【Side:ラシャラ】

 さすがは太老と言ったところじゃろうか?
 あのババルンを相手に一歩も物怖じせず、真っ向から対峙して見せるとは……。
 表面上は友好的に接しておるように見えたが、裏では激しい攻防が繰り広げられていたに違いない。
 ババルンめ。さすがに太老が相手では一筋縄でいかぬと判断してか、大人しく引き下がりおった。

「外面通りの人物じゃないみたいだね」
「っ! やはり、そこまで見抜いておったか」

 さすがは太老じゃ。勘付いておるとは思っていたが、僅かあの一瞬でババルンの内面すらも見抜いておったとは。
 だとすれば、やはりあの握手はババルンに対する宣戦布告≠ニ見てもよいじゃろう。

「そりゃあ、分かるよ。でも、マリアとラシャラちゃんも、ああも、あからさまに警戒心を向けたら駄目だよ」
「……ごめんなさい」
「うっ……すまぬ」

 太老の言うとおりじゃった。あのように敵意を剥き出しにしておっては、向こうに警戒しておると態々伝えてやってるようなもの。
 真の策士というものは、味方にも相手にも、そのことを悟らせないものじゃ。
 敵地に赴いておるというのに、この落ち着いた堂々とした態度。ババルンを前にしても動揺一つ見せず、眉一つ動かさない胆力。
 我も見習うべき点が、まだ多くあることを思い知らされる。

(我も、まだまだじゃな……)

 太老の身を心配して、力に成りたいと考えておっても、結局はこの有様じゃ。
 太老から見れば、我など、まだまだ未熟者に思えて仕方ないのじゃろう。
 じゃから、このように注意してくれておるのじゃと、我は察していた。

「折角、晩餐会にきたんだし、踊ろうか? ほら、マリアも――」
「太老?」
「お兄様?」

 我とマリアの手を取り、にこやかな笑顔を浮かべてダンスへと誘う太老。
 マリアも、太老に注意された言葉が堪えたのか、随分と落ち込んでいた様子じゃったし、恐らくは、我等二人のことを気遣ってくれたに違いない。
 厳しいところもあるが、こうした細かな配慮が出来るところも、太老の良いところなのじゃろう。
 多くの女性が魅了されるのも無理はない。
 マリアの言い出した『同盟』というのも、ある意味で太老の器を考えれば、当然の帰結なのじゃと我は思った。

「ではお兄様、まずは私と――」
「何を言う! 太老、まずは我と――」

 だからといって、一番を譲るつもりはない。
 太老の本妻の座だけは、誰であろうと譲るつもりはなかった。

「ちょっとラシャラさん。お兄様はハヴォニワの貴族、私のパートナー≠ネのですよ?」
「それを言ったら、我はシトレイユの皇女じゃ。ここはシトレイユなのじゃから、我に譲るべきであろう」

 互いに一歩も引く気はなかった。

【Side out】





異世界の伝道師 第84話『メスト家の父子』
作者 193






【Side:太老】

 あれだけダンスの練習をしておいて、一度も踊らないなんていうのは、さすがに勿体無い。
 そう思って二人を誘ってみれば、大変な目にあった。ちょっとしたことで対抗心を燃やすものだから、本当に困ったものだ。
 仲が良いのはいいが、間に挟まれる俺のことも考えて欲しい。
 結局、恨みっこなしのジャンケンで決めてもらった。勝ったのはマリアだったが……。
 どうにも、ここ一番というところの勝負運がラシャラは弱いらしい。マリアが随分と勝ち誇っていた。

「お兄様、本当に上達されましたね」
「まあ、講師が良かったからね。マーヤさんには感謝してるよ」

 音楽の旋律に乗ってステップを踏み、反時計回りに回転しながら中央へと躍り出る。
 今の俺は、マリアが用意してくれた正装を身に付けていた。胸元と袖に金の刺繍が入った黒のスーツ、手には白の手袋をしている。
 以前の胸当ての件もあるので少し心配してたのだが、全身金ピカでなかったので安心した。
 マリアは、足元には黒のパンプス、手には意匠が凝らされた花柄の白の手袋、胸元が僅かに開けた袖のない真紅のロングドレスを身に纏っている。
 後は、華美な装飾品は身に付けず、頭の金の髪留めと首に掛けた胸元のペンダントのみ。

