【Side:鷲羽】

『……酷い目に遭ったわ』

 モニターの向こうの瀬戸殿は疲れきった様子で、そう愚痴を溢した。

「でもまあ、お陰で良い検証データも取れたよ」

 瀬戸殿には悪いが、太老の能力の検証用データがまた一つ増えた訳だし、今はそれで納得するしかない。
 こうしてデータを収集していけば、いつか太老の確率変動に対応出来るシステムの構築に役立つかもしれない。
 まだまだ先の長い話だが、少なくともシステムが完成すれば、多少なりとも対抗策が練れるようになる。現状よりは、大分マシになるはずだ。

 それに、悪ふざけが過ぎた事は、何を言われても否定が出来ない。
 あの子を本気で宇宙に上げるだけならば、他に幾らでも方法があった。だというのに、実際には龍皇の件など、瀬戸殿の匙加減一つでどうとでもなる件で、太老を脅かして楽しんでいたのだから、質が悪かった。
 彼女達が怒って当然。調子に乗って、悪ノリし過ぎたのが失敗の元だ。

「そっちでの太老の資産管理は、水穂殿にお願いする事にしたよ」
『仕方ないわね。これ以上、水穂の機嫌を損ねるのは得策じゃないし……ところで、鷲羽ちゃん。例の結果は出たのかしら?』

 瀬戸殿の言う『例の結果』というのは、桜花ちゃんの検査結果の事だ。
 結果と言える結果かどうかは分からないが、確かに検証に検証を重ねた結果、一つの結論は出た。

「ああ、出たよ。結果は至って『普通』。何も疑わしい点、異常がない事が分かった」
『……それは、また』

 瀬戸殿も気付いたようだ。
 桜花ちゃんの検査結果は至って普通。何も異常がない事が分かった。
 そう、見た目に不釣り合いなほどの才能と実力。そして成長しないという身体のハンデを抱えているにも拘わらず、『何も異常がない』と結果が出たのだ。
 それこそが、桜花ちゃんが『普通』ではない証明でもあった。

「結論から言えば、あの子はあのカタチ≠ナ完成されてるんだ。異常を探そうとしたところで見つかるはずもない」
『……太老殿との関連性は?』
「今のところ、何とも言えないね。逆に聞くけど、瀬戸殿は桜花ちゃんと太老が繋がっている、とどうして考えたんだい?」
『強いて言えば、勘かしらね?』
「……勘?」
『彼に感じた違和感と同じモノを、彼女からも感じたのよ』

 それは私が第一印象で、桜花ちゃんに抱いた印象と同じだった。
 科学的な根拠は何もない。瀬戸殿の言うように、一言でいえば『勘』と言った方が正しい。しかし、その勘がバカに出来ないモノである事を、私は過去の経験から知っていた。
 どれだけ科学が進化しても、世の中分からない事だらけだ。科学で実証できないような不思議な事なら、掃いて捨てるほど世の中には転がっている。人々に『神』と崇拝され、全知全能とされる三人の女神でさえ、自らの存在に疑問を抱え生きているくらいだ。
 瀬戸殿のいう『勘』が、当たっているという確証もなければ、外れているという根拠もない。そして、それと同じモノを私も感じ取っていたのだから、尚更だった。

『では、彼女も引き続き監視対象≠ノ入れて、様子を見守る、と言ったところかしら?』
「そうだね。それに彼女の場合は、太老のような確率変動に類する能力の発現は認められていない。本人の力も人間と呼べる範疇のモノだし、特に周囲に影響を与えるようなモノではないからね。今のところ放って置いても害はないはずさ」

