【Side:フローラ】

「情報源は剣先生ね……分かってると思うけど、一応、あそこは国家機密なのだけど?」
「分かってます。それを承知でお願いしているんです」

 水穂に、『地下都市への通行許可が欲しい』と言われた時には驚いたが、直ぐに誰が原因かは分かった。
 あそこは、剣先生が召喚された遺跡にもなっている。恐らくは、剣先生が彼女に地下都市のことを教えたのだろう。
 公式にはハヴォニワ首都の教会で剣先生は召喚された、ということになっているが実際には違う。
 先々代のハヴォニワ王が、未だ、どの国にも発見されていなかった遺跡の存在を隠すために、公式文書に嘘の記述をし秘匿したからだ。
 それ以来、半世紀に渡り、あの地下都市の存在は秘匿され続け、極一部の者以外はその存在を知る者はいなかった。

 この世界は争いが絶えない。
 一見平和そうに見える裏では、欲にまみれた者達が、その手に大陸の覇権を手にしようと画策を企てている。
 聖機人などという強力な機動兵器が必要なのも、自国を守るためには他国への牽制と抑止力が必要となるからだ。

 ――そのための聖機人、メテオフォール

 そして、あの遺跡は三国の中で最も国力が低いハヴォニワにとって、一種の保険だった。
 戦時下に置いて、首都機能が使い物にならなくなった時、その避難所兼、拠点とするために――
 あそこは、ここハヴォニワに置いて、固い岩壁に覆われ、最も堅牢な造りをした最後の砦の役目を担っていた。

「勿論、タダで、とは言いません」

 水穂の提案に私は息を呑む。
 交渉の場に置いて、一見こちらが有利に見える場でも、油断をすれば一気に向こうのペースに引き込まれてしまう。
 太老の片腕でもある彼女は、ハヴォニワにとって頼もしい存在であると同時に、私にとって最も相手にしたくない難敵だった。

「これを――」
「――!?

 私は水穂から差し出された一枚のファイルを手に取り、その内容に驚愕する。

「各国に供給する聖機人の数は、教会が制限していると聞き及んでいます。
 だからこそ、フローラ様はワウアンリーの機工人≠ノ目を付けたのではないですか?」
「……そう、どこまでもお見通しと言う訳ね」

 手渡されたファイルの中身は、これが実現すればハヴォニワの軍事力を大きく増強出来る、決め手になるような内容だった。
 いや、歴代の異世界人の中でも飛び抜けた力と知識、優れた技術力を持つ彼等ならば、夢物語ではなく必ず実現してしまうだろう。

「一つだけ聞いても良いかしら? 何故、今になって協力してくれる気になったのかしら?」

 しかし、一つだけ腑に落ちないのは、何故、今になってこんな提案をしてきたのか、と言う事だ。
 私の見立てでは、彼女は必要以上にこちらの世界への干渉を嫌っていた節がある。
 知識や技術の提供も、こちらの世界の基準にあった最低限の物に留めていた。
 あの遺跡の眠る地下都市に、それほどに彼女が求める何かがあるのか、と私は訝しむが、彼女から返ってきた答えは、

「全ては太老くんのため――そして私がそうしたいから。それ以外に、理由なんてありませんよ」

 太老と水穂。この二人の間に、何があるのかは分からない。
 しかし、二人は――恋人、いや家族と言っても差し支えのない、強い絆で結ばれていた。

【Side out】





異世界の伝道師 第118話『地下都市』
作者 193






【Side:マリア】

 シトレイユ行きのことで、もう一度きちんと話をお聞きしようと屋敷に足を運んでみれば、お兄様の姿は見えず、ランが一人で黙々と仕事をこなしていた。
 お姉様に言い付けられたらしく、お兄様の代わりに書類整理をしているようだ。

