【Side:一方通行】

 あの自分のことを警備員(アンチスキル)だと名乗った男と、初めて出会ってから今日で三日目。
 昨晩も実験中に乱入を繰り返され、合計五回もの邪魔をされた。
 一昨日と合わせると、これで計六回も実験を阻止されたことになる。
 更には、アイツに実験を邪魔されたことで功を焦った研究者共が、野外で行う一日の実験回数を勝手に増やしやがった所為で、俺は街中を一晩中駆けずり回される嵌めになった。
 挙句には、その全ての実験を邪魔され、俺がいながら妹達(シスターズ)をまんまと全員奪われたとくる。
 さすがに今回の事態に研究所の連中も危機感を覚えたらしく、対策が取れるまでしばらくは実験を見送ると通達してきた。
 当然だろう。あそこまで正確に実験場の位置を把握されていたと言うことは、情報が筒抜けになっている可能性が高いと言うことだ。
 どんな手段を使ってるのかは分からないが、アイツはこっちの動きを全て掴んでやがるってことになる。

「クソ……あの野郎……」

 正直、実験がどうなろうが今更どうでもいい。端から色々と気に食わなかった実験だ。
 絶対能力(レベル6)に魅力を感じない訳ではないが、心情としてはこの実験を俺は由としていなかった。
 ただ俺には、それを拒否することも拒絶することも出来なかっただけのことだ。
 それにこの実験が成功すれば、俺が思い描いてきた長年の夢も叶う。それが実験に協力する気になった一番の理由だ。

 ――争いが起きないためにはどうすればいいか?

 馬鹿馬鹿しくなるほど長い時間考え抜き、導き出した答えは簡単だった。
 挑もうとさえ思えなくなるほど、戦おうなどと言う意志すら芽生えなくなるほどの絶対的な力≠手にすればいい。

 俺の力は自分でも自覚しているほど凶悪で最悪な力だ。
 銃を向けられようが、例えミサイルを打ち込まれようが、俺は傷一つ負うことはない。
 どんなに強力な能力者が相手であっても、傷つき倒れるのは必ずその相手だ。
 何百、何千、いや何万回と俺はそんな馬鹿な連中を見てきた。
 勝てない、死ぬ結果が見えていると言うのに、歯向かってくる馬鹿な連中を――

 この実験で俺が殺しまくっている妹達(シスターズ)もそうだ。
 アイツ等を殺しまくった先に、俺が求めたものがある。誰も殺さず、傷つけず、馬鹿をみない理想が――
 犠牲を出さないために、また新たな犠牲を出す。俺はその矛盾をずっと腹の中に抱えたまま、今日まで生きてきた。
 だが――

『当たらなければ、どうということはない!』

 などと人を小馬鹿にした態度で、俺から何度も容易く逃げ切った男。
 問題は奴だ。自分のことを警備員(アンチスキル)だと名乗った、あのフザケた野郎を叩きのめさないことには俺の気が治まらない。

「今度……見つけ……たら必ず……」

 自宅に戻った俺はそのままベッドに倒れ込み、襲ってきた睡魔に抗えず、そのまま目蓋を閉じ意識を手放す。
 最悪な寝言を呟きながら、最低な馬鹿の悪夢にうなされる。
 この嫌な気分が晴れることはなかった。

【Side out】





異世界の伝道師外伝
とある樹雷のフラグメイカー 第13話『駆け落ち?』
作者 193






【Side:黒子】

 ミサカをホテルまで迎えに行く。
 正直、これほど脱力感に見舞われたことはない。拍子抜けもいいところだ。
 平和に越したことはないのだが、色々と心配していたのが馬鹿らしく思えるほど、平穏な一コマだった。

『へーんしん! 超機動少女(マジカルパワード)カナミン』

 ミサカはベッドの上でテレビを見ながら寛いでいた。
 どうやらアニメを見ていたようだ。何だか派手な装いの魔法少女が杖を片手に、悪役と対決している様子が映し出されている。
 とは言え、何もなかったようなので、一先ずほっと胸を撫で下ろす。
 視線をふとベッド脇のテーブルの上に向けると、食べ散らかした食器の数々が無造作に積み重ねられていた。
 朝食にルームオーダーを頼んだのだろうか? それ以外は特に問題なく、思ったよりも大人しくしていたようで安心した。

「では、行きますわよ」

 ミサカがアニメを見終わるのを待って、身支度を済まさせると部屋を退室する。元々、手荷物など何もないので楽なものだ。
 直ぐ様、わたくしはフロントでチェックアウトを済まし、そのままミサカと二人で彼女の下着や洋服を買いに街に出た。

「とてもよくお似合いですわ」

 店員が営業スマイルでそんなお世辞を述べる。ここは駅前の繁華街にあるセレクトショップ、わたくしの行きつけの店だ。
 素材は当然いいに決まっている。ミサカはわたくしが信愛するお姉様のクローンだ。
 お世辞など抜きに、どんな服を着ても似合うのは当然、似合わないはずがない。
 お姉様もあのお子様趣味さえどうにかしてくだされば、わたくしとしては言うことがないのだが、と少し余計なことを考えていた。

