【Side:太老】

「……疲れた。まさか、あんなに人が多いとは」
「そう言えば、お兄様は今年が初めての出席でしたわね」
「去年はシトレイユでやったんだっけ?」
「はい。全く……ラシャラさんの国らしい、派手で下品な催しでしたわ」

 毎年恒例となっている、各国の諸侯が集う年始の催し。
 今年は持ち回りでハヴォニワが担当する事になり、俺もマリアやフローラと一緒に各国の諸侯が集う年始の催しに参加させられる羽目になった。
 予想通り、大勢の貴族達に取り囲まれる事になり、案の定、恒例となっている握手会開催となってしまった事は言うまでもない。
 マリアの言い方から察するに、シトレイユでの催しは、さぞ絢爛豪華なパーティーだったに違いない。
 大国の面子もあるだろうし、あの国の貴族達は自己顕示欲の強い、癖のある連中が多い。
 大体、どんなパーティーだったかなど、想像はつくというものだ。

「しかし、お姉様があれほど料理上手だったなんて……知りませんでしたわ」
「こっちにも幾つか異世界の料理は伝わってるみたいだけど、和食の本場は向こうだしね」

 ちなみに今年のハヴォニワの催しは、裏方全般を正木商会が一手に引き受けた。
 ハヴォニワらしさをゲストには味わってもらおうと、和の風習が多く残っている風土料理を前面に押し出し、形式張った舞踏会のような催しではなく、着物に御茶、食事には懐石料理から和菓子まで、和食を中心としたメニューを用意し持て成す事になった。
 お馴染みのハヴォニワ料理から、こちらの世界にない和食のメニューなど、全てを手配したのは水穂だ。

 大抵の男からは鬼姫の副官、『瀬戸の盾』などと恐れられている事もあって避けられていたり、有能とされる男性からは有能すぎる事が災いして、恋愛感情よりも先に尊敬の念が立ってしまう。
 そのため、婚期を逃す事、両手両足の指だけでは数え足りないほどの水穂だが、しかしああ見えて良妻賢母なので、彼女の立場や仕事を許容出来るのであれば、これほど伴侶として優れた女性はいない。
 言うまでもなく仕事は出来、炊事、洗濯と家事もプロ並みの腕前だ。その上、気立ても良く、物腰柔らかく、気遣いも出来るので男性女性両方からのウケがいい。
 正直、鬼姫の問題を差し置いても、七百年もの間、一人も相手が見つからなかったというのが不思議に思えるほどの女性だった。
 逆をいえば、それだけ鬼姫の名前がナマハゲの如く銀河中で語り継がれ、恐れられている、という事なのかもしれないが。

「それに水穂さんの場合、良くも悪くも見本となる人物が近くにいた事もあるしね」
「お姉様の料理の先生ですか?」
「先生というか、母親だよ。人気店を任せられるくらい料理上手なんだけど……あの人の場合は、色々と有能な分、他でマイナス要素が多いからな。少しフローラさんに似てるかも……」
「ああ……何となく分かりましたわ。お姉様も苦労されてるんですのね」

 話が脱線してしまったが、そういう事情もあって、この世界の料理は別として、和食に関しては水穂の右に出るものはいない。
 味付けがアイリに良く似ているが、それは水穂の料理の師匠がアイリだからだ。
 実のところ俺の実家、正木家の味もアイリが源流となっていた。だから、俺には馴染みのある味だ。
 パーティーに訪れたゲスト達も、水穂が手配した和食に満足したようで、料理について事細かに質問をしている人もいたほどだ。
 マリアも、その味に驚いた様子で、『和食の店をだしたい』などと本格的に出店の話を考え始めていた。

「来週には、遂に武術大会ですわね」
「……俺としては、不安だらけなんだけどね」
「大丈夫ですわ! お兄様なら必ず優勝出来る、と信じています! それに、前座も丁度良い余興になるでしょうし。お兄様にとっては軽いウォーミングアップのようなものでしょうけど」

 前座試合――しかも、一対二十なんて集団リンチに等しい試合をやらされるとは、夢にも考えていなかった。
 マリアの言うように軽い運動で済めばいいのだが……色々と制限された中で、二十体もの聖機人を相手にするのは辛い。

(……どう考えても無茶だよな)

