【Side:水穂】

 海賊艦は瀬戸様の『ZZZ(トリプルゼット)』が発令され、血の気の多い抵抗を試みた海賊艦の殆どが破壊。素早く主機関を停止し、降参をした海賊艦も一艦たりとも逃す事なく捕縛された。
 それも当然の事だ。水鏡が万全の状態ではない、とは言ってもこちらは皇家の船。それも第二世代艦が三隻も揃っていて、海賊艦百隻程度に負けるはずもない。それは、『戦闘』と呼ぶのもバカらしい、一方的な蹂躙劇だった。

 ***

ZZZ(トリプルゼット)――樹雷の鬼姫だと!? 何で、そんな大物がこんなところに!?』
『艦の制御が効きません! 緊急離脱も不可能です!』

 ***

 慌てふためく海賊達の姿が、今でも脳裏に鮮明に思い出される。
 水鏡の『ZZZ(トリプルゼット)』は、海賊達が最も恐れる樹雷の鬼姫のジェノサイドダンスの予告。
 大人しく降伏するか、撃沈されるかの二択しかなく、一度標的にすれば撃沈するまで、その攻撃が止む事はない。
 海賊達にとって、水鏡の『ZZZ(トリプルゼット)』は事実上の死刑宣告を意味していた。

 しかも、今回は更に運の悪い事に、船穂様の『瑞穂』、それに美砂樹様の『霞鱗』も一緒だった。
 瑞穂と霞鱗は双子の樹で、二艦揃っての力は第一世代艦すらも凌駕すると言われている、とてつもない力を秘めた船だ。
 どれだけ有利な条件であろうと、例え何千、何万隻いようとも、この三艦と戦って海賊達に勝ち目などあるはずもなかった。

「……水穂さん、本当にすみませんでした」
「……いいのよ。そもそも、私が不注意だったのがいけなかったの」

 それよりも、私にとってはこちらの方が重要な問題だった。
 水鏡のブリッジ要員は全員が女性だ。今回は私的な訪問だったので、お忍びという事で聖衛艦隊も連れてきていない。
 兼光小父様も樹雷に留守番だったので、今回はその全員が女性スタッフだけだったのが唯一の救いだった。
 しかし、太老くんに見られた事に変わりはない。しかも、瀬戸様にまで目撃されてしまった事で、今後も話題にされるであろう話のネタが一つ増えてしまった。これが一番の不覚だ。

「それで太老殿、どうやってここに?」
「えっと……コイツ等の後に付いていったら、何だか変なところにばかり出て……風呂場で気を失ったと思ったら、最後はブリッジに転がってたから何とも……」
「コイツ等? ……それは、まさか!?」
「船穂と龍皇です。何か鞄に潜り込んで、ついて来ちゃったみたいで」

 太老くんの肩にピョンと跳び乗り、じゃれつく様子で頭に肩に、と交互に跳び回っている生き物が二匹。
 さすがの瀬戸様も、ポカンとした表情で固まっていた。
 船穂と龍皇は、公的にはお父様や阿重霞様達と一緒に行方不明扱いになっている樹雷のトップシークレットだ。
 端末だけとはいえ、地球の外に連れ出すなど……本来なら絶対にあってはいけない事だ。

「プッ、アハハハ! 本当に退屈しないわ。最高よ、太老殿」
「え? ええ!? いいんですか? 瀬戸様!」
「端末だけでしょう? 黙ってればバレないわよ。それに遙照殿や阿重霞ちゃんも、彼と一緒なら『ダメ』とは言わないでしょう」

 何となくだが、瀬戸様ならこう言うような気はしていた。
 皇家の樹はその存在自体が樹雷の機密扱いな上に、端末を持っているなんて例は極一部で、その樹達も更にその上の機密に指定されているので、知らない者が殆ど。瀬戸様の言うように、私達が黙ってさえいれば、このマシュマロのような生き物が皇家の樹の端末などと、誰も思わないだろう。
 とは言え、色々と最もらしい理由をつけてはいるが、間違いなくこの状況を楽しんでいるだけに違いない。
 それに、太老くんに懐いている船穂と龍皇を彼から引き離すのも、気が引けるのは確かだった。

