【Side:太老】

「生徒会長リチア・ポ・チーナの名において、『聖武会』開催を宣言します!」
『ワアアアァァ!』

 凄い熱気だ。会場全体が、沸き上がるような歓声に包まれていた。
 とはいえ、心配していたのだが、リチアの体調もここから見る限り、随分と良くなっていそうなので安心した。
 責任感の強い彼女の事だ。武術大会の責任者の役割を誰かに代行させるような真似は決して出来ないだろうし、あの薬が効いてくれて本当によかったと思う。

(こいつに乗るのも随分と久し振りだな)

 武術大会はあくまで聖機師の実力を競う物であり、機体性能に左右されては意味がない。
 教会から供与されている聖機人に違いはなくても、各国で独自に手を加えられている物も少なくない。
 改造したからといって、大幅に機体性能が変わるというものではないが、装甲を強化したり武装に趣向を凝らしたりするくらいの事は可能だ。そのため、公平性を期すために、自国の聖機人の持ち込みは禁止されていた。
 試合で使うのは、教会側が用意したベーシックな聖機人。武器も教会側が用意した物を使う。
 俺も本来はそのつもりだったのだが、丁度、今朝の事だ。修理に出していた俺の聖機人が仕上がったという報告を受け、それを使わせてもらう事になった。機体は、教会から供与されている基本の物と全く同じなので、競技規定には違反していない。
 それに今回の前座試合で、二十体という聖機人を投入した事もあり、警備に割く分や大会で使用する数を考えた場合、かなりギリギリの編制だったらしい。
 そうした事情もあって、自分の機体を使わせてもらうことになった。

「太老殿〜! 頑張ってーっ!」
「お母様!? その格好は何なのですか!」
「何って……私の学生時代に着ていた、聖機師就任式典の時の衣装よ?」
「それを何故、ここで着る必要があるのです!?」
「その方が太老殿も喜ぶと思って……」
「……全く、フローラ伯母もマリアも相変わらずじゃな。もうちょっと普通に応援できんのか」
「私は至って普通ですわ! アレと一緒にしないでくださいっ!」
「フフッ……二人とも、随分と言いたい放題言ってくれるわね」
『うっ!?』
「お仕置きが必要なようね」

 何をやってるんだ? あの人達は?
 際どいレオタードに狐の尻尾、その上からはっぴを羽織るといった、何のコスプレか分からないような奇妙な格好をしているフローラに、そんなフローラを見て激昂するマリア。そして呆れた様子で肩をすくめ、火に油を注ぐラシャラ。相変わらずの光景だ。
 そんな三人と同類と思われたくないのか、少し距離をとって護衛しているユキネとコノヱに、『太老様がんばれ!』の文字が入った横断幕を広げて、手を振っているマリエルと侍従達。
 水穂とランの姿が見えないが、大会の裏方の方に回っているのだろう。
 特にランは、賭け札の販売をしていた時が、一番活き活きとしていたしな……。
 この大会は正木商会の手配で、ハヴォニワやシトレイユ、各国の教会前に設置された街頭モニターや、テレビで中継されている。
 ここに来る事が出来なかった人達も、きっと応援してくれているはずだ。

 新年早々研究に没頭しているワウは別として、シンシアとグレース、それに屋敷の留守を言い付けられたミツキなどは、凄く残念がっていた。
 全員を呼びたくても、聖地への入場は厳しく制限されているので、保護者以外では大貴族や皇族でもなければ現地で試合を観戦する事は難しい。
 正木商会は運営に携わっているため比較的その辺りの融通が利くが、それでも使用人や従業員の数など事前申請が必要で、数も制限されているので、やはり全員となると難しい現実があった。
 だからこそ、そのためのテレビ中継だ。
 丁度、大陸にテレビを普及をさせる切っ掛けにもなる、とそういう思惑もあって導入したものだった。

(格好悪いところは見せられないな……)

 全国にテレビ中継されているとなると、格好悪いところは見せられそうにない。負けるつもりは最初からないが、何がなんでも、勝たなくてはならない理由が出来た。
 この黄金の聖機人では色々と制限もつくが、相手は聖機師とはいっても、まだ一人前と認められていない学生ばかりだし、多分なんとかなるだろう。
 ハヴォニワやシトレイユでの一件を見る限り、男性聖機師の実力は殆どが並か、それ以下だ。中にはマシなのもいるが、それでもユキネやコノヱと比べると比較にもならない、見劣りする連中ばかりだった。
 女性聖機師に比べ、絶対数が少ないというのも理由にあるのだろうが、やはり全体的に見て、聖機師としての実力はそれほど高くない。
 国のやり方にも問題はあるのだろうが、大抵は甘やかされて育った温室育ちのお坊ちゃんばかりだ。
 聖機師として有能であるか以前に、国に聖機師として雇用されるため、限られた枠を巡って厳しい競争を生き抜いてきた女性聖機師と比べてみると、背負っているモノも覚悟も違いすぎる。

