【Side:太老】

 何で、こうなっているのだろう?

「お兄様、そこは違うザマス! もっと背筋を伸ばして顎を引いて!」
「ランさん! やる気あるザマスか? 太老様と並んで歩いては駄目ザマス!」

 ランから聞いたザマス≠ェ増えていた。
 マリエルに、シトレイユ皇国に着く前にランの最後の調整をやっておきたいと言われ、軽い気持ちで頷いてリハーサルに付き合ったはいいが、マリアまでどう言う訳か加わって、俺まで礼儀作法の勉強をさせられていた。
 ランから大体のあらましは聞いて分かっていたことだが、確かに厳しい、と言うか普段の二人とは別人だ。
 三角眼鏡に鞭、しかもザマス口調とか……一体どこの誰だ? こんなの伝えたバカは。
 完全に役に成りきっている所為か、手加減を知らない二人に俺達はこってりと絞られていた。
 向こうに着くまで休めると思っていたのに……。

「なあ、マリア、マリエル。もう、いいんじゃないか?」
『何が……もう、いいザマスか?』
「いや、俺が悪かった。続けてくれ……」

 俺は弱かった。いつもより迫力のあるマリアとマリエルの二人を相手に、意見したり逆らう根性なんて持ち合わせていない。
 すまん……俺では力に成れそうにない、とランにアイコンタクトを送る。
 泣きそうな顔で、もっと頑張ってくれよ、と訴えてくるラン。
 いや、無理無理、と俺は首を横に振って返しておいた。

(樹雷の男の宿命か……マサキの血の成せる業か……何れにせよ、俺ではこの二人には逆らえん)

 はっきり言おう。こう言う場面での力関係は間違いなく女性の方が上だ。
 天地や西南のアレ≠焉A決して男性が羨むようなハーレムなどではない。あの二人が女性達に飼われている立場だ、と俺は常々思っていた。
 俺の周囲にも女性が多い、というか女性ばかりなのだが、それで羨ましいと思ったら大間違いだ。
 日本の諺に『女三人寄れば姦しい』という言葉があるが、女ばかりの中に男が一人と言う環境は、はっきり言って余り好ましい状態じゃない。主に俺の精神衛生上。

(絶対に、あの二人のようにはなりたくないよな……)

 俺は、あの二人のように、やたらと女性にモテるといったことがないので、そこだけは安心していた。
 ああしたハーレムは夢であって、現実には勘弁して欲しいものだ。
 やはり、何事も程々、平穏が一番だと、俺は心の中でしみじみと頷いていた。





異世界の伝道師 第78話『シトレイユ皇国』
作者 193






「ああ……疲れた」

 何とか解放してもらえた。
 シトレイユの到着予定時間まで十時間を切っているし、少しでも寝ておこうと俺は船室のベッドに潜り込む。
 今回のことで、ふと思ってしまったが、やはり俺の周囲の男女比率が著しく女性の方に傾いている気がした。
 その原因には思い当たることが幾つかあるのだが――

(うちの商会も男女比率が三対七と女性が圧倒的に割合を占めてるしな……)

 そう、この世界で表立って活躍する者の殆どは女性が多い。
 男性もいるにはいるが、殆どの場合は、軍だったら一般の兵士や整備士だったり、あとは料理人や何かの職人だったり、工房の技師だったりと、所謂、裏方のような仕事に就く者が多い。
 男性聖機師を例にとってみたり、官吏や役職にも男性がいる以上、女尊男卑という訳ではないのだが、総じて女性の方が目立った活躍をしていると言うのは本当の話だ。
 この場合は男がだらしないと見るべきか? 正直、難しい問題だ。

(でもま、男性聖機師に関しては、あいつ等の自業自得と思うけど)

 少なくとも男性聖機師の問題に関しては、国の制度の問題以前に、その立場に甘んじている男性聖機師にも問題がある。
 甘い汁だけ散々吸っておいて、文句だけは一人前。そんな事だから、余計に舐められることになる。
 本気で自分が役に立つ、必要な人間だと思うなら、別に戦場に出ることばかりが仕事じゃない。義務さえ果たせば実際のところはかなり優遇されているくらいなのだから、その権限を逆手にとって色々と出来ることもあるはずだ。
 異世界人なんて、その最たるものだ。連中のやりたい放題を例にするつもりはないが、人間その気になれば色々と出来ることはある。
 結局、何もして来なかったのは奴等の問題であって、誰の責任でもない。

(やはり、何でもいいから、ちゃんと仕事してないと駄目だよな)

 そう言う点ではハヴォニワは随分とよくなった。
 男性聖機師の連中も、官吏の仕事を通して、それぞれの生き甲斐や遣り甲斐を見つけて、今は活き活きと仕事してるし。
 中には腕前を認められ、前線に立つことは出来ないまでも、聖機人用装備のテスターとして採用された者もいると言う。

