【Side:黒子】

「全く……本当に、今日は色々とツイていませんわね」

 運が悪い、と言うのは本心からの言葉だ。木原の件といい、悪いことは重なるものだ、と自分の不運を嘆く。

「散々、逃げ回った挙句、結局最上階か。そろそろ鬼ごっこにも飽きてきたし、いーかげん決着つけよーや」

 一切、わたくしの攻撃が当たらない目の前の男。不可思議な能力を使い、わたくしの座標計算を狂わせる。
 だが、ここまでの戦闘で、男の能力が何なのかは大凡の見当がついていた。

「自分の周囲の光を捻じ曲げる能力」
「ひゅ〜、気付いてたのか」

 これまでの攻撃で、足が不自然な角度に曲がったり、投擲した鉄矢がありえない方向に飛んでいったり、とそれらのことから考えられる能力は一つ。
 周囲の光を捻じ曲げ、誤った位置に像を結ばせる力。わたくしの推察は間違っていなかった。

 目の前の男は、直ぐ近くに見えているようで実体がない。
 恐らくは、自分の半径数メートルの位置に虚像を結ばせ、わたくしの距離感を狂わせながら攻撃をしてきている。
 座標計算し、点と点を結び、ポイントを決めることでしか攻撃が出来ない空間移動能力者(テレポーター)とは、最も相性の悪い相手だ。
 この男の能力は、座標その物を誤魔化し、狂わせてしまうのだから――

「カカカッ、偏光能力(トリックアート)ってんだけどな。けどよ? それが分かったところで、オマエに何が出来る?
 攻略法があるなら、逃げ回ったりしねーよな」

 男の言うことにも一理ある。だが、何の策もなく、こんな場所≠ノまで逃げてきたと思ったら大間違いだ。
 自分の戦っている戦場(フィールド)の特徴を考え、その長所を最大限に活用することで敵を罠に嵌める。
 猟犬部隊(ハウンドドッグ)を撃退した時、太老がやったことと大差はない。

「確かに、わたくしの攻撃はあなたには当たりませんわ……ですが」

 攻撃が当たらないことは分かっている。だが、近くにいることは確実。
 わたくしは、直ぐ傍にある窓ガラスを転移させる。

 ――ガチャン! ガラスの割れる音がコンクリートの壁に反響し木霊す。
 ゴドン、と大きな音がして、斜めにズレ落ちる鉄筋の柱。ビルを支える柱の一つが、転移された窓ガラスに押しのけられ、切断された。

 わたくしの空間移動(テレポート)は、『移動する物体』が『移動先の物体』を押し退けて転移される。双方の硬度に関係なく。
 だから、柱の中心に点を結ばせ、そこに窓ガラスを転移させてやれば、こんな風に鉄筋の柱だろうが簡単に切断することが出来る。
 やったことはないが、その気になれば紙切れ一枚で、ダイヤモンドでも切断することが出来るはずだ。

「これが最後通告です。武器を捨てて投降しなさい」
「ハア? 追い込まれてどうかしちまったか? 柱を切断しちまうのは凄いが当たらなきゃ意味ねーだろ」

 本当に最後通告≠フつもりだったのだが、これだから頭の悪い不良(チンピラ)は困る。
 勘の鋭い者なら、これがどう言うことか直ぐ察することが出来ただろう。

「出来れば、したくありませんでしたが、そう仰るのなら仕方ありません」

 ビルの柱を切断することが出来る能力。わたくしの後にある無数の窓ガラス。
 そして、ここはビルの最上階――あの男の言う様に、逃げ場≠ネど、どこにもない。

「あなたのその小賢しい目眩ましごと、叩き潰して差し上げますわ」

【Side out】





異世界の伝道師外伝
とある樹雷のフラグメイカー 第25話『本当の気持ち』
作者 193






【Side:太老】

「キミは――」
「正木さん!」

 既に三件の現場を巡り、次の場所に向かっている途中、何やら慌てた様子で息を切らせながら走っている佐天と遭遇した。
 この辺りは区画整理により、廃墟ビルが多く、殆ど何もないことがあって、人通りが少ない場所だ。
 俺が厄介になっている警備員(アンチスキル)の詰所も、この近くにあった。

