【Side:瀬戸】

「皇家の樹の実に、私の監視網から逃れたとなると……」

 実をつける樹ともなれば、かなり大きな樹という事になる。
 最初、太老殿につけていた『剣』が彼の姿を見失い、私の監視網から逃れたという報告を聞いた時、津名魅が味方をしている可能性を考えたが、地球に連絡を取り、それが無い事は確認した。だとすれば、考えられる事は一つだけだ。
 前例が全くない訳ではない。今回のケースは以前と比べても、かなり特殊だと言えるが、考えられる可能性は一つしかなかった。
 皇家の樹……いや、天樹≠ェ彼に味方をしている。それも、私の推測が正しければ彼はあの時、天樹の中に居たという事になる。

「水穂様から提出された種を鑑定しましたが、何れも皇家の樹の実の物に間違いありまんでした」

 女官からの報告を受け、私は気を落ち着かせるために二度、深呼吸をして息を整えた。
 神樹の酒の原材料となる皇家の樹の実は、中心に小さな種を持つ。その種は万病に効く薬草の種となり、高値で取り引きされているのだが、皇家の樹の実と同様、希少品のために余り数が流通する事はない。これだけ大量の種を目にする機会など、皇家の樹のマスターと言えど、滅多にある事ではなかった。

「結論としては、やはり第一世代の樹がつけた物と考えてよいかと思います」

 それも、実の数や種の大きさから見ても、阿主沙殿の霧封を上回る大きさの樹がつけた実だと考えられた。
 水鏡や霧封以上の大きさの樹ともなれば、第二世代では考えられない。間違いなく、この実をつけたのは第一世代の皇家の樹と考えていいだろう。
 そこから判断できるのは、彼が天樹の中に侵入したばかりか、第一世代のエリアに辿り着き、帰ってきたという事実だった。
 あそこに入る事が許された、という事は、彼がその気になれば第一世代の樹とも契約できる可能性が高いという事。そもそも『皇家の樹の間』へ入れたにも拘わらず、樹と契約も交わさず、森に果物を採りに出掛けたかのように、樹の実だけを採って帰ってきた非常識な人物など、この樹雷皇家の長い歴史の中で――彼以外に一人としていない。

「この事は他言無用よ」
「水穂様や林檎様にも、ですか?」
「あの二人なら、彼が天樹の中に侵入した事くらいは気付いているでしょう」
「了解しました。では、そのように――」

 事の重大さを顧みて、直ぐに箝口令を敷く。水鏡の件もそうだが、今回の件は特に、第三者に知られる訳にはいかない内容だった。
 命を受け、スッと音もなく姿を消す女官。その動きは一流の諜報員のモノだ。私の女官達の中でも『盾』と呼ばれる彼女達は、文字通り『情報』を司る精鋭ばかり。正確な構成員の数を知っているのは私だけ、例え情報部副官の肩書きを持つ水穂であっても、正確な人数までは把握しきれていない。
 戦闘に特化した『剣』。そして情報に特化した『盾』。この二つが、私が持つ最強の手札であり切り札だった。
 皇家の樹が全て、太老殿に味方をしている可能性が高い以上、樹の力をあてには出来ない。水鏡に頼るのも危険だ。
 こうした事態を想定していなかった訳ではないが、今は自分が築き上げてきた力を信じ、彼に……彼の力に対抗するしかなかった。

「鷲羽ちゃんの苦労も窺えるわ」

 樹雷に連れてきただけでこれだ。
 次から次へとよくもまあ、これだけ立て続けにアクシデントを引き起こせるモノだと感心した。

(……それに巻き込まれた阿主沙ちゃんも、心中穏やかじゃないでしょうしね)

 阿主沙殿が神木家別宅に忍び込み、それを桜花ちゃんに撃退されたという報告も、二人につけていた『剣』から受けていた。
 何やら妙な誤解をしているようだが、面白い事になりそうなので、そちらに関しては静観する事を決めた。
 鷲羽殿にも定期連絡でその話をしたら、『太老の確率変動のサンプル採取に丁度いいね。詳細を映像付きで送っておくれ』とノリノリだった事も一因にある。それに、あの夫婦にとっても丁度良い刺激になるだろう、と考えての事だ。
 船穂殿の場合、余り溜め込んで爆発された時の方が厄介極まりない。阿主沙殿には悪いが、たまにはガス抜きも必要だ。