 そうは言っても、太老と何らかの関係がある場合、彼女もそれに類似する力を秘めている可能性がある。
 油断が出来ない、と言う意味では太老と同じだった。

【Side out】





異世界の伝道師/鬼の寵児編 第15話『旅立ち』
作者 193






【Side:太老】

 俺は今、瀬戸の船『水鏡』の船内、コアユニットの中に居た。
 先頭を水鏡が、その後に船穂の皇家の船『瑞穂』、美砂樹の船『霞鱗』が追従し、樹雷に向けて航行している最中だ。
 皇家の船が三隻も、それも第二世代艦がこれだけ揃っている姿など、そう、お目に掛かれるモノではない。
 たった一隻で、惑星を一撃で消し去ってしまうほどの船。この三隻だけでも、銀河支配が出来るほどの力を秘めている。
 それが、俺の中学の卒業式に参列した帰りだと思うと、何とも言えない微妙な気分だった。

「とは言え……問題はコイツ等をどうするか? だよな」

 荷物を整理しようと鞄を開けたら、そこに入っていたのはマシュマロのような生き物が二匹。
 そう、皇家の船の端末、龍皇と船穂の二匹だった。

「……お前等な。勝手についてきたらダメじゃないか」

 いつものように人懐っこく、俺の肩に乗って身体を擦りつけてくる龍皇と船穂。
 勝手についてきてしまった事は問題だが、今更放り出すような真似も出来ない。
 船の外は宇宙だ。樹雷に向けて航行中なので、今更引き返すような真似が出来るはずもなく、最低でも向こうに着くまでは、どうする事も出来ない。

「はあ……水穂さんに相談してみるか」

 荷物の整理を後回しに、取り敢えず水穂を捜そうとゲストハウスに出る。
 そう、ここは『ゲストルーム』というより、文字通り『ゲストハウス』……屋敷と呼べるほどの大きな家だった。
 ゲストハウスを出て、まず目に入るのは、ここが船の中だという事を忘れるほどの広大な大自然。

「相変わらず……皇家の樹って、こういうところが出鱈目だよな」

 水鏡に限らず、第三世代以上の皇家の船は、亜空間に固定された広大な居住区を内部に持っている。
 水鏡のような第二世代なら、最大で惑星十個分もの空間を固定する事が出来る上に、皇家の樹によってもたらされるエネルギーは、森や川、湖や丘といった自然を育み、作物を栽培している畑などの農地に至るまで、その全てを一括管理している。
 この居住区だけでも、その気になればここで何千、何万人と自給自足で生活が出来るだけの環境が整っている、という事だ。
 世界を内包した大きな方舟。俺が『出鱈目』と言葉を漏らすのも、無理はない話だと分かってもらえると思う。

「問題は、水穂さんがどこにいるか? だけど」

 これだけ広いと、どこに行けばいいかなど、さっぱりだった。
 下手に動き回れば、船の中で遭難なんて事になりかねない広さだ。

「ん? 案内してくれるのか?」

 船穂と龍皇が俺の肩から降り、『付いて来い』と言わんばかりに、ゲストハウスから見える林道へ向かってピョンピョンと跳ねながら進んでいく。
 ああ見えて、皇家の樹の端末だ。案内を任せても大丈夫だろう、と俺も気楽に考え、その後に付いていく事を決めた。

【Side out】





【Side:水穂】

 全く、瀬戸様には困ったモノだ。太老くんを気に掛けている様子だったから、『何かある』と気にはなっていたのだが、まさか鷲羽様と一緒になって、太老くんを宇宙に連れ出す計画を企てていたなんて……念入りに釘を刺して置いたが、あの様子だと懲りてはいないだろう。
 瀬戸様や鷲羽様、それに母さんといった別次元にいる天才達は、確かに飛び抜けて有能な人物ではあるが、神経が図太いというか、そういった常識的な部分が欠落している。
 いや、常人とは行動から一貫して、考え方そのモノが異なっているのだ。
 だからこその『天才』。いや、『変人』とも言えるのだが――

