【Side:瀬戸】

『…………』

 一言も言葉を発せず、テキパキと仕事をこなしていく水穂と林檎。しかし、いつもと明らかに雰囲気が違う。
 二人の発している空気に影響されてか、他の子達も皆、一言も発せずに黙々と仕事に打ち込んでいた。
 仕事の効率が落ちている、という訳ではない。常人の何倍もの速度で仕事をこなし、的確に部下に指示を出していく様は、さすがは『瀬戸の盾』と『鬼姫の金庫番』と言われる二人だと感心する。そう、仕事に関してはいつもの二人だ。
 だが――

「水穂、林檎、もうちょっと楽しく……仕事が出来ないかしら?」
「捕縛した海賊のデータ処理が残ってますので、何しろ凄い数でしたから」
「被害はありませんでしたが、報奨金の事務処理やら、やる事が山積みなんです」

 水穂、林檎ともに、即座にそう返答が返ってきた。全く、取り付く島もない。
 私の一言でも『効果なし』と知り、当分はこの状態が続くと理解してか、『はあ……』と深く溜め息を吐く女官達。
 彼の監視と護衛につけている『剣』から、桜花ちゃんが優勢という報告は受けていたので、何があったのかは大体のところ察しがついていた。
 私の女官には、二つの面がある。それが『剣』と『盾』――つまり、戦闘と情報収集だ。
 正木太老、平田桜花、この二人にはそれぞれ二名の『剣』を、監視兼護衛役として、密かに派遣していた。
 この事は、水穂と林檎も知らない。正木太老、そして平田桜花の事は、例え私の副官と言える二人であっても、簡単には伝える事が出来ない重要な機密を含んでいるからだ。
 特に、この二人は彼との接点が大きい。二人が口外するとは思えないが、彼の能力を考えた場合、それでも安心とは言い難い。
 二人に伝えないのは、そうした念のための予防措置も含んでいた。

(それに、こんなに面白い事、二人に邪魔されるのも癪だしね)

 二人にこの事が知られれば、『監視』と言う名の隠し撮り≠ェ禁止されるのは間違いない。
 暫くは退屈しない玩具を見つけたというのに、それを取り上げられるのは何よりも悔しい。
 とは言え、このまま重い空気の中で仕事を続けるのも、辛くなってきたところだ。
 ずっと、このままと言う訳にはいかない。何か良い方法はないか、と考えていたその時だった。

「瀬戸様! 大変です!」
「どうしたの?」
「海賊の件でデータ処理に向かった女官達からの報告で、水鏡様が誰もブリッジに入れてくれないと――」
「…………は?」

 相当に焦っていたのだろう。女官の一人が息を切らせ、慌てた様子で飛び込んできた、かと思えば周囲の雰囲気などお構いなしに騒ぎ立てた。
 しかしそれは、私やその場にいる全員を驚かせるに十分な内容だった。
 突然入ってきた予期せぬ報告に、私は手に持っていた扇子を床に落とし、一瞬――思考を停止する。
 水鏡の反抗――それは僅か数時間の事でも樹雷の情報処理能力に、いや、銀河全域で展開中の情報活動に影響を与えかねない大問題だ。こういう時のために予防措置は取ってあるとはいえ、それを考慮しても周囲に与える影響は生半可なモノではなかった。女官が慌てるのも無理はない。
 直ぐに頭を過ぎったのは、樹の前で船穂の説得に必死になる遙照殿の姿を映した、隠し撮り映像だった。

【Side out】





異世界の伝道師/鬼の寵児編 第21話『鬼の後継者』
作者 193






【Side:太老】

 何で、こんな事になっているのか?

「お兄ちゃん、頑張って!」

 胸元に船穂と龍皇を抱いた桜花の声援を受けながら、俺は深く溜め息を吐く。俺が今どこにいるかというと、ここは軍施設の中、聖衛艦隊の訓練場だったりするからだ。
 強力な軍事国家である樹雷は、国民のほぼ全てが『闘士』と呼ばれる戦闘要員を担っている、とんでもない国だ。
 海賊としての性質が色濃く残る樹雷では、力のある者、一芸に秀でている者が尊敬される傾向にある。
 その中でも、特に武芸に優れた者は、聖衛艦隊を始めとする軍隊に所属している者が殆ど。ここは、そうした『闘士』と呼ばれる兵隊達が日夜、鍛錬を行っている訓練場だった。
 その訓練場の中心――俺の目の前には、出会ったばかりの二人の闘士が、やる気満々の様相を見せ、こちらを睨みつけていた。