「では、前座試合を開始したいと思います」

 遂に出番が来た。司会役の生徒会役員の合図で、俺の黄金の聖機人、そして男性聖機師達の聖機人が闘技場に姿を現す。
 試合相手のリーダー格と思しき男性聖機師――ダグマイア・メスト。
 シトレイユでの決闘騒ぎ以来、これが二度目となる対戦が幕を開けようとしていた。

【Side out】





異世界の伝道師 第143話『黄金の聖機人』
作者 193






【Side:水穂】

『水穂さん、コイツらデスよ。格納庫の前ヲ、ウロウロしてタの』
「言いなさい。あそこで何をしていたの? 誰の指示?」
「ひぃっ! すみません! でも、こんなつもりじゃ――」

 タチコマが連れてきた不審人物、それは学院で働く聖機工だった。
 格納庫に整備士がいる事は、特に不審な事ではない。しかしこの格納庫は、学院側から太老くんに貸し出されている特別な場所。
 ここにいる職員は全員が、正木卿メイド隊の技術部に所属している者ばかりだ。学院の聖機工が立ち入っていい場所ではない。
 そう、私の予想外の事態が起こっていた。ダグマイア・メストや男性聖機師達のよくない噂は耳にしていたので、事前に何か仕掛けてくる可能性は考慮していた。
 太老くん用の格納庫を独立させたのも、学院側から許可を得て、太老くんが当日使う聖機人をハヴォニワから持ち込んだのも、そのためだ。

 太老くんは教会の審査を通過した、このハヴォニワの聖機人を使う事になっていた。
 本来は自国から聖機人が持ち込めないと規定にあるが、条件さえ満たせば特例は認められている。その聖機人が何の手も加えていないベーシックな聖機人だと、教会に認められればよいだけだからだ。
 各国が自国の聖機人を持ち込まない一番の理由は大会規定にあるのではなく、貴重な聖機人を武術大会とはいえ、外に持ち出す事にメリットを見出せないからでもあった。
 大会の出場が認められるのは、教会が供与しているベーシックな状態の機体。だとすれば、自国から聖機人を持ち出す意味はない。
 貴重な戦力である聖機人を自国から態々持ち出すよりは、教会から貸し出される大会用の聖機人を使用しておいた方が都合がいいからだ。

 だが、太老くんは敵が多い。今回の大会でも最有力優勝候補として名前が挙がっている。
 当然、男性聖機師達に限らず、自国の聖機師を勝たせるために事前工作を仕掛けてくる輩がいないとも限らない。
 そのため、ハヴォニワから聖機人を持ち出すような真似をし、格納庫まで別にしていたというのに、太老くんはその聖機人に乗っていかなかった。
 そう、当日になって急に、教会から返却されてきたという自分の聖機人に乗っていった、というのだ。

 私がその場にいれば、そんな事を許可などしなかった。
 しかしどういう訳か、朝から至る所でアクシデントが立て続けに起き、その処理に出払っていたのが災いした。
 これも太老くんのフラグメイカーの力か? 全く、こんな時に限って発動しなくても、と思わなくない。
 いや、これすらも確率変動によってもたらせた予定調和の一環とも考えられるが、太老くんに牙を剥いた者達を許す気はなかった。

「やはり、裏で不正を働いている者がいるようね」
「連中も詰めが甘いね。証拠を残しておくなんてさ。ましてや、証人を生かしておくなんて」
「ひぃっ!」
「ラン、折角の証人を殺してしまっては意味がないわ。拷問なんて、後で幾らでも出来るのだから、今は控えなさい」

 ランに脅され、そして私の殺気にあてられ、聖機工の男は顔を真っ青にして、金縛りにあったかのように指先一つ動かさず、その場で小刻みに震え上がっていた。
 もし、太老くんの身に何かあれば、私はこの男を許すつもりはない。当然、この計画を首謀した者もだ。

