【Side:太老】

 こんな骨董品紛いの装備で『始末する』とか、幾らなんでも俺のことを舐めすぎだろう。
 本気で俺を始末するつもりなら、最低でも軍用のバイオボーグ≠ュらいは持って来いって話だ。
 実際、バイオボーグを持ってきても、その程度ではやられない自信はあるが……伊達に、あの連中≠ノ鍛えられてない。

「碌な物がないな……」

 気絶している三人の持ち物を漁って見るが、素人が簡単に使えそうな物は余り見当たらなかった。
 手榴弾にサブマシンガン、拳銃や、こいつは軍用ワイヤーにナイフ。顔に付けていたのはガスマスクのようだ。
 銃を使った経験なんてないし、この中で使えそうなのはワイヤーにナイフくらいのものか。

(何だ? この妙な機械……)

 あと拳銃をよく見ると、三インチ程度の小さな液晶モニタと、先端にセンサーのような物が取り付けられていた。
 色々と弄って見て分かったが、どうやらこいつでこの暗がりの中、俺達の位置を正確に把握していたようだ。
 メモリに登録した相手の臭いを、このセンサーで追跡している、と言ったところか。

(名前の通り、犬みたいな連中だな)

 こいつ等のアホ面を見て、やっと名前を思い出したが、猟犬部隊(ハウンドドッグ)と言う連中に間違いないだろう。
 暗視スコープでも使っているのかと思っていたのだが、ハイテクなのかそうでないのか、よく分からん連中だ。
 能力者は確かに厄介だが、通常の装備と言うと所詮はこんなものか、と俺は小さく溜め息を吐いた。

「最後にゲジゲジ眉毛を書いてっと、よし完成!」

 どうせ表に顔を出せないような外道ばかりだし、何をされても問題あるまい。
 取り敢えず、仕置きの一環として衣服を脱がし、これでもかってくらい変態さをアピールするために頭の悪い落書きを施してやった。
 命を狙われてまで野郎に優しくしてやるほど、俺は寛容には出来ていない。これが鬼姫なら施設ごと撃滅宣言されてるところだ。
 俺としては、命があっただけ感謝して欲しいくらいだった。

(しかし、想像以上に面倒なことになってやがるな)

 暗部を統括してる奴に木村≠セか木島≠セか、そんな覚えやすい名前の変態が居たような気がするが、今はそんな脇役≠フ名前を気にしている場合ではない。
 問題は、完全に学園にマークされてしまった、と言うことだけだ。
 魔術師でも能力者でもない、ただ武装しただけの無能力者(レベル0)は、寧ろ俺としては相手にしやすい。
 この手の連中なら徒党を組んでやって来ようが、面倒なだけで大して対処には困らないだろう。

(学園都市最大の変人≠ノ目を付けられたってことか……)

 それも総括理事長の、そう……あの逆さの男。すまん、名前は完全に忘れた。
 ああ、外道の名前は忘れないけど、変態や変人の名前は極力覚えないようにしてるんだ。
 経験上、変人や変態に関わると碌なことがない。同類に思われたくもないので、知らぬ存ぜぬ赤の他人を演じるのが一番いい。

 取り敢えず、そんな奴に目を付けられたのは間違いない。
 全く持って不愉快極まりないが、怪人逆さ男≠ノ睨まれたってことだ。
 この事件が終わったら貰う物だけ貰って、本気で学園都市を出ることを考えた方がいいかも知れない、と俺は真剣に考え始めていた。

「これから、どうするんですの?」
外部(ネットワーク)から探りを入れるのはこれ以上無理だし……どうしよっか?」
『…………』

 何やら呆れた様子の二人に、白い目で見られてしまった。
 そうは言ってもこの状態じゃ、打ち止め(ラストオーダー)を確保するのは難しそうだし、すでに天井亜雄も姿を消しているだろう。
 猟犬部隊(ハウンドドッグ)を相手にしながら、研究所を潰していくのも厄介だし……ここはやはり、

「ククッ……捜すのが無理なら、自分達から出てきてもらうしかないよな」

 俺は不敵に笑う。あっちがその気なら、こちらも一切遠慮をする必要はないと言うことだ。
 余り褒められた方法ではないが、こう言う連中には最適な手段がある。
 ここが異世界なら面倒な銀河法とかも適用されることはないだろう。何かあったら鷲羽(マッド)に責任転換すればいいだけの話だし。