「後は、桜花ちゃんの方ね……」

 強いという話は聞いていたが、油断していたとは言え、第一世代の樹のバックアップを受けた阿主沙殿に一撃を入れ、撤退させたその実力。ただ才能がある、という話だけでは済まされない力だった。
 生体強化と延命調整を施されているとは言っても、皇族が持つ、皇家の樹のバックアップに比べれば遥かに弱い。ましてや、成長の妨げになる、などの理由から彼女は、兼光や夕咲殿のような高レベルな調整を施されている訳ではない。確かに一般人に比べれば遥かに高度な調整が施されているが、それは普通の闘士と比べた場合の話だ。
 しかし、阿主沙殿と対峙した時、間違いなく皇族クラス……いや、美砂樹クラスの力の片鱗を彼女は見せた。
 その報告と映像を見せられた時、鷲羽殿が口にした『普通がありえない』という言葉が頭を過ぎった。太老殿との関係は別にしても、彼女も普通とは言えない。

「……まさに、爆弾を二つも抱えているようなものね」

 使い方によっては、絶大な効果をもたらしてくれる力だが、使い道を誤れば、身の破滅を招きかねないほど大きな力だ。
 皇家の樹よりも気まぐれな、それでいて扱いの難しい強力な玩具を手にした気分だった。

【Side out】





異世界の伝道師/鬼の寵児編 第25話『樹に懐かれし少女』
作者 193






【Side:太老】

「お兄ちゃん……ここって」
「いや、前に迷い込んじゃって、こいつにお世話になったからさ」
「あの……そういう事を言ってるんじゃなくてね」
「心配しなくても大丈夫だよ。皇家の樹は初めてだけど、昔は園芸が趣味だったんだ」
「はあ……うん、そうだよね。お兄ちゃんだもん」
「?」

 何だか一人納得した様子で溜め息を吐く桜花。俺達が今どこに来ているかというと、天樹の中『皇家の樹の間』だったりする。
 先日、皇家の樹に助けてもらった礼が何か出来ないか、と考えた末、苗木や若木達の世話を手伝ってやろうと考えた訳だ。
 ずっと疑問だった。ここには儀式以外で余り人は立ち入らない。だとすれば、樹の世話は誰がやっているのだろう、と。
 阿重霞が龍皇の世話をしているところを何度か目撃した事があるが、育成ユニットがあるとは言っても全く手入れが必要ない訳ではない。

「しかし、結構な数と広さがあるな」
「お兄ちゃん、全部の面倒を見るの?」
「さすがにそれは無理だから苗木と若木を見て回って、手が必要な奴だけに絞ろうと思う」

 仕組みは理解できないが、この天樹その物が育成用ユニットの役割を果たしている事は分かった。
 樹の専門家ではないが、皇家の樹は意思を通わせれば答えてくれる。
 問題のある奴、悩みのある奴を探し出して、そいつらの手助けをしてやればいいだけの事だ。
 先日お世話になった第一世代の樹の子供達だ。その世話をする事は、十分に恩返しになると考えての事だった。

「桜花ちゃんが手伝ってくれて助かるよ」
「それは全然気にしなくて良いよ。でも、まさか……こんなところに連れて来られるとは思ってもみなかったけど……」

 こっそりと出掛けようとした俺を見つけ、『一緒に行く』という桜花をどうしようか、と考えたのだが、先日俺でも入れたのだからきっと桜花も入れるだろう、と連れてきてみれば予想通りだった。
 やはり、船穂と龍皇が一緒だと問題なく中には入れるようだ。意外な落とし穴、一種の裏技と言ってもいいだろう。

「しかし、船穂と龍皇も随分と桜花ちゃんに懐いたね。お陰で助かってるけど」
「よく一緒に遊んであげたりしてるし、でも……この子達はお兄ちゃんの方が好きみたいだけどね」
「まあ、龍皇の場合は、半分は俺が親みたいなモノだしね。船穂とも付き合いが長いし」

 龍皇を改造して、今の端末を与えたのは俺だ。そう言う意味では、俺が親とも言えなくはない。
 船穂とも小さい頃からの付き合いだし、端末を持つ以前からあの池でよく一緒に遊んでいたので、ある意味で幼馴染みといった関係だ。
 桜花が仲が良いと感じるのならば、その辺りに原因があるのだろう。

