仕事帰りの会社員や、夜の街に繰り出してきた若者達で、雑多と賑わう駅前の繁華街。
 時刻は、すでに夜の十時を回っている。こんな時間に私服姿の若者ならともかく、制服姿の女子校生の姿は一際大きく目立つ。
 常盤台中学の制服を着た一人の少女が、物珍しそうにキョロキョロと周囲を見渡しながら徘徊していた。
 時折、足を止めては、何かを気にした様子で辺りを見渡している。
 その様子から何かを警戒しているようにも、何かを探しているようにも、どちらとも見受けられる。

「ねえねえ、彼女、俺等といいトコ行かない?」

 下品な装いで、三人の若者がその少女に目をつけ声を掛けた。
 しかし、全く気に留めた様子もなく、少年達を無視して先へと歩いていく少女。
 当然、少年達も、無視されたことに腹を立て、少女をそのまま行かせまいと後を追いかけ、少女の小さな肩を鷲掴みにする。

「――ぐあっ!」

 一瞬、青白く発光したかと思うと、弾ける何かがバチバチっと音を立てた。
 少女の肩を鷲掴みにしていた少年は、全身を襲った痛みに耐え切れず、意識を失い、歩道の真ん中に俯きに倒れ込んだ。
 少女の体から、パチパチと音を立てて光を上げる物体。それは紛れもなく電撃だった。
 少女の体から発している電撃を見て、少年達は倒れた仲間を担ぎ上げ、慌てて距離を取る。

「の、能力者!」

 少年達は力を持たない無能力者(レベル0)だった。
 故に、どう見ても異能力者(レベル2)、もしくは強能力者(レベル3)ほどの力がある少女に、少年達が敵うはずもない。
 顔を青褪め、慌てた様子で逃げていく少年達。
 ここは学園都市。能力を持たない一般人が、能力者に戦いを挑むことの愚かさや無謀さは、学園に住む者であれば、子供から大人まで誰でも知っていることだ。
 先程まで少女を助けようともせず、目を合わせないようともしなかった通行人達は、少女が能力者だと知るや、明らかに怯えた様子でそそくさと少女から距離を取り、立ち去っていく。
 こうした光景は、この学園都市では決して珍しくないものだった。

「――!」

 何かの視線に気付き、慌てた様子で周囲を警戒する少女。
 キョロキョロと辺りを見渡し、人込みを避け、夜の公園の方へと走り去っていく。
 その少女の後を、徐々に獲物を狩場へと追い込むように、ゆったりとした足取りで追いかける一つの影。
 実験場と言う名の狩場で、最強の名を欲しいままにする超能力者(レベル5)の、狂気に満ちた舞台劇が幕を開けようとしていた。





異世界の伝道師外伝
とある樹雷のフラグメイカー 第8話『人違い』
作者 193






【Side:太老】

「酷い目にあった……」

 美琴に捜査協力を申し出たことがバレ、言い出した俺が責任を取って始末書を書かされる羽目になった。
 時刻は、すでに夜の十時を少し回っている。あれから、約五時間ほど拘束されていた計算だ。
 今日は本当に色々なことがあった。警備員(アンチスキル)の初仕事に、デパートで遭遇した虚空爆破(グラビトン)事件。
 もう、アパートに帰ったら、さっさと晩飯を食って、シャワーを浴びて、泥のように眠りたい。明日も、残念ながら仕事なのだ。

「……ん? あれは美琴か?」

 帰り道、歩道橋を渡っている最中に美琴らしき人物を発見した。
 何だか、周囲をキョロキョロと挙動不審な様子で見渡しながら、公園の方へと走り去っていく。
 こんな時間に、人気のない公園に何のようがあるのかは分からないが、あっちは俺のアパートのある方角だ。
 一刻も早く、アパートに帰ってゆっくりとしたい俺としては、あの公園を通り抜ける必要がある。
 とは言え、何だか嫌な予感がヒシヒシと肌に伝わってくる感じを受けるのだが、これは気の所為で済ませてよいものかどうか?

