もう終わったの?」
「はい、一人を除いてですが、結果は後ほど、報告書を書斎の方にお届け致します」

 一日早く終わらせてしまうとは、さすがはマリエル達。しかし、一人を除いてとは、どう言う事だろう?
 残り一人くらいなら、俺に報告するまでもなく、さっさと終わらせてしませばいいようなものだ。
 マリエルは、どう伝えていいのかと困った様子で、どうにも歯切れが悪い。

「殆どの項目の能力査定は終わっているのですが、その……どれもを満点で通過されてしまいまして」

 吃驚した。全部、満点なんて、どこの完璧超人だ。フローラじゃあるまいし。
 ここの屋敷の使用人って、そんなに優秀だったのかと、俺は思ったのだが、どうやら違うらしい。
 その完璧超人と言うのは、先日、侍従達が見つけてきた遭難者のようだ。

「残りに関しても、彼女の組み手を務められるような人物が、ここにはいませんですし」

 模擬戦の相手を探しているらしい。その遭難者の武術の腕前を測るために。
 使用人に必要なスキルかどうか分からないのだが、マリエルは護衛スキルがどうのと話していた。
 しかし、その遭難者、戦闘までこなせるのか。益々、普通じゃない。

(フローラのような人物が、そこらに転がっているとは思えないんだが……)

 しかも、森で遭難してたとか、どう考えても訳ありと言った様子だ。
 一度会ってみる必要があるかと、考えていたところだった。

「でしたら、お兄様が相手をして差し上げればよろしいですわ」
『ええっ!』

 マリエルと声がハモってしまった。と言うか、突然、背後から抱きついてきたと思ったら、マリアは何と言う提案をするのか。
 どう考えても、相手は普通じゃない。マリエルの話から想像できるのは、フローラのような完璧超人だ。
 組み手の相手が見つからないとマリエルが思い悩んでいる以上、武術の腕も相当に立つに違いない。
 そんな相手と組み手? 冗談じゃないと、断ろうとしたのだが、

「太老様さえ、よろしければお願い致します!」
「お兄様、私からもお願い致しますわ!」

 何故かマリエルまで、その気になっていた。
 目を輝かせた二人に、ガシッと手を握られて、どこにも逃げ場がない。
 一体、どうするべきか? と、周囲を見渡して見ると、話を立ち聞きしていたようで、他の使用人達もこちらの様子を窺っていた。
 何故か、メイド隊の侍従達も期待に満ちた眼で、俺の返事を待っている様子。

(こ、断るに断りきれない)

 こうして、『正木太老vs謎の遭難者』の対決カードが組まれた。

【Side out】





【Side:マリエル】

 太老様が帰ってこられた。しかも、随分と大量の芋をお土産に。
 色々と思うところはあるのだが、取り敢えず、芋のことは置いておくことにする。

「実は能力査定の件で、ご相談したいことがありまして」
「ああ、何か問題でもあった?」

 屋敷の使用人達の能力査定は終わっていた。
 午前中に全員分の、すべての試験を終え、現在、侍従達が報告書をまとめている最中だ。
 そのことはいいのだが、問題はもう一つの件だった。あの遭難者、柾木水穂≠ニ言う女性の件についてだ。

「殆どの項目の能力査定は終わっているのですが、その……どれもを満点で通過されてしまいまして」

 そう、彼女用に態々作った内容で再試験したにも関わらず、またも全項目満点で試験を通過されてしまった。
 さすがに、この内容には私も驚きを隠せなかった。事務処理能力に関しては、フローラ様どころか、間違いなく太老様クラスだ。
 しかも、あらゆる仕事が素早く正確なのだから、こちらとしても文句のつけようがない。
 悔しい話だが、彼女一人で、私達、メイド隊の侍従十人分以上の働きをしてしまうことは間違いない。
 それほどに、彼女は優秀だった。

「残りに関しても、彼女の組み手を務められるような人物が、ここにはいませんですし」

 そう、残りは戦闘試験だけだった。彼女は間違いなく武術の心得がある。
 しかも、フローラ様クラスである可能性まであった。
 当然だが、私達メイド隊を含め、ここにいる使用人達の中に、彼女の相手が務まるような人物はいない。
 報告書が未完成の状態で太老様に提出する訳にもいかず、私はそのことで頭を悩ませていたのだ。
 太老様も私の話を聞いて、何かを考え込まれている様子。