「あれ? そのペンダント……」
「フフ……気付かれましたか?」

 悪戯が成功した小悪魔のように笑みを浮かべるマリア。
 そのペンダントには見覚えがあった。それは、こちらの世界に来て始めて手にした収入で、マリアとユキネにお揃いに買ってやった銀細工のペンダントだ。
 確かに一般に出回っている物の中では、デザインも良く、そこそこ工夫の凝らされたペンダントではあるが、市場に行けば誰でも買えるような安物の装飾品。こんな立派な晩餐会に身に付けてくるような物ではない。

「そんなので本当によかったの? 何と言うか、そのドレスには不釣合いだと思うんだけど……」
「お兄様から初めて頂いた贈り物ですから、価値のあるなしではありません。
 決めていたんです。お兄様と最初に踊る時には、このペンダントを身に付けて踊りたい、と」
「マリア……」

 このペンダントを贈ったのは、もう一年も前のことだ。
 まだ、こうして大切に持ってくれているとは、思いもしなかった。
 正直言って、マリアが俺との思い出を大切にしてくれているのが分かったことが、一番嬉しかった。

「もう、終わってしまいましたわね」

 音楽が止み、少し寂しそうに、そう呟くマリア。
 最初はダンスなんて、と億劫な気持ちもあったが、実際に踊り終えてみるとそうでもなかった。

 ――それは、相手がマリアだったからかも知れない

 それなりにマリアとの付き合いは長い。こちらの世界にきて、初めて知り合ったのがマリアだった。
 あれから一年余り。色々なことがあったが、今の俺があるのは、彼女が傍に居てくれたからだと俺は感謝している。

「また、いつでも一緒に踊れるさ。マリアと俺は、ずっと一緒なんだから」
「……お兄様」

 楽しいことも、嬉しいことも、悲しいことも、一緒に分かち合ってきたマリアだからこそ、俺はこんなにも自然と言えたんだと思う。
 今となっては色々と立場もあり、以前のようにマリアの従者を続けることは難しくなってしまった。
 結局、ゴタゴタと色々あって曖昧なまま今日まで来てしまったが、従者じゃなくなったからといって、マリアと俺の関係が終わる訳ではない。
 帰る手段を探してくれている水穂には悪いが、許されるのであれば、俺はこちらの世界で暮らして行きたいと考えている。
 確かに、ずっと、と言う訳にはいかないだろうが、マリアやラシャラ、この子達の行く末を、彼女達の作る国を俺は見てみたい。
 最初は、平穏無事に生活できればそれでいい、と思っていたし、その願いは今も変わらないが、それと同じくらい大切な物が出来たのも事実だ。その中に、マリアやラシャラも入っていた。

 今のまま、向こうに帰っても、きっと俺は後悔することになるだろう。
 それに、ミツキの件で、少なくとも俺は数千年、数万年単位での寿命があることが分かった。
 こちらに居るといっても、どれだけ長くても、ほんの百年ほどのこと、俺達の一生からすれば、ほんの一時の出来事だ。
 そのくらいであれば、向こうに残してきた人達も大目に見てくれると思う。
 鷲羽(マッド)や鬼姫の理不尽さは知っているので、無理矢理拉致して連れ戻されないか、と少し心配ではあるが、帰る手段が見つかったら水穂に相談するなりして、予め対策を講じておけば、そこまで非道な真似は……多分されないだろう。
 何れにせよ、俺はこちらに残りたいと考えていた。

「はい!」

 笑顔で返事をするマリア。まだ、この生活を始めてから、ほんの一年だ。
 これからも、マリアが望んでくれるのであれば、付き合いも自然と長くなるはず。
 この先も五年、十年、二十年と、ずっと、こんな風に一緒に楽しく過ごせたら、と心から願わずにはいられなかった。