「仕方ない……迂回すると時間掛かるしな」

 結局、美琴に会わないことを祈りながら、公園を通り抜けることにした。
 道路脇に隣した開けた入り口から公園の中に入り、中央の噴水へと通じている林道を歩いていく。
 ここを直線に抜ければ、俺のアパートは直ぐだ。

「……はあ、やっぱりか」

 噴水のある中央広場でバチバチッと光る何かを俺は見つけた。
 間違いない美琴だろう。とは言え、こんなところで能力を使って何をしていると言うのか?
 考えられる相手としては上条だが、アイツはとっくに自分の家に帰ったはずだ。

「一体、誰と戦ってるんだ?」

 そっと俺は木陰から、噴水の方を覗き込む。そこでは美琴らしき一人の少女と、線の細い白髪の少年が戦っていた。
 迸る電撃の光と街灯の明かりが、二人の姿をくっきりと浮かび上がらせる。
 紅く揺らめく紅の瞳、色白い肌、そして真っ白な短髪。それは、間違いない。どれだけ記憶が薄れようとも忘れられるはずがない、最強最悪の超能力者(レベル5)――

一方通行(アクセラレーター)!?」
「――あぁン!?」

 しまった。突然の遭遇に、驚きから思わず声を上げてしまった。
 当然のように、こちらに気が付く一方通行(アクセラレーター)。美琴もこちらに気付き、驚いた様子で俺の方を見ている。

「オイ、テメエ、何で俺の名前を知ってる? 関係者じゃねーよな」

 嫌な予感の正体はこれだったか……。
 明らかに俺にターゲットを変更して、臨戦態勢に入っている一方通行(アクセラレーター)
 ニヤケた笑みを浮かべ、こちらを睨み付けている。
 目撃者は全部消すとか、今時流行らない冗談は本気でやめて欲しいのだが、聞いてくれそうにないよな?

警備員(アンチスキル)だ。素直に立ち去るなら、この場は見逃す。
 これ以上続けるようなら、一緒に来てもらうことになるぞ」

 幾らなんでも、学園最強と言われている奴と、正面からやり合いたくなどない。
 とは言え、美琴を見捨てていくのも後味が悪すぎる。それに後で黒子になんて言われるか、分かったものじゃない。
 警備員(アンチスキル)の名前を出せば、幾らコイツでも無茶な行動には出まい。学生と言う立場である以上、警備員(アンチスキル)とは揉め事を起こしたくないはずだ。

「あン? テメエ、何様よ?」
「…………」
「目撃者がいなくなれば、別に警備員(アンチスキル)だろうと関係ねーよな」

 やはり無駄だったらしい。こうなるとは思っていたのだが、俺を逃がすつもりはないようだ。
 とは言え、こんな変態と真面目に戦うつもりなど、俺には微塵もない。

「はあ……」
「何、溜め息付いてンだ、テメエ――」

 一方通行(アクセラレーター)の攻撃が来る前に、俺はその横を全速力で駆け抜ける。
 向かう先は奴ではない。美琴の居る位置だ。

「たくっ、お前は何やってんだよ。さっさと逃げるぞ」
「え……ですが……」

 まだ何か文句を言いたげな美琴を脇に抱え、俺は一方通行に背を向けて、一気に公園の反対側へ走り去る。
 後で一方通行(アクセラレーター)が何かを言っているような気がするが、一々相手などしてやる気はない。
 と言うか、無理だ。真面目に戦って、勝てる気など全くしない。
 アイツはあらゆる攻撃を反射したり、力の向きを自在にコントロールするような化け物だ。
 確か、運動量、熱量、光、電気量など、あらゆるベクトルを観測し、触れただけで操作する能力とか、そんな感じだったと思うが、上条当麻が表のチート能力者なら、こいつは裏のチート能力者。学園最強、第一位と言う肩書きは伊達ではない。
 そんなアホみたいな能力者と、俺が真面目に戦ってやる義理など、どこにもない。

