【Side:美琴】

 あの事件から、もう三週間。私の主観時間では、もう一ヶ月以上の月日が流れていた。
 そろそろ夏休みが終わる。
 いつも私の隣にいるはずの人物は、そこに姿が無く。部屋のベッドは主人を失ったままだ。

「どこに行ったのよ……黒子」

 どうしようもなく変態で、やかましくて、散々迷惑ばかり掛けられていたが、それでも――掛け替えのない後輩だった。
 大切なルームメイトだったのに、あの日に私は全てを失ってしまった。
 光に呑み込まれていく中、目にしたのは消えていく黒子と学園の姿。
 次に目が覚めた時には、あれが全て夢だったのではないか、と思えるくらい全てが片付いていて……いや、なかったこと≠ノなっていた。
 正確には私の知っている記憶と、今ここにいる現実とでは細部が異なっていたのだ。

「どうした? 浮かない顔をして」
「木山……先生」

 第七学区にある黒子ともよくきたお気に入りのカフェテラスで御茶をしていると、いつもの通り白衣に身を包んだ木山春生が声を掛けてきた。
 幻想御手(レベルアッパー)事件を引き起こした容疑者。しかし、この木山は私の知っている木山とは少し違う。
 目の下に隈がない……いや、そんなことはどうでもいいのだが、今の彼女の職業、置かれている立場が大きく変わっていたことだ。

「先生のお友達?」
「ああ、常盤台のお嬢さんだ。超電磁砲(レールガン)はキミ達も知っているだろ?」
『常盤台の超電磁砲(レールガン)! 学園都市第三位!』

 目を輝かせて私に迫ってくる子供達。以前に木山が意識不明の重体にある、と言っていた子供達だ。
 しかし今、私が目にしている現実は違う。あのような非人道的な実験が行われることは結局無く、子供達は全員、学校に通いながら施設で元気に暮らしている。そして木山もまた、研究者の道を諦め、学校の先生なんて道を歩み始めていた。

「すまないな。超能力者(レベル5)はこの子達にとって目標であり、憧れのようなものだから」
「別にいいけど……アンタも変わったわよね」
「諦めていた物、失ったと思っていた物を取り戻すことが出来た。理屈は分からないが、こうして子供達が戻ってきてくれた。私にはそれだけで十分に意味がある」

 そう、修正された歴史の中、私のように以前の記憶を持っている人達もいる。
 それが木山であり、そして私。他にも初春さんや佐天さん、打ち止め(ラストオーダー)一方通行(アクセラレーター)もこのことを覚えていた。
 いや、打ち止め(ラストオーダー)に関しては、既に『打ち止め(ラストオーダー)』と呼ぶのもおかしいのかも知れない。名前は相変わらず『ミサカ』のままだが、戸籍上は私の妹と言うことになっているし、それに肝心の『妹達(シスターズ)』がこの世界にはいない。
 研究者達も実験のことを覚えてなく、この学園都市で行われてきたはずの非合法な実験の数々が、全て歴史上なかったことになっていた。

「……あの光や、黒子が消えたことと何か関係あるのかな?」
「キミはやはり、彼のことを……」
「何? そう言えば、アンタ以前にもそんなことを」
「いや、すまない。忘れてくれ。私の早とちりだったようだ」

 木山の中途半端な言葉に、私は訝しい視線を向ける。
 だが、こうなっては答えてくれないのは分かっていた。それに、私も他人に答えを求めようとするなんて、らしくない、と言うことは分っている。黒子がいなくなって、少しナイーブになっているだけのことだ。
 もう直ぐ、夏休みは終わる。そうなれば、そこにある空白を埋めるように、新しいルームメイトがやってくることだろう。
 そう、あの子の存在を、皆が忘れたまま……私は、それが一番嫌だったのかも知れない、そう考えていた。