「大変なんです! 白井さんが!」
「――っ!」

 佐天が走ってきたのは、俺が向かおうとしていた方角だ。
 そして、彼女が向かっていた方角には、警備員(アンチスキル)の詰所がある。

「このままじゃ、白井さんが殺されちゃう!」

 詳しい事情など聞かなくても、それだけで大体のことを察することが出来た。
 黒子の身に危険が及んでいる。俺の勘は、最悪な方向で的中していた、ということだ。
 動転する佐天を気遣い、警備員(アンチスキル)の詰所に行き、俺の名前を出して保護してもらうように告げる。
 この様子では、一人で家に帰すことなど出来ない。恐らくは、余程怖い目に遭わされたのだろう。
 正義感の強い、黒子のことだ。彼女を逃がすために自分が囮になったに違いない。
 顔を青くし、小さく肩を震わせている佐天を見て、俺はこの事件を引き起こした犯人に対し、胸の奥底に宿る強い怒りを感じていた。

「大丈夫、黒子は俺が守るから。佐天ちゃんは警備員(アンチスキル)の詰所に」
「正木さん……」

 佐天に別れを告げ、直ぐ様、俺は黒子の元へと向かう。
 こんな危険な仕事だ。学生といえど、怪我を負うこと、命を落とす可能性は十分にある。
 能力者が集まる大都市――その点を考慮すれば、学園都市の危険度は他の都市に比べ、格段に高いものだと言えるだろう。
 表向きは『万全な治安体制』と謳ってはいるが、内情はこんなものだ。
 教職員や、学生、それも青春真っ只中にある年端も行かない少女に頼らなければ、街一つ、ヒト一人の命すら救えない守れない現実。
 殺す、殺されるといった非日常が、日常と背中合わせに存在する大都市。一般人だから関係のない話、という法律(ルール)はここでは通用しない。
 寧ろ、そうした弱い人間が、真っ先に虐げられる場所。

 ――そうした街が、この学園都市

 だからと言って、その理不尽な運命に、黒子を殺させるつもりなど毛頭なかった。
 学園都市がどうなろうが、他の顔も知らない連中が何人死のうが、正直俺には関係のない話だ。
 だが、黒子は違う。真性の百合属性を持ち、救いようのない変態ではあるが、悪い奴でないことは俺がよく分かっている。
 こちらの世界にきて出来た、数少ない俺の知り合い。色々と迷惑を掛けられもしたし、喧嘩もすれば、馬鹿なこともした。

 ――それでも、黒子は俺の大切な友達≠セった

「見えた――あれか!」

 廃ビルの姿が見えた。見上げてみれば、最上階に人影のような姿が見える。
 恐らくは、あそこに黒子と、その黒子を殺そうとしているという犯罪者がいるのだろう。

「階段をチンタラ上がってたんじゃ間に合わない、なら――」

 俺は、廃ビルの直ぐ傍に繋る高速道路(ハイウェイ)に通じた非常階段を駆け上がり、出来るだけ高い位置に陣取る。
 ここから廃ビルまでの直線距離は凡そ三十メートルを言ったところ、高さの誤差はビル二階分もある。
 普通であれば、不可能な距離と高さだろうが、俺ならば黒子のいる場所まで直線で跳び渡る≠アとが出来るはずだ。

「よし、行くか」

 距離を取り、助走をつける。目指すは黒子のいる最上階(フロア)
 ダッ――と、勢いよく助走をつけたスピードで、地面を強く蹴り、廃ビル目掛けて跳び出した。

【Side out】





【Side:黒子】

「ま、まさかビルの柱を!?」

 ドガン――縦に来る激しい揺れが始まった。
 ようやく事態に気付き、男は慌てて逃げ出し始めるが、もう遅い。
 わたくしがやったことは至極簡単なことだ。最上階にある窓ガラスを転移させ、ビルを支える柱の全てを切断しただけのこと。
 支える柱のなくなったビルは、自ずとその重みに潰され崩れ去ることになる。
 こうやって――

