【Side:マリア】

「大丈夫ですか? お兄様」
「……何とかね」

 水穂さんに対抗意識を燃やしてトロピカルジュースを注文したはいいが、正直、先に食べたビックパフェの所為でお腹は一杯だった。
 お兄様の事だ。その事を察し、私の体調を気遣って、あのような無茶をされたに違いない。
 額に汗を滲ませながら苦しそうに唸るお兄様を見て、庇ってもらった嬉しさの反面、申し訳ない気持ちで一杯になっていた。

「太老様、どうしても辛いようならお車を手配致しますが……」
「いや、そこまでしてもらわなくても大丈夫だから、外の空気に当たっていれば、少しはマシになると思うし」

 マリエルも気付いているのだろう。だから、浮かない表情をしている。
 正直、調子に乗って無茶をし過ぎてしまった。
 水穂さんに対抗意識を燃やすのはいいが、その事でお兄様を苦しめてしまっては、元も子もない。
 これからは、少しは考えて自重しないとと、私は自分に反省を促した。

「マリエル、少し話があるのだけど……」
「はい、何でしょうか? マリア様」

 ここは、マリエルと共同戦線≠張るべきだと、私は思った。
 本人は『私はメイドですから』と歯切れの悪い返事ばかりしているが、お兄様の事が好きなのは明白な事実だ。
 自分の立場を重んじているのだろうが、お兄様はそのような事を気にされる方ではない。
 マリエル達の事も、私達と同じように、当然、接しられるはずだ。

 それは、今日の事を思い返してみても、よく分かる。彼女達への気遣いと配慮。
 全ては、彼女達を除け者にしないように気遣われたからだと、私は気付いていた。
 しかし、だとすれば、お兄様は彼女達の事を只の使用人≠ニは決して思っていないという事。
 当然、彼女達の気持ちにも気付いておられるのだろう。だからこそ、あのような行動に出られたに違いない。

「水穂さんは強敵です……私達が一人ずつで立ち向かっても彼女には勝てない」
「……はい、分かります。太老様も随分と頼りにされているご様子ですし」

 そう、水穂さんは凄く優秀≠ナ有能≠ネ人物だ。お兄様が頼りにするのも無理はない。
 その上、お兄様の古くからの知り合いで、『マサキ』の名を持つ親族、挙句にはお見合いまでした間柄だと言う。
 これ以上、強力な恋敵(ライバル)は、彼女を置いて他にいないだろう。

「マリエル、あなたを――いえ、あなた達を同盟≠ノ誘いたいのです」

 キョトンとした表情で、呆けるマリエル。これだけでは確かに意味が分からないだろう。
 だから、私は丁寧に、これまでの経緯を説明する。
 同盟とは何か? それを作るに至った理由などを事細かに――

「ですが、マリア様、私達は太老様のメイドなのですが……」
「お兄様がそう思っていなければ意味がありません……。
 今日の事で、あなたもその事に気付いていらっしゃるのでしょう?」
「それは……」

 お兄様の事をよく見ているマリエルだ。お兄様なら何と言うか、その答えに気付いてはいるはずだ。
 ただ、立場が邪魔をして思うように、行動に出る事が出来ないだけだろう。
 確かに侍従が仕えるべき主人に恋愛感情を抱くなど、大問題かも知れない。
 それに、お兄様はそこらの有象無象の一般貴族とは違い、お母様に次ぐ影響力と実権を持つ大貴族。その上、優秀な男性聖機師だ。
 とてもではないが、侍従が恋を抱ける相手ではない。
 しかし、お兄様の場合は、その常識≠ェ当て嵌まらないという事を、私達はよく知っていた。

【Side out】





異世界の伝道師 第54話『水穂の計画』
作者 193






【Side:水穂】

 やはり、あの子達には色々と期待を持てそうだ。
 太老くんの事が好きで、立場や損得勘定を抜きで、太老くんの味方でいてくれる人が、私は昔から必要だと考えていた。
 この世界には鷲羽様も瀬戸様もいない。樹雷という後ろ盾もない以上、彼の身の回りに起こる事をフォローしたり、手助けしてくれる人は、この世界には誰一人いない。
 そして、彼の秘密≠知る者も、私を除いて一人もいないという事だ。

 今までは上手くやれていたようだが、このままでは望む望まないに関わらず、彼が危険に巻き込まれる事は間違いない。
 その可能性を、私は一番に危惧していたからだ。

(英雄、救世主、革命家、黄金の聖機人、天の御遣い――)

 調べれば調べるほど、出て来る、出て来る。太老くんの噂は屋敷の中に留まらず、街でも大きな話題となっていた。
 街中で太老くんを見る人々の視線は、ただの尊敬や羨望の眼差しと言った訳ではない。心の底から、彼に心酔していると言った様子だった。
 商店の商人達が、気前よく色々とおまけしてくれたのも、私の交渉が上手かったと言うよりは、太老くんの影響力のお陰だと言っていい。