【Side out】





異世界の伝道師外伝
とある樹雷のフラグメイカー 第37話『書き換えられた世界』
作者 193






【Side:佐天】

「うぬぬっ……」
「頑張れ、佐天さん! もう、ちょっとですよ!」

 初春の応援に励まされながら、私はこの夏休み、ずっと能力の特訓に明け暮れていた。
 ほんの僅か、数枚の木の葉が浮かび上がる。何の役にも立たない、まだ進み始めたばかりのちっぽけな能力(チカラ)だが、確かにその手の平の中に私だけの現実≠ェあった。

「やった、やったよ! 初春!」
「はい! おめでとうございます!」

 思わずガッツポーズをして、声を張り上げる。
 事件の記憶――あの後、どうなったのか私には分からないが、気がつけば夏休みが始る前の時間に遡っていた。
 あれが夢だったのかどうかも分からない。しかし、確かに私には違った歴史の記憶があった。
 だからかも知れない。体が覚えていた。能力を使った時の記憶を、感覚を――
 ずっと使えないと諦めかけていた能力を使えたことの喜び、それは思っていた以上に大きな物だった。
 でも――

「初春、やっぱり白井さんは、まだ……」
「……はい。はっきりと覚えているのは私達だけで、他の人は誰も」

 ずっと行方不明になったままの白井さん。
 白井さんのことを覚えている人達もいれば、その記憶を完全に失っている人達が大半だった。
 いや、正確にはあの人≠ノ関する記憶が失われ、彼と関係の深かった人達だけが、二人のことを覚えている。そうとしか思えない不思議な現象が起こっていた。

「大丈夫ですよ。白井さんは必ず帰ってきてくれます! 私と約束したんですから……二人で夢を叶えようって、だから……」
「初春……」

 学園都市は、こうしている今も一歩ずつ前に、確実に変わりつつあった。
 この学園都市の実質的支配者だった統括理事会や代表が不在となり、今は政府から派遣されてきた官吏と市民から選ばれた代表の下で学園都市の再編が行われている真っ只中だった。
 しかし、連日ニュースでも報道されている通り、上の方はゴタゴタとしている様子だが、私達学生や市民は気楽な物だ。大きな混乱もなく、表向きは何一つ変わらない平和な日常が繰り返されている。

「初春! ほらっ!」
「ちょっ! 佐天さん、突然何するんですか!」
「あ、今日は縞パンなんだ」
「『あ、縞パン』じゃありません! いつもあれほど言ってるじゃないですか! スカートを捲らないでください、って!」

 少なくとも一つだけはっきりしていることは、この学園都市を、私達を救ったくれた正義の味方≠ヘ、今は不在と言うことだ。
 私達はきっとズルをした。それも、とても大きなズルをしたのだと思う。
 でも、このどこかおかしく、ご都合主義に満ちあふれた世界は、私がよく知るお人好し≠ェ贈ってくれた贈り物なのだろう、という実感はあった。
 私は、そう思う。

「ほら、いつもの初春らしい、変な顔になった。そんなウジウジした顔をしてると、白井さんが帰ってきた時、また怒られるわよ? 『これだから、初春一人には任せておけませんわ』ってね」
「……佐天さん」
「ん?」
「私、いつもそんなに変な顔をしてませんよ! 訂正してください!」

 だから、白井さんもきっと帰ってくる。そして、あの人も――
 そうでないと、ハッピーエンドなんて言葉には程遠く、誰も納得できない、そう思うからだ。

【Side out】





【Side:一方通行】

一方通行(アクセラレーター)、ご飯行こう! ってミサカはミサカは誘ってみる」
「あン? ンなの一人でいけ……あー、わーッたよ。行けばいいンだろ。行けば」
「ふふん」

 今となっては日課となっているマンションの屋上で昼寝をしていると、またいつものように打ち止め(ラストオーダー)が俺を起こしに来た。
 何の代わり映えもしない、退屈な日常だ。

