【Side:太老】

 領地入りして、もう一週間になる。
 当初の予定では、十日の視察予定だったのだが、この分だと数日は延びそうだった。
 と言うのも、屋敷の使用人達の仕事環境の改善や、農地開拓の現場で働く労働者達の労働時間の問題など、再考すべき点が、随分と多かったことが原因にある。

「派遣されてくる聖機師達が決まった?」
「はい。三日後に、ご到着されるとのことです」

 マリエルから報告を受けて、思っても見なかった報告に目を点にして驚く。
 派遣されて来るのが、予定よりも随分と早い。お役所仕事だし、最低でも二週間くらいは掛かると思っていたからだ。
 連絡を入れたのが三日前、そのことから考えれば随分と早い対応だ。
 丁度、手の空いている聖機師が三名ほど居たのかも知れないと、俺は考えた。

(まあ、どうせ、仕事を干された聖機師だろうけど)

 別に前線と言う訳でもなし、後方のこんな田舎に送られて来るのは、間違いなく男性聖機師、それも能力の低い連中だろう。
 こうなることも、当初の予定通りだ。精々、農作業に汗水垂らし、従事してもらうことにしよう。

「三日後ね。じゃあ、少し時間があるな。明日にでも、マリエルの村を見に行こうか」
「それは構わないのですが、本当によろしいのですか?」
「ん? 何が?」

 何だか心配した様子で、俺にそんな聞き方をしてくるマリエル。
 当初からの予定通りだし、マリエルの村を見に行きたいと言い出したのは俺だ。良いも悪いもない。

「いえ、こちらに来てから、ずっと働き通しのご様子でしたので、少しはゆっくりされた方がよろしいのではないかと」

 なるほど、俺の体のことを心配してくれたようだ。本当に主人思いの良く出来た侍従だ。
 とは言え、俺よりもマリエル達の方が色々と大変だったはずだ。
 俺と違って彼女達は、普段通りに侍従としての仕事をこなしつつ、使用人達の能力査定や屋敷の設備の見直しなど、必要な手配をすべてやってくれていた。

 ここ数日、間違いなく大変だったのは、マリエル達の方だと俺は思う。
 屋敷の使用人達の急な配置換えで、余計な仕事を彼女達に背負わせることになった。
 配置換えに伴う、仕事の再教育や、環境の急激な変化に彼等が困らないよう、フォローを入れてもらうなど、俺には出来ないことを色々と代わりに動いてもらっている。
 水穂が全員の補佐をしてくれている分、彼女達もそちらの仕事に集中出来ているようだが、それでも大変なことに変わりはない。
 特にマリエルなどは、こうして変わらず俺の補佐もやってくれているので、人一倍大変なはずだった。

(いっそのこと、水穂さんに制限なく働いてもらうとか?)

 いや、それをすると色々と、後で厄介なことになる気がしてならない。
 あの人は困った時の最終兵器=A出来るだけ頼らないでいるくらいで丁度いい。
 今も、退屈しない程度に軽く¢フを動かしてもらっているだけにも関わらず、この成果だ。
 それを言い聞かせるだけでも大変だったのに、『自由にしていいよ』とバカなことを言えば、下手をすれば屋敷中の仕事を一人でやってしまいかねない。
 冗談ではなく、あの人なら本気でやりかねないだけに、迂闊なことは言えなかった。
 そのことで、後でマリエル達に文句を言われるのは勘弁だ。

「いや、俺は大丈夫だよ。マリエルも久々に家族に会えるんだから、楽しみでしょ?」

 普段、住み込みで働いているマリエル達は、思うように里帰りが出来ない。
 通信機なども、決して安くはない高価な物なので、話に聞いている限り、マリエル達の家にそんな物はないだろう。
 だから、仕事込みではあるが、マリエルが久し振りに家族に会えればと、思わずにはいられなかった。

 それに、マリエルの妹達にも会ってみたいと言うのが、実は一番の本音だったりする。
 双子の姉妹らしいのだが、とても頭が良く、可愛らしい幼……少女らしい。
 マリエルの妹だから、さぞ可愛いに違いない。

(あ、お土産も、ちゃんと用意しておかないとな)

