【Side:ラシャラ】

 それは、まさに圧倒的じゃった。
 正規の訓練を受けている軍人達が、全く為す術もなく瞬く間に倒されていく。

「何なんだ、こいつ! 来るなっ! 来るなアァァ!」

 兵士達の放つ銃弾を目にも止まらぬ速度でかわしながら、一瞬で距離を詰める太老。
 怯える兵士の横を、音もなく太老がすれ違ったかと思えば、悲鳴を上げる間もなく、バタバタと倒れていく兵士達。
 彼等が弱いのではない。シトレイユの軍人の練度は世界でも屈指のレベルにあるという自負がある。
 太老が強すぎるのだと、それは直ぐに分かった。

「ば、化け物だ!」

 そこには軍人としての誇りや、自尊心など既になかった。
 目の前の理解出来ない敵に恐怖し、何とか自分だけでも助かろうと散り散りに逃げていく兵士達。
 確かに、これだけの実力差を見せつけられれば、戦意を失っても不思議ではない。
 幾ら装備を固めようと、生身で勝てる相手ではそもそもないことが、戦いに置いては素人の我にでも分かる。

「まさか、これほどとは……」

 太老の強さは知っていたつもりでいた。しかし、実際に戦っているところを見るのはキャイアとの一件と、先日の決闘騒ぎのみ。
 強いとは言っても、フローラ伯母と同じ達人と言うだけでのことで、人間の域を超えている、とまでは考えなかった。
 しかし、これは強いなどといったレベルの話ではない。兵士の一人が言った『化け物』だという言葉。
 それを肯定するつもりはないが、同じ人間と呼ぶには些か無理があるくらい、超人じみた力を太老は有していた。

 人々は太老のことを『天の御遣い』と呼び、女神が遣わした使者だと言う。
 根本的に我等とは何かが違うのだと、そう思わせられる圧倒的な力。
 少なくとも、この世界で太老に並び立てる者など、いないように思える。

「はははっ! なかなかやるようだが、これならどうだ!」 
「まさか、奴め! 聖機人まで!」

 兵士達に守られながら踏ん反り返っておった貴族の後に、二体の聖機人が姿を現した。
 幾ら太老が強くても、生身で聖機人に敵うはずがない。それも二体もの聖機人に――
 我は慌てて、太老に逃げるように声を掛けようとするが、そこには全く気に留めた様子もなく、平然と貴族を睨み付けている太老の姿があった。

「確かに、俺一人だったら聖機人を二体も持ち出されたらやばかったかもな」
「今更、命乞いでもするつもりか!」
「いや、言ったろ? 俺一人なら=Aって」

 太老の言葉に、我はハッとして聖機人の方を振り返る。
 まるで糸の切れた人形のように、四肢を折り、倒れていく一体の聖機人。

「なっ! 何が……」

 何があったのか、全く理解出来ない貴族が金魚のように口をパクパクとして、間抜けな面を浮かべていた。

「やっぱり図体はでかくても、体の構造は人体と殆ど変わりはないようね」
「水穂さん、助けに現れるなら、もう少し早く来て欲しいんですけど?」
「あら? 態々タイミングを計ってあげてたのよ? お陰で、ラシャラちゃんに良いところを見せられたんじゃない?」
「何なんだ、貴様はっ! やれ、その女を殺せ!」

 太老と軽口を交わし合う水穂に激昂した貴族が、もう一体の聖機人にそう命じた。
 メイド服と言った軽装に、右手に箒を手にしただけの無防備な水穂に向かって、振り下ろされる聖機人の豪腕。
 その一撃をまともに食らえば、簡単に潰されて肉片と化すことは間違いない。
 しかし、我は気付いた。水穂が余裕の態度を崩さず、その状況に置いても、尚、笑っていることに。

「女性に向かって『殺せ』だなんて、マナーがなっていないようね」

 ――ドドオォーン!
 とそう言った瞬間、後から迫っていた聖機人が横から割って入った衝撃に耐えきれず、弾き飛ばされるように横向けに倒れ込む。
 硝煙の臭いが立ちこめ、その衝撃により視界を覆うほどの土埃が宙を舞っていた。

「コホコホッ! 少し威力がありすぎるようね。帰ったら、ワウに火薬の量を調整させないと」
『ミナホ様! コイツ等ドウシマスカ? 極悪人ハヤッパリ、ハリツケ、ウチクビ、ゴクモンデスカ?』
「その判断基準がどこからきてるのか聞きたいところだけど……コノヱさんとヴァネッサが、正規軍を連れてきてくれてるから、そっちに引き渡してくれたらいいわ。ああ、ラシャラちゃんと太老くんも無事だって、連絡しておいて」
『了解デス!』