「しかし、ここに入れたという事は、もしかして……水鏡ちゃん、そういう事だったのね」

 瀬戸様の後、中央コアブロックに植えられた皇家の樹『水鏡』がキラキラと光を放ち、瀬戸様の声に答えるように乱舞して見せる。
 直ぐ様、その光は瀬戸様の頭上を跨ぎ、太老くんの周りを嬉しそうに飛び跳ねた。
 それは、主人の話が終わるのを今か今かと待ち侘び、お預けを食らっていた子犬のようでもあった。

「えっと……どういう?」
「船穂ちゃんや龍皇ちゃんを見て、自分も彼に遊んで欲しくて、ずっとソワソワしてたのよ」

 私の質問に肩をすくめ、あっけらかんとした様子でそう答える瀬戸様。
 システムの不具合の原因は、思わぬところに転がっていた。

【Side out】





異世界の伝道師/鬼の寵児編 第16話『樹雷へ』
作者 193






【Side:瀬戸】

 捕まえた海賊達の証言から、大体の事情は察する事が出来た。
 最近、GPに投入され始めたという新装備の数々。その戦闘力と実用性の高さは言うまでもなく、更にはその新装備を身に付けたGP隊員達のこれまで以上にやる気に満ちた仕事への姿勢は、海賊達にとって大きな脅威となっていた。

「ここ最近、GPの検挙率が大幅に上昇しているという話を聞いてたけど……どうやら、想像以上のようね」

 追い込まれた海賊達が、GPの勢力圏から逃れようと逃亡を重ね、逃げ延びてきたのがこの辺り一帯の未開拓宙域だった、と言う訳だ。
 海賊達が身を隠すのに、未開拓宙域を利用している事は、特に珍しい話ではない。しかし、海賊にも縄張り(勢力圏)というモノがあり、どこでも自由に海賊行為が出来る、というモノでもなかった。
 海賊とはいえ、それを稼業として生計を立てている以上、海賊同士で潰しあっていても意味がない。
 故に、海賊同士の奪い合いや諍いを少しでも回避するため、縄張りは重要な役割を果たしていた。

「これまで個人で活動していた海賊達が集まって、幾つかの小規模なギルドを立ち上げている、という報告は受けていたけど……」
「戦力を増強し始めたGPへの対抗策でしょうか?」
「個人には個人なりの動きやすさや利点は確かにあるけど、組織を相手に個人の力だけでは余りに弱い。それに、質で敵わないのなら数で、と考えるのは当然の事でしょうね。これまで通りのGPが相手なら、そこまでする必要はなかったのでしょうけど」
「……これまで絶妙にバランスが取れていたモノが、崩れ掛けていると?」
「まあ、そういう事ね」

 水穂に話したように、海賊達の事情も以前とは大きく変わってきているのだろう。
 GPに追われ、自分達の縄張りを失った海賊達が徒党を組み、こうして小規模とはいえ、海賊ギルドを形成するまでに至った。
 新参ギルドとはいえ、捕らえられた海賊達はGPの捜査網を逃れ、これまで生き延びてきた、何れもキャリアの長い古参の海賊達ばかり。一人当たりの懸賞金は、そこらの並の海賊を遥かに超えていた。
 偶然の成果とはいえ、莫大な国家予算を費やして行うはずの海賊討伐が、一切の被害を出す事もなく、一網打尽という完璧なカタチで幕を閉じたのだから、言う事のない幕引きだった。