 故に、あの方達に幾ら常識を説いたところで、それで一時的に抑える事が出来ても、結果的に見れば余り効果がない。
 あそこで太老くんを地球に置いてきたところで、今度はまた別の策を練って太老くんを宇宙へ連れ出そうとするだろうし、そのくらい瀬戸様は諦めが悪く、意地が悪い。一度『こうだ』と決めた事を、良い意味でも悪い意味でも絶対に覆さない御方だ。
 それならば太老くんには悪いが、一先ず瀬戸様を納得させた上で、後の身の振り方を考えた方がいい。
 彼にとっての一番の不幸は、地球で普通に高校に通えなかった事よりも、瀬戸様に目をつけられた事だ。それだけは、間違いなかった。

「ふう……良いお湯……」

 瀬戸様の所為で色々とバタバタしていた事もあり、ゆっくりと風呂にも入れず終いだった。
 ここは居住区の一角にある広大な露天風呂。全高一キロを越す巨大樹の上に造られたこの露天風呂から見下ろす景色は、まさに『絶景』の一言に尽きる。森と草原、河や湖に、作物が植えられた広大な農地が眼下に広がる。その景色を眺めながら湯に浸かり、汗を流すこの一時が、私が瀬戸様から解放されて、ほっと落ち着ける唯一の時間でもあった。

「でも、天女ちゃんにも困ったモノね」

 美星さんのお陰で未然に防がれた、とは言っても、危ないところだった。
 あのどさくさに紛れて、策を仕掛け、太老くんを独り占めしようと裏で画策していた、というのだから、天女ちゃんにも困ったモノだ。
 結局、他の関係者からの顰蹙(ひんしゅく)を買い、祝賀会に参加も出来ないまま、アカデミーに強制送還を食らった彼女だが、瀬戸様や鷲羽様を出し抜こうと画策したくらいだ。あの程度で諦めるような事はないだろう。
 彼女だけは他と違って、まだまとも≠セと思っていたのだが、やはり妹の娘≠セと思わずにはいられなかった。

『水穂様、ご入浴のところ申し訳ありません』
「何かあったの?」

 パッと目の前にモニターが現れ、回線が開く。
 ブリッジからの緊急連絡に、何か問題でも発生したのか? と思考を巡らせるが、オペレーターの様子は少し違っていた。
 慌てていると言うより、困っている、といった感じだ。

「また、瀬戸様?」

 彼女達が困るような原因と言うと、真っ先に思いつくのはそこしかない。
 瀬戸様が、また突拍子もない事を始めて、彼女達を困らせているのではないか? と考えた。
 そんな私の質問に、『あはは……』と渇いた笑みを浮かべるオペレーターの女性。

『今回は瀬戸様ではなく、太老様なのですが……』
「太老くん? 彼がどうかしたの?」
『行方不明なんです。ゲストハウスから忽然と姿を消されて、捜索隊を出しているのですが行方が知れず……』
「え? ちょっと待って、船の中で行方不明なんてありえないでしょう? センサーの反応を追っていけば、居場所くらい直ぐ――」
『それが、水鏡様も何かの影響を受けているようで、システムの方にも影響が……瀬戸様も水鏡様を落ち着かせようと、ずっと頑張っておられるのですが、余り効果がないようで』

 オペレーターの彼女の説明だけでは、事態の詳細を把握するまでには至らなかった。
 太老くんが居住区で行方不明になり、しかも水鏡がどういう訳か興奮して、システムにまで影響を及ぼしているという事。
 皇家の樹の意思や感情次第で、船が不安定になる事は確かにある。
 しかし、よりにもよって、何故? このタイミングで? と思う。

「とにかく、システムの復旧を優先させて、太老くんの捜索はそれからでも――」

 ――ドン!
 指示を送っている最中にも拘わらず、今度は船が大きく揺れ、通信が『ザザッ』という音と共に一瞬途切れる。

「今度は何!?」
『同空間内に複数の戦闘艦反応……超空間から緊急離脱しました』
「はい!?」
『海賊艦です! それも、十、二十……その数百隻以上。当船を取り囲むように突如出現しました』
「こんなところでニアミス!? しかも、海賊艦って!」

