【Side:美琴】

 光が交錯する。

「ぐはァ――ッ!」

 眩く白光が輝いたかと思うと、十数メートル隣にいた一方通行(アクセラレーター)が吹き飛ばされた。
 目の前には、カミナリとプラズマの熱で大きく広がった、直系三十メートルほどの巨大なクレーターが出来あがっていた。
 しかし、その穴の中心。それだけの高熱をその身に受けながらも、全く傷を負っていない女が一人。

「ただの人間にしては面白い能力を持っているようだが、所詮は子供だな。力任せなだけでは我に勝てぬぞ?
 何、殺しはせん。御主等は太老の知り合いのようだしな」
「くっ! ふ、ふざけんなぁ!」

 既に体力も精神力も底をついていた。先程、放った電撃は私の残りの力、全てを乗せて放った渾身の一撃だった。
 それを防がれた今、残念ながら私に抗う術はない。それでも、ここで引き下がる訳にはいかなかった。

 ――幻想御手(レベルアッパー)の犠牲になった人達のため?
 ――佐天さんのために?

 いや、どちらも違う。私は自分のために、ここで負けを認める訳にはいかない。
 それは、ちっぽけなプライドなのかもしれない。
 圧倒的な力で一方的にねじ伏せられるのが嫌で、これまでの努力が全部無駄だった、ってそう思うのが一番嫌で。
 力が足りなければ友達一人救えない。自分のことですら、ままならない現実。
 あの時もそうだ。妹達(シスターズ)のことも、本当は私が解決しなくてはならない問題だった。

 彼女達が生み出されたのは、私が迂闊だったから。
 自分では頑張っているつもりでいて、誰かの役に立っている、そう本気で信じていて――
 でも結局、周りが私のことをどう見てるかなんて、笑顔の裏の思惑に何一つ気づけなくて、私は――

「……もうよい。暫く眠っておれ」
「――っ!」

 長身の女の体から放たれた光の帯。それが、私へと迫る。
 どうにか立ち上がりはしたが、体は動かない。既に限界に来ていたのだ。
 能力も使えない私に、この攻撃を回避する手段はなかった。

(ごめん。黒子、初春さん、佐天さん、皆……)

 為す術もなく、諦めて目を瞑った私。
 しかし、直ぐに来るはずの衝撃は、いつまで経ってもやってこなかった。

「我の光鷹翼が全く通じぬとは……そんな相手は一人しかおらぬ」

 目の前まで到達していたはずの光の帯が、空気に溶け込むように四散していく。
 そう、私の前に庇うように立っていたのは正木太老だった。
 どうやったのかは分からないが、私と一方通行(アクセラレーター)が為す術もなかったあの攻撃を、正木はたった一人で防いでいた。

「はあ……何だか、また面倒そうなことになってるな」
「ちょっと、面倒って何よ!?」
「電池切れは大人しく寝とけ、えいっ!」
「うぷっ!」

 デコピンを額に浴びせられ、私は額を抑えながらその場に膝をつき蹲る。

「短慮で喧嘩っ早くて、直ぐにビリビリするような奴だけど」

 助けに来たのか、怒らせに来たのか分からないくらい、言いたい放題だった。

「こんな奴でも、俺の友達なんだよ」

 友達――そう言う正木の言葉には、妙な安心感があった。

【Side out】





異世界の伝道師外伝
とある樹雷のフラグメイカー 第35話『白い世界』
作者 193






【Side:太老】

「太老、姉様はどこだ? 御主一人と言うことはあるまい」
「姉妹喧嘩なら他所でやってくれ。俺は一切関知しないから」
「やはり言わぬか……姉様め、我の太老を上手く懐柔しおって」
「いや、人の話聞いてないだろ!? 第一、ずっと言ってるが俺はお前の物でもなんでもねぇ!」
「――っ! 姉様の物だと申すのか!?」
「あー、もうっ! ちょっとは人の話を聞け!」

