【Side:太老】

「ううむ……」

 俺が唸っている理由はこれ≠セ。
 軍から寄せられた報告書。それは、以前に依頼したままになっていた山賊討伐に関する報告書だった。
 しかし、そこに書かれていた内容は、俺の予想の斜め上を行く展開だった。

 ――検挙された山賊の数は約三千六百名
 ――制圧された拠点の数は二百以上

 これは、以前に山賊達を取り調べて出て来た、調査報告書に記されていた数字よりも遙かに大きな数字だ。
 山賊討伐の最中、彼等から押収した証拠物品や証言の中から、芋蔓式でこれらの追加情報が出て来て、それを基に検挙を行った結果、この数字まで膨れ上がった、とのことだった。

 これだけの数の盗賊が国内に巣くっていた、ということには驚きだったが、その成果の方が驚きが大きかった。
 国の膿を出すという意味では、これ以上ないくらいの大成果だと言える。
 何れにせよ、ここまで大規模な検挙が行われれば、難を逃れた山賊達も以前のように目立った行動は取れなくなるはずだ。

「しかし、山賊ギルドか。あっちにも大小様々なギルドがあったけど、やっぱりこっちにもあるんだな」

 検挙された中に、山賊ギルドの幹部も何人か交ざっていた。
 かなり大きな組織のようで色々な国に根を張っているらしく、裏取引のある商会への仲介みたいなこともやっていたらしい。
 普段協調性のない山賊達の横の繋がりを維持する上で、重要な役割を担っている組織、と考えて間違いないだろう。

 悪党にも秩序は必要だ。いや、悪党だからこそ、それを統率する組織が必要だとも言える。
 あちらの世界で言えば、バルタ王国の直轄組織、バルタギルドがその役割を担っていたようにだ。
 現在のバルタ領、旧ダル・マー海賊の勢力圏だった場所は、今ではバルタギルドの勢力圏になり、事実上、バルタ王国の後ろ盾となっている樹雷の統率下に置かれている。そうなるように仕向けたのは、あの鬼姫だ。

 ――毒を食らわば皿まで

 実に鬼姫らしいやり方だ、と俺は思う。

「お兄様、それでどうなされるおつもりなのですか?」
「どうするって? 山賊達のこと?」
「はい、ハヴォニワ中の山賊が捕らえられたことは好ましいと思うのですが、軍の方も彼等の処遇についてお兄様に相談してきているのでしょう? それに山賊ギルドのことも」
「……それなんだよね」

 依頼主である俺に気を利かせたのか、彼等の処分を見送り、軍の上層部は『意見を聞きたい』と俺に尋ねてきていた。
 この詳細な報告書を送ってきた理由も、大方そこにあるのだろう。

「山賊ギルドに関しては、これ以上追い詰める必要はないよ。
 山賊が無秩序になるのは困りものだし、余りやり過ぎるのは良くない」

 必要悪という奴だ。何事も程々が大切、根こそぎ悪党を検挙しようとしても、それは不可能というもの。
 逆に締め付けを厳しくすることで、抑えの利かなくなった連中が暴走するかもしれないし、その方が返って危険だ。
 そう言う意味では鬼姫の考え同様、山賊ギルドにも役割があるのだ、と俺は考えていた。

【Side out】





異世界の伝道師 第103話『山賊ギルド』
作者 193






「や、やはり……間違いない……」

 この頭を抱えて唸っている人物。実は、太老や水穂と同じ異世界人。
 それも、地球ではなく宇宙海賊の出身という変わった経歴を持つ人物だった。
 まるでダルマのように丸っこい体、そしてハゲ頭に丸眼鏡、濃い眉毛と髭が特徴的な老人。
 名を、ダ・ルマー。嘗て、ダ・ルマー海賊という海賊ギルドを率いていた総帥だった男だ。

「正木という名前を聞いて、もしやもしやとは思っていたが……この徹底したやり口、間違いない」

 実は彼、樹雷の皇族とは切っても切り離せない因縁があった。
 彼の率いていた海賊ギルドを一夜にして壊滅させた人物、それこそがギャラクシーポリスの英雄と名高いローレライこと山田西南であり、その時、船の指揮をしていたのが神木瀬戸樹雷――鬼姫だった。
 その鬼姫の庇護を受け、『鬼の寵児』と呼ばれている正木太老と、こんな異世界で出会うことになるとは、運命とは何と皮肉なものか。

