【Side:林檎】

「林檎様、本当によろしかったのですか?」
「太老様のお気遣いに水を差すような真似は出来ません。あの方は私達に『友達になって欲しい』と、そう仰ってくださいました。その意味するところが分からない、あなた達ではないでしょう?」

 太老様は『友達から礼を受け取る事は出来ない』と、そう私達に仰ったのだ。
 それは嘗て、私の事を『友達』と呼んでくださった鷲羽様の御言葉によく似ていた。
 太老様が『白眉鷲羽の息子』と呼ばれ、その後継者として期待を寄せられている理由の一端を、垣間見た気がする。

「ですが、それでは余りに……私達は、太老様のために何もする事が出来ないのですか?」

 彼女達の言う事も分かる。しかし、これだけの成果を上げておきながら、あの方には一切の欲がなかった。
 莫大な収益を上げ、報奨金の額だけでも相当な物だというのに、何一つ、あの方はそれを誇ろうともせず、見返りを求めようともしなかった。
 その成果の全てが、引っ越しの挨拶≠ニでも言うように、それが当たり前であるかのように、極自然に振る舞われていたのだ。
 それに――

『それと『身も心も捧げる』とか簡単に言わないように! 瀬戸様に何を言われたか知らないけど、そう言う事は大切な人が見つかるまで、大事に取って置いた方がいい。林檎さん達は皆、凄く魅力的な女性ばかりだから、きっと良い人が見つかると思うし……だから、軽々しくそう言う事を口にしないで欲しい』

 そんな風に返されたのは、初めての事だった。
 私達に魅力がなかった訳ではない。『身も心も捧げる』といった私達の言葉の真意を見抜き、それを叱責されたのだ。
 私達の事をよく考え、心配してくださっていなければ、直ぐに出るような言葉ではない。その瞬間、私は気がついた。最初から、この方は私達の事を『友達』として、心配してくださっていたのだと――
 その言葉に嘘偽りがない事を知った時、私は自分の浅はかな行動を恥じた。とんでもない過ちを犯すところだったからだ。
 あのように返されれば、無理に御礼を受け取ってくれなどと、言えるはずもない。そんな事をすれば、それは御礼ではなく、感謝の押しつけでしかないのだから――

「勘違いしてはいけません。太老様は『助けて欲しい』と仰いました。それは、私達の力をあてにしてくださっている、という事です」
「――それではっ!」

 直ぐに太老様に会いに行ったのは、恩を返したいという思いの外に、それだけの成果を上げた噂の人物『正木の麒麟児』を一目見てみたかったからだ。
 鷲羽様と瀬戸様が認めた人物を、自分の目で確かめておきたかった。そして、その期待は良い意味で裏切られた。只者ではない事は予想が出来ていたが、私の想像を遥かに超える人物だったからだ。
 西南様が、その能力とは対象的に純朴な少年のような、強い純粋性≠持っていたように――あの方もまた、噂に違わない才覚≠ニ実力≠秘めていた。
 驚くべき点は、十五になったばかりとは思えない思慮の深さ、一目で私達の心の奥底すらも見抜いた慧眼、全く底の見えない器の広さ、瀬戸様や鷲羽様と言った方々と比べても決して見劣りしない、自らの力で運命を切り開いていくだけの知略と度量を、その歳で兼ね備えていた事だ。

 何をどうすれば、あの歳であの域にまで達する事が出来るのか分からない。大きな謎と不思議な神秘性を、太老様は秘めていた。
 私には、まだあどけなさの残る目の前の少年が、自分よりもずっと年下とは、とても思えなかった。
 今なら分かる。あの海賊討伐の成果も、『確率の偏り』という才能にだけ頼った偶然の産物≠ナはない、という事が――

 白眉鷲羽の息子。哲学士『タロ』。伝説の宇宙海賊『魎呼』と引き分けた少年。
 生まれ持った天賦の才と、それに驕らず努力を積み重ねてきたモノだけが持つ、本物の強さ。
 海賊を引き寄せたという『確率の偏り』が凄いのではなく、あの方自身が凄いのだと、私は確信させられた。