 まあ、話が脱線してしまったが、ようは現状はそう言った感じで、やはり仕事が出来る教養を身に付けている人ほど、この世界の場合は女性の方が比率が高いということだ。
 何でこんな事になっているのかは憶測でしかないが、やはり聖機師の影響が強いのだろう。
 聖機師の総人口割合は著しく女性の方に傾いている。男性聖機師が重宝される一番の理由がそこだ。
 とは言え、国に雇われる正規の聖機師だろうが、無名の浪人だろうが聖機師であることに変わりはない。
 そこに大きな原因がある、と俺は考えていた。

 聖機師としての資質が国に認められれば、ユキネやミツキのように聖地の学院に通うことになる。
 聖機師は資質の問題もあって血筋がモノを言う職業だ。故に貴族の子女がやはり多いと聞く。
 だからと言って平民出身の者であっても、資質さえ認められれば国の援助で、取り敢えず聖地の学院には通わせてもらえる。
 逆を言えば、そうしなければ雇用が決まっている聖機師と言えど、正式な聖機師として認められないからだ。
 そして正式な聖機師として認められなければ、他国の男性聖機師と結婚できない上に、教会から配給される聖機人の数にも影響することもある。
 その辺りを、どのように国と教会の間で取り決めているのかは分からないが、一国に過剰な戦力が集中しないために教会が抑止する役割を担っていると言う事で間違いないだろう。小さな小競り合いならいいが、教会が緩衝材に入ることで大陸中を巻き込んだ大きな戦争に発展させないようにしているのかも知れない。
 どちらにせよ、必要な条件を全て満たすためには、教会の学院に通うことは聖機師を志す者にとっては必要不可欠なことだと言う事だ。

 そして、聖地の学院に通うということは、一種の就職活動のようなものでもある。
 正式に聖機師になる前から国の雇用が決まっている者など、男性聖機師を除いて殆どいない。ユキネやキャイアなどは例外中の例外だ。
 学院在学中に各国が定める基準値以上の成果を残し、それを国に認められることによって始めて正式な聖機師として認められる。
 当然、聖機人の数が限られている以上、国が雇用できる聖機師の数にも限りがある。
 そうして正規雇用の聖機師に成れなかった者が、浪人となったり、これまでの経験や教養を活かして新たな職に就く者も少なくない。

 うちの商会で働いている女性達の中にも、結構な割合で嘗て聖地の学院に通っていた女性達がいる。
 男性聖機師の人数が、女性聖機師に比べて著しく少ないのであれば、当然、学院に通っている生徒の割合は女性の方が圧倒的に多くなる。
 教養のあるなし、能力の云々を説いた場合、やはり一流の教育を受けてきている者の方が色々と有利なのは確かだ。
 これが、男女の社会進出の割合に大きな差を生じさせている一番の要因だと俺は考えていた。
 義務教育がどうだの言っていられるのは、余裕のある貴族や商家の子女くらいのものだ。
 そこは、ある意味で仕方のないことなのだろう。

(まあ、男のメイドなんて俺もさすがに嫌だけど…・・・ )

 そうした不平等な部分は何とかしたいな、と思いつつも、身の回りの世話をしてくれるなら、やはり女性の方がいい。
 メイド服なんて伝えた奴の気持ちも、そこだけは理解できた。
 ある意味でこの世界は、これはこれでバランスが取れているのかもしれない。


   ◆


 で、結局色々と考えていたら余り眠れないまま、シトレイユ皇国に到着してしまった。
 少しは疲れがとれたとは言っても、やはり、まだ眠い。大きく欠伸をしながら、船室から見えるシトレイユの港を見下ろしてみる。
 確かに大きな港だ。ハヴォニワ首都にある港の、軽く倍以上はある巨大な港がそこにはあった。
 周囲を軽く見渡してみると、前にラシャラが乗って帰ったスワンと呼ばれる形状の船や、随分と自己主張の強い派手な船が多く見受けられる。

(この中なら、俺の黄金の船もそれほど奇異な目では見られないかもな……)

 さすがに金ピカは見当たらないが、これだけ特色の強い、個性的な船ばかり揃っているのだから注目も少なくて済むだろう。
 これだけを見ても、お国柄ってのは本当によく出るな、と思う。
 ハヴォニワはどちらかというと、コンパクトで機能的に纏めようとする傾向が高い。デザインもシャープで洗練したものが好まれる傾向にある。
 それに比べると、船一つとって見てもシトレイユは悪く言えば大雑把、よく言えば大らかな印象を持つ。
 国力もあるし、技術力は確かに高いのだろうが、俺からすると無駄が多い国のように思えてならなかった。
 まあ、これだけで判断するのもどうかと思うが、結構、的を射ている気がする。

「何だ……これ?」

 マリア達と合流して船の外に出てみれば、外はとんでもないことになっていた。
 物凄い数の人が、『ようこそ! シトレイユ皇国へ』という横断幕を掲げ、歓声と共に出迎えてくれたのだ。
 こんな熱烈な歓迎を受けるとは思っていなかったので、その熱気に気後れし、思わず仰け反ってしまう。

