【Side:太老】

「申し訳ありませんでした! まさか、授業の見学に行っただけで、あんな事になるとは思いもしませんでしたので……」
「私からもお詫びさせてください。普段はよい子達なのですが、噂の人物に会えて興奮していたのだと思います」

 ラピスとリチアに何故、こんな風に頭を下げられているかと言うと、今や恒例行事となりつつある握手会が今回も起こってしまったからだった。
 授業の様子を見せてくれると言うので、学舎の方に見学に行った際、授業中の女生徒達の注目を集めてしまい、教師や二人が制止する間もなく、あっという間に女生徒達に取り囲まれてしまっていた。
 それに、自分で言うのも何だが優柔不断な俺に、大勢の女性から握手を求められて拒む力などあるはずもない。気がつけば、握手会の開催と言う訳だ。

「いや、俺の方こそ授業を潰してしまってごめん……先生には悪いことをしたな」

 とは言え、俺が正木太老だと知ると、教師まで一緒になって握手を求めてきていたのだが……まあ、それは見なかったことにしておくのが優しさと言う物だろう。
 聖地とは言っても、普通の学校とそれほど変わらないのだと、実感させられた出来事だった。

「そう言って頂けると助かります。でも、随分と謙虚でいらっしゃるのですね。あれほどの活躍をなされていると言うのに」
「あれほど? やっぱり、聖地にも俺の噂が?」
「ハヴォニワの件やシトレイユでのことも、学院中で噂になっていますわ。こうした閉塞的な場所ですから、噂一つとっても彼女達には良い刺激になるのでしょう。特に、正木卿は色々と話題の尽きない御方のようですし」
「何だか喜んでいいのか分からない微妙な評価ですね……あ、それと俺のことは普通に呼び捨てでいいですよ、リチアさん。それにラピスちゃんも。後に『卿』とか『様』を付けて呼ばれるのには慣れてなくて」

 リチアの話を聞いて分かったことだが、やはり聖地にも俺の噂が広まっているようだ。
 あの様子を見る限り、どうせ誇張された俺にとっては迷惑極まりない話なのだろうが、ハヴォニワや商会の得になっているのであれば、これまで通り目を瞑るしかないだろう。
 この手の噂は否定するだけ無駄と言う物だ。自然と熱が冷めるのを待つ方が利口だ。

「ですが、それでは……」
「では、私は『太老さん』と名前でお呼びさせて頂きます。改めての自己紹介になりますがリチアです。長い付き合いになりそうですし、どうぞよろしくお願いしますわ。ラピス、あなたも」
「……分かりました。ですが、せめて『太老様』と呼ばせて頂けないでしょうか? そうでなくては、他の方々への示しもつきませんし」

 ラピスはリチアの従者と言う事だが、随分と生真面目な性格のようだ。
 『正木卿』や『正木様』、『正木太老様』と言った形式張った呼び方よりは、親しみが籠もった感じの呼び方にはなったが、それでもまた硬い。
 とは言え、確かに真面目な彼女の性格を考えると、行き成り呼び捨てを求めるのは酷という物かもしれない。

「ラピスちゃんの呼びやすい呼び方で構わないよ。俺の方こそ無理を言ってごめんね」
「いえ、そんな! あ、あの……私は大丈夫ですから、頭の手を」
「あっ、ごめん。遂、マリアにやってるのを同じように……」

 反射的にラピスの頭を撫でていた。普段の習慣というのは恐ろしい物だ。
 こうしてやるとシンシアやグレース、それにマリアが喜ぶので、反射的に撫でる癖が出来てしまっていた。
 基本的に子供を見ると頭を撫でてしまうこの癖、自重しないと行けないと思いつつも、なかなかこの癖は直らない。
 知り合ったばかりだというのに、赤の他人に頭を撫でられて良い気分はしないだろう。
 俺は素直に頭を下げて、ラピスに謝ることにした。

「本当にごめん。何というか癖で……」
「いえ、少し驚いただけですから……マリア様って、ハヴォニワの姫様にも、このようなことをなさっているのですか?」
「あ……まあ、何というか成り行きで? それにマリアは家族みたいな物だから」

 どちらかと言うと、マリアの場合は自分からせがんで頭を差し出してくるのだが、あれはシンシアにヤキモチを焼いて対抗心を燃やしているだけだと俺は察していた。
 負けず嫌いな性格も関係しているのだろうが、ヤキモチを焼く程度には慕ってくれていると言う事だ。
 仮とは言え、兄を名乗っている以上、それはそれで嬉しくはある。