「じょ、冗談じゃねぇ! た、助けてくれ!」

 とは言え、わたくしまで巻き込まれたのでは元も子もない。
 錯乱し、戦意を失い、化けの皮が剥がれた男を回収して、脱出しようかと考えたところだった。

「――! 何ですの!?」

 ――ドゴオォン!
 想定外の大きな揺れがやってきた。しかも、今度は縦ではなく、横に引っ張られるかのような衝撃だ。
 巨大な質量を持つ何かが、ビルの側面からぶつかってきたとしか思えない、それほどの大きな揺れだった。

「な、何が……」

 わたくしの隣には、先程の衝撃で壁に強く頭を打ちつけ、気絶している灰髪の男がいた。
 ビルの外を見てみると、先程まで縦に綺麗に崩れかけていたビルが、横向きにゆっくりと倒壊を始めているのが見える。
 直ぐ眼前まで、隣接するビルの姿が近付いていた。

「と、とにかく外に空間移動(テレポート)しませんと!」

 慌てて、男の襟首を掴み、空間移動(テレポート)を試みる。
 しかし、焦りと、想定外のことに対する大きな動揺から、思うように座標計算が纏まらない。
 混乱する思考の中、遂には隣接する隣のビルと、このビルが大きな衝突音を上げ、ぶつかった。

「くっ!」

 一か八かの賭けで空間移動(テレポート)を使い、ビルの外に飛び出したはいいが、今度は地上十五メートル以上、五階分のビルの高さに放り出されてしまった。
 このまま落下すれば、硬いアスファルトの地面に叩きつけられ、手に掴んでいるこの男諸共、ペシャンコに潰れてしまう。

「――こんな時に」

 だが、ここにきて、能力の限界が訪れていた。

 ここに来るまでに既に四件の事件を解決し、今回のこれで五件目の事件になる。
 更には、この男から逃げ回るのに能力を消耗し、この男に勝つためとはいえ、最上階のガラス窓を転移させ、ビルの柱を切断すると言った離れ業までやってしまった後だ。
 体力と精神力は、とっくに限界に達していた。
 寧ろ、ここまで持っただけでも、大した物だ、と自分でも思う。

「でも、こんなところで――」

 まだ死ねない、わたくしはそう思いながら、悪足掻きを続ける。
 地面が近付いてくるにつれ、走馬灯のように思い出されるのは、何故かお姉様ではなく、正木太老のことばかり。
 こんな時にまで、あの男は、わたくしの邪魔をするようだ。

「仕様がありませんわね」

 頭を働かせ、何とか転移しようと試みるが、空間移動(テレポート)が発動する足掛かりすら見つけられない。
 空間移動(テレポート)は他の能力に比べて、脳への演算負荷が高く、痛みや動揺といったちょっとしたことでも直ぐに使用不能なってしまう。
 ましてや、この死ぬか生きるかの極限状態の中で、更には能力の使い過ぎで脳の負荷値が限界に達し、肉体と精神も消耗し尽くしているこの状態では、もう本当に打つ手はなかった。

 スッと目を瞑り、わたくしは最後の瞬間を待つ。

 風紀委員(ジャッジメント)をやる以上、覚悟はしていたつもりだったが、こんなにも呆気なく自分の終わりがくるなんて、想像もしていなかった。
 二度と風紀委員(ジャッジメント)の同僚や、お姉様や初春、それに佐天さんに会えないかと思うと、少し寂しいし悲しい。
 幸いだった点をいえば、佐天さんだけでも助けられたことだろうか?
 彼女を助けられただけでも、初春に叱られずに済みそうだ、と苦笑を漏らしながら、これから死ぬというのに的外れなことを考えていた。

 だけど、一番心残りだったのは、太老に何一つ、自分の気持ちを伝えることが出来なかったことだ。
 こんな時になって、自分の本当の気持ちに気付くなんて――お姉様や初春のことを馬鹿に出来ないほど、わたくしも鈍いようだ。

