【Side:太老】

 三人の女性聖機師に農地開拓の件は任せ、俺は取り敢えず屋敷に戻ってきていた。
 マリエルの母親の件もあるが、ずっと拘束したままになっている変質者共の処分も決めなくてはならないからだ。
 いや、正確には山賊達≠ニ言った方がいいだろう。
 ずっとただの変質者だとばかりに思っていた連中が、まさか本物の山賊≠セったなんて、予想外もいいところだった。

「太老様、こちらが彼等を取調べた際の調書です」

 書斎にある自分の席にどっしりと腰掛け、マリエルから受け取った調書に目を通す。
 彼等が山賊だと分かったのは、屋敷に戻ってからマリエルにこの報告を聞いたためだ。
 ただの変質者にしては武装が本格的だったし、人相の悪い奴ばかりなのでどこかおかしいとは思っていたんだ。
 だとすればシンシアとグレースは、かどわかしに遭いかけていたと言う事だろう。本当に危機一髪の状況なんだったのだと今更ながらに理解した。
 とは言え、この調書の内容。はっきり言って俺の予想の斜め上をいく内容だ。

(まさか、こんなに巣食っていたなんて……)

 その調書には、ハヴォニワ全土に潜伏していると思われる山賊達の数や、彼等の判明しているアジトの分布図が書かれていた。
 すでに放棄されているアジトもあるため、あくまで目安としての数字に過ぎないと記されているが、それでも結構な数だ。
 シンシアとグレースのように被害にあった少女も結構いるみたいで、人身売買にあったと思われる人達の取引きリストまで、そこには載せられていた。山賊達がご丁寧に所持していたらしい。

(この手の連中ってのは手が付けられないからな……)

 海賊といい山賊といい、この手の連中が欲深いのは今に始まったことではない。
 普段なら極力関わり合いになりたくない連中なのだが、人身売買までしていたと言うのはさすがに見過ごせない。
 しかし、この領地だけの問題で済むのならいいが、国中に分布してるとなるとそう簡単な話ではない。
 バックに大きな組織がある可能性もある。あっちで言う海賊ギルドのようなものがだ。
 そうなってくると、とても俺一人の手に負える話ではない。

(折角、軍艦も一緒に派遣されてきてるんだから、専門家に直接相談してみるのもいいかもな)

 再度、報告書をまとめ直し、それを持って軍に掛け合ってみることにした。
 俺だけでは手に余ると考えたからだ。





異世界の伝道師 第66話『ハイパー強化』
作者 193






 それから三日の時が過ぎた。
 山賊達全員の事情聴取を終え、軍に提出する報告書をまとめたりしていたら、あっと言う間に時が過ぎた。
 それに俺には、それ以外にもやることが山程ある。
 前のマリエルの村の視察に際し、そこで見たことや感じたことを基に、更なる計画の修正をする必要があったからだ。

「確かにお預かりしました。では、此方には五人の侍従を残されるのですね?」
「うん、選出はマリエルに一任するよ」

 さすがに余り商会を留守にする訳にはいかないし、こっちには時々帰ってくるにしても掛かりきりと言う訳にはいかない。
 メイド隊から五人の侍従を残し、彼女達に屋敷と領地の代行運営をお願いすることにした。
 これまでの仕事振りを見ている限り、能力に問題はない。彼女達なら、立派に俺の代行を成し遂げてくれるはずだ。

「ああ、そうだ。以前にマリエルの村に残してきたお土産。
 あれを参考にして、各村に同じ物を送っておいてくれる?」
「お、同じ物をですか?」

 片方だけに肩入れしすぎると、どこかから不満の声が上がらないとも限らない。
 マリエルが俺の侍従をしているから、と言う理由で領民達に捉えられても後々厄介なことになる。
 だから、多少ではあるが同じような心配りを他の村にもして置こうと考えた。
 マリアとマリエルにも褒めてもらったし、思った以上に村人達にも好評だったようなので、あのチョイスは悪くなかったようだ。
 こんな事で喜ばれるのなら、やっておいて損はないだろう。

「分かりました。太老様が、そう仰るのでしたら」
「ああ、それとこれを開拓地に駐屯してる軍に送っておいてくれる?」
「これは? 例の山賊達の報告書ですか?」
「うん、いつまでもこっちで彼等を勾留して置く訳にもいかないし、軍に引き渡そうと思ってね。
 それに残ってる山賊達の件もあるから早めに処理して置いた方がいいでしょ?」

 これを作るのには結構苦労した。
 マリエルから受け取った大量の調書や資料を基に作成したのだが、さすがにこれ以上マリエル達に負担を強いる訳にもいかないので、これは全部俺が一人でやったからだ。
 取り敢えず読める物には仕上がったと思う。あっちの世界での海賊討伐の経験や知識も盛り込んで、俺なりの意見も述べておいた。
 こっちとしても、またあんな事があっては困るので、早く山賊達を取り締まって欲しいと切実に願っている。
 変質者ではなかったとは言っても、やってることは大して変わりはしない。
 こうしている今も、何の罪もない少女達が理不尽な目に遭わされているかと思えば、胸を痛めずにはいられなかった。