   ◆


 マリアと踊った後、貴族達の注目を浴びながら、今度はラシャラとダンスを共にした。
 マリアと同い年だというが、こちらもやはり大国の姫。少女と侮ってはいけない。
 ラシャラらしい、意匠の凝らした煌びやかな薄い青のドレスを身に纏い、威風堂々と、それでいて優雅にステップを踏む様は、実に堂に入っていた。
 結構、自分でも頑張って練習したつもりだったが、幼い頃から厳しい練習を積み重ねてきたお姫様達とでは、技術に大きな開きがある。
 俺が本番でここまで踊れたのは、ラシャラやマリアが俺が踊りやすいように、とフォローしてくれたからだと言う事は分かっていた。

「……さすがに、太老は体力があるの」
「お兄様を常人と一緒にしては失礼ですわよ、ラシャラ・アース」

 いや……マリアの物言いの方が失礼なような気がするんだが、敢えて何も言うまい。
 結局、二人と代わる代わる踊り、合計六回も踊ることになった。片方が踊ると、もう片方も、と張り合ってしまい、いつまで経っても終わらなかったからだ。
 最後の方は俺も大分慣れ、二人に迷惑を掛けない様にしようと努力したが、それでも毎回フォローを入れてリードしてくれていた二人の方が、体力と精神力を消耗しているはずだ。

 ダンスは一曲踊るだけでも、それなりの体力が必要となる。
 向こうの世界では競技にもなっていたくらいだ。一種のスポーツと思って間違いない。
 それでなくても、体の小さな二人だ。大人に比べて体力も少ないし、休憩を挟みながらとはいえ、三曲も踊れば疲れて当然だ。
 合計六曲も踊った俺が平然としていられるのは、俺が二人よりも体の大きな大人だというのもあるが、やはり生体強化云々で体力も強化されているからだろう。

「飲み物を取ってきてあげるよ。二人は席に座って休憩してるといい」
「太老、それなら私が……」
「いや、俺が行くよ。ユキネさんは二人に付いていてやって」

 ユキネにそう言って、俺は立食の用意されているテーブルへと向かった。
 ランが居れば手伝わせようかと思っていたのだが、俺が二人と踊っている隙に、どこかに行ってしまって姿が見えない。
 また、悪い虫が働いて、碌でもないことをしてなければいいが……それだけが心配でならなかった。

「うん、ジュースを二人分、後、果実酒をグラスで二つお願いね」

 ラシャラとマリア、それにユキネに飲み物を持っていってやろう、とテーブルの近くに立っていた使用人を捕まえて、四人分の飲み物を用意してもらった。
 さすがに未成年の二人に、俺やユキネと同じような果実酒を飲ませる訳にはいかない。
 それを言うと、俺も今年で十七なので、未成年といえば未成年なのだが、前世からの歳を換算すると精神年齢はとっくに二十歳を越していることになる。実際のところ、前世の記憶があるとはいっても、どうやって死んだか、とか肝心な部分の記憶が全くない訳だが、大学を卒業して社会人を数年経験した記憶まではちゃんとあるので、精神年齢がおっさんであることは間違いない。
 ユキネも年上とはいえ、俺と一つしか違わないのだが、普段からこういった席で飲みなれている様子だし、まあ大丈夫だろう。

「少し、よろしいかな。正木卿」
「ん?」

 四人分の飲み物をトレーに載せ、三人のところに戻ろうとすると、見知らぬ若い男達に取り囲まれてしまった。
 十人ほどいるか? どうにも雰囲気の悪い奴等だ。
 明らかに、こちらを蔑むような、悪意に満ちた視線を感じる。

「そこを通して欲しいんだけど……って聞いてくれそうにないよな。それで、どちら様?」
「この御方を知らないだと、これだから田舎物は困る」
「ハヴォニワのような田舎から出て来られたのだ。知らなくても仕方ないだろう」