 生身ならともかく、聖機人戦。しかも一対多数。
 無事に何事もなく終わればいいのだが……やはり、不安は消せそうになかった。

【Side out】





異世界の伝道師 第139話『将来の選択』
作者 193






【Side:水穂】

 年始の催しも無事終わり、その足で私は聖地へと飛び、ランと支部の人達に任せきりになっていた、大会準備の最終確認に訪れていた。
 ランが、派遣した侍従達と職員全員の推薦状付で、支部長に推薦されたと聞いた時には少し驚いたが、それにも納得できる理由があった。
 元々、ランは頭も良く物覚えもいい。特権階級にある貴族特有の固定観念もなく、良くも悪くも太老くんと同じく伝統や格式、身分といったものに縛られない柔軟さを持っている。
 かと思えば金銭には鋭く、歳に似合わない現実的な考えも持ち合わせている。そして、要領も悪くないので臨機応変な対応が出来る。
 身体能力も同じ年頃の少女達から比べれば遥かに高く、生まれや育ちの事もあってか、経験豊かで場慣れしている事からも度胸があり、かなり有能な人材と言えた。

「うん、初めてにしては上出来ね。この結果なら、十分に支部長としてもやっていけるわよ。代理とは言わず、大会が終わった後もこのまま続けてみない?」
「いや……さすがにそれは勘弁して欲しいな。それに新年度が始れば、太老様も学院入りするんだろ? だったら、実質的な代表は太老様がやった方がいいと思うんだけど?」
「それでも補佐をする人間は必要でしょ? 生徒である以上、学生の本分を疎かにする訳にはいかないし、太老くんは本部の代表でもあるのだから、実質的な管理をする支部長は別に必要だと思うのよ」
「うっ……でもさ」
「本当に嫌なら、本部から人材を連れてくる事も出来るけど、学院での太老くんの仕事を補佐するのであれば、公私共に親しい人の方が安心できると思うのよね」
「それじゃあ、水穂様が――」
「私は無理よ。情報部の仕事もあるし、太老くんが聖地入りしてもずっと学院にいる訳じゃない。太老くんの代わりに、あちこち飛び回る事になるでしょうし。ここは従者として傍に付き従い、太老くんをサポート出来る有能な人材≠ェ必要なのよ」

 本人は未だ自覚がないようだが、数ヶ月とはいえ、徹底的に私達の教育を受けたランの能力は、そこらの従者の力を遥かに凌駕している。
 侍従としてのスキルは、まだまだアンジェラなどの優秀な従者に及びはしないものの、総合的な能力では決して負けてはいない。
 従者として最も必要な力は、どれだけ主人の期待に応え、そのサポートが出来るかにある。
 太老くんの周りには確かに突出した優れた人材が多く集まっているが、フローラを除けば冗談の通じない真面目な子達ばかり集まっているので、ランのようなタイプこそ、寧ろ今の太老くんには必要ではないか、と私は考えていた。

「学院にいる間の護衛は、コノヱさんや他の皆が協力してやってくれるわ。生活面では侍従達もいるし、それ以外の面でサポートしてあげてくれないかしら?」

 私の提案に、困った様子で頭を抱えるラン。
 後一歩というところで、私は畳み掛けるように言葉を紡ぐ。

「お願いよ。あなたに期待しているの。そうでなければ、太老くんの頼みとはいえ、あなたを従者にするために一から教育なんて引き受けなかったわ」

 何だかんだ言っても、彼女は責任感があるし、面倒見がいい。
 それに太老くんに、少なからず恩を感じている事を知っている。
 決断を戸惑っている彼女に、私は最後のトドメを刺すように言葉を放った。

「引き受けてくれたら給金も、太老くんから個人的に出ている従者の分以外に、支部長の役職手当、更には出張ボーナスなどの特別手当も別途支給されるわよ」
「え? それって……」
「そうね。具体的には……パチパチと、このくらいかな? 後は、仕事の出来高に応じて能力給も出るから」
「やる! 寧ろ、やらせてください!」
「ふふっ、ランちゃんなら、そう言ってくれると信じてたわ」

 算盤で弾いて見せた数字を見て、目を丸くして驚くラン。
 そこに記されていた額は、一般的な貴族に仕える従者の十倍以上に相当する給金だった。
 平民がおいそれと手に出来る額ではない。そこらの平凡な貴族よりも、遥かに高給取りだろう。
 しかも、これはあくまで基本給で、仕事の内容や勤務状況に応じて、特別手当も別途支給される。
 少し卑怯な気もするが、ランならこの条件を提示すれば断れない事を、私は確信していた。

「あ……何か、まんまと乗せられた気がするんだけど」

 今更、その事に気付いたところで遅い。

「それに、仲間を助けたいのでしょ? 太老くんの従者という立場は、あなたの目的の助けにもなるわよ」
「――っ! それをどこで!」
「私を誰だと思ってるの? 正木卿メイド隊情報部の柾木水穂よ」

 ランが元山賊だという事は、ずっと以前に彼女の素性を調べた時点で分かっていた。
 彼女の元仲間だという山賊達の自白もある。フローラもこの事を当然知っているが、太老くんが何も言わず自分の従者とすると決めた時点で、私達は彼の意思を尊重する事にしただけの事だ。
 それに、彼の判断を信じていた。その証拠に、ランは実に良くやってくれている。太老くんの読み通り、どこに出しても恥ずかしくない有能な従者へと成長を遂げた。

