日も沈み、夜の静寂の中、俺はステージの上に設けられた豪勢な特別席に独り腰掛けていた。

「これより、正木商会代表、正木太老様の送別会を開催致します!」
『ワアアァァ!』

 マリエルが、正木商会シトレイユ支部主催の送別会開催を宣言する。
 沸きあがる歓声。先程までの静寂さが嘘のような賑わい方だ。

(何の嫌がらせだ? これ?)

 観客達の視線は全部俺に集まっていた。
 それはそうだろう。こんな目立つ場所に独り腰掛けていれば、それも当たり前だ。
 しかも、どう言う訳か、俺達≠フ送別会のはずが俺≠フ送別会になっていた。
 いつの間にか、マリアやユキネまで、催し物を主催する側に回っていたからだ。
 ただ、手伝っているだけだと思っていたのに、とんだ誤算だった。

「では、正木太老様より皆様に御挨拶を頂きたいと思います」

 マリエルがそう言うと、俺の席にスポットライトが当てられる。
 今、最前列で俺の言葉を待っているのは、正木商会シトレイユ支部の重役達。
 そして、商会と馴染みの深い、皇族派と呼ばれるシトレイユ貴族や、シトレイユの経済界に名を連ねる大商人ばかり。
 言ってみれば、シトレイユ皇国のお得意様や要人達だ。

(覚悟を決めるしかないか……)

 その席に主役≠ニして、しかも正木商会の代表≠ニして、俺はこの場にいる。
 逃げ場など、どこにもなかった。

「我々は、一人の英雄を失った。これは敗北を意味するのか? 否! 始まりなのだ!」

【Side out】





異世界の伝道師 第94話『送別会』
作者 193






【Side:ラシャラ】

「我々は、一人の英雄を失った。これは敗北を意味するのか? 否! 始まりなのだ!」

 太老の演説が始まった。皆が、その言葉に真剣な面持ちで聞き入っていた。

 ――英雄

 シトレイユ皇国の『明主』とまで称えられた我が父皇のことを言ってくれておるのじゃろう。
 太老の言葉にはやはり他の者にはない、強い説得力と重みがあった。
 これは終わりではなく始まりだ、と言う太老の言葉に、我は勿論のこと、皆も心を打たれている。

(我も負けてはおられぬ。シトレイユの姫として、いや次の国皇として)

 シトレイユと関係のない太老ですら、ここまで我が国のことを考えてくれておる。
 だというのに、シトレイユの皇族たる我が負けてはおられぬ。
 太老の言葉を確りと胸に刻みつける。

 ――これは、終わりではなく始まり

 太老の演説は、我だけでなく、ここにいる皆にとっても、新しい時代の息吹を期待させる心強いモノじゃった。
 大陸一豊かな国力を持ち、大国と畏怖されながらも、その実情は長い歴史の裏にある風習と伝統に縛られ、自国の膿すらも自分達で浄化できぬほどに腐りきった、情けないものじゃった。
 時代の先を見据え、女王の名の下に改革を成し遂げようとしているハヴォニワと比べると、我が国は過去ばかりに目を向け、貴族達は既得権益にしがみつき、伝統や格式を重んじる余り、未来に何一つ目を向けることが出来ていない。

 ――変革が訪れようとしている

 太老の活躍により、この国の、いやこの世界の歴史は大きく変わりつつあった。

 それはきっと、何百、何千年と続いてきた、この世界の常識を塗り替えてしまうほどの出来事となる。
 シトレイユも変わらねばならぬ。そうしなければ、この国は時代に取り残され、父皇や先代が築き上げてきた国も、我の時代で嘗ての権威も失われ、寂れてしまうことになるじゃろう。

『――ジーク・マサキ!』

 シトレイユ皇国の新たなる夜明けが始まろうとしていた。

【Side out】





【Side:太老】

 取り敢えず、何とか乗り切った。また、総帥のネタを拝借してしまったが……。
 実は総帥の演説は一字一句間違わずに言う事が出来る。
 テレビ版、コミックス、劇場版、ゲームと、俺の宴会芸もとい特技の一つだったりする。
 昔とった杵柄という奴だ。社会人になってから、初めて参加した忘年会でも、このネタをやって笑いと感動を誘ったものだ。

(そういや、マリア達はどうしたんだ?)

 一向に姿を見かけないマリアとユキネ。そう言えば、ラシャラの姿も見当たらない。
 ランは恐らくはマリアと一緒なのだろうが、本当にどこにいったのやら?

(何か出し物でもする気かな?)

 可能性としては高い。主催者側に回っているという話から、昨日の準備というのも出し物の準備だったのだろう、と俺は推測する。
 しかし、何をするつもりなのか? この間のようにフォークダンスでもする気なのだろうか?
 それにしては気になるのが、この無駄に広い特設ステージだ。

 広場でダンスをするだけなら、こんなものは必要ない。だとすれば、宴会芸でもするつもりなのかもしれないと俺は考えた。
 新年会然り、忘年会然り、末尾に『会』と名前のつく催し物といえば、出し物はやはり外せない。
 マリアの『当日を楽しみにしていてください』という言葉も気になっていた。
 あの自信から察するに、余程、趣向を凝らした見世物でも準備しているのだろう。