「ここまで来たら、アイツも追って来れないだろ」
「あなたは何者なのですか? と、ミサカは問い掛けます」
「……はい? えっと、ちょっと待って美琴≠カゃないの?」
「ミサカの名前はミサカです、とミサカは即答します」

 ――ミサカ。その名前の響きや話し方は、俺もよく覚えがあった。
 ハアッと盛大に大きな溜め息を漏らす。そう、間違いない。彼女は、美琴の(シスターズ)≠セった。

【Side out】





【Side:一方通行】

一方通行(アクセラレーター)!?」
「――あぁン!?」

 行き成り後から通り名を呼び捨てにされ、俺は後ろを振り向く。
 そこには年若い一人の男が、何やら驚いた様子で立っていた。
 この薄暗い夜の公園で、俺のことを一目で一方通行(アクセラレーター)と言い当てたコイツは、間違いなく只の一般人ではない。
 この実験場(こうえん)に足を運んだ以上、考えられるのは実験の関係者と言う線だが、

「…………」

 俺と同じく超能力者(レベル5)、学園第三位の『超電磁砲(レールガン)』の二つ名を持つ御坂美琴。
 その女のクローン体、通称『シスターズ』と呼ばれる固体の一つ。俺に殺されるためだけに存在する、使い捨ての模造品が、この女だ。

 馬鹿げた実験、狂気とも言える内容。
 当初、世界最高の頭脳を誇る演算コンピューター『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』は、超電磁砲(レールガン)を百二十八回殺害することで、俺を絶対能力者(レベル6)≠ノ進化させることが可能だと答えを導き出した。
 しかし、超電磁砲(レールガン)を百二十八人も用意することは事実上不可能。
 ならば、と再計算し、考え出されたのが超電磁砲(レールガン)のクローンを二万人用意し、二万人の御坂美琴のクローンを相手に、二万回、二万種の戦場で、俺と戦わせることにより、俺、一方通行(アクセラレーター)を、前人未到の絶対能力(レベル6)≠ノ到達させようと言う、狂気の計画だった。

 超能力者(レベル5)量産化計画と言う、馬鹿げた研究をやっていた連中の仲間だ。
 その過程で作られた実験動物(モルモット)を、どう生かそうが殺そうが、奴等にとって絶対能力(レベル6)≠ノ到達できる可能性がそこにあるのであれば、非人道的だからと言う理由だけで、実験をやらない、目指さないと言う選択肢は存在しない。
 こんな都市に能力者を集め、日夜、人体実験を繰り返しているような連中だ。元から狂っていても、何ら不思議ではない。

 そして俺は、その狂気とも言える馬鹿げた実験に付き合わされていた。
 当然、そこに学園上層部の意思が絡んでいる以上、俺に拒否権などあるはずもない。
 やる気のあるなしの問題ではないのだ。

 だが、俺は自らの意思で実験に参加することを決めた。その結果、すでに一万人近いシスターズをこの手に掛けてきている。
 俺が望むのは、目指すのは、本当の意味での真の最強=B
 学園最強などと俺は言われているが、それは学園側が決めたランクによって俺の価値観が決められ、それを知った連中が客観的に俺の力を判断しているからに過ぎない。
 だからこそ、連中は俺の本当の強さを知らない。見た目で判断し、万が一の可能性に賭け、無駄な戦いを挑んできやがる。
 返り討ちにあう、殺されると言う当たり前の結果すら、奴等の頭では想像できない。
 そこで俺は考えた。ならば、戦いを挑むのも馬鹿らしく思えるほど、絶対的で、圧倒的な力の差を教えてやればいい。

 前人未到とも言われる、未だ誰も到達したことのない領域――絶対能力(レベル6)