「総帥! このまま黙ってることはないですぜ! 捕まった幹部達の件もあります。
 ハヴォニワと、あの正木太老とかいう生意気なガキに報復を!」
「ま、待て! 早まった……いや、まだ時期が早い。軽率な行動は慎めっ!」

 ダ・ルマーは焦っていた。樹雷の皇族に関わること、その恐ろしさを誰よりも彼はよく理解していたからだ。
 実のところ、こうして異世界に流れ着いたこともたまたまの偶然で、本来は海賊ギルドの総帥という役割から解放され、どこか静かな惑星で余生を送るつもりでいた。
 だが、そんな彼の願いとは裏腹に、運命の女神は皮肉な悪戯をする。

 今から約十五年前――樹雷の庇護下より独立を果たしたバルタ王国。
 そして、鬼姫の計略により、バルタ王国に統合された海賊ギルド『ダ・ルマー』。
 ギャラクシーポリスに捕らえられたダ・ルマーは司法の手に掛けられたが、本人が既に改心していること、そしてバルタ王国が独立を果たし、組織その物がバルタ王国に統合されてしまったことを理由に極刑を免れ、百年の執行猶予処分と禁錮三十年が命じられることで決着がついた。
 その結果、三年にも渡る長い審議の末、ようやく収容施設から解放されたダ・ルマーは、辺境の未開拓惑星へ入植することを決め、ギャラクシーポリスの警護艦の案内で惑星に向かったのだが――

『前方に強大な重力反応を感知! 艦が引き寄せられています!』
『な、何なのだ!? アレは!』
『うああぁぁ――』

 ギャラクシーポリスの警護艦共々、ダ・ルマーは亜空間に飲み込まれ消息不明に。
 どういう訳か、この事故には箝口令が布かれ、事故の詳細は樹雷でもトップシークレットとして隠匿されていた。
 その話に関しては、この場では割愛するとして、問題はその後のダ・ルマーの消息についてだ。

 目を覚ましたダ・ルマーは、この異世界『ジェミナー』にいた。
 一緒だったはずの警護艦や乗組員の姿はなく、異世界で一人孤立してしまったダ・ルマー。
 その後の彼の生活は、望んでいた物とは全く違い、ある意味で散々な物だった。

『総帥と呼ばせてくだせぇ!』

 それは才能か? これまで培ってきた経験の賜か?
 本人が望む、望まないに拘わらず、気付けば再び『山賊ギルド』なるものを興し、その総帥の座に納まっていた。
 本当であれば、二度と拘わるつもりなどなかった。静かに隠匿生活を送れれば十分だったにも拘わらず、何の悪戯か?
 僅か十年ほどで、大陸中の山賊達を束ねる山賊ギルドの総帥に納まり、元来、人情に厚く、責任感の強い男であるダ・ルマーは成り行きで組織の長に納まったとは言え、無責任に途中で投げ出せるような男ではなかった。

 そして、その結果が今に至るという訳だ。

 元々、あれだけの海賊ギルドを一代で作り上げた男だ。その能力と才覚は生半可なものではない。
 海賊ギルドを潰されたのも、アレは偶々相手が悪かっただけの話で、本人は実に有能な人物だった。
 結果、山賊ギルドの勢力は拡大し、犯罪者達からは、山賊、商人、貴族を問わず、神格化されるほどに凄い人物に祭り上げられていた。
 この世界における、裏社会の首領といっても過言ではないほどに。

(ど、どうする? 樹雷の皇族に喧嘩を売って、勝てるはずがない。
 ここまで積み重ねてきた全てを、また失うことになるのは明白だ)

 全てを一夜で失うことになった過去の一件は、彼の心に大きなトラウマを残していた。
 その原因は他でもない。瀬戸のZZZ(トリプルゼット)、ジェノサイドダンスが原因だ。

 ――樹雷が誇る皇家の船、その中でも一際大きな力を持つ第二世代艦
 ――そして、白眉鷲羽の作った魎皇鬼の同型系列艦

 その二艦を相手に戦ったのだ。勝ち目などあるはずもない。
 しかも、その戦闘の指揮をしていたのが瀬戸だった、というのもダ・ルマーにとっては不運だった。
 今の状況は、あの時と非常によく似ていた。まさに過去の再現と言ってもいい。

 ダ・ルマーとしては、今更、樹雷の関係者を敵に回したいとは思わなかった。
 しかし、組織のトップと言う立場もある。
 ここで弱腰な態度を見せれば、これまで培ってきた威厳も、そして山賊ギルドの権威も地に落ちてしまう。