「……あたしを捕まえるのか?」
「そんな事しないわよ。太老くんが連れてきたのだもの。最初に言ったでしょ? 『あなたには期待している』って。それは太老くんを信じているからこそ、私もあなたに期待を寄せているのよ」
「って事は、太老も当然知ってるって事か……」
「彼の事だから、最初から気付いていて、あなたを自分の従者にしたのでしょうね」
「そっか……」

 余り驚いた様子はなかった。薄々、彼女も気付いていたのだろう。

「安心していいわ。あなたの仲間は誰一人処刑されていない。何のお咎めもなし、と言う訳にはいかなかったけど、軍の収容施設で更生プログラムを受けているわ」
「そうか……皆、元気にしてるんだ」

 元気にしているかどうかは保証できないが、私とフローラが考案した更生プログラムだ。
 山賊稼業に戻りたい、などと普通であれば二度と考える事はなくなるだろう。
 出所してからという事になるが、その後であればランに会わせてあげてもいい、と考えていた。

「会わせてあげたいけど、更生プログラムが終了するまでは規則で誰一人面会は出来ないのよ。だから――」
「いや、いいよ。無事だって分かっただけで十分だ。あたしとあいつ等は既に別の道を歩み始めてる」
「でも、本当にそれでいいの? 自分の目で仲間の無事を確かめなくても。私が嘘を吐いている、って可能性もあるわよ?」
「そんなちゃちな嘘を吐くような奴じゃない、ってのは十分によく分かってるよ。それにいいんだ。太老様は、こんな私に居場所や仕事を与えてくれた。世間からはみ出し、誰からも見向けもされなかったあたしに、山賊以外の別の生き方が出来るんだって、そう教えてくれたのはあいつだ。だから、元仲間とはいえ、山賊に会いに行くような真似をして余計な迷惑を掛けたくない」
「自分が、太老くんの弱点になると思っているの?」
「あたしだってバカじゃない。自分がどういう事をしてきた人間か、って事くらい分かっているつもりだよ。あいつの迷惑になるようなら、あたしは……」
「……そう、そこまで覚悟を決めているのなら、これ以上、私から何もいう事はないわ」

 どうやら、私の杞憂だったようだ。
 想像以上に、彼女は強い。その言葉に嘘はないだろう。
 自分の過去を暴かれて尚、堂々とそんな事を言えるという事は、既に彼女は過去に、自分なりの決着を付けているという事だ。
 そこに、他人が干渉していいものではない。

「だけど、ランちゃん。あなたは忘れてるわよ」

 そう、幾ら彼女が太老くんの迷惑になりたくない、と言って身を退いたとしても、太老くんは決してそれを認めようとはしない。
 それは、太老くんの強さであり、弱点でもある。しかし、彼女に覚悟があるように、太老くんにも決して曲げられない信念がある。
 最初から切り捨てるつもりなら、彼女を自分の従者になどしなかったはずだ。

「太老くんは、とっても欲張りなのよ」

【Side out】





【Side:ラン】

 薄々は分かっていた。あれだけ鼻が利く太老が、あたしの正体に気付いていないはずがない、って。
 水穂が知っていたという事は、最初からあたしの正体に気付いていて、あいつはあたしを受け入れてくれたのだろう。
 その上で、あいつにとっては敵でしかない、あたしの仲間、山賊達の事まで気に掛けていてくれたなんて……

「ほんと……敵わないよ」

 今のあいつにとって、山賊のあたしを受け入れる事に何のメリットもない。それでも、あいつはあたしを受け入れてくれた。
 自分の従者にしたのも、そうする事であたしを庇護下に置いて、見守っていてくれていたのだと気付かされた。
 居場所や仕事を与えてくれたのも、水穂やマリア、それにマリエルといった教育係をつけ一流の教育を施してくれたのも、全てはあたしのためだった、と言う訳だ。
 あたしはどうやって、太老に貰った沢山のモノを返していけばいいんだろ?

「でも……このまま貰いっ放しってのは、あたしの気が治まらない」

 太老は最初から、そんなつもりではなかったのかもしれない。しかしこれは、あたしのプライドの問題だ。
 確かにあたしは元山賊だが、タダで恵んで貰うほど、落ちぶれたつもりはない。

「やってやろうじゃないか! しっかり利子付けて、返してやるよ!」

 稼業として、生きるために成り行きでやってきた山賊。その後も流されるまま、あたしは太老の従者となった。
 しかし、今は違う。自分の意思で、あたしはここにいる。
 太老の従者としている事を、あたしは自分で選択したんだ。

 これが生まれて初めて、自分の生き方を自分で決断した、あたしの最初の選択だった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.