 地球に船穂様や美砂樹様、それに瀬戸様が訪れていた事は、公的には非公開となっている。
 故に、他の勢力にその事を知られないために、『未開拓宙域』と呼ばれる、どの勢力の目も届かない勢力圏の穴を縫うように超空間ジャンプを繰り返し、樹雷へ向けて航行していたにも拘わらず、そんな場所で船と……それも海賊艦と遭遇する確率など……数千億分の一、あるかないか、といったところだ。
 だが現実に、それは私達の目の前で起こっていた。しかも、本当に何でこんな時に限って、と文句を言いたくなるようなタイミングで、だ。

「何で、こんなところに海賊が? それも、そんなに沢山――」
『分かりません。まるで、こちらの航路が知れて、待ち伏せされていたとしか』

 そんな事があるはずもない。樹雷のトップシークレットを、ただの海賊如きが嗅ぎつけるなど、万に一つもありえない話だ。
 大体、普段は余り群れて行動する事がない海賊達が、百隻以上も集まって団体行動をしていたなど、冗談も大概にして欲しい。
 この辺りで、海賊達の寄り合いがあった、とでも言うつもりだろうか? 次から次へと、頭を抱えたくなるようなアクシデントの連続だった。

『水穂様、乱戦が予想されますので、直ぐにブリッジに!』
「分かったわ、直ぐにそっちに……」

 風呂から上がり、衣服を取って急いでブリッジへ戻ろうとした時だ。
 駆け寄った転送ゲートに、誰かが転移してくるのが見えた。
 海賊艦に取り囲まれ、第一級非常事態宣言が発令されているこんな時に、呑気に風呂に入りに来るバカなんて、この船に――

「……た、太老くん!?」
「あ、水穂さん……って、風呂!? すみません! 俺、そんなつもりじゃ!」

 慌てて、後を向く太老くんを見て、私は視線を落とし、今の自分の格好を確認した。
 ブリッジに急ぎ戻るため、服に着替えようと湯着(別称『湯浴み着』とも言う、入浴の際に身に纏う衣服)を脱ぎ捨て、その格好は一糸纏わぬ生まれたままの姿≠していた。

「……見た?」
「す、少しだけ……いや! 直ぐに目を逸らしたから、殆ど見えてませんよ!?」
「――こっちを見ないでっ!」

 次から次に起こるアクシデント。
 そして太老くんに裸を見られ、激しく動揺した私は、近くにあった風呂桶を手に取り、慌てた様子でこちらを振り向いた太老くんの顔面目掛けて、風呂桶を投げつけた。
 次の瞬間、『パコーン』といい音がしたかと思うと、そのまま仰向けに倒れ込む太老くん。

 ――しまった!

 冷静さを欠き、やり過ぎてしまったと後悔した私は、頭から後に倒れる太老くんを支えようと、手に持っていた衣服を投げ捨て、素早く太老くんの元に駆け寄った。

「――え?」

 しかし、太老くんが居た場所がどこかという事を、私は完全に失念していた。
 転送ゲートの上、私と太老くんを覆い包む光の粒子。そのまま、為す術もなく転送される私達。

「きたわね、水穂! さあ、行くわよ! 第二世代艦の力、この運の悪い海賊達に――」
『…………』

 転送先は、まさにお約束とも言える、水鏡のブリッジ。
 瀬戸様は、面白いモノを見た、といった笑みを浮かべ、ブリッジに居たオペレーター達も、今が戦闘中だという事も忘れ、ポカンと呆気に取られていた。
 それもそのはず、誰の目から見ても、裸で太老くんを押し倒している私の図が――そこには出来上がっていたからだ。

「あー、水穂? そう言う事は、終わってからにしてくれないかしら?」
「うぅ……」

 瀬戸様の一言で、改めて今の状況を自覚し、恥ずかしさが込み上げてくる。
 戦闘中だというのに緊張感の欠片もない、最悪の幕開けだった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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