 カタチばかりの天才ではなく、『本物の天才』に巡り会えた喜びから来る、心身の震え。
 太老様なら、鷲羽様の後継者と紹介されても、私は疑問を一切挟む事なく、それをすんなりと受け入れる事が出来る。
 いや、あの方以外にその名≠継げる者はいないとさえ、評価していた。
 西南様に感じた強い恩義≠ニは別に、私は太老様が極自然に身に纏っている風格≠ノ魅せられていた。

「恩に報いるためにも、私達は太老様の期待に応えなくてはなりません!」
『はい!』

 私達の事を『友達』と呼んでくださった太老様。
 私達の力を信頼し、寄せてくださった期待に応えるため、私達が取るべき選択は決まっていた。

【Side out】





異世界の伝道師/鬼の寵児編 第18話『新生活、そして』
作者 193






【Side:太老】

「ここが太老くんの部屋よ」
「てっきり、水鏡の中に住むものとばかりに思ってましたよ……」
「それでも構わないけど……太老くんは、士官待遇で聖衛艦隊に迎えられてるから、天樹に部屋を用意するのは当然の事よ。第一、自覚はないかも知れないけど、『正木家』と言えば仮にも皇眷属なのよ?」
「ああ、そう言われてみれば……でも、柾木家の人や、村の人達を見てると、そういうイメージからは程遠くて」

 村の集会場でたむろしてる老人達や、毎日クワを片手に首にタオルを掛け、畑仕事に精を出している、おっちゃん、おばちゃん達。
 一応、あの人達も『正木』の名を持つ、水穂の言う皇眷属なのだが……普段のイメージと皇族と言うモノが全く結びつかなかった。
 柾木家の面々もそうだ。言われて思い返して、やっと……『ああ、そう言えば』と思い出すくらいで、普段のイメージからは皇族と印象が結びつかない。勝仁は、まあ……分からなくもないが、他の面々ときたら、まともなのは砂沙美とノイケくらいのモノだ。
 俺の言っている意味が分かるらしく、水穂も困った表情を浮かべ、腕を組んで『うーん』と唸っていた。

「それでも宇宙に上がれば、太老くんもそう言う目で見られるのよ? 樹雷の権威は、それほどに大きなモノなの。だから、もう少しだけ自覚して頂戴ね」
「言っている意味は分かりましたから……まあ、善処はします」

 水穂の言うように努力はするつもりだが、多分一生こういう生活に慣れる事はなさそうだ。
 樹雷の権威や、皇眷属がどれだけ凄いか実感が湧かないし、庶民の習慣と言うモノはなかなか抜けるモノじゃない。
 大体、この水穂が案内してくれた部屋だって、俺が柾木家で生活していた部屋の三倍はあろうかという大きな部屋だ。
 元々、荷物などそれほど持ってきている訳ではなかったが、部屋の隅に置かれた最低限の着替えなどの荷物だけをまとめてきた俺の鞄が、何とも見窄らしく見えてならなかった。

「あら? 太老ちゃんの部屋はここにしたの?」
「美砂樹様!?」
「水穂ちゃん、水臭いわ〜。何も、こんなところでなくても、柾木家の所有する屋敷を使ってくれて構わないのに」
「本家のを、ですか? ですが、それでは余りにも……」
「遙照ちゃんや、阿重霞ちゃんと砂沙美ちゃんもいないし、部屋なら幾らでも余ってるのよ。水穂ちゃんだって柾木本家の血筋なんだから、遠慮なんてしないで使ってくれて構わないのよ?」

 突然、現れた美砂樹の提案に、『どうしたものか?』と悩む水穂。『屋敷』という怪しげな単語が聞こえた事で、俺も微妙な表情を浮かべた。
 美砂樹の事だ。この部屋を見て、そんな事を言うからには、本当に『部屋』ではなく『屋敷』を用意しかねない。
 そのくらいの事は、平然とした顔でやってしまうのが美砂樹だ。冗談を言わない事が分かっているだけに、洒落になっていなかった。
 この部屋でも広すぎると思っているのに、そんな落ち着かない場所に進んで住みたい、とは思わない。

