【Side:太老】

「圧縮弾?」

 ワウに頼まれたのは、彼女の聖機人に乗って『圧縮弾』を作ってくれないか? と言う事だった。
 名前から察するに弾丸か何かのようだが、俺は生憎と聖機人に乗って飛び道具など使ったことがない。
 そもそも、そんな必要性も感じなかったからだ。

(待てよ? もしかして、飛び道具なら尻尾の危険性に怯えなくて済む?)

 我ながら、素晴らしい事実に気付いてしまった。
 飛び道具で距離を取って戦えば危険な目に遭うことも少ないし、うっかり尻尾を使ってやり過ぎてしまう危険性もない。
 何故、今までそのことに気付かなかったのだろう?

「それって、飛び道具の弾か何かだよね?」
「ええ、まあ……亜法でエナを物体に閉じ込め、それをエネルギー源にライフルから弾丸を打ち出したり出来るんです」

 ワウの話を要約すると、亜法結界炉のやっているエナのエネルギー変換作業を聖機人に代用させ、それを物体に閉じ込めることで予備の燃料タンクとして使用できる、といったことだろう。
 その圧縮弾を利用して、ライフルにエネルギーを充填、それを弾丸として打ち出すことが出来るということだ。

「うん? それなら、俺じゃなくてもワウが自分でやればいいんじゃ」

 ふと、そんな疑問が湧いた。
 ワウも機械を扱う聖機工といえど、専用の聖機人を与えられているほどの立派な聖機師だ。
 俺に圧縮弾の話をしたところから察するに、彼女も圧縮弾を作れるのだろう。
 自分で出来るのであれば、態々、俺に頼む必要はない。

「いえ、私が欲しいのは高性能な圧縮弾なんで、それも飛び切りの」
「圧縮弾を作るのに個人差なんてあるのか?」
「そりゃ勿論! 圧縮弾の質や性能で、聖機師の資質を量れるくらいですから」

 それは何気に聖機師としての実力を認めてくれている、と言う事だろうか?
 ここは喜ぶべきところなのだろうが、どうにも腑に落ちなかった。
 まあ、ワウが『必要だ』というのなら、その程度のことであれば協力をしないでもない。
 それに、俺も今後のために、圧縮弾については試しておきたかった。

「じゃあ、取り敢えずやってみるよ」
「よろしくお願いしますっ!」

【Side out】





異世界の伝道師 第104話『金のタマ』
作者 193






【Side:ワウ】

 太老様の設計のお陰で、かなり稼働効率を上げることが出来たが、それでも戦闘用となると稼働時間や出力などの面で頼りない部分があることは否めなかった。
 労働用として見た場合、今の機工人は殆ど完成形に近い。しかし、私が目指している機工人の限界はそんなものではない。
 聖機人の代用――とまでは言わないまでも、より近い性能を発揮できるはずだ。

 どうしても亜法結界炉を使用した場合、耐久持続値の問題も生じてくる。
 亜法結界炉を動力に用いれば、出力の面はどうにかなるにしても、それでは現行の聖機人と大差はない。
 機工人のメリットは、エナに頼らない蒸気動力炉を利用することで、喫水外での活動を可能とし、誰にでも扱えるところにある。
 その特徴を潰してまで、亜法結界炉を用いるメリットはなかった。

 しかし、高出力の蒸気動力炉の開発は今も進めているとはいっても、亜法結界炉に比べれば遙かにその性能は落ちてしまう。
 そうなってくると、別の部分で出力不足を補うエネルギー源が必要となってくるのだが……そこで私が目を付けたのは、聖機人が作り出すことが出来る『圧縮弾』の存在だった。
 あれには大量のエナが籠められており、通常はライフルの弾丸などに用いて使うことが多い。
 そのエネルギー自体を、機工人の補助動力として使用できないか、と考えたのだ。

 だが、これには一つだけ問題があった。
 並の聖機師が作り出すことが出来る程度の圧縮弾の質では、とてもではないが亜法結界炉の出力は疎か、蒸気動力炉の出力にも遠く及ばない。
 それでは活動時間が僅かに延びる程度のことで、結局のところ大きな出力アップは見込めない。
 最低でも『尻尾付き』の聖機人を乗りこなすほどの聖機師の協力が必要だった。