 小さな女の子の喜びそうな物を探しておこう。
 今から、明日が楽しみで仕方なかった。

【Side out】





異世界の伝道師 第52話『二人の姫君』
作者 193






【Side:マリエル】

「派遣されてくる聖機師達が決まった?」
「はい。三日後に、ご到着されるとのことです」

 話に聞いただけだが、今回の募集には、ハヴォニワ中の殆どの聖機師の方々が応募をされ、厳しい適性試験が行われたらしい。
 それだけ太老様が、多くの方に注目されていると言う証拠だ。
 どのような方が派遣されてくるかは、まだ私も聞かされていないが、優秀な女性聖機師≠ェ三名と言う話だ。
 厳しい試験を潜り抜け、たった三名の枠に選ばれた方々だ。その実力は疑いようがないだろう。

「三日後ね。じゃあ、少し時間があるな。明日にでも、マリエルの村を見に行こうか」

 以前に、私の村を視察したいと仰っていた件だ。
 そのことに関しては、今更、私の方から何かを申し上げることはない。
 しかし、太老様は執務が続き、随分と疲れが溜まっておられるはず。

「いえ、こちらに来てから、ずっと働き詰めのご様子でしたので、少しはゆっくりされた方がよろしいのではないかと」

 領地に入られてからは、休む暇もなく書斎に篭もり、仕事に耽っておられる。
 その上、先日の農業地視察に、水穂様との模擬戦の件もある。
 色々と気に掛けてくださっているのは嬉しいが、私は太老様のお体の方が心配でならなかった。

「いや、俺は大丈夫だよ。マリエルも久々に家族に会えるんだから、楽しみでしょ?」

 太老様にそう言われて、ハッとそのことに気付く。
 単に視察だとばかりに思っていたが、太老様はご自身のことよりも、私のことを気に掛けてくださっていたようだ。
 そう、太老様はこう言う方だということが分かっていたはずなのに、私はバカだ。

(ありがとうございます……太老様)

 太老様のお心遣いが胸に染みる。おそらくは、港での一件で、すべてを察せられていたのだろう。
 船代は高価で、おいそれと支払える金額ではない。今の給金なら、確かに支払えないほど無理な額ではないが、それでも、やはり家族のためを考えると、高い船代を払って帰郷するよりも、蓄えや仕送りの方にお金を回してしまう。
 そうした事情を察せられ、思うように帰郷することが出来ない私のことを、色々と気遣ってくださったに違いない。

【Side out】





【Side:太老】

「やはり、女の子と言えばヌイグルミや洋服と言ったところか?」

 俺は何か手頃な物がないかと、屋敷の中を探索していた。

「とは言え……あの公爵と、ヌイグルミや女の子の服なんて結びつかないよな」

 以前に賊に入られたとのことで、金目の物は大抵持って行かれたらしい。
 と言う事は、俺が何かをする必要なく、結局、罰を受けていたと言う事だ。
 そこら中で恨みを買っていそうだしな。これも因果応報と言う奴に違いない。とは言え、屋敷内で何かを探すのは難しそうだった。
 見つかるのは、殆どガラクタばかり、騎士甲冑なんて喜ばれないだろうし……。
 今日は、昼からは何も予定は入っていない。ならば、船で街まで探しに行った方が、早いかも知れないと考えた。

「お買い物ですか?」

 マリアに相談してみることにした。女の子への贈り物なら、同じ年頃の女の子に聞くのが一番だと思ったからだ。
 事情を簡単に説明して、マリアにどんな物が喜ばれるかを聞いてみる。
 何だか微妙な表情を浮かべ、顎に手を添えて考え込むマリア。

「お兄様、私もご一緒してもよろしいですか?」
「え? 買い物に付き合ってくれるの?」
「それもそうですが、明日の視察にもです」

 何だかよく分からないが、買い物と視察の両方に付き合ってくれる様子。
 村の方は、マリアも様子が気になっていたのかも知れない。
 この屋敷の現状を見れば、公爵がどれだけバカをやっていたかなんて一目瞭然だ。
 優しいマリアのことだ。そのことで、心を痛めていたに違いない。
 俺としては、マリアが買い物に付き合ってくれれば大助かりなので、快く了承することにした。

「あら? 二人でお出掛け?」
「あ、水穂さんも行きます? ずっとメイド服ばかりじゃあれだし、日用品とかも必要でしょう?」
「そうね。午前中にある程度のことはやっちゃったし、丁度、暇を持て余してたところだったから」

 どうやら、午前中は侍従達の仕事を手伝い、その後にユキネの訓練に付き合っていたらしい。
 侍従達はともかく、ユキネはご愁傷様としか言えない。
 案の定、ユキネは訓練中に気絶してしまったらしく、今は部屋のベッドで休んでいるのだとか。
 マリアに声を掛けた手前、従者のユキネも誘おうかと考えていたのだが、この様子だと寝かせてやった方が良さそうだ。