「どうするんだい? もう、試合は始ってるよ?」
「……割って入る訳にもいかないし、試合の方は太老くんに任せるしかないわね」
「太老様なら、確かに大丈夫だとは思うけど……じゃあ、あたし達は」
「このままで済ますつもりはないわ。フローラ様にも直ぐに連絡を――後、念のために会場の観客の避難誘導をお願い」
「避難って……まさか」
「本当に余計な事をしてくれたわ。危険なのは太老くんではなく、寧ろ、会場にいる人達や彼等の方よ」

 シトレイユでの決闘騒ぎ、一度目は太老くんが許した。しかし、二度目は私が許すつもりはない。
 観客はともかく、彼等が巻き込まれて死んだところで自業自得。彼等を助けるつもりなど微塵もなかった。
 ダグマイア・メスト。彼が首謀者であるのならば、太老くんの敵として排除するまでの事。太老くんの身を危険に晒し、命を脅かすような相手に、容赦をするつもりはない。
 それに上手くいけば、ずっと静観したままのババルン卿を引き摺り出す餌≠ノもなってくれるかもしれない。
 真に危険なのは、彼のような小者ではない。その後に控えている狡猾な男の方だ。

(もう一つの問題は……教会ね)

 私達にも油断があった事は認めるが、男性聖機師に協力した学院の聖機工の事もある。
 教会内部に太老くんを危険視する動きがあるという事は分かっていたが、男性聖機師達を利用してくるとまでは考えなかった。
 彼等の穴だらけの杜撰な計画がこうも上手くいったのは、教会の手引きがあったからだと考える。

 ――太老くんの聖機人が教会で修復を受けているという話を男性聖機師にリークしたのも
 ――聖機工を彼等の協力者に加え、その実行を手助けしたのも
 ――前座試合をすんなりと教会本部が認めたのも

 全ては男性聖機師達を利用して、裏で糸を引いていた人物の仕業だ。
 上手く考えたものだ。聖機工に関しても、教会を追求するには材料として弱い。『男性聖機師達に買収された、その男が勝手にやっただけ』と言われれば、トカゲの尻尾切りで終わりかねない。
 事が露見した暁には、実行犯である男性聖機師達に全ての責任を押しつけ、言い逃れるつもりでいるのだろう。

「……随分と、バカにされたものね」
『ひぃっ!』

 その場にいた全員が、私が発した殺気に震え、小さな悲鳴を上げた。
 思わず、本音と一緒に胸の中に溜まっていた怒りが滲み出てしまったようだ。
 しかし、これではっきりとした。
 全てがそうとは言わないが、教会内部にも確実に私達の敵がいる、ということが――

【Side out】





【Side:太老】

「何かの作戦か?」

 試合が始って五分ほど経つが、ダグマイアを始めとする男性聖機師達は遠距離からたまに銃で牽制してくるだけで、一向に近付いてくる気配がない。
 まるで、何かを待っているか、誘っているかのように距離を取ったまま動かずにいた。
 黄金の聖機人の噂は知っているはずだ。だとすれば、この聖機人の攻撃力を警戒して近付いてこないのは納得できる。
 だが、聞いていた話とは随分と違う。これが普通の試合であれば分かるが、私怨といってもいい逆恨みから発生した――これは言ってみれば私闘≠セ。
 てっきり、以前のダグマイアを知っている俺は、怒りに身を任せて数で押してくるものとばかりに考えていた。

「少しは学習してる、ってことか?」

 それならば、思った以上に強敵である可能性が高い。
 相手が無策で突っ込んでくるようなバカなら与しやすいが、そうでないとなればこちらも迂闊な行動は取れない。
 しかし、このままでは埒が明かないのは確かだった。
 警戒しているのは向こうも同じ。相手の出方が分からない以上、攻撃を仕掛けるには近付く他ない。そうでなくても、こっちは武器なし、丸腰の状態だ。

「仕方ないか……この聖機人なら、多少の攻撃は物ともしないし」

 俺は黄金の聖機人の進路を、相手が身を隠している石柱の方へと向ける。
 闘技場の舞台の上は、無数に林立する柱が死角となり、身を隠すには最適な石柱の迷路を造り出していた。
 尻尾ならこの石柱を破壊する事も簡単だが、そんな事をすれば観客にまで被害が及ぶ危険がある。
 出来るだけスマートに、それでいて破壊活動を行わないように戦う事を心掛ける、というのも見えない大きなハンデとなっていた。