「お兄様とお姉様が二人きりで出掛けられた!?」
「……う、うん」

 しかし、私を一番驚かせたのはそのことではない。お兄様とお姉様が二人きりで、出掛けられた、というランの一言だった。
 別に、お兄様とお姉様が二人一緒に出掛けられることは珍しいことではない。
 彼女同様、お姉様はお兄様の従者。そして、公私共にお兄様がお姉様のことを頼りにしていることは知っている。
 しかし、二人きりで出掛けられる仕事がある、という話をお聞きしていなかった。
 急な仕事が入った、と言う可能性もあるが、そう言う時は必ず、マリエルや商会から私に一言あるはずだった。
 ましてや、お姉様が仕事のことで、連絡を怠るとは思えない。

「他に、何か言ってませんでしたか?」
「そう言えば、何だか様子がおかしかったような……二人きりになりたい、とか、秘密の場所がどうだ、とか」
「二人きり……秘密の場所……」

 私は目眩を覚えて近くの机に手をつく。
 年頃の男女が二人きり、秘密の場所、その指し示すところは一つしかない。

 ――密会

 人目を忍んで、お二人は密かに逢瀬を楽しんでおられる、ということだ。
 確かに、あの二人は以前からの付き合いだと聞いている。
 他の方々とは違う、親密な空気が二人の間に漂っていることは確かだ。
 しかし、まさか逢い引き≠ニは……。

「お兄様、それにお姉様の幸せを願うなら、黙って応援して差し上げるところなのでしょうけど……ああっ、私はどうしたら!」
「あの……マリア様?」

 お兄様も、そして遂先日、『お姉様』とお呼びするようになった水穂さんのことも、私はどちらも家族同然に愛している。
 ここは喜ぶところなのだろうが、理性では分かっていても本能は別問題。
 お兄様のことが好きなのは、私も同じだった。
 やはり、好きな男性が別の女性と密会をしていると思うと、良い気はしない。

「どこに行かれたか、知りませんの!?」
「えっと……さすがにそこまでは……あっ、でもフローラ様なら」
「お母様!? 何故、お母様がお二人の行き先を知っているのです!?」
「首……首が絞ま……最初に、水穂さんが『フローラ様から許可をもらった』とか、何とか言って太老様を誘いにきたんだよ!  お願いだから、手を離して……ガクッ」
「お姉様がお兄様を誘いに……それをお母様が許可……」

 落ち着いて状況を確認してみるが、今回の企ての裏にお母様がいることは間違いなさそうだ。
 そして、お兄様を誘いに来たのがお姉様。
 と言う事は、お母様がお姉様をそそのかした可能性は十分に考えられる。

「お兄様(の貞操)が危ない!」

 ただのデートであればいい。
 しかし、お母様の計略であれば、勢い余った二人が行き着くところまで行き着いてしまっても、何ら不思議ではない。
 フローラ・ナナダン――『ハヴォニワの色物女王』という呼び名は伊達ではない。
 本気でお母様が何かを企んでいるのであれば、そのくらいの危険は十分に考えられた。



『あら、マリアちゃん。どうしたの、急に通信なん――』
「お母様、正直に白状なさって下さい!」
『は、はい?』

 事は、一刻を争う事態だった。

【Side out】





【Side:太老】

「水穂さん、どこに連れて行く気なんです? いい加減、教えてくれても」

 突然、書斎まで押し掛けてきた、かと思えば、『行きたい場所がある』と行って俺を強引に連れ出した水穂。
 いつもの黄金の船ではなく、商会所有の小型艇に乗り込んだ俺達は、首都の南西、狭い道が入り組んだ渓谷にきていた。

「もう直ぐよ。確か、聞いていた話じゃ、この辺りだったはずなのだけど……」

 慣れた様子で地図を見ながら、船の操縦をする水穂。
 そう言えば、こうやって水穂と二人きりで出掛けるのは、随分と久し振りのことだった。
 樹雷に居た頃は、二人で出掛けることもそれほど珍しいことではなかったが、こちらの世界にきてからは以前に増して賑やかな所為か、余り二人きりになれるような機会はなかった。