「それじゃあ、行きましょうか」

 結局、水穂も一緒に行くことになった。
 マリアが何故か、微妙な表情を浮かべていたが、先日の俺と水穂の試合を見ているのだから、それも無理はないかと思った。
 あれは、色々と衝撃的だったに違いない。トラウマになっていないだけ、まだマシだと思う。
 海賊達ですら、水穂を目の前にしたら、我先にと裸足で逃げ出すくらいだ。
 そんなものを、何の心の準備も出来てない状態で見せられたのだ。
 マリアが、水穂のことを恐れるのも無理はなかった。

「水穂さん、マリアに怖がられてますよ……」
「え、嘘? 何で?」
「先日の試合のことが原因だと思いますけど……。
 だから、侍従達はともかく、使用人達も余所余所しいでしょ」
「う……あれは、太老くんも悪いんじゃない」

 マリアに聞こえないように、小声でやり取りをする。
 どうやら、水穂も、やり過ぎだったと言う自覚はあるらしく、視線を横に泳がせながら、冷や汗を額に滲ませている。
 とは言え、今更やってしまったものは、どうしようもない。

「仕方ないわね……ここは共同戦線を張りましょう」
「俺もマリアに嫌われたり、怖がられるのは嫌ですしね……」

 互いに利害が一致したところで、ガシッと手を取り合う、俺と水穂。
 俺にも責任の一端はある。この買い物で少しでも、マリアの不信感を取り除かなくては――

【Side out】





【Side:マリア】

 マリエルの妹達と言うのが少し気になったが、お兄様とデートの約束を、上手く取り付けられたのは幸いだった。
 誰にも見つからない内に、さっさと買い物に出掛けようとお兄様を急かすが、こう言う時に限って邪魔者が入る。

「あら? 二人でお出掛け?」

 現在、私が最も強敵と警戒しているお兄様の従者、柾木水穂さんだ。
 お兄様の古くからの知り合いで、母のような、姉のような方だと説明された。
 しかも、親族でありながら、お見合いもした仲だと本人から聞かされた。正直、それだけは聞き逃せない。
 色々な意味で、マリエルよりも、ずっと強力な恋敵(ライバル) の登場だと、私は危機感を抱いていたのだ。

 その上、お母様、いや、お兄様と同格以上と言う、とんでもない能力を持った女性だ。
 最初にハンデがあったとは言え、お兄様を相手に互角以上の勝負を繰り広げた実力は、紛れも無く本物だった。
 正直、あの時は我が目を疑った。今でも、実際にあの戦いを目にしていなければ、信じられないくらいだ。
 お兄様も手加減はされていたのだろうが、それを差し置いても、彼女の実力は護衛として飛び抜けていた。

 その上、執務能力もお兄様クラス、侍従としての実力もマリエル達以上と、非の打ちどころがない。
 これで聖機師の資質もあれば、まさに完璧と言えるだろう。
 ここまで高い能力を見せ付けられると、実際に張り合っても、敵わないと分かっているだけに、逆に清々しいくらいだ。
 とは言え、諦めることは出来ない。彼女が、現在のところ、お兄様に最も近い位置にいることは確かなのだから――

「あ、水穂さんも行きます? ずっとメイド服ばかりじゃあれだし、日用品とかも必要でしょう?」
「そうね。午前中にある程度のことはやっちゃったし、丁度、暇を持て余してたところだったから」

 お兄様なら、知り合いに会えば、必ず、そういう事は分かっていた。
 だから、早く屋敷を抜け出したかったのだ。

 案の定、水穂さんも一緒に行くことになった。

(折角のお兄様とのデートが……)

 肩を落として、ハアと大きく溜め息を吐く。
 残念ではあるが、ここで諦める訳にはいかない。
 彼女が、お兄様と過去にどんな関係だったかは知らないが、現在(いま)を譲るつもりは毛頭ない。

「……」

 仲良さげな様子で、お兄様にピッタリと寄り添い、ヒソヒソと内緒話をしている。
 私の胸の内に、ムカムカと何かが込み上げてくるのを感じるが、今はグッと堪える。
 勝負は向こうに着いてからだ。

 私はギュッと拳を握り締め、気合を入れ直す。
 相手は強大だが、お兄様への愛で負けるつもりはない。

 柾木水穂――相手に不足はなかった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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