 下品な笑い声を上げる男達。ここにマリアがいなくて正解だ。
 ハヴォニワを田舎呼ばわりすれば、間違いなく激昂していたところだろう。
 どうやら、輪の中心にいる人物のことを指して言っているらしいが、こんな金髪の優男など俺が知っているはずもない。
 少しウェーブがかった金色の短髪に、ラシャラと同じ青い瞳。裾や襟首に紫のラインが入った白いスーツを身に纏い、勘違い貴族に如何にもよくありがちな自己顕示欲の強そうな男だった。

「皆、やめたまえ。正木卿、彼等が失礼をした。
 僕は、ダグマイア・メスト。そして僕を含め、彼等はこの国の男性聖機師達だ」
「……メスト?」

 聞いたことのある家名だと思ったら、ババルンと同じ姓だ。
 なるほど、それでこの取り巻きか。あの顔でババルンに息子が居たことも驚きだったが、その息子が聖機師とは。
 と言う事は、ババルンも恐らくは聖機師なのだろう。特権階級である貴族には、それほど珍しいことではない。
 皇族も、その殆どが聖機師としての資質を持っている。フローラがあれだけの能力を持っているのだから、マリアも時がくれば確実に親譲りの資質を開花させるだろう。
 しかし、ここまで親子で似てないってことは、ダグマイアが母親似なのは間違いなさそうだ。
 父親似ってことは、まずない。これだけは断言できた。

「それで? この国の男性聖機師が何のようで?」

 この雰囲気は以前にも体験したことがある。ハヴォニワの城に乗り込んで、男性聖機師達と対峙した時だ。
 どうせ碌でもないことだろうが、一応は紳士的に尋ねてみる。
 ここで無視してマリア達のところに戻れば、今度は彼女達を巻き込んで難癖をつけてこないとも限らない。
 余り、そういう事に、あの三人を巻き込みたくはなかった。

「いや、何、大したことではないのですが、卿のことを噂で随分と有能な聖機師≠セと聞きましてね。
 その有能≠セという腕前を、是非とも我々にご教授頂きたいと思いまして」

 予想通り、何の捻りもないお約束な台詞を述べてくるダグマイア。大方、ラシャラと仲が良く、ぽっと出で注目を浴びている俺のことが気に食わないのだろう。
 親の力を自分の物だと勘違いしている、親の七光り息子にありがちな発想と展開だ。

(こんなのが息子か……ババルンも色々と複雑な家庭事情を抱えてそうだな)

 この様子だと、ババルンも相当に苦労しているに違いない。親の心、子知らずと言う奴か。
 俺は心の中で嘆息しつつ、どうしたものか、と考えた。

 このまま奴等の挑発に乗って、万が一にも聖機人同士の決闘なんて話になれば――あの尻尾だ。
 正直、手加減が出来るとは思えないし、その自信もない。向こうから言い出した事とはいえ、怪我などさせれば、また一騒動だろう。
 それに、あの尻尾の直撃を食らえば、コクピットなど木っ端微塵だ。間違いなく死んでしまう。
 バカは死ななきゃ治らないというが、こんなバカでも男性聖機師、実際に殺してしまったら国際問題だ。
 こんな阿呆らしいことで、フローラやマリアに迷惑を掛けたくない。

「一つ条件がある。それを受け入れてくれるなら、そっちの提案を受けようじゃないか」
「……何でしょうか?」
「聖機人は抜き、お互いに生身で、武器は訓練用の模擬剣を使うこと。
 怪我なんてされたら面倒だし、それを受け入れられるなら相手になるよ」

 生身なら、幾らでも手加減のしようがある。聖機人に乗って戦うよりも、ずっと危険は少ないだろう。
 一瞬、俺の条件を聞いて思案した様子だったが、ダグマイアは小さく首を縦に振って頷いた。

「では、後ほど」

 そう言って、取り巻きを連れて立ち去って行くダグマイア。

(さて……マリアとラシャラに何て説明しようか?)

 バカに絡まれたことよりも、俺にとってはそちらの方が大きな問題だった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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