「そう言えば、二人でこうして出掛けるのって久し振りですね」
「――っ!?」

 ガタン、と船が左右に激しく揺れる。水穂が操船ミスをするなんて珍しい。
 単に二人で居ることが懐かしくて、当時のことを思い出してそんな事を言ったのだが、やはり運転中は話し掛けない方が良さそうだ。

「全く、太老くんは……これで自覚がない、というのが罪作りよね」
「……へ?」
「ほら、もう着いたわよ」

 水穂が何かを言っていたようだが、俺の興味は一気に別の方に向いた。
 船が高度を下げたかと思うと、森の中に隠された巨大な洞窟の中に入っていく。
 スワンのような大型の船でも余裕で通れるような、とても大きな洞窟だ。
 洞窟の奥、少し行ったところに鋼鉄製の、これまた巨大な扉が立ち塞がった。

「柾木水穂と正木太老です。開門をお願いします」
『はい、確かに。フローラ様から連絡を受けています。門を開きますので、船を三番港の方へ』

 そう言って通信を終えると、ゴゴッと低い音を立てて扉が左右に開き始めた。
 こんな洞窟の中に隠されていることといい、この巨大な扉といい、随分と厳重に隠されているようだ。
 メテオフォールの事といい、まだまだハヴォニワには俺の知らない物が沢山あるのだと、思い知らされた。

「ハヴォニワ地下都市へようこそ」

 出迎えてくれた案内人の案内で、俺達は遺跡の入り口へと通される。
 そこは洞窟の中に作られた、巨大な地下都市だった。

「あの『天の御遣い』様のご案内が出来るとは光栄です」
「は、はあ……それにしても、ここって地下とは思えませんよね。随分と明るいし」

 見上げんばかりの、とても高い天井。
 その壁や天井には、外の光を取り込むためのステンドガラスが一面に施されており、地下だというのに暖かな日の光が差し込んでいる。
 色取り取りのガラスに反射し、キラキラと眩く輝くその光は、どこか幻想的な雰囲気すら醸し出していた。

「外の光を出来るだけ中に取り込めるよう、設計されていますから。あのステンドガラスもそうです。
 ここは先史文明の遺跡を改装して作られた地下都市ですからね。今となっては再現の難しい技術も多く使われていますし」

 遺跡ぽいと思っていたのだが、思った通り遺跡を改装して作られた地下都市だったようだ。
 確かに、調度品や設備は新しい物が多いようだが、長い歴史を感じさせる建造物の名残がそこには残されている。
 これだけの物、一から造るとなれば何十年、いや何百年掛かるか分かった物じゃない。
 恐らく、今のハヴォニワの技術では、案内人の言うとおり、これだけ広大な地下都市を建造することは不可能だろう。

「それでは、どこから案内しましょうか? やはり、地下都市の目玉と言えば議事堂や――」
「それよりも、先に案内して頂きたいところがあるのですが?」
「はい?」

 気合いの入った様子の案内人の話を遮り、別に案内して欲しい場所がある、と指定する水穂。
 目的はこの地下都市だったようだが、目的の場所は別にあるらしい。

「『光の庭』――と呼ばれる場所へ案内をお願い出来ますか?」
「ああ、あの中庭ですか」
「光の庭? 水穂さんが行きたい、って言うのはそこ?」
「行政区の入り口にある中庭のことですよ。この地下都市で、最も外の光が多く差し込む場所で、そう呼ばれているんです」

 案内人の話で納得が行く。
 水穂が何故、そんな場所に用があるのかは分からないが、行ってみればはっきりとすることだろう。
 水穂の要望通り、案内人の案内で、俺達は『光の庭』へと向かう。
 この時の俺は、まさかそこにあんな物があるなんて、想像もしていなかった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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