「ああ、忘れるところだった」

 と、その前に一つだけすることがあった。
 この手の連中の行動原理を考えると、ここに来ているのがこの三人≠セけとは到底思えない。

「まずは犬の躾が先だな」
『……犬?』

 首を傾げる黒子とミサカの二人。
 そう、まずは躾のなってない駄犬狩り≠フ開始(スタート)だ。

【Side out】





異世界の伝道師外伝
とある樹雷のフラグメイカー 第17話『駄犬狩り』
作者 193






 研究所を見下ろせる高台の位置に黒ずくめの男達の姿があった。
 その中心にいる人物――短髪に、顔の左側に刺青を施し、両腕には金属製のグローブのような物が付けられている。
 それは人工筋肉とモーターで一μm(マイクロメーター) 単位での精密作業を可能とするマイクロマニピュレーター≠セ。
 科学者らしい持ち物を持ってはいるが、どこか科学者らしからぬ風体の男。
 科学者らしい白衣は身に纏ってはいるが、不良(チンピラ)のイメージが付き纏う。彼が――この群れのリーダー木原数多(きはらあまた)
 嘗て、一方通行(アクセラレーター)と言う化け物をこの世に生み出した稀代の天才科学者。

 天才であるが故に他の研究者とは相容れず、あらゆる理論で現場の先を行く彼の頭脳は、そんな研究者達にとって嫉妬の対象だった。
 その結果、木原はどこの研究所にも受け入れて貰えなくなり、気付けば総括理事長直属の暗部組織の一角、猟犬部隊(ハウンドドッグ)の部隊長に納まっていた。

「オイオイ……どうなってやがる」

 科学者としては他に類を見ない程に天才であることは間違いない。しかし、人としてはクズ≠ニ言って間違いない。そんな男。
 猟犬部隊(ハウンドドッグ)がクズの寄せ集めなら、彼はそれ以上。人として壊れている、と比喩しても間違いない程の外道。
 天才であるのは確かだが、彼には――それしかない。

 彼にとって自分以外の人の命など、そこらに生えている雑草と代わりない。
 だから命を奪うことに罪悪感も感じなければ、一切の躊躇もしない。例え仲間の命だろうと、彼にとっては雑草と同価値しかない。
 人を人とも思わない残虐な男。だから殺意はあっても敵意がない=B
 木原数多とは、そう言う男だった。

「第一班、第二班連絡途絶!」

 彼の周囲にいる十名ばかりの猟犬部隊(ハウンドドッグ)の隊員達は、驚いた様子で報告を繰り返す。
 そう、研究所に突入した二十余名の隊員達の殆どと、連絡が急遽途絶えてしまったのだ。
 そこからでは、研究所の中で何が起こっているのか分からない。
 しかし、高が三人を始末するのに猟犬部隊(ハウンドドッグ)が総掛かりで、しかもすでに三分の二もの戦力が何らかの方法で撃退されている、と言う事実。
 罠に掛け、すでに袋の(ねずみ)と化したはずの獲物が、よもや自分達に牙を向いてくるとは、思いもしていなかったのだろう。

『ぎゃあぁ――』
「おいっ!」

 また一人、通信が途絶えてしまう。これで突入した部隊の人間全員と、連絡が途絶してしまったことになる。

 ――あそこに何が

 それは黒ずくめの男達全員が思っていること。追い立てたはずの狩場が、今では猛獣の檻にさえ見える。
 少なくとも彼等の眼には、研究所が処刑場のように見えて仕方なかった。
 ――ザッ
 男が一人、恐怖に駆られて逃げ出そうとすると、木原は横の男から銃を奪い、容赦なくその男の頭を後から打ち抜いた。

「誰が逃げていいって言ったァ?」

 臆病者はここにはいらない。何者かは知らないが、ここまで虚仮にされて黙っていられるほど、木原は出来た人間でもなかった。
 こうして研究所の周りを見張っている以上、あそこから標的≠ェ逃げた可能性は低い。
 仲間が()られたことといい、まだ中にいることだけは確かだった。

 木原は他の黒ずくめの男達に指示をする――行けと
 行って必ず殺して来い≠ニ指示を出す。

「たくっ! 冗談じゃねェ、獲物に虚仮にされて堪るかよ!?」

 追い詰めている、狩っているのはどちらかを、この相手にきっちりと教え込んでやる。
 木原数多は先に向かった黒ずくめ達の後に続き、研究所へと向かう。
 そこに――鬼≠ェ潜んでいるとは知らずに





【Side:太老】

 ゾロゾロ、ゾロゾロと懲りない連中だね。
 十人くらいはいるとは思っていたが、想像以上に害虫≠ヘ多かった。
 二十人ほどを片付けた後、最初の連中と同じように研究所の廊下に素っ裸で放置し、落書き付で並べてやった。
 後で写真を撮っておいてやろう、と考えていると、また十名程の黒ずくめ達が突入してきた。

「さすがにもう面倒だな」

 いい加減鬱陶しいし殺してもいいのだが、出来れば黒子とミサカに変なトラウマを与えたくない。
 とは言え、人が手加減していると思って、こいつ等舐めてないか? と苛立ちを覚え始めていた。
 仲間がこれだけやられているのに、未だ無警戒で向かってくるってどうよ?
 馬鹿なのか? それともそれだけ自分達の力を過信していると言うことか?
 どちらにせよ、相当の馬鹿なのは間違いない。まだこれなら本物の犬≠フ方が遥かに賢いってものだ。