「分かりました。早速、手配しておきます」
「よろしく」

 ――コンコン
 そう、マリエルと仕事のやり取りをしている最中のことだった。
 扉を二回ノックする音が聞こえる。

「失礼します」

 俺が返事を返すと、扉を開けて中に入ってきたのはユキネだった。
 彼女がこうして一人で俺の書斎を訪ねてくることは久し振りのことだ。

「水穂さんが呼んでいます。ミツキさんの治療が終わったそうです」

 最初は『ミツキ?』と頭を捻ったが、どうやらマリエルの母親のことらしい。
 そう言えばずっと聞きそびれていたのだが、そんな名前だったのか、と悠長なことを考えていた。

 ユキネの話によれば、水穂に任せていたミツキの治療が無事に終わったらしい。それで態々ユキネが呼びにきてくれたようだ。
 毎朝、水穂との訓練は欠かさず繰り返しているようだし、そこで伝言でも頼まれたのだろう。
 しかし、さすがは水穂だ。もっと準備には時間が掛かるかと思っていたのだが、思っていたよりもずっと早かった。
 あの携帯用のキット以外にも幾つか簡易機材を持ってきているとは言っていたが、さすがにそれだけで事を進めるのはかなり骨が折れたはずだ。
 アカデミーにあるような設備があれば一瞬で済むことでも、さすがにない以上は贅沢は言ってられない。
 俺一人なら、こんな短時間では不可能だっただろう。

「じゃあ、取り敢えずこの辺りにして、先にそっちを済ませようか」

 マリエルも気になっていることだろうし、早めに憂いは取り除いておいた方がいい。

【Side out】





【Side:マリエル】

 太老様から渡された領地運営の計画書を軽く流し読みする。
 大筋は私達がお渡しした計画書の案に沿ったものだが、各所に割く予定となっている予算の方が大幅に増額されていた。
 これだけのことを行おうとすれば、太老様の資産の凡そ三割に達する額となる。
 普段から私達と殆ど同じ物を口にされ質素倹約≠心掛けられているのも、こうした時のために控えておられるからだと私は察していた。

 あれだけの莫大な金銭を稼ぎ出しておいでにも関わらず、太老様は決して自分のためにその財産を使われようとはしない。
 豪華な服を身に纏われる訳でも、煌びやかな貴金属を身に付けられる訳でもなく、ましてや食事も使用人と大して変わらないものを所望されるほどだ。
 マリア様が気に留められなければ、ご自身の船を所有すると言ったことも考えられなかったかはずだ。
 自ら稼ぎ出した金銭すらも、一切の贅沢をせず、全て民のために使おうと考えられる辺りは実に太老様らしい。

「ああ、そうだ。以前にマリエルの村に残してきたお土産。
 あれを参考にして、各村に同じ物を送っておいてくれる?」
「お、同じ物をですか?」

 これには驚いた。あの村に置いてきた物資と同じだけの支援を、領地内の全ての村に施すようにと太老様は仰っているのだ。
 それだけでも相当の金額に達するのは間違いない。普段の太老様の生活を考えれば問題のない額かも知れないが、先の予算と合わせれば現在の太老様の総資産の五割にも達する金額になることは間違いない。
 この領地のことを必死に考えてくださっていることは分かっていたが、それでもまだ甘い考えだったようだ。
 一領地の運営に懸ける金額としては、とてもではないが信じられないほどの莫大な予算だ。
 太老様の覚悟のほどが伝わってくるようだった。ただ領民の生活をを建て直そうとされているのではない。
 ハヴォニワで最も活気のある領地に、いや大陸一の領地にしようと並々ならぬ想いを抱かれているのだろう。

(太老様の覚悟……確かに受け取りました)

 太老様から手渡された計画書をギュッと握り締め、私はその覚悟の重さを強く胸に刻み付けていた。

【Side out】





【Side:太老】

「何と言っていいか……成功はしたのだけど……ね?」

 歯切れの悪い水穂の説明を訝しく思う俺。
 生体強化そのものは成功し、体に巣食っていた病巣も除去することは出来たらしい。
 ただその後で予想外の大きな問題が生じてしまった、とそういう事のようだ。

「……簡易の生体強化だったんじゃなかったんですか?」

 荒れ果てたミツキの部屋。ベッドは縦に折れ、壁には大きな穴が空いている。
 生体強化に使ったと思われる大型の円筒形の機材は、見るも無残に粉々に砕かれていた。
 この惨状を招いた張本人であるミツキはと言うと、俺達の前で正座をし、しょんぼりと俯いていた。