「美砂樹お姉ちゃん。俺はここでいいかな〜って」
「でも? ここじゃ、狭すぎないかしら?」
「えっと……俺だけ特別扱いってのは他の人に悪いと思うし、美砂樹お姉ちゃんに甘えてばかりはいられないと思うんだ。だから、これからここで皆と同じように仕事をしていく以上、出来るだけ同じ条件で生活を送りたいな、と」
「太老ちゃん……偉い! 偉いわっ!」

 何とか納得してくれたようで、目を輝かせてギュッと俺を抱きしめてくる美砂樹。
 抱きつき癖は相も変わらずだ。とは言え、最悪の結果は回避出来たようで、胸を撫で下ろす。

「でも、子供がそんな遠慮なんてしなくてもいいのよ?」
「遠慮というか、本当にここで十分なんですけど」
「う〜ん、本家のがダメとなると……」
「いや、出来れば……何もしないでくれた方が……」

 遠慮じゃなく、本気で余計な事は何もしないで欲しい。
 美砂樹の言う事を真に受けて、信用して任せられるほど、俺は単純には出来ていない。
 果てしなく嫌な予感しかしない相手を『信用しろ』と言われても、心の底から安心など出来るはずもなかった。

「あの……水穂さん?」
「…………」

 首を横に振って、『諦めて』と合図を送ってくる水穂。
 美砂樹は一度こうだと決めたら、こちらの話など聞く耳を持ってくれない。
 こういうところは、実に『鬼姫の娘』だと思わせられる一面だった。



「……やっぱり、任せるんじゃなかった」

 結局、柾木家の屋敷は勘弁してもらったものの、天樹の一角に、それはもう十分『豪邸』と言っても差し支えない住居が与えられ、挙げ句にどういう訳か水穂と同居する事が決まってしまった。
 美砂樹が、『一人暮らしは心配だし、保護者と一緒なら何かと安心でしょ〜?』と余計な気を遣い、手を回したのが原因だ。
 そしていつの間に、水穂が俺の保護者になったのか? 説明して貰いたい。

「しかし、三倍から一気に二十倍くらいの広さになったな……」

 柾木本家ではなく、今は使われていない神木家の別宅らしいのだが、それでも二人で使うには部屋数も多く、広すぎるくらいだ。
 使われていない、とは言っても管理は行き届いているようで、今まで使われていなかったと言うのが嘘に思えるほどに掃除も行き届いていた。

「太老くん、申し訳ないけど、まだ少し仕事が残ってるの。荷物の片付けとか、一人で大丈夫?」
「片付ける、ってほど荷物もないですし、大丈夫です。気にしないでください」
「それじゃあ、夜には戻ってくるから、晩ご飯は一緒に食べましょう」

 何だかんだ言って、水穂の方はご機嫌の様子だった。これだけ、豪華で大きな家に住めるのだ。嬉しくなる気持ちも分からなくはない。
 仕事に行くという水穂を手を振って見送り、ベッドに腰掛けた俺は、これからの事を考える事にした。
 ベッドの上を転がり、ピョンピョン跳びはねて遊んでいる船穂と龍皇。俺はこれからの生活の事を考えると、期待一割、不安九割といった感じで胸がドキドキなのに、実に呑気なモノだ。
 ちなみに、この不安の割合の殆どは瀬戸の所為だったりする。先程の経理部の件もあるし、警戒して当然だ。

「う〜ん、まだ夕飯まで時間もあるし、足りない物とか買い揃えに行こうかな?」

 天樹の中層から下は、大きな街を幾つも繋ぎ合わせた、巨大な都市建造物になっている。
 元々樹雷は、銀河アカデミーほどではないが、様々な文化と風習、多種多様な宗教が入り交じっている、物凄い数の種族を抱える多民族国家だ。基本的にルールさえ厳守すれば、宗教に関しても完全に自由で、自分達の国の文化や風習を制限されるような事もない。
 樹雷とは、元々そう言う自由な気風を好む者が多く集まり、逆にそうした気風が樹雷を銀河最大の大国へと押し上げる原動力になっていた。