「なっ――ぐああぁ!」
「どうした!? ぐはっ!」

 臭いで追ってきていることは分かっていたので、俺の臭いがたっぷりと染み付いた靴下を使って、空調ダクトから廊下中に臭いを充満させておいた。
 アレだけ街中を駆けずり回っていたにも関わらず、色々と忙しかったこともあって三日も洗ってない靴下だ。
 きっと物凄い臭いが廊下中に充満しているはずだ。

 それを防ぐために、俺は連中のマスクで顔を覆っている。
 黒子とミサカには別の役目を任せ、研究所の奥の隔離施設で計画に必要となる機材の準備を進めて貰っているので、臭いの被害には遭わないはずだ。
 もっとも、この作戦を知らせると二人は凄く嫌そうな顔を浮かべてはいたが……。

 でも、鼻を馬鹿にするのなら、これ以上の作戦はないと思わなくね?
 元は俺の臭いだし、少し日数が経って臭いがきつくなってるだけの話だ。
 ちょっとした毒ガスになっているような気もしなくはないが、頭がクラクラとするだけで死ぬようなことはない……はずだ。

「そ、そこか!」

 全く持って懲りない連中だ。学習能力がないってのも困り者だと俺は思う。
 サブマシンガンを飛び上がってかわすと、そのまま天井を走って男の背後に回る。
 ――ストンッ
 首筋に手刀を放って、これで終わりだ。

 この幅三メートル程しかない狭い廊下では、一度に襲ってこれる人数にも限界がある。
 ましてや、この暗がりだ。同士討ちを恐れて派手な攻撃が出来ない以上、幾らでも逃げ道などある。避けることなど造作もないと言う訳だ。
 いざとなれば対戦車ミサイルとかでも弾き返せる自信があるのだが、まあ、ここでそんな物を持ち出してくる馬鹿はいないだろう。
 自分達も瓦礫の下敷きになりかねないし。

「これで全員かな?」

 大方片付いた。最初に感じた十人程の気配は今では感じられない。
 多少面倒臭かったが、所詮普通の人間が相手ならこの程度だ。
 もうちょっと出来るかと思っていたのだが、連携もバラバラだし錬度も今一つだった。
 こうした予期せぬ事態に弱いように見受けられる。この様子から察すると、ずっと奇襲ばかりで勝って来たか、今まで格上の相手と戦った経験などないのだろう。
 軍隊としては、二流、三流もいいところの連中だった。

風紀委員(ジャッジメント)警備員(アンチスキル)もそうだが、暗部でこの程度とはね)

 やはり俺の頭の中からは素人の寄せ集め集団=\―と言う印象は抜けきらない。
 もっとも、一番厄介なのは能力者達の方だが、その大半も荒事に慣れてない一般人ばかりだ。
 意外とこの都市を落とすことなんて、簡単なことなんじゃないだろうか? とさえ思えてきた。

「実は大したことないんじゃないか?」
「言ってくれるな。しかも、毒ガスまで撒いてやがるとは……随分と用意周到じゃねェか」
「ん?」

 考え事をしていると、もう一人接近を許してしまったらしい。
 先程までの連中と随分と風体の違う男だ。
 衣服の上から白衣を身に纏い、科学者のような装いをしながらも顔の半分には刺青をして、人相もそこらにいる不良(チンピラ)と大差がない。

「ああ、木村さん!」
「木原数多だ! 態とだろ! てめェ!」

 ああ、そうだ……木原だった。
 黒ずくめ達を倒した後、タイミングよく姿を見せた事といい、風体からして大体そうだとは思っていた。
 とは言え、名前を間違えたのは態とじゃないのに短気な奴だ。
 しかし、こいつが出て来たってことは、もう増援はないと見ていいだろう。
 実は相当に面倒臭くなってたんだよね。これで終わりかと思うと、ほっとする。

「んじゃ、木原さん。こいつ等回収してとっとと帰ってくれる?」

 そう言って後で寝転がってる黒ずくめの男達を指差す。
 さすがに仲間がこれだけやられて、一人で向かってくるような馬鹿じゃ――

「ごちゃごちゃ五月蝿ェ奴だな! 取り敢えず死んどけや、小僧ォ!」
「馬鹿……の方だったか」

 しかも、さっき俺がそれはない≠ニ言っていた対戦車ミサイルを持ち出してくる木原。
 何の躊躇いもなく、この狭い廊下でそれを打ち出しやがった。

「チッ――」

 回避してもいいが、後にはさっき俺が気絶させた黒ずくめの男達もいる。
 こんな狭い場所で対戦車ミサイルを使用する狂った神経といい、平然と仲間を見殺しにする行動といい、まともな奴でないことは確かだ。

「だからマッド≠ヘ嫌いなんだ!」

 特に――この木原数多と言う男は、全く好きになれないタイプだった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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