「座標がズレたのも、システムの不具合が原因だし……彼の力と考えて間違いなさそうね」

 予定していた航路から僅かに外れてしまったのは、先頭を走っていた水鏡のシステムが不具合を起こしたからだ。
 そして、水鏡がソワソワする原因となったのも、太老殿だった。
 GPの英雄『ローレライ西南』の初陣となった、あの一件以来の多大な成果だ。
 捕縛件数こそ西南殿には遠く及ばないが、懸賞金の総額だけをみれば全く引けを取っていない。

「林檎ちゃんが知ったら、狂喜乱舞しそうな結果よね」

 既に樹雷本星に、海賊討伐の報告は行っている。西南殿で免疫があるとはいえ、その成果に驚いている者が大半だろう。
 特に経理部がこの成果を知れば、それこそ涙を流して喜びに打ち震えるはずだ。
 太老殿を迎え入れた後に予定していた海賊討伐も、予定を繰り上げて、しかも艦隊の遠征に必要な経費や、予測被害も一切出すことなく済ませたのだというのだから、あの子達ならそうなった事情を間違いなく知りたがるだろうし、その原因を知れば西南殿の時の件もある。あの子達がどういう行動にでるかなど、想像に容易かった。

「それはそれで面白そうだけど……」
「全然、面白くありません!」
「そんなに血相を変えなくても大丈夫よ。誰も、水穂の太老ちゃんを取らないから」
「……その話はもういいですから。それよりも早速、経理部の子達から、詳細な事情説明を求める要望書が届いてますよ?」
「思ったよりも早かったわね……」
「どうされるおつもりですか? 樹雷についたら、大騒ぎですよ?」

 そう言って水穂が、樹雷から届いたという記録映像をブリッジに映し出した。
 樹雷の首都『天樹』。皇家の船専用の停泊所の前に、ズラーッと立ち並び、待ち伏せている女官達。
 先頭に居るのは間違いなく林檎だ。そこにいるのは全員が、経理部の子達だった。
 あの様子から察するに、下手な言い訳や誤魔化しは通用しそうにない雰囲気だ。

「……いっそ、水鏡の中に立て籠もっちゃうとか?」
「どれだけ長い間、籠城されるおつもりですか?」
「じゃあ、正直に話して太老殿を差し出……」
「…………」
「じょ、冗談よ? ちゃんと、責任を持って、私が彼女達に事情説明をするから!」

 危なく、また黒水穂が降臨するところだった。
 彼を生け贄に差し出すのが一番手っ取り早いのだが、そんな事をすれば、水穂が絶対に黙っていない。
 しかも、船穂殿や美砂樹まで彼の味方なので、地球での二の舞になる事は確実だった。

(さて、どうするべきかしら? 確かに、水穂の言うように彼の事は出来るだけ伏せておきたいし……)

 余り、彼の顔と名前が世間に知れ渡るのは得策ではない。
 彼の存在は西南殿と比べても、周囲に与える影響が余りに大きい。それに、あの能力の実態が掴めていない現状では、どのような危険を孕んでいるか分からない。それ故に、『ローレライ西南』のように有名人になられるのも問題だった。
 哲学士『タロ』の名前で、鷲羽殿が彼の存在を隠しているのもそのためだ。

「瀬戸様、くれぐれも言っておきますが、太老くんは未成年なんですからね!」

 口が裂けても言えないが、今の水穂はあの頃の霧恋ちゃん≠ニそっくりだった。

【Side out】





【Side:太老】

「おおっ、これが樹雷星か!」

 水鏡に出して貰った映像に映った樹雷星を見て、俺はその美しさに魅せられ、思わず感嘆の声を上げる。
 惑星全体に生息しているという巨大樹。樹を名前に持つ星と言うだけあって、地球を『水の惑星』と呼ぶのなら、こちらは差し詰め『緑の惑星』と言ったところだ。地球とはまた違った自然美溢れる美しい星だった。
 アカデミーには天女に連れられて一度行った事があるが、樹雷を訪れるのはこれが初めての事だ。
 最初は嫌々だったとはいえ、こうして来てしまった以上、今更その事を悩んでも仕方がない。
 運悪く初っ端から海賊と遭遇した所為で、予定よりも三日遅れての到着となったが、今はこの生活を楽しもうと心に整理をつけていた。
 水穂も言っていたが、瀬戸の事は鷲羽(マッド)と同じく『天災』か何かだと思って、素直に諦めてしまった方が健全だ。