「原因は鷲羽様の作った特別製のナノマシンよ……」

 水穂の話によれば、俺の体を強化するために埋め込まれている鷲羽(マッド)の作ったナノマシン。
 それがアカデミーなどで普通に出回っている汎用の生体強化用ナノマシンとは、大きく異なるものだったらしい。
 いや、そもそも生体強化用のナノマシンであるかどうかも分からないと水穂は補足した。
 その話を聞いて俺の記憶に思い起こされたのは、『正木太老ハイパー育成計画』と言う名の怪しげな計画のことだった。

「そんなものをあの鷲羽(マッド)は俺の体に施していたと……」

 そもそも生体強化と言う物は、筋肉や反射神経、運動中枢をナノマシンにより再構成強化することにより、大幅な身体能力の上昇や回復力、持久力の増加を促し、更には細胞の再生回数を増加することで寿命を引き延ばしたりするために用いられるものだ。
 その際、肉体だけでなく精神面にも効果を及ぼすことで、長い寿命にも心が耐えられるように処置を施す。
 普通であれば延命調整さえ繰り返さなければ、人間より僅か長い程度の寿命しか得られないのが生体強化だ。
 延命調整とは、その寿命を更に数千年、数万年の単位で引き延ばす処置のことを言う。

 今のアカデミーの技術でも、生体強化のみであれば精々百五十年から二百年、生きられる程度の寿命を引き伸ばすくらいにしかならない。
 だが、この鷲羽(マッド)の作ったナノマシンは、細胞の再生回数を自動的に調整し回復していることが判明した。
 そう、まるで皇家の樹から受けるエネルギー供給のように、自動的に延命調整を制御していると言うのだ。
 ナノマシン自体が、それだけのエネルギーと機能を有しているなどという話は聞いたことがない。
 だとすれば、水穂が分からないと首を傾げるのも無理はない話だ。

「結局、どのくらい寿命が延びたって考えていいんですか?」
「数千年……いえ、もっとでしょうね。オリジナルの太老くんは、それ以上と言っていいわね」

 これは寧ろ、回復などではなく再生レベルだと言ってもいい、と水穂は結論付けていた。
 水穂曰く、試してみないことには分からないが、

「腕を斬ってみる? 多分直ぐにくっつくと思うけど」

 などと怖いことを言うので、それだけはさすがに遠慮してもらった。

(ああ、そう言えば魎呼が腕がなくなっても生えてきてたよな……)

 その話を信じない訳じゃないが、実験に腕を斬り落とされるのは勘弁だ。
 ようは何だかよく分からないが、普通ではない体に俺はされてしまっているらしい。
 腕がくっつくとか生えてくるとか、緑の大魔王じゃあるまいし。
 俺の体にも鷲羽の宝玉≠フような物や万素(ます)≠ェ使われてるとか、そんな冗談みたいなことはさすがにないと思いたい。
 そう、冗談だと思いたいのだが――

『あはは! まあ、太老はあたしの弟≠ンたいなもんだしな』

 などと酔った勢いで大笑いして、そんな事を言っていた魎呼の言葉が頭を過ぎった。
 あの時は普通に剣士と一緒に育てられた所為で『弟のような存在』だと言われているのだと思い込んでいたのだが、この体に使われている技術に魎呼や魎皇鬼をベースとした技術が使われているのだとすれば、あの言葉の意味は大きく変わってしまう。
 これが事実だとすれば、俺はあの万素(ます)とか言う饅頭のような変な生き物と、同じカテゴリーの存在と言う事になってしまう。

(そんなの絶対に嫌だ!)

 結局、ミツキの身体は汎用の生体強化をベースとした場合、アカデミーで施しているそれと殆ど遜色のない、いやそれ以上とも言える強化が施されているということが分かった。
 今の延命調整の技術なら、最大で数万年以上生きることが可能とも言われているため、数千年程度であれば大したことはないのかも知れないが、それでもこの世界では異常なことだ。
 本気で向こうの世界に戻る手段を見つけないと、ミツキはこっちで生活を続けることは難しいだろう。
 元に戻すにしても、このままにしても、結局は鷲羽(マッド)がいないと何も分からないと言う事に他ならないのだから――

「他に方法がなかったとはいえ、さすがに私も責任を感じるわ……」

 ミツキが今の体に慣れるまでは、水穂がしばらく面倒を見ると自分から言い出してくれた。
 男の俺では色々と問題もあるだろう、と配慮してくれてのことだ。
 この状態のミツキを他の誰かに任せる訳にはいかないし、妥当な人選と言えるだろう。

『はあ……』

 二人して大きく溜め息を吐く。
 何処の世界にいても、あの人達に振り回される俺達の生活に変わりはないようだった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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