 相変わらず、人の話を聞かない奴だ。普段は威厳ある神様を気取っているのに、何で俺の時ばかりこうなのか?
 こうして思い込みから自己完結に至ってしまうところは、姉妹三人ともよく似ている。
 とは言え参った。さっきの一撃はどうにか防ぐことが出来たが、生憎と俺が無効化出来るのは光鷹翼のような超次元の力だけで、真っ向から戦って戦闘力で訪希深に敵うはずもない。
 だが、話し合いが通じないとなると、いつものパターンで――

「ならば、力尽くで連れて帰るだけだ! その後、姉様にじっくり話を聞かせてもらう!」
「仮にも神様が、何でも力尽くで解決しようとするんじゃねぇ!」

 そう、これがいつものパターンだった。大抵、訪希深が現れる時って、こうしてタイミングが悪い。
 もう態と狙ってやっているのではないか、と思うくらいタイミングの悪いことが続いていた。
 その度に、何か勘違いして実力行使に出て来る訪希深。ある意味で、恒例と言えば恒例の行事だ。

「くっ! やはり、我の力は通じぬか」

 そう、どういう訳か、俺には訪希深を含め、頂神の力が通じないらしい。
 訪希深に付け狙われている理由の一つは、間違いなくこれだ。
 転生したことと何か関係があるのかは分からないが、一見便利そうに見えて、それほど使い勝手のよい能力ではなかった。

「だが、いつまでも我が考えなしに、勝負を挑んだと思えば大間違いだ!」
「――っ! あぶねぇ!」

 俺の後ろにあった五階建てのビルに訪希深の拳が直撃し、一瞬でビルを倒壊させてしまった。
 そう、アストラルボディの状態で頂神として下位世界に干渉してきている以上、それはどんな攻撃であっても俺には通用しない。
 しかし、鷲羽のようにその世界に合わせた肉体を持っていたり、津名魅のように砂沙美と同化している場合は別で、光鷹翼などが通じないのは代わりはないが、頂神としての力を使わず肉弾戦を挑まれた場合は話が別だ。
 今の訪希深は、幻想御手(レベルアッパー)をシステムの一部として仮初めの肉体を持った状態で、こちらに現界してきている。

「……無理だな。どう考えても勝てる要素がない」

 俺が唯一有利と思われる部分が、そのことにより封じられていた。
 光鷹翼など使わなくとも、訪希深は十分に強い。三女神の中で、もっとも戦闘に特化している、と言うのは伊達ではない。

「ってか、連れて帰るとか言って、思いっきり殺す気満々じゃないか!」
「侮るでない! 辛うじて死なぬ程度に手加減しておるわ!」
「全然、説得力ねぇ!」

 ビルを一撃で倒壊させておいて手加減も何もない。
 その気になれば、この星を消滅させることも簡単なことを考えれば、確かに手加減している、と言えなくはないが、

 ――殺される

 そう、恐怖するのに十分な破壊力だった。

「決着がつく前に、学園都市が崩壊しなければいいけど……」

 俺がやったことよりも、今は更に酷い光景が広がっていた。
 街中に隕石でも落ちたかのような巨大なクレーター。訪希深の一撃で、次々に倒壊していくビル群。
 まさに、時代は世紀末さながら。恐怖の大王が降臨したかのような惨劇だ。

鷲羽(マッド)も、俺にばかりこんな厄介事押しつけやがって」

 ――ドクン
 その時だった。胸に妙な違和感を感じたのは。

 ――ミツケタ。ヤハリ、オマエガ『カギ』ダッタノダナ。イレギュラー

「頭に直接響いてくる……いや、これはアストラルへの干渉!?」

【Side out】





【Side:鷲羽】

 天井からぶら下がっている、もぬけの殻となった円筒形の入れ物。
 ――アレイスター・クロウリー
 この学園都市の支配者とも言うべき男の姿は、そこにはなかった。

「やられた……訪希深に注意を取られて、油断していたよ」

 他の統括理事会の幹部達は、概ね妹達(シスターズ)に捕らえられて大人しくしている。
 問題は、アレイスターの向かった先だった。
 どこに消えたのか? 彼の目的や行動理念を考えれば、ただ逃げただけとは考え難い。