(一言だけでも、あなたにお礼を言いたかったですわ……太老)


   ◆


 ――ドサッ
 諦めかけていた、その時だった。
 地面に叩きつけられる痛みでも、衝撃でもなく、誰かに抱えられているかのような柔らかな温もりが体を包み込む。

「大丈夫か? 黒子」
「……え?」

 聞き覚えのある、わたくしのことを気遣うような優しい男の声がした。
 ゆっくりと目を開けて見ると、そこには太老の顔が、はっきりと見えた。
 状況が今一つ理解できず、目蓋をパチクリと何度も開閉する。

「た、太老! ど、どうしてここに!?」
「酷いな。助けにきてやったのに……」
「た、助けに……お、お姫様抱っこ!?」

 ようやく状況を理解して、先程まで死に掛けていた時よりも、更に大きな驚きがわたくしを襲う。
 理解が追いつかず、顔を真っ赤にし、慌てふためく。

 ――あんなことがあって、ようやく太老への気持ちを自覚して、綺麗に覚悟を決めたばかりだと言うのに
 ――その本人がここにいて、わたくしを助けに来て、しかもお姫様抱っこされているなんて

 一度に整理できる情報量の限界を大きく超えていた。
 色々なことが一度にありすぎて、思考が混乱し始める。

「取り敢えず、深呼吸でもして落ち着け」
「そ、そうですわね」

 太老の言葉に素直に従い、スーハーと大きく深呼吸をし、呼吸を整えることで、動揺を抑えようとする。
 まだ、顔は赤いし、心臓はバクバクと脈打っているのが分かるが、それでも先程よりはずっと落ち着いた。
 落ち着きを取り戻したところで、太老の腕に抱かれたまま、周囲を見渡す。

 一緒に空間移動(テレポート)して外に連れ出した、あの気絶した不良(チンピラ)はどこにいったのか? と首を傾げた。

「ああ、それなら」

 そう言って、太老が視線を送る先を、わたくしも目で追いかける。
 道路脇に埋め込まれた街路樹の上に、ぶら下がるように吊るされた無残な男の姿。そう、あの灰髪の男だ。
 助けるには助けたようだが、わたくしを抱えて手が塞がっているとかで、木の方に灰髪の男を蹴り飛ばしたらしい。

 ――相変わらず、荒っぽいことをする

 幸いにも男は無事なようだが、幾ら木がクッションになったとはいえ、大怪我をしたり死んでいたらどうするつもりだったのだろうか?

「俺は黒子さえ無事なら、あんな男のことなんて、どうでもいいし。
 ってか、殺されそうになって、よく相手のことなんて心配できるな?」
「うっ――その返答は、少し卑怯ですわよ」

 わたくしが無事なら他のことはどうでもいい、と言う太老の言葉に、不覚にも胸が高鳴り、嬉しく思ってしまった。
 幾ら、太老への気持ちを自覚した後とはいえ、急に太老への接し方を変えられるはずもない。
 ただ、『ありがとう』と一言感謝すればいいだけなのに、やはり素直になれない自分に、心の中で大きく嘆息する。

「……これ、どうしましょうか?」
「さすがに……やり過ぎちまったな」

 わたくしと太老は倒壊したビルの方を見る。
 その一画にあった廃墟ビル五棟が、ドミノ倒しになり連鎖的に倒壊するといった大惨事になっていた。
 縦に崩れるように、上手く柱の折れる角度などを調整したつもりだったのだが、どう言う訳か衝撃は横にきて、ビルは斜めに倒壊してしまった。
 この辺りは人通りも少ないし、幸いにも誰一人住んでいない廃墟区画の無人ビルだが、それでも、さすがにこれは少々やり過ぎた。

『はあ……』

 二人して大きく溜め息を吐く。

(始末書だけで、済まされればよいのですが……)

 とは言え、自分のやってしまった過ちを後悔しながらも――
 今は、こうして無事だったこと、太老に助けられたことを、嬉しく感じている自分がいた。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.