「太老くん、あれが樹雷の首都『天樹』よ」

 水穂が指差す先には、雲にまで届く、一際大きな巨大樹が映し出されていた。
 全高約十キロに達しようかという超巨大樹。入り組んだ枝葉に無数の植物を寄生させ、それを土台として造られた都市建造物の集合体。
 あれが、銀河系最大の領宙域を誇る樹雷の首都――『天樹』だった。

「どう? 天樹を見た感想は?」
「凄いです。思っていたよりもずっと……」

 名前と存在だけは知っていたが、実際に見るのと話に聞くのでは随分と違う。
 さすがは樹雷の首都、政治経済の中心地というだけの事はある迫力と、荘厳さが感じられた。
 俺の肩に乗っている船穂と龍皇も、久し振りの里帰りが嬉しいのか? ソワソワと落ち着きがない様子だ。

「うおっ!」

 次の瞬間、港に向かう水鏡を歓迎するかのように、天樹から立ち上った無数の光が空を舞い、光のシャワーとなって船に降り注いだ。

「これは……」

 水穂も驚いている様子だった。国を挙げての歓迎のようだが、聞かされていなかったのだろうか?
 裏の最高権力者と皇妃二人の出迎えとはいえ、随分と派手な演出があるものだ。
 そして港にはこれまた、沢山の女官達が水鏡の到着を待ち構えていた。

「うっ……あの子達、やっぱり」
「やっぱり?」
「こちらの話よ。太老くん、申し訳ないけど、もう少しブリッジで待っていてくれるかしら?」
「え? ああっ! 分かりました」

 水穂が何を言いたいかは直ぐに分かった。
 先程の演出といい、この盛大な歓迎といい、全ては瀬戸と船穂、美砂樹を出迎えるためのモノだ。
 俺が先に降りて行って、出迎えに出て来た人達をシラけさせる訳にはいかない。

「船穂と龍皇も、一緒に大人しく待ってような……あっ!」

 水穂が瀬戸と一緒にブリッジを出て行くや、重大な事に気がついた。そう、水鏡の事だ。
 俺がブリッジに残ると知るや、遊び相手が残った事がそんな嬉しかったのか? 不規則に光を発して乱舞する水鏡。
 そう、問題は、船穂や龍皇のように水鏡を連れて行く事が出来ない、という事だった。
 まだ船穂や龍皇に比べたらお姉さん≠セし、ちゃんと聞き分けてくれるといいのだが……。

「さすがに、端末は無理だしな」

 鷲羽(マッド)からは、『許可なく絶対にやらないように』と釘を刺されている。
 まさか早速、その約束を破る訳にもいかない。そんな命知らずな真似……幾ら水鏡のためでも、勘弁願いたい。

「あ、キーなら代用が利くか?」

 とはいえ、それも瀬戸に許可を貰わないとまずい、という事はさすがに分かる。
 水鏡が許可したところで、契約者の許可なく勝手にキーなど複製すれば、バレた時に何を言われるか分かったモノではない。
 言ってみれば、他人の家の合い鍵≠勝手に作るのと、大差がない行為だからだ。
 さすがに、そんな非常識な真似は出来ない。

「水鏡が話を通してくれるって? でも……大丈夫か?」

 確かに俺から頭を下げて頼んで、瀬戸に借りを作るような真似だけは出来ればしたくはない。
 しかし、船穂と龍皇を信じて後をついていって、酷い目に遭った後だけに……水鏡の言う事も不安でならなかった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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