 それほどに、彼はこの国の人々に慕われ、敬われているという事だ。
 これは、鬼の寵児≠ニ噂され、まるで銀河の救世主や英雄のように持てはやされた、あの時と非常によく似ている。
 あちらの世界でも、状況はこ事同じようなものだ。いや、こちらの方が顔や素性が知れ渡っている分、色々と厄介だと言えるだろう。

「水穂さん、人の顔をじっと見て……なんですか?
 また、よからぬ事を考えてませんよね?」
「はあ……そうよね。自覚なんてある訳がないわよね」
「はい?」

 暢気な太老くんを見ていると、溜め息も漏らしたくなる。
 今回の事も、彼には自覚など微塵もないに違いない。
 自分がどれだけの事を、この世界でやっているのか気付いていないのだろう。
 彼の事だ。何の自覚もなく、無造作にフラグ≠立て捲くっていたに違いない。

「太老くん、今、あなたが置かれている状況を、どの程度、把握しているのか聞きたいんだけど」
「状況? 俺が貴族になったり、商会の代表になったりとか?」
「そうよ……」
「まあ、以前より、ちょっと偉くも金持ちにもなったかなとは思ってますけど。
 でも、中身が以前のままですしね。どうやっても庶民感覚は抜けないんですよ……」

 案の定、私の思っている通りだった。
 どうやったら、自分の事を、ここまで客観的に過小評価できるのか不思議でならない。
 彼にその事を自覚させる事は、彼と一年間付き合ってきた私だから分かるが、まず不可能≠セと断言してもいい。
 ならばどうするか? やはり、損得抜きで彼の味方をしてくれる仲間を増やして、外堀を埋めていくしかないのだろう。

 マリアちゃんはこの国の王女だと言うし、あの子なら太老くんの良い味方になってくれるはずだ。
 侍従達も一般人として判断した場合、十分な能力を有している。
 太老くんへの向き合い方も、単に雇用主と雇用者と言うだけでなく、彼の事を本当に大切に想ってくれている事も高く評価できる。

 これだけ、国中に影響力を及ぼしているのだ。
 間違いなく、国内だけでなく他国にも太老くんの事を邪魔者に思っている輩は大勢存在するはずだ。
 そして、彼は幸運だけでなく、そうした問題の種も自然と引き寄せてしまう体質にある。
 この一年で太老くんが築き上げてきた成果と実績。その反動は、この先、彼の影響力が増せば増すほど、大きな波になって彼に返って来る。
 そうなる前に、何か手を打っておかなくては――

 ここに皇家の船があれば、彼を連れて逃げるくらい簡単な事だが、力の繋がりは感じられても、さすがに船をこちらに呼び寄せる事は出来ない。
 向こうの世界との道を開く手段でもあれば、それも可能だろうが、今は不可能だ。
 やはり計画通り、準備を進める必要性がある。
 何となくではあるが、鷲羽様と瀬戸様が私をこちらに送った理由が見えてきた気がした。

「ユキネちゃんを鍛えてあげる約束をしてるんだけど、一緒に何人か、見させてもらっていいかしら?」
「え? それは構わないですけど……何をする気なんです?」
「手勢を揃えて、情報部を作ろうと思うの。ほら、帰る手段を探す事も大事でしょう?」
「ああ、なるほど」

 彼を納得させるには、こう言っておくのが一番無難なところだろう。
 満更、全て嘘と言う訳ではない。太老くんの事が優先ではあるが、帰る手段を探しているのも、また事実だ。

 それに、この計画を前倒しして進めてもいいと考えたのは、マリアちゃんや侍従達、それにユキネちゃんを知ったからだ。
 ユキネちゃんは、思わぬ掘り出し物だった。何の強化も施されていない只の人間で、あれだけ動ければ大したものだ。
 頭も良いみたいだし、観察力も悪くない。少し鍛えれば、情報部の副官も務められるはずだ。
 マリアちゃんの護衛という事だが、その立場も上手く利用すれば大きな武器になる。
 彼女を本気で鍛えてみたいと思ったのは、そうした動機があったからだ。

「当然、内密に進めるんだから、漏らしちゃダメよ?」
「分かってますよ。まあ、そういう事なら俺も協力しますんで」

 誰にも気付かれず、ひっそりと、この世界に網を張っていく。
 最低でも一年以上の時は掛かるだろうが、今打てる布石としては、これ以上のものは私には考え付かなかった。

【Side out】





【Side:太老】

 屋敷に帰ってきた俺は、書斎に篭もって明日、マリエルの村に持って行く土産物の整理をしていた。
 後では、水穂が買ってきた洋服を手に、鏡と何やら難しい顔をして睨めっこしている。

(俺に、あれだけ散々奢らせておいて、気に入らないとかは言い出さないで欲しいのだが……)

 とは言え、買い物上手な点は、素直に感心出来る。
 部屋中に散らばった、たくさんの戦利品。どう考えても、あの金額でこれだけの物を買えるはずがない。
 さすがは、銀河最強と謳われる軍事国家の情報部副官と言ったところか? 商売人相手に、交渉上手にも程がある。