 煙の中から現れ、水穂の前に姿を見せたかと思えば、随分と饒舌な口調で喋り始めるロボット。
 それを見て、腰を抜かしてその場にへたれ込む貴族。
 何やら一転して、混沌とした状況が生まれていた。

【Side out】





異世界の伝道師 第128話『新型機工人』
作者 193






【Side:太老】

『ハジメマシテ、タロウ様! 人工知能搭載型機工人プロトタイプ『タチコマ』ト申シマス』
「ああ、これはご丁寧にどうも……って水穂さん、タチコマって」
「昔、太老くんが教えてくれたロボットの話を参考にしてみたのよ。ほら、ガーディアンを見て、以前にそんな事を漏らしてたでしょ?」

 そんな事を話したような記憶が無くはないが、よりによって『タチコマ』はないと思う。
 確かに、機工人はタチコマと同じ、多脚戦車の分類に入るロボットだが……。
 原作のタチコマより若干大きいが、以前ワウに見せてもらった機工人よりは随分とスマートになっていた。
 外見も、殆どタチコマそのままだ。若干、ワウの趣味と思しき武装がそこらに見受けられるが、それは間違いなく、あのタチコマだった。

(こんなところにも、何か神の意図が働いているのだろうか?)

 マリエルにシンシアとグレース、それにコノヱがいるのだから、タチコマくらい驚くことではないのかも知れないが……何とも言えない不思議な気分だ。

「でも、色は銀色なんですね」
「試作機だからね。でも、工房で使われるタイプにも、この色を採用する予定よ」
「タイプ?」
「他にも軍用に警備用、それに工業用と役割に応じた使い分けを考えてるのよ。太老くんの屋敷や領地にも、これの警備用と工業用のが、来月納品される予定になってるわ。今回のは、この子の性能評価試験と言ったところかしら?」
「いつの間に、そんな事に……」

 この人工知能制御には、恐らくシンシアが開発していた『MEMOL(メモル)』が使われているのだと推測出来る。
 しかし、機工人の小型化や自律制御、人間と遜色ない言語機能にデータリンクなど、明らかにこちらの世界では再現が難しいオーバーテクノロジーの塊だ。

「……ちょっとやり過ぎじゃありません?」
「問題はないわ。重要な部分はブラックボックス化してあるし、本当に必要なのはタチコマ本体ではなく『MEMOL(メモル)』の方だもの。第一、タチコマに使われている材料や技術の殆どは、こちらの技術で再現可能な物ばかりよ。多少、ズルはしてるけど」

 その多少のズルが問題のような気もするが、敢えてこれ以上は何も言わないことにした。
 何を言っても、既にやってしまった後だ。
 一度やると決めた水穂に、何を言っても無駄なことを俺は誰よりもよく知っている。

「で、話を戻しますけど、何でラシャラちゃんまで巻き込んだんです? 囮役なら俺だけで十分でしょう?」
「うっ……やっぱり怒ってる?」
「俺と違って、彼女はこんな荒事に慣れてないのに、水穂さんらしくない、と思っただけですよ。連中を誘い出すのが目的だってのは分かりますけど、それでラシャラちゃんを危険に晒すような真似は――」
「違うのじゃ! 太老!」
「……ラシャラちゃん?」

 これだけは聞いておかなくてはいけないと思い、ラシャラを何故危険に巻き込むような真似をしたのか、と水穂を問い質した。
 彼女を守りきる自信がない、と言う訳ではないが、万が一と言う事もある。
 出来れば、ラシャラを危険に晒すような真似を俺はしたくはない。ましてや、危険な囮役に使うような真似、『仕方がない』の一言で済まして欲しくはなかった。
 だが、俺に『それは違う』というラシャラ。

「我が、自分から囮役をやらせてくれ、とお願いしたのじゃ。自分の国のことなのに、全てを御主達に押しつけて黙って見ていることなど出来なんだ。足手まといに成ることは分かっていたが、じゃが我は――」

 俺は何ともいたたまれなくなって、嘆息し頭を掻いた。
 これで水穂を責めるような真似をすれば、俺が悪人だ。
 ラシャラちゃんのためを思って言ったことでも、それで彼女を傷つけてしまったら意味がない。

「誰も足手まといだ、何て言ってないよ。それに、押しつけられたなんて思ってない」
「……太老?」
「言ったろ? 甘えてもいいって。俺が怒ってたのは、ラシャラちゃんのことを心配したからだよ」