「太老! 待っておったぞ!」
「久し振り……相変わらず元気そうで安心したよ。ラシャラちゃん」
「うむ。太老も壮健そうで何よりじゃ」

 観衆の中から姿を現し、俺に飛びついてきたかと思えば、彼等を代表して手を差し出し、挨拶を交わしてくるラシャラ。
 直ぐに誰の仕業か分かった。大方、ラシャラが俺達を歓迎しようと考えて、こんな事を企画したに違いない。
 ざっと見渡しただけで千人、いや、もっといるな。態々、出迎え一つに、これだけの人数を導入する辺り、やはりラシャラのスケールは違う。
 単に、目立ちたがり屋と言う線も否定は出来ないが、これも彼女の人望、器の大きさを示しているのだろう。

「お久し振りです、ラシャラさん。随分と派手なご登場ですわね」
「うむ。久し振りじゃな、マリア。御主は相変わらず、地味な装いをしておるな」
「どこかの誰かさんと違って、目立ちたがり屋ではありませんので……単に慎みを持っているだけですわ」
「ただ、見せるようなモノ≠ェないだけじゃろ」

 いつものマリアとラシャラの遣り取りが始まった。
 相変わらず仲が良いようで何よりだ。

「あの二人って……仲が悪いの?」
「いや、寧ろ逆だろ。喧嘩するほど仲が良いって、よく言うじゃない」
「そ、そうかな……」

 首を傾げるラン。とは言え、こんなのは子供の喧嘩だ。
 以前にも、何度も目にした光景なので、俺は慣れてしまった。
 仲が悪いということはないだろう。これは謂わば、二人にとっては挨拶のようなものだ。
 ユキネも、いつものこと、と言った様子で二人の諍いを静観して見守っている。

(あれ?)

 と、そこで気付いた。ラシャラの護衛騎士がいないことに――

「ラシャラちゃん」
「ん? 何じゃ?」
「キャイアはどうしたの?」

 そう、キャイアがいない。いつもなら、ベッタリとラシャラの後に張り付いているキャイアが見当たらないなど珍しいことだ。
 護衛騎士というくらいだから、てっきり一緒にいるものとばかりに思っていたのに。

「キャイアなら聖地じゃ。長期休暇にはこっちに戻ってくる予定となっておるが、聖機師になるためには学院に通わねばならぬしの」
「ああ、なるほど」

 以前のユキネのようなものだと俺は納得した。
 その後、詳しく話を聞いてみると、本来なら下級生を四年やらなくてはいけないところを、王侯貴族の護衛騎士は二年に短縮することが可能らしい。そしてキャイアは去年入学したばかりなので、まだ一年残っていると言う事だ。
 マリアの件の時は、公務ということで届出を出していたらしいのだが、そのため今年は余り戻ってくる余裕がないのだとか。
 必要単位の修得に、自然科学や歴史学、政治学や経済学は勿論のこと、お花や舞、料理に裁縫といった花嫁修業まであるとのことで、随分と厳格に定められているらしく、俺が考えていたものよりも厳しいものらしい。
 聖機師になるための勉強も、思った以上に大変そうだ。

「それで、太老。少し頼み辛いことがあるのじゃが……聞いてくれぬか?」
「ん? まあ、俺に出来ることなら」

 何やら珍しくも、しおらしく頼んでくるラシャラに軽く返事をする俺。
 十日ほどお世話になることだし、出来ることであれば頼み事くらい聞いてあげてもいいか、と軽い気持ちで考えていた。

「何度も言ったのじゃが、どうしても断りきれんかったのじゃ。すまぬが、父皇にあってくれぬか?」
「父? シトレイユ皇に?」
「うむ……太老に会いたいと、ずっとゴネておっての」

 少し思案する。普段ならそうした面倒なことは断るところだろうが、皇自らの直々の誘いとあっては断り辛い。
 それにラシャラの面子の問題もある。この様子では、相当に言われて来たのだろう。

(なるほど……それで、この歓迎か)

 何となく裏は読めた。だとすれば、断るのは得策とは言えない。
 大した理由もなく断ってしまえば向こうの面子を潰してしまい、ハヴォニワにも、ラシャラにも迷惑を掛けることになりそうだ。
 俺だけの問題であればいいが、それは確かに考えさせられる。

「いいよ。一度、ラシャラちゃんのお父さんにも、きちんと挨拶しておかないとね」
「あ、挨拶……そ、そうじゃな」

 何やら顔を赤くして、うろたえるラシャラ。そんなに俺が承諾することが意外だったのだろうか?
 以前からラシャラには随分と世話になっているし、ハヴォニワの件でもキャイアの一件で彼女を引き止めるような結果になってしまった。
 一度、親御さんに挨拶をしておくのは、大人として当たり前のことだろう。

(しかし、シトレイユ皇か)

 シトレイユ皇――どんな人物かは分からないが、これだけの大国を治める皇と言うからには、相当の傑物である可能性は高い。
 ラシャラの頼み事を抜きにしても、俺もシトレイユ皇には興味があった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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