 しかし、ここで気付いた重要なことがある。
 ミサカの方がお姉様よりも肌がキメ細かく、痛みのないサラッとした髪をしていると言うことだ。
 更には、この女性が羨むほどのスレンダーな体系。まあ胸は将来に期待するとして、明らかにお姉様よりもお尻が小さく腰周りが細い。
 あれだけ昨日はバカスカと食べていたというのに、朝食もあの皿の数を見る限り、相当の量を食したはずだ。
 にも拘らずこの体型、あの大量の食事がどこにいったのか不思議でならなかった。

「やはりお姉様には、わたくしが付いていませんと……」

 お姉様の場合、素材はあれだけいいのだから磨けば光ると言うのに、夜遊びなど不摂生が過ぎるのが玉に瑕だ。
 自分のクローンに負けているようでは、色々と勿体無いを通り越して情けなくなる。
 やはり五月蝿いと言われようとも、わたくしが誠心誠意お姉様を説き伏せ導かなければ、いつまで経ってもお姉様は女≠ニして駄目なままだと再確認した。

「ありがとうございました」

 店員の見送りを受け、セレクトショップを後にするわたくし達。
 その後、近くの雑貨店で日用品などの小物を少し買い足した後、時間を確認して例のクレープ店のある広場で休憩を取ることにした。
 太老との待ち合わせまで、まだ二時間近くある。どうも思ったより、早く用事が済んでしまったようだ。

「本当に美味しそうに食べますのね……」
「ミサカは美味しいものは素直に美味しいと言います。その点で言えば、このクレープは実によく出来ています。
 外はふんわりと弾力性があり、中のクリームの舌触りは滑らか且つ、甘さも程よく、アクセントのイチゴジャムの甘酸っぱい酸味が上手くマッチしています」
「は、はあ……」
「とてもグッジョブです! とミサカは惜しみない称賛を贈ります」

 食評論家にでもなったら、上手く生計を立てていけるのでは?
 と思えるほど滑舌な様子で、クレープの評価を聞かせてくれるミサカ。
 ミサカの食べているのは木苺のジャム≠フクレープ。バナナクレープと並ぶ、この店の売れ筋商品の一つだ。
 もぐもぐと本当に美味しそうにクレープを頬張るミサカ。
 クレープ一つでここまで幸せそうな顔が出来るのは彼女くらいのものだろう、とわたくしは苦笑混じりに感心する。

「よかったら、わたくしのも食べますか?」
「……いえ、ミサカは納豆≠ヘ邪道だと思いますので、謹んで遠慮させてもらいます」
「…………」

 わたくしが食べているのは、最近お気に入りとなっている『納豆入りクレープ』だ。
 食べてみると意外と美味しいのだが、お姉様といいミサカといい、この味の良さが分からないらしい。
 わたくしはハムッとクレープに口をつけ、次はどうするかと少し思案する。
 ミサカの洋服や下着、最低限必要な日用品は取り敢えず買い揃えた。
 今のミサカの格好は、昨日まで着ていた常盤台中学の制服ではなく、爽やかな青いオフネックTシャツの上に白のチュニック、下にはフリルをあしらった紺の短いスカートを身に付け、靴は動きやすいように踵の低い黒のショートブーツを履いている。
 下着は勿論、お姉様の履いているようなお子様パンツではなく、この黒子が吟味に吟味を重ねて選んだ――

「何だか、凄く邪な気配をミサカは察知しました」

 鋭い、とわたくしは思い、ミサカから視線を横に逸らす。とは言え、本当にどうするべきかと思案する。
 このままブラリと街中を散策して太老を待ってもいいのだが、荷物もある上に出来ればミサカを余り人前に晒したくはない。
 実験の関係者に見つかるのは厄介だし、知り合いに見つかるのも出来れば避けたい。
 誰彼構わずミサカを紹介する訳にもいかず、ましてやお姉様のことを知っている、そう佐天さんや初春などに見つかれば――

「あ、白井さーん!」
「ブ――ッ!」

 こちらに向かって大きく手を振っている初春。佐天さんも一緒のようだ。
 昨日も風邪で寝込んでいたのなら、ちゃんと大人しく家で養生していればいいものを、何とタイミングの悪い子だと心の中で悪態を吐く。
 荷物を脇に抱えミサカの手を握ると、初春に背を向けて直ぐ様、空間移動(テレポート)でその場から逃亡する。
 後で追及されるかもしれないが、ここで見つかる方がずっと厄介なことになると判断しての行動だ。