「そこかっ!」

 ダグマイアの灰色の聖機人≠ニ、その周囲に隊列を組むように控えている四体の聖機人を発見する。
 有能な聖機師の証であるという立派な尻尾≠ェ、ダグマイアの聖機人には生えていた。ゴツゴツとした大きくて立派な尻尾だ。
 男性聖機師の中でも特に高い資質を持つという話だったが、確かにこの聖機人を見る限り、その話に嘘はないようだ。

「そんな攻撃――当たらなければ、どうということはない!」

 ダグマイア達の聖機人が放つ銃弾を柱の陰に隠れ、縫うように回避しながら距離を詰める。
 あのくらいの攻撃なら、直撃を受けても弾き返すだけだが、出来るだけ無駄な消耗は避けたい。
 この聖機人は強力な反面、何をするにも機体への負担が大きく、ダメージの蓄積というよりも派手な攻撃や、ヤタノカガミが受けた衝撃の大きさによって消耗の度合いが大きく変わる。
 結果、無茶な使い方をすればするほど、機体限界が早くきてしまうという弱点があった。

『くそっ! 何故、当たらない!』

 ダグマイアの焦りが声になって現れる。
 俺は一気に距離を詰め、隊列の左翼にいた聖機人二体を力任せに殴り飛ばし、その足でダグマイアの方へと跳んだ。
 しかし、柱の陰に潜んでいた伏兵が三体、ダグマイアを助けるように左右から奇襲を仕掛けてくる。

『一撃で!?』
『そんな――』
『うあっ!』

 回避しようと旋回した弾みで尻尾がかすってしまい、三体は上半身と下半身に分断され、地面に転がった。
 幸い直撃は避けられた事もあって、粉々には吹き飛んでいない。コクピットも避けられたようだ。

(危な……やっぱり、これだけゴツイ尻尾を乱戦で当てないようにするのって難しいな)

 気をつけていても、やはり周囲を林立する柱に囲まれ、更には多勢に無勢という状況下では、戦い難い事この上ない。
 機動力は削がれるし、死角となる場所も多いので伏兵を忍ばせるには絶好の場所だ。
 俺としては、その伏兵に攻撃された時が、一番予期せぬ行動が起こりやすいのでヒヤヒヤしていた。

「あれ? 場内の観客がいなくなってる?」

 先程まで、観客席にいたはずのフローラやマリア達の姿が見えなくなっていた。
 そればかりか、他の観客達の姿もなく、気付けば人気のないガランとした静けさが場内を覆っていた。

「もしかして、戦いやすいように、って皆が気遣ってくれたのか?」

 俺の黄金の聖機人の危険性を知っているフローラ達なら、十分に考えられる事だ。
 観客が巻き込まれる事を考え、力一杯戦えない俺の事を考えてくれたのだろう。
 これなら、万が一の危険も考えなくて済む。
 観客に気を配らなくていいということは、男性聖機師達を殺さないように気をつけるだけでいい、と言う事だ。
 それだけでも随分と戦いやすくなった。

「よし、なら一気に決めさせてもらうぞ!」

 機体限界の問題がある以上、あちらに振動波による稼働限界があるように、長期戦はこちらも不利だ。
 折角、皆が作ってくれた機会を無駄にしないために、一気に勝負を決めようと亜法結界炉の出力を上げた。
 背中と肘につけられた合計四機の亜法結界炉が、甲高い音を立てながら高速で回転する。回転する。回転する。

「って! 止まらん!?」

 こちらの予想に反し、亜法結界炉の出力がグングン上昇していた。
 リミッターが働いていないのか? 亜法結界炉が暴走している事は間違いない。
 視認出来るほど濃度の濃いエナが結界炉に吸い上げられ、聖機人から溢れんばかりの黄金の光を放つ。

『ハハハッ! これで貴様も終わりだ! そのまま自滅してしまえ!』

 勝ち誇ったかのように、笑い声を上げるダグマイア。
 まさか亜法結界炉が暴走する羽目になるとは予想もしなかった。

『ダグマイア待て! 何だ!? あれは――』

 しかし、その後にいたもう一人の男性聖機師が、俺の聖機人を見るなり驚いた様子で声を上げた。
 視界を覆う、肘、背中の亜法結界炉から湧き出る光の放流。それが段々とカタチを成し、一つの姿を取り始める。

『……ひ、光の翼だと? 何なんだ、それは!?』

 俺の聖機人の背に現れた六枚三翼の光り輝く翼。
 理解出来ないモノへの恐怖、困惑、焦り――
 ダグマイアの疑問は叫びになって、静けさの残る闘技場に大きく響き渡った。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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