「でしたら、お兄様が相手をして差し上げればよろしいですわ」

 マリア様が突然話に割って入って、そのようなことを仰られた。
 太老様が組み手の相手? 一瞬、驚いてしまったが、確かにこれほどの良案はないように思える。
 太老様は、フローラ様以上の武術の達人。フローラ様とユキネ様の二人を相手に勝利したと言う話も、マリア様に聞かされている。
 その上、男性聖機師の方々を、たった一人で打ち倒したと言う噂もある。
 黄金の聖機人の動きは私も見せてもらったが、素人目にも、太老様の実力が、他の方々と比べて抜き出ていることが分かった。

 確かに太老様なら、相手としては、この上なく十分だ。
 幾ら彼女の腕が立つとは言っても、太老様に敵うはずもない。
 単純な実力で言えば、太老様の方が数段上なのは疑いようがない事実だ。

「太老様さえ、よろしければお願い致します!」
「お兄様、私からもお願い致しますわ!」

 彼女の実力を知っておきたかったと言うのもあるが、今一度、太老様の雄姿を、この目にしたかったと言うのも本音にあった。
 こちらの様子を窺っていたメイド隊の侍従達も、私と同じ気持ちの様子。目を輝かせて太老様の返事を待っている。
 マリア様も様子から察するに、そのつもりで、この話を持ち掛けたのだろう。

 何だか気乗りされない様子ではあったが、太老様は了承してくださった。
 心優しい太老様のことだ。相手が女性と言う事もあって、怪我をさせてはいけないと、遠慮されたのであろう。
 しかし、太老様ならば、問題はないはずだ。上手く手加減をしてださると私は信じていた。

【Side out】





【Side:太老】

 何だかよく分からないまま、こんな事になってしまった。
 応援席まで用意して、マリア、ユキネ、それにマリエル達が陣取っている。
 使用人達も、手の空いている者は、全員が集まっている様子だ。

「お兄様! 頑張ってください!」

 マリアが、何か凄く期待に満ちた眼で、応援してくれていた。これでは、今更逃げる訳にもいかず、負けも許されない。
 取り敢えず、何が何でも勝つしかない。幾ら武術の腕が立つとは言っても、さすがに生体強化もされてないような相手に負けるようなことはないはずだ。相手がフローラと同程度だとしても。

 ザッ――相手が来たようだ。
 メイド服に身を包み、木で出来た訓練用の模造刀を手に持っている。

「ハンデですわ。お兄様が相手では、相手の女性が余りに可哀想ですし」

 マリアの気遣いは、本当にいつも骨身に染みる。涙が零れ落ちそうだ。
 相手がフローラと同程度だった場合、武器ありとなしじゃ、相対した時の厄介さが相当に違う。
 マリアは『剣道三倍段』と言う言葉を知らないのか?
 さすがに武器を持った達人を相手に、素手で相手をするのは無茶と思うのだが……。

 しかし、どうにも見覚えがある感じの女性だ。
 あんな美人のことを忘れるとは思えないのだが、そう、どことなく水穂に似てるんだよ。水穂に――

『あ――っ!』

 俺に、対戦者、互いに相手を指差し、大声を張り上げる。

(水穂だ。間違いない。と、言うか何でここに? しかも、何でメイド服?)

 見間違えるはずがない。鬼姫の悪癖に頭を悩ませ、一年も一緒に、生活を共にしていたのだから。
 メイド服を着ていて、一瞬、誰だか分からなかったが、それは間違いなく、『瀬戸の盾』と海賊達に恐れられている、あの水穂≠セった。

「試合、始め!」

 突然の事態に思考が付いていかず、混乱している最中に、マリエルの試合開始の合図が響き渡る。
 会場になっている屋敷の庭は、試合開始の合図を聞いた観客の熱気で、凄い盛り上がりを見せていた。

(じょ、冗談じゃない! 素手でも勝てないのに、ハンデ付きで水穂に勝てるか!)

 そう、水穂は兼光に勝るとも劣らない武術の達人。勝仁や瀬戸に迫るほどの使い手だ。
 しかも、何だか知らないが、木刀を構えてやる気満々の水穂。後に、メラメラと燃える闘志のようなものが見える。

(ちょっ! 水穂さん! 何、やる気出してるんですか!?)

 俺の命運は尽きたかもしれない。本気で、そう思った。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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