「なるほど、確かに噂通りの方のようですわね。やはり、あなたとは長いお付き合いになりそうですわ」

 そう言って握手を求めてくるリチア。長いお付き合い、と言う事は『友達になって欲しい』と言う事だろうか?
 水穂の話では、学院に通うようになることは確実のようだし、仲良くしてくれると言うのならそれを拒む理由はない。
 次期、と言う話だが生徒会長のようだし、学院生活を送る上で頼もしい友人になってくれるだろう。
 俺は、ここまで案内してくれたリチアとラピスに感謝しつつ、その握手を固く握り返した。

【Side out】





異世界の伝道師 第133話『武術大会』
作者 193






【Side:リチア】

「行ってしまわれましたね」
「ええ、でもまた近い内に会えるわ。学院長の話では、半年後に催される予定となっている『武術大会』に参加されるとのことでしたから」
「武術大会にですか? しかし、あれは正規の聖機師の方しか参加が出来ないのでは?」
「男性聖機師は、聖地を卒業せずとも既に聖機師の資格を有していますから、その辺りのことは問題ないでしょう。彼が噂通りの実力者ならば、ハヴォニワの代表枠に選ばれない方が寧ろ不思議と言う物」

 各国から優秀な聖機師達が集い、その力を競い合う武術大会。この聖地で年に一度行われている一大イベントだ。
 新年を祝う行事であると同時に、学院に在籍する聖機師達にとっては自分の実力を示す絶好の機会。
 この大会で実力を認められると言う事は、自他共に誰もが認める最高の聖機師であると言う事なる。
 上位に入賞することが出来れば、自分の価値を高め、国との交渉条件をそれだけ良くすることが出来る。

 この武術大会は、各国から選出された代表と、学院の上級生の中から予選を勝ち抜き選出された生徒のみで行われる。
 それだけ高い実力がなければ出場資格すら得ることが出来ず、この大会に出場できること自体、優秀な聖機師の証であると言われるほど、厳しい大会なのだ。
 だが、彼の実力を考えるに、噂通りの実力者であるのなら、間違いなくハヴォニワの代表として出場するだけの資格を有しているのだろう。
 国の代表として男性聖機師が大会に出場してくるのは、かなり希なことだと言えるが全く前例がない訳ではない。
 シュリフォン皇なども、過去にこの大会で優勝した経歴を持つ御方だ。
 男性聖機師は怪我をさせないように、と過剰に保護されがちではあるが、実力が飛び抜けている場合は話が別となることもある。

 しかし試合形式とはいえ、実戦さながらに聖機人を使って戦闘を行うため、怪我などの危険は常につきまとう。
 下手をすれば死ぬことすらありえる危険な大会だが、聖機師達にとっても諸侯達にとっても、この大会は欠かすことの出来ない貴重な場だ。
 聖機師達は栄誉のため自らの価値を誇示するため、諸侯達は自分達の国の聖機師が勝利すれば、それだけで各国との有利な交渉条件にもなる。
 優秀な聖機師を保有していると言う事で、他国への軍事面での牽制にもなる上、それが男性聖機師ともなれば法外な種付け料をを請求することも可能となる。
 それだけこの大会には、それぞれの国が抱える事情や思惑が交錯しているのだ。

「リチア様は、太老様が優勝されるとお考えですか?」
「さあ? それはどうかしら? 大会には大陸中から『達人』と呼ばれる聖機師達が集まりますし、でも――」

 学院長が随分と楽しそうに、『確実に優勝できる』と啖呵を切られた、と話していたことを思い出す。
 この伝統ある大会で『確実に優勝できる』などと、本来なら何をバカな、と一笑するところだが、学院長の笑いはそう言った物ではなかった。
 あれは、何かを期待されている眼だった。交渉の内容を詳しくは教えて貰えなかったが、あそこで何かがあったのは確かだ。
 少なくとも、学院長の興味を惹く内容であったと言う事は間違いない。

「面白くなりそうね」

 例年になく、この大会は盛り上がるだろう。
 その予感はあった。

【Side out】





【Side:太老】

「何か……天下一武道会みたいな大会だな」
「天下一武道会?」
「ああ、空想の物語に出て来る大会なんですけど、天下一の武道家を決める大会、って言うのかな? ようは武術の腕を戦って競い合う大会のことですよ」
「なるほど、確かにそんなイメージかもしれないわね。尤も、生身じゃなくて戦うのは聖機人に乗ってだけど」

