【Side:太老】

 翌日、直ぐに俺とラシャラの婚約の噂が、シトレイユ国内を駆け巡った。
 この辺りの手際の良さも、さすがは水穂と言ったところだ。

「太老、その何じゃ……すまぬの、こんな事になって」
「甘えろ、って言ったのは俺だしね。気にすることはないよ。それよりも――」

 カチャカチャと静かな食堂に食器のこすれる音が響く。広い食堂で、俺とラシャラは二人きりで食事を取っていた。
 何故、こんなお見合いの席のようなことになっているかと言うと、まずこの話を聞きつけた『皇族派』と言われるラシャラを支持する貴族達が、その事実確認も二の次に、何としてでも俺とラシャラをくっつけようといらぬ気を遣ったからだった。
 これまでラシャラがやっていた仕事も、まんまと水穂の奸計に掛かった貴族達が、優秀な侍従達の指導の下、悪戦苦闘しながらも自主的に請け負って頑張ってくれているのにも、こうして俺達がのんびり出来る理由にあった。

『太老くんってモテるから、ライバルも多いのよね。少しでも二人の時間を作ってあげることが、シトレイユのためにもなる、そうは思いませんか? 皆様』

 などと簡単に水穂の口車に乗せられてしまうのだから、貴族というのは思った以上に単純なのかもしれない。
 俺がモテるなんて嘘、どこをどう間違った信じられるのか。それこそありえない話だ。
 言ってて悲しくなるが、水穂の言うように大多数の女性に言い寄られたなんて経験、これまでに一度だってなかった。
 実験動物(モルモット)になら、何度かされ掛けたことならあるが……。そう言うモテモテの経験なら嫌と言うほどある。

「……あの人達、何やってるんだ?」
「すまぬ……返す言葉もない」

 部屋の隅、物陰に隠れてこちらの様子を窺っている複数の影。城に勤めているラシャラの侍従達だ。
 さっきから何度か料理や飲み物を運んできてくれているのだが、その度にあそこでコソコソと何か内緒話をして、こちらの様子を頻りに窺っていた。

(やはり、そんなに物珍しいのだろうか……そりゃ主君の婚約者だものな。しかも、どう考えたってロリコ……いや、別にこの手の話珍しくもないし不思議なことじゃない。俺にそのつもりはないのだから、何も恥じる事なんてないんだ)

 などと、自分に言い聞かせながら、俺は黙々と食事を取っていた。しかし、こんな視線に晒されて、味など分かるはずもない。
 水穂の作戦に乗ったはいいが、帰ってからマリアに何て言い訳しようか、とかそんな事ばかりが頭を過ぎる。
 よくよく考えると、ラシャラは助かるし、フローラや水穂は得をするかもしれないが、どう考えても一番厄介なことに巻き込まれているのは俺だった。
 ある意味で、これも宿命と思って、観念して受け入れるべきか。

「どうした? 太老?」
「いや、何でもないよ。それよりこの後、時間あるかな?」

 色々と納得の行かないこと、腑に落ちないことはあるが、とは言えラシャラの笑顔を見られるのならそれでもいいか、と思うようになっていた。
 結局、そうしたところも水穂に見透かされているのだろうが、誰が損をした訳でもない。
 このくらいであれば、俺にとってはある意味で日常茶飯事。
 鬼姫や鷲羽(マッド)に弄られ、扱き使われ、遊ばれる日々に比べたら幾分かマシとも言える。
 何となくこうして納得してしまうのがダメなんだろうな、と思いつつも、やはり少女の笑顔に抗う術を俺は持っていなかった。

【Side out】





異世界の伝道師 第126話『巻き込まれ注意報』
作者 193






 国中に正木太老とラシャラ姫の婚約の噂が広まっていた頃、ここ宰相派の貴族達もその話題で大騒ぎになっていた。

「あの男がシトレイユを訪問した理由はこれだったのか!」

 ――ドン!
 五十半ば、揉み上げから下顎に掛けて髭を生やした貴族の男性が、机に向かって勢いよく拳を叩き付ける。
 眉間にしわを寄せ、こめかみには血管を浮かび上がらせ、今にも憎しみで相手を殺しかねない勢いで、その貴族は怒り狂っていた。
 宰相派の中でも特に強硬派で知られ、皇族派との対立でも一番に矢面に立っていた男だ。
 事ある毎に、幼き皇に国を委ねることの危険性や、経験の足りないラシャラの能力に疑問を訴え、その後ろにいるとされる正木太老を、シトレイユを乗っ取ろうとしている危険人物、厄介者として批判してきた男だった。