「これが……太老様の聖機人」

 話には聞いていたが、黄金の聖機人の姿はまさに圧巻だった。
 神々しく煌びやかに輝くその機体、自らの存在を自己主張するかのように存在感を示す、荒々しい巨大な尻尾。
 一目見ただけで分かるほどだ。その他の聖機人と、この聖機人の圧倒的な差が――

「それで、どうすればいいんだ?」
「あっ、何でもいいから、そこら辺の岩でも掴んでください」

 私は、聖機人に乗った太老様に指示をだす。
 確かに、この聖機人なら圧縮弾など必要はなかったのかもしれない、と私は思った。
 フローラ様やユキネ様を圧倒したという武術の腕、そしてこの聖機人があれば、並大抵の相手では勝負にもならないだろう。

「それに亜法でエナを閉じ込めるんです」
「……亜法で? 集中して念じればいいのかな?」

 そう言って、手のひらに載せた大岩に精神を集中する太老様。
 次の瞬間、私は自分の目を疑うような光景を目の当たりにした。

「一瞬で!?」

 通常であれば、徐々に小さく収縮していくはずの大岩が、一瞬で小さな金色の玉へと姿を変えた。
 想像以上だ。太老様なら、強力な圧縮弾を作ることが出来るとは思っていたが、まさかこれほどとは思いもしなかった。
 他の聖機人と比べること自体が間違っている、ということがこれでよく分かる。

(ここまで桁外れだったなんて……でも、これなら)

 太老様の圧縮弾を使えば、確実に機工人の出力アップを見込めるはずだ。
 あの金色の玉が、私には大きな『希望』に見えていた。

【Side out】





【Side:太老】

 圧縮弾に期待した俺がバカだった。

(何で、金玉なんだよ!?)

 金色の玉なんて恥ずかしい物を、まさかワウの前で晒すことになるとは思いもしなかった。
 黄金の聖機人の姿を晒すだけでも、正直余りいい気分はしないというのに、そこに加えてこの金玉≠セ。
 もう、悪い冗談としか思えない。運命の女神という物が本当にいるのだとしたら、そいつはなんとシモネタの好きな奴なのだろう。
 黄金の聖機人以上に、誰にも知られたくない最低のネタだった。

「太老様! それを可能な限り沢山お願いします!」
「はい!?」

 直ぐにでも止めたいというのに、更に圧縮弾を作れというワウ。
 これは何か? 俺に対する当てつけ、羞恥プレイか何かなのだろうか?
 しかし、ワウは期待に満ちた眼で、こちらのことを見ていた。
 悪気があるのか無いのか判断が付かないだけに、俺も対応に困ってしまう。

(約束は約束だもんな……)

 今更ながらにそんな約束をしたことを後悔していたが、既に終わってしまったことをとやかく言っても始らない。
 この羞恥プレイから早く解放してもらうためにも、ワウの頼みを素直に聞いて圧縮弾を作った方が、ウダウダと悩んでいるよりも建設的だと判断した。
 ワウに見られてしまったのはこの際仕方ないが、被害は最小限に食い止めたい。
 特に、マリアに知られるのだけは勘弁して欲しかった。
 また、どんな妄想を膨らませて、周囲に吹聴してくれるか分かったものじゃない。

「あーっ! 作ればいいんだろ! 作ればっ!」

 もう、ヤケクソだった。


   ◆


「太老、どうしたんだい?」
「触れないでくれ……忘れたい過去ってのは誰にでもあるもんなんだ」
「……はい?」

 ランに慰められるとは思っていなかった。それだけ、今の俺の顔色は酷いのだろう。
 合計百くらいは作ったか? 裏庭にある岩という岩を根こそぎ圧縮弾へと変えた。
 さすがに頼んだワウも驚いていたが、早く終わらせたかった、というのと半分ヤケになっていた、と言うのもある。
 あれだけあれば、開発には十分な数だろう。少なくとも、これで義務は果たしたはずだ。