「また、空を見てたね。マスターのことを考えてた? ってミサカはミサカは尋ねてみる」
「ンなんじゃねーよ。野郎とはまだ決着がついてない。それだけのことだ」

 全てが終わってみれば、この有様だ。勝ち逃げされたようで気にくわない。それが俺の感想だった。
 こうなった原因も、全て奴だと言うことは分っている。
 甘い理想を、本当に現実に変えてしまった男。あれほど常識外れの馬鹿を、俺は他にしらない。

「大丈夫、また会えるよ、ってミサカはミサカは励ましてみたり」
「あン? 何で、そんなことが分かる?」
「マスターは、いつも予想の斜め上をいって、期待を裏切ってくれるから」
「…………」

 その言葉に反論する言葉が見つからなかった。

「だから、今回も一方通行(アクセラレーター)期待(よそう)を裏切ってくれる、ってミサカはミサカは思ってみたり」

 そう、あの嫌な野郎なら、俺の期待を見事に裏切ってくれるだろう。

 ――これで、あの馬鹿から解放される

 そう考えていた、俺の期待など。

【Side out】





【Side:美琴】

 結局、黒子が帰ってこないまま新学期が始ってしまった。

「はあ……何だか、気乗りしないわね」

 どうしても学校に向かう気がせず、私はいつもの公園の自販機の前にきていた。
 常盤台中学に伝わる伝統の自販機。私がよく蹴りを入れて、御相伴にあずかっていたあの自販機だ。
 とは言え――

「ヤシの実サイダー売り切れか……」

 そんな気分にはならなかったので、久し振りにお金を入れてジュースを買おうかと思えば、買おうと思っていたお気に入りのジュース≠ヘ売り切れだった。
 こういう時は何もかも、上手く行かない気がするから困った物だ。

「あー、もうイライラする! こんなのらしく≠ネいって分かってるのに!」
「そうですわね。自販機に蹴りを入れないなんて、本当にお姉様らしく≠りませんわ。いえ、ようやく常盤台のエースとしての自覚に目覚めてくださった、と喜ぶべきところなのでしょうか?」
「なあ、黒子……それよりも、いつまでもズルズルと引き摺るのをやめてくれないか?」
「太老が逃げようとするからではありませんか。ここまで来たのですから、大人しく観念するべきと、わたくしは思いますわ」

 聞き慣れた声、見覚えのある影がこちらに近付いてきていた。
 常盤台中学の制服を身に纏った少女に後襟を掴まれ、ズルズルと引き摺られている青年。

「な、ななななななっ!」
「お姉様、お久し振りですわ。黒子に会えない日々を思い、枕を涙で塗らし、そんなにも再会できる日を待ち遠しく思っていてくださったなんて……黒子、感激ですわ!」
「いや、違っ! そこまで言ってないでしょ! って、何でアンタがここにいるのよ!」
「何でも何も、今日から新学期ですわよ? 学校に行くところに決まってますわ」
「……へ?」
「学校や寮への届け出はしてありましたわよ? 夏休みの間、私事で帰郷すると」

 意味が分からなかった。行方不明になったと思っていた黒子が目の前にいて、これから学校に行くと。
 しかも、夏休みの間、帰郷していただけ? 私の頭がおかしいのか、目の前の黒子がおかしいのか。もう、さっぱり意味が分からない。
 そんな馬鹿な話が――

「ああ、こちら。二学期から常盤台中学で教鞭を執るため、新しく赴任されることになった」
「……あはは、正木太老です。どうぞ、よろしく」

 その時――失っていたピースが見つかったかのように、全てのピースが埋まり、頭の中のパズルが音を立てて完成した。
 そう、私の記憶から抜け落ちていた人物――正木太老。
 全ての元凶であり、こうなった原因でもある男。

「正木――っ!」
「へ?」

 私達の通う、常盤台中学の先生だと自己紹介をする、その男に。
 気がつけば自販機にではなく――回し蹴りを放っていた。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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