「はあ……何で、こんな事に……」

 事の発端は、見学途中に発した桜花の一言だった。
 桜花も普段、ここで武術の練習をしているとの話を聞いて、小さいのに凄いな、と感心していた矢先の事だ。
 桜花は、兼光と夕咲の娘という事で将来性も高く、見た目通り愛らしい容姿をしている。そうした事もあって、若い闘士達の間でファンも多く、ちょっとしたアイドル的な存在として、注目を集めていたらしい。
 だが、ここで問題が発生した。そんな桜花が『お兄ちゃん』と呼ぶ男が、突然、彼等の前に現れたのだ。
 皆の注目が俺に集まるのは、当然の帰結だった。結果、血気盛んな若者達が俺に興味を持ち、因縁をつけてくるのも無理のない話だ。
 俺は穏便に済ませようとしたのだが、その後がまずかった。そこで更に追い打ちを掛けるように桜花が、

『姑息な真似をしないで、樹雷の闘士なら自らの力で示してみなさい。ここにいる全員が束になって掛かっても、お兄ちゃんの足下にも及ばないと思うけどね』

 何て、連中を煽るものだから、こんな事に……。
 さすがに全員で来るのは卑怯と感じたのだろう。そこは、樹雷の闘士としてのプライドが彼等にもあるのだと思った。
 その結果、各艦隊の代表者が一人ずつ戦う事に――
 ここで練習中だったのは、兼光のところの第七聖衛艦隊と、内海のところの第十三聖衛艦隊の闘士達だ。
 何れも、樹雷を代表する屈強の猛者ばかり。さすがに勝仁や魎呼ほどではないだろうが、面倒な相手である事に変わりはない。
 この元凶となった桜花に、恨み言を言いたい気分で一杯だった。普通に訓練を受けるよりも厄介極まりない状況だ。

「まずは、俺が――」

 そう言って先に前に出て来たのは、第十三聖衛艦隊の代表者だ。見た感じ、そこそこ出来るようだが……。
 素直に謝ったら許してくれないだろうか? いや、絶対に無理だろうな……ここの連中ときたら、どう見ても体育会系の野蛮人ばかりだ。
 そもそも、樹雷からして元々海賊が興した国家だ。このような喧嘩は日常茶飯事、決闘など珍しい事ではない。
 話し合いで決着がつかないのであれば、後は腕ずくで、という海賊ならでは風習は今でも色濃く残っている。
 拒んだり、逃げようものなら非難は免れない。そんな事になれば、後で瀬戸に何を言われるか、分かったモノじゃない。
 今、目の前でコイツ等を相手にしている方が、『樹雷の鬼姫』に比べれば遥かにマシだった。

「コイツ! 俺の闘気を涼しい顔で!?」

 さっきからジッと同じ場所から動かず、何やら一人芝居をやっている目の前の男。
 あんなに熱い視線を向けてきて、『ホモじゃあるまいな?』と嫌な想像が頭を過ぎる。悪いが、俺は至ってノーマルだ。そんな趣味はない。
 とは言え、代表者とは言っても、兼光や内海のような、歴戦の勇士が相手と言う訳ではない。桜花が普段、ここに武術の鍛錬に来ていると言う話からも、水穂が言っていた訓練兵≠ゥ何かなのだと考えた。
 それなら、俺でも何とかなるはずだ。いつも、魎呼や勝仁といった規格外の連中を相手にしてきただけに、相手が武術の達人とかでもなければ、そこそこ自信はある。

「くっ! ならば――」

 やっとその気になり、拳を握りしめ、かかってくる闘士。
 思った通り魎呼に比べれば、その動きは止まって見えるほどに遅かった。

【Side out】





【Side:夕咲】

「あら、面白い事になってるわね」
「あっ、ママ。あれ? パパは?」
「ピクリとも動かなくなったんで、家に置いて来ちゃったわ。代わりに、私が彼等の指導に来たのだけど……」

 余り強く叩いたつもりはなかったのだが、夫が動かなくなってしまったので、仕方なく、私が夫の代わりに第七聖衛艦隊の戦技指導にきたのだが、ゴタゴタとして遅れてきたお陰で面白いモノが見れた。
 内海様のところの第十三聖衛艦隊の闘士、それに夫の第七聖衛艦隊の闘士が、まさか太老くんと決闘をしているとは思わなかったからだ。
 でも、あれでは『決闘』と呼んでいいかどうかも怪しい――

「彼、凄いわね。あれだけの闘気を受けながら、全く動じていない。凄く自然体だわ」
「お兄ちゃんが、負けるはずないよ。あの魎呼お姉ちゃん≠ニも引き分けたくらいだもん」

 確かに、桜花の言うとおり、彼等と太老くんでは格が違っていた。
 言っている傍から一人。第十三聖衛艦隊の代表者が、太老くんに飛び掛かった瞬間、あっと言う間に背後を取られ、意識を刈り取られた。