 ――総帥としての威厳と権威
 ――ダ・ルマー個人の感情と理性

 その狭間にダ・ルマーは身を置かれ、激しく揺れ動いていた。





【Side:太老】

 マリアと話し合った内容を意見書に纏め、軍に返答しておいた。
 既に山賊の間引き作戦には成功しているので、これ以上執拗に彼等を刺激することはない。
 山賊ギルドの方だけは一応の調査を続けてもらうことにして、後は彼等の動向に注意しつつ、通常の警戒態勢に切り替えて問題ない、という結論に達した。
 向こうの事後処理が済んだら、また連絡をくれることになっているので、その後、例の軍事訓練の約束を果たさないといけないだろう。
 領地の農地開拓の方も、既に八割以上が終了しているという報告を受けている。
 随分と頑張ってくれたようなので、俺としても責任を果たさなくては義理が立たない。

「うおっ! もう、ここまで組み上がったのか!?」
「あ、太老様! どうです? なかなかのもんでしょう」

 自信ありげに胸を張るワウ。そう言う彼女の後ろには、例の機工人の姿があった。
 あれから一週間、ワウがずっと工房に引き籠もっているという話を聞いて、気になってきてみれば、以前は塗装もされず関節部分も剥き出しになっていた機工人が、今は仮とは言え色がつき、どうにか乗り物としての体裁を保つまで完成していた。
 ワウが目の下に大きな隈を作っている様子からも、ここ一週間、まともに眠っていないことは疑いようがない。
 マリエルが心配していた理由にも、頷けるというものだった。

「でも、想像以上の出来だな。これ、もう動くの?」
「えへへ、頑張りましたからね。動くには動くんですけど、まだ出力の方が今一つ上がらなくって。
 作業用としては、そこそこ使えるんですけどね。戦闘用には使用に耐えられないっていうか」

 残念そうに肩を落とし、そう呟くワウ。
 しかし、作業用に使えるレベルなら、労働用機械としては十分に使えそうだった。
 蒸気動力炉を搭載しているのなら、亜法結界炉を使った物と違い、誰でも使用できるだろうし、高地でなくても使い道はあるだろう。

「まてよ? ワウ、これって開拓地に使う農作用工作機に代用できないかな?」
「まあ、そのくらいなら十分に出力を確保できますし、使えると思いますけど……」
「なら、軍の工房に必要な仕様書を渡してあるから、協力して十台ほど用意してもらえないか?
 今、領地で行っている農地開拓に、こいつを使いたいんだ」

 以前に軍の工房に依頼した話では、開発だけでも三ヶ月は掛かるという話だったが、この機工人を使えば一気にその問題も解決することが出来そうだ。
 しかし、開発中の物とあって、腕を組んで考え込むワウ。
 簡単に返答がもらえるとは思っていなかったが、俺も領地のために諦める訳にはいかない。

「報酬は出す。研究開発費が必要なんだろ? 必要なら機工人の開発に協力してもいい」
「む……」

 本当は、ワウからその話があれば、無条件でスポンサーを引き受けるつもりではいた。
 だが、ただ無償で援助を申し出られるよりは、こうして条件を付けられた方が、彼女も気が楽だろう。
 ただより高い物はない。その心情は、俺も理解できる。
 俺も助かって、ワウも研究開発に必要な資金を得られる。双方に十分メリットのある話だ。

「……分かりました。その代わりと言っちゃあなんですけど、一つだけお願いが」
「お願い?」

 自分から条件を言い出しておいて、どうにも遠慮がちなワウの姿勢に、俺は訝しい表情を向ける。
 しかし、最初に『機工人の開発に協力してもいい』と言ったのは俺だ。
 俺としても早くこのロボットの完成したところを見てみたいし、可能な範囲であれば協力をしても構わない、と考えていた。

「俺に出来ることなら協力してもいいけど……」
「大丈夫です! というか、太老様にしか出来ないことですからっ!」
「……俺にしか出来ないこと?」

 ワウの期待に満ちた眼に一抹の不安を覚えつつも、俺にしか出来ないこと、という方が気になって仕方なかった。
 しかし、『協力する』と言った以上、『今更無かったことにしてくれ』とは言えない。
 領地のために、ロボット完成のためにも、今はワウを信じて協力するしかなかった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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