「どうされますか? こう言ってはなんですが、噂を聞いた貴族達の中には、既に正木卿との関係を気にして皇族派に寝返ろうという者達もでてきていますが……」
「くっ! それが奴の狙いだと何故分からん!」

 ハヴォニワ経済の殆どを手中に収め、ここシトレイユにも多大な影響を及ぼしつつある正木商会。
 当然ながら、ここシトレイユにおいても、その影響を受けている貴族は多い。
 特に、ハヴォニワでの一件を知っている貴族達にとって、正木太老は最も敵に回したくない最悪の相手と言えた。

 その上、それらの噂が真実だと言う事は、以前に自分達で仕掛けた決闘騒ぎで、嫌と言うほど骨身にしみている貴族は少なくない。
 ラシャラとの正式な婚約ともなれば、太老の影響力はここシトレイユでも更に大きな物となっていくだろう。
 前例があるだけに、ここで太老に目を付けられるような行動を取りたくはない、と思うのはある意味で必然。
 日和者とバカにされようとも、ハヴォニワの封建貴族達と同じ轍を踏みたくないため、家族を持つ者は妻のため子供のため一族のため、そして家の存続のため、太老に尻尾を振ろうと言う者達が徐々に現れ始めていた。
 大きな志がある訳でなく、所詮は目先の利益に目が眩み群がった有象無象。金の切れ目が縁の切れ目、といった感じでそうした者達の結びつきは弱い。
 協力的な者には、余程のバカでない限り、それ相応の対価を支払うのが正木商会のやり方だ。より支払いがよく、力がある方へと靡くのは世の必定だった。

「さすがに正木卿を敵に回してまで、と考える者達は多いですから」
「そんな事でどうする! シトレイユを、あのような小僧の思い通りにさせてたまるか!」

 それが愛国心から出た言葉ならまだよかったのだろうが、この男。ラシャラが実権を握ることになれば、尤も危うい立場に立たされることが間違いない人物だった。
 先日、正木商会によって倒産にまで追い込まれ、解体を余儀なくされたシトレイユ三大商会の一角。
 その煽りを受けて多大な損失を被ったばかりか、次にラシャラが国の実権を握ることになれば、議員の席を追われることは確実。最悪の場合、これまで特権を武器に逃れてきた不正に関しても、ここぞとばかりに皇族派から追求される可能性が高い。
 特に、大商会と釣るんでやっていたとされる人身売買に関する嫌疑は残ったままで、彼が生き残るためにはババルンに実権を握らせ、皇族派を黙らせる以外に手はなかった。

「それでは、どうされるのですか?」
「正木太老を殺す!」
「しかし、それは先日も失敗されたところでは……」
「ここはシトレイユだ! ハヴォニワのようにはいかん! それに、奴は公式にではなく忍びでシトレイユにきているのであろう? ならば、理由など幾らでもこじつけがつく。我々は姫殿下を誑かそうと近付いた不貞の輩を始末するだけなのだからな」

 従者の進言を無視して、話を進める男。その表情には憎しみとも取れる狂気が宿っていた。

「軍に連絡を取れ、必ず奴等を始末するのだ。皇族派の貴族共は致命的なミスを犯した。姫殿下を騙し、ハヴォニワに国を売ろうとするなど、国賊と罵られても仕方がない売国行為だ」
「しかし、それでは……」
「くどいぞ! 貴様も裁かれたいのか!」
「いえ! 直ぐに手配を――」

 彼は気付いていなかった。
 水穂の本当の狙いに。そしてフラグメイカーの術中に、既に自分が嵌っていることすらも。





【Side:太老】

「ラシャラちゃんとデートしろ? ……何か、面白がってません?」
「失礼ね。ちゃんと考えて言ってるわよ。ようは彼女の護衛をしなさい、って言ってるの。あとはお姫様のエスコート役ね」
「護衛? エスコート?」
「あの子、ここ一ヶ月ほどずっと公務に商会の仕事と働き詰めだったでしょう? 折角の機会だから息抜きをさせてあげたいと思って。でも、一人にする訳にはいかないから……ほら、太老くん暇でしょ?」