『――――!』

 その場にいた全員が目を見開いて驚き、息を呑む。緊張した静けさが場を包み込んだ。
 やられた本人は疎か、観客の闘士達も、何が起こったのか把握出来てない様子だ。
 無理もない。彼等には太老くんの動きは疎か、いつ攻撃したかも分からなかったはずだ。
 皇家の樹のバックアップを受けた樹雷の皇族クラス……いや、それ以上かもしれない力の一端を彼は見せていた。
 それでも、まだまだ余裕の表情を浮かべて――

(なるほど……瀬戸様が彼に拘るはずね)

 事実、彼はあれだけの闘気に晒されながらも、自らは一度も闘気を発していない。それは、彼に敵とすら認識されていないという証拠だ。
 この訓練場で鍛錬をしている闘士は何れも、各艦隊でトップレベルの実力を有している一級の闘士ばかり。
 それが、入隊したばかりの僅か十五歳の少年に、手も足もでないでいる現実。
 実際に対峙している者、見ている者達にとって、これほどの悪夢はない。

「――ぐはっ!」

 そうしている間にも、屈強と名高い第七聖衛艦隊の闘士ですら、善戦する事は疎か、一撃も入れられないまま気絶させられてしまった。
 これで、ここにいる誰もが、彼の力を認めざるを得なくなったはずだ。しかし、誰一人動かない。いや、動けないでいた。
 理解の範疇を超えた目の前の出来事に、誰一人言葉を発する事も出来ず、緊張した張り詰めた空気が場を支配する。
 そこにいる誰もが、あの少年との力の差に気付き、子供と思って侮っていた相手が、猛獣にも勝る牙を隠し持っていた事を自覚し、震えを隠しきれないでいたのだ。

 いや、あれは猛獣などと言った生易しい存在ではない。
 伝説の哲学士に育てられ、樹雷の鬼姫に認められた麒麟児。形は小さくても――彼は鬼≠セ。
 鬼姫の庇護を受けし少年、鬼の名を継ぐ者。そう呼ばれるに相応しい力を、彼は兼ね備えていた。

「さすがね。太老くん」
「あ、夕咲さん……あれ? 兼光さんは?」

 あれだけの戦闘をした後だというのに、何でもなかったように桜花と同じ質問を返してくる太老くん。
 どこまでも普段と変わらず、自然体そのもの……本当に底の知れない子だった。

【Side out】





【Side:太老】

 全然、余裕で何とかなった。相手が大した事なかった、と言うのも大きいが、何よりも自分で驚くほど身体が軽かった。
 まるで別人のように素早く動け、身体の底から力が沸き上がってくるのを感じる。
 地球に居た頃とは、何もかもが、まるで違っていた。

(何となく、光鷹翼を使った時の感覚に似てるんだが……気の所為かな?)

 あの時は龍皇剣を持っていたから、龍皇のバックアップを受けて戦えたが、今はキーを持っていない。
 契約者でもないのに、キーもなしに皇家の樹の力を引き出すなど、存外無理な話だ。
 さすがにそれはないか、と考えを改めた。

「格好良かったよ、お兄ちゃん! さすがは、桜花の未来の旦那様だね!」
「あはは……ありがとう」

 夕咲だけでなく桜花も駆け寄ってきて、元気一杯で腰元に抱きついてきた。
 しかし、俺はこのくらいで動揺しない。もう、桜花の冗談にも慣れたモノだ。一々、照れたり過剰に反応する事もなくなった。
 やはり、今朝の一件が堪えているのだろう。桜花のこれは、子供がじゃれついているだけ、スキンシップのようなモノだと理解したからだ。

 桜花の肩からピョンと跳びはね、定位置となっている俺の肩に飛び移ってくる船穂と龍皇。

(まさか、コイツ等が……そんな訳ないか)

 一瞬、コイツ等が力を貸してくれた事も考えたが、やはり契約者でもないのに、そんな事はありえないと考えを振り払う。
 偶々、調子が良かっただけの事だろう。それに、地球とここでは勝手も違う。
 相手が訓練生という事もあり、大した事がなかったというのもあるし、今回は条件がよかっただけの話だ。
 それに訓練生を、魎呼や勝仁のような規格外の化け物と比べてやるのは、酷と言うモノだ。

 ――ワアアアッ!

 そんな時だ。訓練場が、沸き立つような歓声に包まれたのは――

「な、なんだ?」
「皆、太老くんを歓迎してるのよ。ようこそ、神木家聖衛艦隊へ」

 夕咲に差し出された手を握り返す。
 この歓声――彼等に少しは認めてもらえた、と思うと嬉しかった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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