「うっ!」

 じっと見ている事に気付かれたか、水穂がこっちを見てじーっと俺の事を睨みつけている。
 考えている事全てを見透かされているようで、こう言う水穂の視線は苦手なのだ。
 そう、鬼姫やアイリも、そう言うところがあった。
 あの二人は、何も言ってくれないので、内心で何を考えてるか全く読めない分、更に性質が悪い。

「水穂さん、人の顔をじっと見て……なんですか?
 また、よからぬ事を考えてませんよね?」
「はあ……そうよね。自覚なんてある訳がないわよね」
「はい?」

 おそらくは、先程から考え事をして、じっと見ていた事を言っているのだろう。
 考え事に集中すると、周囲の事が見えなくなって相手をじっと見詰めてしまう癖、いい加減どうにかした方がいいと自省する。
 水穂くらい勘が鋭いと、俺の考えている事くらい、それだけで全て察せられてしまいそうで怖い。

「太老くん、今、あなたが置かれている状況を、どの程度、把握しているのか聞きたいんだけど」
「状況? 俺が貴族になったり、商会の代表になったりとか?」
「そうよ……」
「まあ、以前より、ちょっと偉くも金持ちにもなったかなとは思ってますけど。
 でも、中身が以前のままですしね。どうやっても庶民感覚は抜けないんですよ……」

 自覚も何も、貴族になって、商会の代表になって、聖機師バレして……。
 多少、偉くも金持ちにもなったが、もう色々と面倒で厄介な事ばかり起こるので、退屈はしないが辟易としているところだ。
 中身は元のままなので、どれだけ金持ちになっても、やってる事は庶民感覚抜け切ってない、貧乏人丸出しだし。
 財布の中身も、タックのクーポン券や割引券で一杯だったりする。
 今日も、昼食をタックにしたのは、期限切れ間近のクーポン券が勿体無いので、早く使っておきたかったからだ。
 こう言うところが『貧乏臭い』という自覚はあるのだが、中々、そう抜けきるものではない。

 以前に水穂にも、『使わないものはさっさと捨てるように』とか、『草臥れたシャツや、穴の履いた靴下を履かないように』とか、随分と説教をもらった記憶がある。
 それに、ほんの僅かな値段の差で、店をハシゴする俺の行動にも、水穂は呆れていた様子だった。
 とは言え、どうやってもその癖は治らなかった。
 水穂に何度言われても、勿体無いものは勿体無い。その考え方は変わらなかったからだ。
 仮にもお姫様≠フ水穂には、それが分からないのだと俺は思う。

 前世から染み付いている庶民癖というものは、もう魂にまで染み渡っているのではないかと俺は推測する。
 これだけは何を言われても、もう俺が治るとは思っていないので、諦めてもらうしかない。

「ユキネちゃんを鍛えてあげる約束をしてるんだけど、一緒に何人か、見させてもらっていいかしら?」
「え? それは構わないですけど……何をする気なんです?」

 俺が兼光のおっさんに、『鍛えてやる』と言われたパターンによく似ていた。
 俺の場合は、兼光の執拗な追跡を、逃げ足の速さと適当な理由をつけて振り切り、事無きを得ていたが、真面目なユキネにそれは難しいだろう。
 水穂に目をつけられるとは、ユキネも災難極まりない。巻き込まれたくないので何も言わないが、心の中で応援だけはしておいてやろうと思う。
 しかし、一緒に何人かとは、どういう事だろうか?

「手勢を鍛えて、情報部を作ろうと思うの。ほら、帰る手段を探す事も大事でしょう?」
「ああ、なるほど」

 情報部と聞いて理解した。俺は別に、こっちでしばらく暮らしても何の問題もないのだが、水穂は向こうの事が気掛かりでならないのだろう。
 樹雷でも立場がある彼女だ。余りに長期間、樹雷を留守にするのは無理がある。
 そもそも、鬼姫は何を考えているのか? 水穂がいなくなれば、困るのは自分達だと言うのに、俺はその事がずっと不思議でならなかった。

(しかし、情報部か……)

 水穂が本気で情報部を作ると言うのなら、俺が口出しする事ではない。
 彼女の手腕なら、間違いなく最高の諜報機関を作り上げてしまうはずだ。

「当然、内密に進めるんだから、漏らしちゃダメよ?」
「分かってますよ。まあ、そういう事なら俺も協力しますんで」

 そのくらいは俺にも分かっている。
 ああ言うのは構成メンバーだけでなく、出来れば存在そのものまで、秘密主義を徹底した方が効果が高い。
 活動が盛んになってくれば存在を隠し切る事は難しくなるが、敢えて、こちらから吹聴する必要はない。
 水穂が釘を刺したのも、ようはそういう事だと俺は判断した。
 それに、帰る手段が見つかるのであれば、それに越した事はない。
 帰る帰らないはその時になって決めればいいし、いつでも帰れる手段が手元にあるというのは、それだけで安心できるものだ。

(何か、とんでもないものが出来そうな予感がするんだが……)

 とは言え、水穂の作る情報部だ。
 何だか、凄いものが出来そうな予感を、ヒシヒシと俺は感じていた。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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