 水穂から、新年早々行われる予定となっている武術大会に参加するように勧められた。
 しかも、その大会に優勝すれば、学院の就学期間が大幅に短縮されると言うのだ。確かに、俺にとっても悪い話ではない。
 だが問題は、大陸中から選ばれた聖機師達が集う大会で、俺なんかが優勝を果たして出来るかどうか、と言う点だった。

「大丈夫よ。太老くんなら、絶対に優勝できるわ」
「信頼してくれるのは嬉しいんですけど……」

 過去にフローラも大会に出場して優勝したことがある、と言う話を聞いた覚えがある。
 だとすれば大会のレベルも大体の目安はつくが、下手をすればフローラのような実力者が大勢参加すると言う事だ。
 勝てないとは言わないが、水穂が言うように楽に勝たしてはくれないだろう。
 第一、一番嫌なのは黄金の聖機人を衆目に晒すことなのだが……

「帰ったら応援グッズも作らないといけないわね。学院とも話をつけてテレビ中継できないかどうかも交渉する余地があるし、後は――」

 凄く張り切って仕事をしている水穂を見て、今更そんな事を言えるはずもなかった。
 何だか凄く楽しそうにやっている気がするのだが、ここは俺のために頑張ってくれていると信じて、グッと我慢するしかない。
 それに、ハヴォニワの代表として出場するということは、随分と伝統ある大会のようだし、優勝すればハヴォニワの株も上がると言う事だ。
 商会のためにも、ハヴォニワへの恩返しをする意味でも、頑張ってみて損はないと思う。

「でも最近、鍛錬さぼってるしな……」

 コノヱやミツキにでも相手をしてもらって、勘を取り戻して置いた方がいいかもしれない。
 油断をして勝てるほど甘い大会とは思えない。幾ら、あの聖機人がチート性能だと言っても、操縦する本人がへっぽこでは話にならないし。
 暫くは真面目に鍛錬をしよう、と心に決めた。

「あれ? ハヴォニワの出場枠って二枠あるんですね」
「そうよ。国力に応じた出場枠が決められてるみたいでね。聖地の学生は三枠。三国と呼ばれるハヴォニワ、シトレイユ、シュリフォンは二枠ずつ。他の小国はどこも一枠のみとなってるわ」

 水穂が貰ってきてくれた生徒会発行の大会の案内書に目を通していると、そんな事が書かれていたので疑問に思った。
 水穂の話から察するに、もうフローラとは話がついていて、俺が出場することは決まっているようだ。
 だとすれば、残り一枠は誰が出場するのだろう?
 妥当なところで考えれば、ユキネかコノヱと言ったところだと思うが、年齢的に考えてまさかフローラはないだろう。

「残りの一枠は選出会をするらしいわ。太老くんは皆の希望もあってシードだけど」
「選出会?」
「ハヴォニワで行う、代表者を決める予選のような物よ」

 そう言われて納得が行った。と言うか、何故に皆の希望で俺がシード枠なのか不思議でならないのだが。
 そんなにも、あの『黄金の聖機人』に期待が寄せられているのだろうか?
 正直、反応に困る期待のされ方だ。

「運営は生徒会に一任されてるのね……出来ればブックメイカーも取り仕切らせて欲しいのだけど、生徒会に知り合いなんていないし」
「ブックメイカー? まさか……大会を利用して、賭試合にでもするつもりですか?」
「ほら、情報部の活動資金も必要だし……それに前例がない訳ではないみたいよ? ある学生が大会の運営を見事な手腕でこなし成功に導いた、ってあるし、その時にその生徒がブックメイカーを兼任していたみたいだから。それに公式ではないにせよ、毎年何らかの賭の対象にはされてるみたいなのよ」

 熱弁する水穂に、何とも言えない金の臭いを感じつつも、生徒会という言葉をきいて『リチア』のことが頭を過ぎった。
 生徒会長の彼女なら、交渉してみる余地はあるかもしれない。格安で大会に必要な物資を提供するなど、条件次第では話を聞くくらいはしてくれるだろう。
 一見、堅物そうに見えるが、全く融通が利かないといった様子ではなかった。
 あの手の仕事が出来る女性というのは筋さえ通せば、きちんと相手の話を聞いてくれるはずだ。

「その顔、何か心当たりがある、って顔よね? 詳しく話してくれる太老くん」
「…………」

 何やら体全体を使って威圧しながら、ニコニコと笑顔で尋ねてくる水穂を見て、やっぱり鬼姫に似てきたな、と思わずにはいられなかった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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