「目的は……太老か。だとすれば、私も含めてこれは一杯食わされたかもしれないね」

 太老を警備員(アンチスキル)にしたのも、妹達(シスターズ)の事件に関わらせたのも、そして本部ビルを襲わせるように仕向けたのも、全てはこの時のため、太老を利用するためだったと考えれば辻褄があう。
 だとすれば、フラグメイカーの能力についても、あの男は自らの考察を立て辿り着いていた、と言うことになる。

「……侮っていたね。奴の目的が何にせよ、今、太老を失う訳には――」

 ――!
 その時だった。背筋を襲った突然の悪寒。

「そんな、まだ次元の殻が破れるには早い! まさか――」

 考えられることは一つしかない。
 私達、頂神ですら躊躇したことの一つ。それが太老の魂への干渉。
 アレイスターの真の目的。それに気付いた時には、何もかもが遅すぎた。

【Side out】





【Side:黒子】

「お姉様、ご無事ですか!?」
「黒子……アンタなんで」
「太老を追ってきたんです。それに、やはり放って置けませんもの。それで太老は……」
「……あそこ」

 お姉様の視線の先を追うとビルの屋上、そこに太老とあの長身の女がいた。
 だが、どこか太老の様子がおかしい。

「くっ、あああぁぁ!」
「何者だ! 我の太老に危害を加えようなど!」

 苦しんでいる様子だった。太老の背中から浮かび上がる眩く輝く白い光。
 まるで、それは翼のように大きく広がり、暗く染まった空を、その眩い光で照らし出していく。

「太老――っ!」
「黒子!?」

 お姉様の制止も聞かず、居ても立っても居られなくなり、気がつけば太老の元へと飛び出していた。
 恐かったのだ。何故だか分からないが、太老がどこかに行ってしまうような、消えてしまうような錯覚を覚えた。

「太老太老太老――!」

 わたくしは、まだ何一つ、太老に自分の気持ちを伝えられていない。
 こんな終わり方、別れ方は絶対に嫌だ。もっと話したいこと、伝えたいことがあるのに――

「太老、わたくしは――」
「まずいっ! 次元の殻が――」

 長身の女の声。何かに驚き、焦ったようなその声を聞いたのが、わたくしが太老の姿を見ることが出来た最後の瞬間だった。
 視界を覆う白光。世界が真っ白に染まり、お姉様も、学園都市も、世界全てが光の中に溶け込んでいった。

【Side out】





【Side:美琴】

 まるで、世界の終焉を見ているようだった。
 光に呑み込まれ、消えてしまった黒子。そして私も、学園都市も、その全てが光の中に溶け込んでいく。

「終わりなの……こんな終わり方って……」

 何故だか分からないが、これが世界の終わりなのだと、私は悟ることが出来た。

 ――パリン

 何かが弾け、壊れたような音が響き、世界は白一色に染まった。

 世界にただ一人。何も見えない、白い世界に独りぼっち。他には何一つ感じ取れない。
 段々とまどろみの中、心地よい温もりに包まれ、私の意識も白い世界と一つになっていく。
 まるで夢を見ているような感覚。これまでのこと、全てが夢だったような。

 目が覚めたら、またいつもの日常に戻っているのだろうか?
 それとも、それすらも夢でしかないのか?

 埋没していく意識の中、私は誰かの姿を垣間見たような気がしていた。

 ――――!

 何故か、知っているはずなのに名前を思い出せない、その人物。
 男、女? それすらも分からない。
 ただ、薄れていく意識と記憶の中、何故だか見覚えがあるその人物の表情が、笑っているように私には見えていた。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.