 それに、樹雷には『皇家の樹』がある。
 樹雷を銀河最大の軍事国家と言わしめている強大な力。理解の及ばない大きな力を、人は恐怖するか、『神』と崇める傾向にある。
 彼等にとって『神』とは、高次元の存在が確認されている現在となってはカタチのない偶像ではなく、そこに存在する絶対的なモノへの畏敬の念が含まれていた。
 故に、解析不能な力『光鷹翼』――神にも等しい力を持つ『皇家の樹』が、彼等にとって目に見える信仰の対象として、崇められるようになる事は、当然の帰結とも言えた。
 どの宗教でも共通して言える事は、この樹雷の人々にとって『神』を指すモノは『皇家の樹』と同意だという事だ。
 だからこそ、これだけ多くの人種が一箇所に集まりながらも、大きな諍いや対立がなく、上手くバランスが保たれていた。
 そんな人々の手によって造られた都市。樹雷最大の首都、政治経済の中心地と呼ばれる『天樹』の街並みは、アカデミーに負けず劣らず活気に満ち溢れた場所として知られている。
 前に美星が持ってきた、観光パンフレットにも載っていたくらいだ。俺も、一度は行ってみたいと思っていた。

「ここに来る時に結構金も持ってきたしな」

 そう言いながら、財布の中身を確認する。
 諭吉さんがドサッと三十枚ほど。別に封筒に分けて、鞄にもう少し入れてある。
 これだけあれば、当分の生活費には困らな――

「……あれ? 日本円、ってここで使えるのか?」

 今更ながら、根本的な事に気がついてしまった。というか、何で今まで気付かなかったのか?
 東京に上京するために、コツコツと貯めてきた生活資金。しかし、よく考えるとこれは地球の……しかも日本のお金だ。
 常識で考えて、宇宙で流通している通貨とは違う。

「だ、ダメじゃないか! って事は、何か!? 俺って、一文無し!?」

 日本のお金が、銀河連盟が発行している共通通貨に換金出来るとは……思えない。
 だとすれば、俺の財布に入っているお金は、ここでは紙くず同然という事だ。
 折角コツコツと貯めてきた貯金が紙くず同然なんて……余りに悲しい現実だった。

「そうだ! 鷲羽(マッド)が渡してくれた貯金!」

 俺が宇宙に行く支度金として、鷲羽(マッド)が出してくれたお金。幾ら何でも、それまで地球の通貨という事はないはずだ。
 まだ中身を確認していなかったが、それさえあれば――

「……俺、何も受け取ってないぞ!?」

 貯金を渡してくれる、とは言っていたが、何かを受け取った記憶がない。
 いや、そもそも現金は疎か、カードや通帳も受け取った記憶がないのに、俺にどうしろと?

「船穂……龍皇……慰めてくれるのか?」

 宇宙に連れ出されたかと思えば、一文無しだという事実が発覚し、どんよりと重い空気が背中にのし掛かる。
 そんな落ち込む俺の肩に乗って、船穂と龍皇が気遣うように身体を擦りつけてきた。
 二匹にまで気を遣わせてしまうなんて……本当に情けない事この上ない。

「まあ……着替えは持ってきてるし、食って行く分は何とかなりそうだし……当分は我慢するしかないか」

 働く事になれば給料も出るだろうし、それまでの辛抱だ。
 食費は事情を説明して、給料が出るまで待って貰おうと思う。早速、水穂に頼るようで申し訳ないが、こればかりはどうしようもない。
 他の日用品なんかは……この屋敷にある物を借りて置くしかないだろう。普通に生活するだけなら、何とかなるはずだ。

「ん? 通信?」

 そんな時だった。俺の前に空間モニターが出現し、誰かが屋敷を訪ねてきた事を知らせる。
 水穂はさっき出掛けたばかりだし、帰ってくるにしても早すぎる。
 美砂樹なら勝手に入ってきそうだし、『誰だろう?』と首を傾げながら回線を繋いだ。

『お兄ちゃん、樹雷へようこそ!』
「桜花ちゃん!?」

 台風再び。玄関先でにっこりと笑う、平田桜花の姿がそこにあった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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