「では、皆様お待ちかねのようですし、早速始めたいと思います!」

 そう言って、マイクを片手にプログラム読み上げるマリエル。

「まずは、『正木卿メイド隊』と『シトレイユ支部侍従組』によるメイドステージですっ!」


   ◆


 自分が主催する側ならともかく、こんなイベントの観客に回るとは思いもしなかった。
 目の前で繰り広げられているのは、封建貴族達との一件で場を盛り上げる余興としてやったイベントの再現だ。
 侍従達のコンサートや、有志によるマジックショー、更にはコントまで――
 全員が思い思いの持ちネタを披露して、会場を賑わせていた。

(確かにこう言うノリは嫌いじゃないし、面白いんだが……)

 どうにも嫌な予感がする。まだ、マリア達の出し物は始まっていない。
 これが、あの時の再現だとすると、マリア達の出し物で考えられるのはアレ≠オかないのだ。

「盛り上がって参りましたが、次の出し物でいよいよ最後となります」

 マリエルの言葉で会場が静まり返る。いよいよ、最後の出し物。マリア達の出番と言う訳だ。

「これは、ここにおられる正木太老様が直々に考案され、ハヴォニワの国民に親しまれている踊り≠ナす。
 今ではハヴォニワにとって、欠かすことの出来ないモノの一つとなっています」

 それほど大層なモノではないと思うのだが、マリエルの説明に観客達は感心した様子で頷いていた。
 しかし、これで確証を得た。マリア達の出し物が何かに。

「では、登場して頂きましょう」

 マリエルの声が会場に響き渡る。

「マリア様とラシャラ様、以下シトレイユ支部有志によるバックダンサーズの皆様でお送りします――にゃんにゃんダンスです!」


   ◆


 想像していた通りのものだった。
 以前と少し違うのが、マリアの『黒ぬこ』以外に、ラシャラの『白ぬこ』が加わっていたことだ。
 あの衣装には見覚えがある。俺が以前に間違って、ラシャラにお土産として渡してしまった物だった。
 今の今まで忘れていたのだが、まさか、こんなところであの衣装に再会することになろうとは。
 世の中、何があるか分からないものだ。

『ワアアアアァァ!』

 会場の熱気が凄い。以前、ハヴォニワでやった時も凄い盛り上がり方だったが、こちらはそれ以上だった。
 やはり、ぬこが増えた分、相乗効果でも働いているのだろうか?
 これは、ラシャラの国内での人気の高さも影響しているのだろう、と俺は推測した。

 しかし、マリアの時もそうだったが、やはり、この世界の人達はノリがいい。ぬこが可愛いのは俺も認めるところだが。
 俺も、最初は驚きもしたが、この出し物には満足していた。
 愛らしい少女達が、可愛らしい色違いの『ぬこ衣装』に身を包んで、にゃんにゃんダンスを踊っているのだ。

 ――興奮しないはずがない!

 いや、だってそうだろ? 俺でなくても、この場にいれば、一緒になって踊り出すくらい興奮していると思うぞ?
 確かに、これは素晴らしい物を見せてもらった。
 俺は、満足気に何度も頷いた。

「それでは、残りの時間は皇宮付楽団による演奏をお楽しみください」

 ステージでの出し物はこれで閉幕となり、皇室御用達の楽団による演奏が始まった。
 広場となっている会場でダンスを踊る者や、用意された食事に手を付けながら話に花を咲かせる者、皆、思い思いに楽しんでいる様子だ。
 俺も、腹が空いたので食事でも取ろうか、と席を立つと、何やら先程から、頻りにこちらの様子を窺っていた会場の人達に取り囲まれてしまった。

「正木卿、初めまして。私はシトレイユで商会をやっています――」

 こんな感じで、握手を求めてやってくる商人や貴族達。
 最近、こんな事はなかったので忘れていたが、正木商会の代表としてここに来てるってことを、ようやく思い出した。
 自分では余り実感がないのだが、これでもハヴォニワを代表する大商会の代表だ。
 爵位だって、『辺境伯』の位を賜るくらいには、そこそこ高い。所謂、『大貴族』という奴だ。

「ははっ……こちらこそ、初めまして」

 何はともあれ、余り気乗りはしないが愛想笑いを浮かべ、次々に握手を求めてくる人々を何とかあしらう。
 嫌だからといって逃げ出すほど無責任でも、子供でもない。これも仕事の一つと思えば、我慢も出来る。
 こうして、送別会を催してくれた商会の皆のことを思えば、彼等に恥を掻かせるような子供染みた真似だけは出来る限りしたくはなかった。

「はいはい! 正木卿との握手を希望の人は、こっちに順番に並んでください!
 一人五秒だからね! あっ、そこ! 二列にならないでちゃんと一列に並んでくれなきゃ!」

 唖然とした。次々に俺に握手を求めてくる人達を並ばせ、列の整理をやっているのはランだった。
 ようやく顔を出したかと思えば、これだ。しかも、列の長さは凄いことになっていた。

「――なっ!」

 ざっと見た感じでも千人以上は並んでいるかも知れない。
 一人五秒だとしても、これを全部捌くとなると二時間は少なくとも掛かる。
 幾ら、仕事だからとは言っても、物には限度というものがある。どこの売れっ子アイドルの握手会だ? これは?

「ああ、お帰りの人は正木卿ブロマイドに、商売繁盛、開運グッズもあるよ!
 黒ぬこ、白ぬこグッズもどうだい? にゃんにゃんダンスの曲が入った亜法再生機もあるよ!」
「…………」

 いつの間に、そんな物を……もう、言葉も出ない。
 ハヴォニワに戻ったら、ランには今まで以上に厳しい教育が必要だ、と俺は心に固く誓っていた。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.