 神の力とも言われるそこ≠ノさえ到達すれば、馬鹿な考えを起こす連中もいなくなるだろう。
 神に挑んで勝てると思う馬鹿はいない。
 そんな馬鹿なことを考える奴がいるとすれば、そいつは本物の馬鹿か、それ以上の馬鹿だけだ。

「――!」

 ミサカは、驚いた様子で男のことを見ている。
 実験の道具であり、監視役でもあるこの女が知らないと言うことは、関係者ではないのかと俺は考えた。

「オイ、テメエ、何で俺の名前を知ってる? 関係者じゃねーよな」

 この実験は学園が黙認しているとは言え、一般には口外できない非合法なものであることに変わりはない。
 一般人に目撃されれば、口封じに殺すか、二度と話せない程度に痛めつけるかのどちらかしかないだろう。
 だが、俺の勘がコイツは何かある≠ニ告げていた。
 何故か、咽が渇く、肌がピリピリと痛む、見た目は何でもない普通の男にも関わらず、どこか飄々とした装いの中に、得体の知れない何かを感じる。

警備員(アンチスキル)だ。素直に立ち去るなら、この場は見逃す。
 これ以上続けるようなら、一緒に来てもらうことになるぞ」

 自分のことを男は警備員(アンチスキル)だと名乗った。
 どう見ても、年齢は十代半ばと言った様子だ。まだ、学生だと言われた方がしっくりと来る外見をしていながら、自分のことを男は警備員(アンチスキル)だと名乗る。
 教職員でもない様子だし、本当に警備員(アンチスキル)かどうかも疑わしい。最も、この場に居合わせた時点で、警備員(アンチスキル)だろうが、風紀委員(ジャッジメント)だろうが関係ない。
 寧ろ、より口封じをする必要性が高くなったと言うことだ。

「あン? テメエ、何様よ?」
「…………」
「目撃者がいなくなれば、別に警備員(アンチスキル)だろうと関係ねーよな」

 得体の知れない奴だが、この俺が負けるはずがない。俺は学園都市第一位、能力者達の頂点に立つ、最強の一方通行(アクセラレーター)様だ。
 例え、奴が超能力者(レベル5)であろうと、この俺が負けるはずがない。
 ポケットに手を忍ばせ、俺は奴を睨みつけ、ジリッとその距離を詰めようと前に出る。

「はあ……」
「何、溜め息付いてンだ、テメエ――」

 何の感慨もないと言った様子で、俺の前で肩落とし、大きく溜め息を吐く男。
 こんな尊大な態度に出られたのは、これまでで初めてのことだ。
 馬鹿な奴は、たくさん打ちのめしてきたが、俺を前に溜め息を漏らした奴はコイツが初めてだった。
 その態度が頭に来た俺は、奴に飛び掛ろうと足に力を籠める――

「たくっ、お前は何やってんだよ。さっさと逃げるぞ」

 ――! 驚愕した。この俺が、いつの間にか後を取られていたのだ。
 瞬間移動能力者(テレポーター)かと思ったが、何か様子が違う。
 ミサカに声を掛けたかと思えば、脇に彼女を抱え、こちらを振り向くこともなく、一目散に俺に背を向けて逃走を始める男。
 逃がすか――と、踏み出す足のベクトルを操作し、人間離れした脚力で男の後を追い掛けるが、一向に追いつけない。
 そればかりか、能力を使っている俺が、グングンと引き離されていた。

「チッ、何だったんだ? アイツは……」

 すでに男の姿は、完全に見えなくなっていた。こうなっては、幾ら俺でも追い掛けることは不可能。
 あの速度、只の人間が出せる速度ではなかった。それに、俺を相手に溜め息を吐く余裕といい、どう考えても普通の奴じゃない。
 逃げられたと見るべきか、見逃されたと考えるべきか……。

「クッ! 次に会ったら必ず殺ス」

 胸の辺りがムカムカとする。こんなに感情的になったのは、久し振りのことかも知れない。
 自分のことを警備員(アンチスキル)と名乗った男。あの男のことが、頭から一向に離れることはなかった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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