 今から二時間ほど前、水穂との間にそんなやりとりがあった。暇と言われれば暇だが、明らかに何かある、と言ってるようなものだ。
 単に護衛役であれば、他の人でも事足りるはずだし、コノヱだっている。
 恐らくは、こうしてラシャラと二人でいるところを大勢の人達に目撃させて、噂の信憑性を高める、と言った狙いもあるのだろう。
 しかし水穂のことだ。他にも何か企んでいそうだが――

「太老、さっきから真剣に何を見ておるのじゃ?」
「土産物のリストだよ。水穂さんからも、ついでに、って頼まれちゃってね」

 紙に書かれていたのは、屋敷の侍従達や商会の人達に持って帰る土産物のリストだった。
 ちゃっかりフローラやマリアまで、何が良いか指定してある。
 そこに書かれているのを全部買っていたら、リヤカーを引いて帰らなければならないほどの大荷物になる量だった。

「それなら良い店があるぞ。品揃えは良いし、配達も請け負ってくれるからな」
「へー、そんなところがあるんだ。じゃあ、案内をお願いしようかな」

 こうしてラシャラと二人きりで出掛けるのは、実はこれが初めてのような気がする。
 今まではマリアが一緒だったり、他に護衛や従者が一緒だったりと、二人きりになるような機会はなかったからだ。
 仮にもラシャラは大国のお姫様だ。寧ろ、それが当たり前と言えば当たり前なのだが。
 逆に今回のように、二人で出掛けて来い、などと言う水穂の方がやはりおかしいと言えた。

「……正木百貨店?」
「うむ。移設の折り、使わなくなった役所を商会で買い取って、そこをデパートと言うものにしてみたのじゃ」

 まんまなネーミングセンスも然ることながら、こっちでデパートを目にすることになるとは思いもしなかった。
 小さな商店が集まる市場や露店通りなどはあるが、一つの建物に沢山の店が入ったデパートのような物は、未だこちらでは見かけない。
 やはりシトレイユでも珍しい物らしく、首都にあるここ一店舗しかないらしい。

「こんな発想どこから?」
「太老ではないのか? 我は、マリアから以前に聞いた話を元に試してみただけなのじゃが」
「……あー」

 何となく覚えがあった。自分が異世界人だと告白した時、マリアから異世界のことを色々と聞かれていたことを。
 確かにその中で、デパートの話もしたような気がする。
 バーゲンセールがどうだの、デパ地下がどうだの、熱く語った記憶が鮮明に思い出された。

「……で、やっぱりあるのね」
「うむ。バーゲンと言うのは人気でな。特に食品売り場で毎日催している夕方のタイムセールは、一番の目玉となっておる」
「あはは……」

 異世界で『バーゲン』だの『タイムセール』などといった言葉が聞けるとは思ってもいなかったので、何とも言えない不思議な気分だ。
 まあ、人気を博している様子だし、成功しているなら別に良いか、と良い方向に考えることにした。
 ファーストフードに始まり、コンビニやテレビがある時点で、何もかも今更だ。
 ちゃんと『より住みよい世界に』の目的は叶えられてきているので、それで由として頷いておくのが無難だ。

「じゃあ、取り敢えず買い物を済ませちゃおうか」
「うむ、まずは――」

 こうしてラシャラと二人で買い物を楽しむことになった。
 水穂にまんまと乗せられた感じは否めないが、こうなったら目一杯楽しむ。それが俺流のやり方だ。

「太老、この服はどう思う?」
「ピンクか、ちょっと可愛すぎる感じがするな。こっちのとか、どうだ?」
「むう……太老はそう言うのが好みか」

 それに、ラシャラが楽しんでいるのであれば、終わったことを掘り返しても意味がない。
 どうせ巻き込まれるのなら、過程を楽しまなければ損だという、これまでの経験から会得した俺の教訓だった。

(さて、鬼が出るか蛇が出るか)

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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