 優しくラシャラを抱きしめ、その頭を撫でた。

「太老、我は……」
「これからは一人で思い悩まないで、もっと相談して欲しい。俺だけでは頼りないかも知れないけど、水穂さんもいる。アンジェラさんにヴァネッサさん、それにマーヤさんもいる。ここにいる皆が、ラシャラちゃんのことを気に掛けてるってこと、覚えておいて欲しい」
「うぅ……た、太老!」

 水穂、それに従者の皆が見守る中、溜まっていた物を吐き出すかのように泣きじゃくるラシャラの頭を、俺は撫で続けた。

【Side out】





【Side:ババルン】

「やはり、予想通りの結果になったか」
「はい。計画に加担した貴族達は、全員が議員職と爵位を剥奪。主犯格とされる侯爵は、国外追放処分になるようです」
「正木卿を襲撃した、と言う事実が公に成れば、その責任を追及されるのは奴等だけではあるまい。議会も当然、儂とてその責任の一端を取らされることになるのは間違いない」
「ですが、そうはならなかった。正木卿側から提案されたのは、今回の事件に関わった者達の処分と、ラシャラ姫殿下の身の安全、出来るだけ早い即位の承認、それだけでしたから。全てはババルン様の予想通りだった、と言う訳ですね」
「あの男を侮るな。これは恐らくは警告だ。ラシャラに手を出せば、次に消えるのは貴様だ、とな。議会も今回は尻尾切りで事を済ませることが出来たが、次はないと言う事を理解しただろう」
「やはり、正木卿はシトレイユの実権を……」
「あれは、それほど小さな男ではない。この国一つなど、奴にとっては目的に必要な駒の一つに過ぎない。今回のことも、ラシャラを自分の庇護下に置くために、一芝居を打っただけのことだ」
「あれだけの成果を、ただの芝居ですか……」

 予想通り、ハヴォニワ同様、シトレイユに巣くう邪魔な貴族達を一掃した正木太老。だが、このくらいは奴なら造作もないことだ。
 儂としても、今回の一件は傍観を決め込み、やり過ごすつもりでいた。
 幾ら、権力を維持するために必要な支持者達とはいえ、一度暴走した貴族など計画の足枷にしかならない。
 元々、儂が求めているのはシトレイユという国ではない。
 この国は目的に必要な手段の一つにしか過ぎず、宰相という地位も貴族の爵位も計画を遂行するための、ただの力でしかない。

「必要な数は揃えられそうか?」
「正規軍はやはり難しいかと、何人か我々の息が掛かった者達を潜伏させていますが、予定の三割と言ったところが限界かと思います」
「やはり、他から調達するしかあるまい」
「では、あの者の手を借りられるのですか?」
「山賊ギルドとの橋渡し役は必要だ。それに奴は、正木太老に強い恨みを抱いている。使い道は幾らでもある」

 山賊と手を結ぶと言う事に、明らかな不快感を示す従者。
 それも無理はないだろう。所詮、山賊と貴族は違う。ましてや、聖機師と浪人では身分も立場もその全てが異なっている。
 聖機師や貴族は、誇りや自尊心と言った物を大切にするが、山賊は違う。
 彼等は、自分達の得にならないこと、一銭の金にもならないことに加担しない。
 ある意味で、商人達と同じく、現実的なのだ。だからこそ、本来であれば儲けにならない、勝てない勝負はしない、と言うのが山賊だった。

「裏切らない、とも限りません」
「その時は、儂もそれまでだった、と言う事だ。言葉だけでは誰も従わんよ。実行力の伴わない、力のない者になら尚更だ」
「……ババルン様は、正木卿に勝てると思いますか?」

 どちらかが滅びるまでやり合うしかない、と言う事は分っていた。
 奴を初めて見た時、儂は地位や名誉、命すらも天秤に掛ける覚悟を決めたからだ。
 そうしなければ、まともにやって戦える相手ではないと思った。

「勝てるかどうかではなく、そうしなければ我等に明日はない。奴との戦いは、食うか食われるか。それだけのことだ」

 儂がしようとしていることは、教会や神への反逆行為に等しい。
 それを『天の御遣い』と称される男が、一番厄介で強大な障害となるのだから、これほど皮肉の効いた話はなかった。
 文字通り、奴は『名も知れぬ女神の遣い』なのやもしれぬ。
 正木太老――奴がその最大の障害となるのであれば、その時は――

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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