「太老くん、ちょっといいかしら?」
「……水穂さん?」

 屋敷の談話室で落ち込んでいると、水穂に声を掛けられた。
 様子から察するに、俺の姿を捜していたようだ。

「情報部の件で話があるのだけど」
「情報部の件? 何か問題がありました?」
「正確には屋敷の件とも重なってるんだけど、以前にバイオボーグを屋敷においてきたこと、話したわよね?」

 それを聞いた時には、『何やってんだ? この人』と水穂の行動を訝しみもしたものだが、確かに侍従や使用人達だけでは屋敷の警備が心許ないと言うのも分かる。
 バイオボーグは流石にやりすぎな気もしなくはないが、聖機人でも持ってこない限り、二体も居れば敵う奴などいないだろう。
 それでなくても水穂曰く、『俺には敵が多い』ということらしい。
 そんなつもりはないのだが、確かにシトレイユ皇国での件も然り、俺に敵愾心を抱いている相手は少なくはないようだ。
 殆ど、妬みや逆恨みだと思うのだが、本当に迷惑な話だ。

「まさか、こっちの屋敷にもバイオボーグを配備したい、とかいうんじゃ……」

 あれは見た目からして、完全なオーバーテクノロジーの塊だ。
 いや、こっちの世界の住人から見たら、怪物や化け物と言ったところか?
 どちらにせよ、目立つ存在であることに変わりはない。
 俺達が異世界人だと隠していることを、この人は本当に分かっているのだろうか?

「そうしたいのだけど、生憎と持ってきてたのはあの二体だけでね」
「持ってたら、やるつもりだったんですか……」
「私達の正体がバレないか気にしてるのなら、心配しなくても気をつけてるわよ?
 捕まえた侵入者の記憶は操作してるし、屋敷内で見た物の殆どは大した違和感を抱かないように意識誘導もしてある」
「それって、違法行為じゃ……」
「初期文明の惑星に潜伏する場合、よくやっていることよ。
 犯罪に使っている訳じゃないし、それに私達と関係の深い近しい人物には、この手の意識誘導は効果がないから」

 地球で生活をしている柾木家、特に天地の一家はいつバレてもおかしくない状況だったが、上手く難を逃れ地球に溶け込んでいた。
 あれも無意識下での認識阻害や意識誘導が行われていたことは分かっている。
 身内にも暗示などを施して、適齢期が来るまで宇宙のことをひた隠しにしているくらいだ、その徹底振りは凄い。
 俺のように、最初から真実を知っていることが、本当にいい事かどうかは分からないのだが……。

 しかし、こうした行為は、実のところ銀河法でも判断の難しいところで、基本的に意識誘導などの行為は違法行為として禁止されている。
 少し力のある者、関係者には効果がない程度の弱い物だが、限りなくグレーゾーンに近い。
 悪用している訳ではないし、無用な混乱を避けるため、と言う理由もあるので、暗黙の了解があるだけの話だ。
 今回のケースも、似たようなモノと言えば、それまでの話ではあるが。

「今更、綺麗事を言うつもりはないですけど程々にお願いしますよ。それで、俺に用って?」
「屋敷の警備を強化したいと考えてるのだけど、余り人を増やすのも私達の事情から良くないでしょう?
 だから、バイオボーグに代わる警備ロボットとかを配置したいのだけど」
「確かに……衛兵で防備を固める訳にもいきませんしね」

 簡単な認識阻害や意識誘導を行っているとは言っても、一緒に暮らしていれば正体がバレる可能性は高くなる。
 使用人の数もメイド隊の侍従達を含め、最低限にしてあるのも実はそのためだ。
 侵入者用の探知センサーなど、使われてるシステムだけでも、この世界にはないオーバーテクノロジーばかり。
 領地の屋敷に置いてあるバイオボーグなど、その最たる物だ。

「警備ロボット……演算装置やソフトウェアの目処は?」
「それは、シンシアに依頼してある演算器の件もあるし、向こうから持ってきた物もあるから何とかなりそうよ。問題はハードの方ね」
「それなら一つだけ心当たりがありますね。ワウに相談してみないと何とも言えないですけど、機工人を利用させてもらえれば」
「ワウ? 機工人?」

 そう言えば水穂には、まだワウのことを紹介していなかったことを思い出す。
 そして、まさかこの安易な発言が、あんな物を作り出す切っ掛けになろうとは、この時は考えもしていなかった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.