「これでは、街を回るのは無理ですわね……」

 仕方ない、とわたくしは大きく溜め息を吐き、昨日の夜、太老から受け取った一枚の紙を開ける。
 其処には太老のアパートの住所が書かれていた。
 わたくしの携帯電話の番号は本人に渡したが、太老は未だ携帯も持ってなければ家に電話もないと言う。
 今時、電話もないなどと、どんな生活をしているのかと訝しんだが、ないと言うものを無理に聞き出すことは出来ない。
 仕方なく、アパートの住所を教えてもらうことで手を打った。
 いざとなれば警備員(アンチスキル)に問い合わせるなり、書庫(バンク)のデータを漁れば分かることだが、やはりこう言うことは本人の口から聞いておいた方がいい。
 これから太老とは背中を預けあう仲になるかもしれないのだ。無用な不信感を与えたくなどはなかった。

「ここからなら、それほど遠くありませんわね」
「タロウの家に行くのですか? とミサカは問いかけます」
「そうですわ。ああ、あなたは知っているのでしたわね」
「はい。よろしければ、ミサカが案内しますが?」
「では、お願いしますわ」

 地図を制服のスカートのポケットにしまい、ミサカの案内で太老のアパートに向かう。
 そう言えば太老の家に、というよりは男性の家に行くのはこれが初めてのことだった。
 意識しないと心に決めていたのに、一度気が付くとじわじわと汗が込み上げてきて、手を胸に当てなくても分かるほど鼓動が激しくなっていくのを感じる。

「……汗をたくさん掻いているように見受けられますが、そんなに暑いのですか? とミサカは問いかけます」
「そう、暑い! 今日は本当に蒸し暑いですわね!」

 訝しい表情で、わたくしのことをじーっとジト目で見詰めてくるミサカ。
 正直、穴があったら入りたい気分だった。

【Side out】





【Side:初春】

「あ、白井さーん!」

 と呼び掛けたにも関わらず、隣にいる女性と一緒に逃げられてしまった。
 隣に居たのは間違いなく御坂さんのはずだ。
 たくさん買い物袋を持っていたし、街で一緒に買い物をしていたのかと思ったが、それにしても何か様子がおかしかった。

「うーん、あれは何かあるね」

 佐天さんも、やはり気になるようだ。顎に右手を当て、ニンマリと悪どい笑顔を浮かべている。
 あの様子から察するに、知り合いに見つかっては困る何かがあるのは間違いないだろう。
 たくさんの買い物袋、二人でコソコソと手に手を取って、知り合いに見つかって困るようなこと、

『駆け落ち!』

 佐天さんと声をハモらせ、互いに顔を見合わせて確認する。
 確かに二人はルームメイトで、白井さんは御坂さんのことを凄く慕っていることは私も知っている。
 しかし、駆け落ちするような仲だとは聞いたことがない。
 いつの間にそんな急展開があったのか、と私達はウウンと頭を捻る。

「とは言え、これはスクープ……いや白井さんと御坂さんの大ピンチだよ!」
「で、でも、まだ駆け落ちと決まった訳じゃ……」
「あの様子は絶対におかしいって! それに朝だって――」

 佐天さんの話では私の家に来る前に、白井さんと街中で偶然に遭ったらしい。
 その時、どうも様子がおかしかったらしく、気にはなっていたそうだ。

「あの時、何だか思い悩んだ様子で……そう『好き』だ、どうのって歩道の真ん中で叫んでたのよ!」
「でも、そのくらいなら……いつも白井さんは普通に言ってるような」

 さすがに街中で突然奇行に出るようなことは……まあ滅多にないが、白井さんは御坂さんのことになると周囲が見えなくなることは多々ある。
 今回も似たようなことではないかと思ったのだが、確かに佐天さんの言うとおり様子がおかしかったのも事実だ。

「初春はいいの!? このまま白井さんがいなくなっても!」
「え……」

 佐天さんにガシッと肩を掴まれ、そう言われるとグラリと心が揺れた。
 確かに白井さんがいなくなるのは困る。風紀委員(ジャッジメント)の先輩でパートナーで、そして数少ない大切な友人だ。
 そう思うと、白井さんに何も相談してもらえなかったことが少し悲しく思えた。
 本当に白井さんがいなくなったら、私はきっと凄く悲しいと思う。
 実際の理由が駆け落ちかどうかは分からないが、もし何らかの事件に巻き込まれているのだとしたら?
 私達を巻き込まないために、態とあんな行動にでたという可能性だってある。

「分かりました。佐天さん、支部に向かいましょう!」

 ここに居るよりは、あそこの方が色々と情報が集まりやすい。
 他の支部や風紀委員(ジャッジメント)にも協力を要請して、監視カメラの映像なども虱潰しに当たっていけば必ず二人の足跡を見つけられるはずだ。
 私は佐天さんと共に急いで支部へと向かう。ここからは時間との勝負だ。

(白井さん、早まらないでください)

 まだ、あの時に二人で誓い合った約束も果たせていない。

 ――己の信念に従い、正しいと感じた行動をとるべし
 ――その信念を胸に、必ず二人で一緒に一人前になる

 固く握手を交わし、そう誓いあったあの時の約束を私は今も忘れていない。
 その約束も果たせないまま、白井さんには居なくなって欲しくはない。

 それは風紀委員(わたしたち)出発点(スタートライン)なのだから――

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED





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