「それじゃあ、遅くならない内に手早く済ませちゃうか」
「うん」

【Side out】





【Side:林檎】

「また、太老くんを見失ったそうよ……これは間違いなさそうね」
「天樹の中に導かれている、という事ですか? ですが、門を利用しないで直接内部に入るなんて……」
「太老くんが、それだけ特別って事なのでしょうね。樹達にとって」

 瀬戸様は何やら独自に動いている様子だし、最高機密に属する問題というだけあって、私達にも全ては語ってくださらない。
 だとすれば、私達は自分達の裁量で出来る事を考え、実行するしかない。あの失踪事件以降、同じ事が二度と起こらないように、と水穂さんと相談した結果、密かに護衛をつける事で話が一致した。勿論、プライベートな部分には立ち入らないよう、細心の注意を払った上での事だ。
 しかし、その護衛から『太老様の姿を見失った』という報告が入った。前回と場所は違うが、同じ天樹の幹の直ぐ近くで。

「瀬戸様曰く、『樹選びの儀式は彼には必要無い』との事よ」
「ですが……皇家の樹に招かれているという事は、樹と契約する資質があるという事なのでは?」

 ゲートを通った形跡もない。忽然と姿を消した事や、先日の皇家の樹の実の事からも、考えられる事は一つしかない。
 天樹の内部に侵入しているのであれば、幾ら監視網を強化しようが見つかるはずがない。
 しかしそれは同時に、太老様が第二世代以上の皇家の樹と契約できる資質を兼ね備えている、という証でもあった。

「瀬戸様には瀬戸様の考えがあるのでしょうけど……私達が考えている以上に、太老くんの力は危険なモノなのかも知れないわね」
「危険?」
「これまでに起こった事件を思い起こしてみれば、分かる事でしょう? 海賊艦の一斉捕縛、水鏡のストライキ、それに太老くんは第二世代の樹『龍皇』の強化にも成功したあの哲学士『タロ』なのよ?」

 西南様クラスの確率の偏り。皇家の樹との高い親和性。伝説の名を継ぐ者として、期待を寄せられている哲学士としての才能。
 確かに太老様の力は、水穂さんの言うように大きなモノだ。そして大きすぎる力には、常に危険がつきまとう。

「先日の侵入者騒ぎも……その危険の一部だと?」
「可能性としては十分に考えられるわ。もし、ここで太老くんが第一世代の樹と契約するような事があれば、次の樹雷皇は太老くんになる可能性だってある……いえ、彼の力と才能を考えれば、現状では可能性が一番高い、と言わざるを得ないでしょうね」
「だとすれば、やはり外部ではなく内部の犯行……」
「そう、考えるのが妥当でしょうね」

 現在、次期樹雷皇の最有力候補とされているのは、第一皇子の柾木遙照樹雷様、その孫で特殊な力を有している柾木天地様、第一世代の樹と契約された山田西南様の三方だ。
 遙照様は未だに公的には行方不明扱い。その孫の天地様は樹雷の最高機密扱いで、存在その物が秘匿されている。
 西南様は第一世代の樹と契約されたとは言っても、純粋な地球人。継承権も前のお二人に比べて第三位と弱く、しかもGP所属だ。意思確認以前の問題で、御本人に樹雷皇になる気はないだろう。
 しかし、太老様は樹雷の人間。眷属とはいえ、皇族の一員だ。
 もしも、第一世代の樹と太老様が契約されるような事があれば、公的に見れば次期樹雷皇に一番近いのは太老様という事になる。
 そして、天樹の内部に自由に出入り出来るという特性からも、その可能性は――

「太老様なら、第一世代の樹と契約が出来ても不思議ではありませんね。いえ、それ以外に想像が出来ません……」
「それに以前、軍に見学に行った時に随分と派手な事をしたらしくて、彼……闘士からの評判もいいのよね」

 屈強揃いの聖衛艦隊の闘士を瞬殺した、というアレの事を、水穂さんは言っているのだろう。
 樹雷では力に優れた者、一芸に特化した者が尊敬される傾向にある。彼等が太老様の力に魅了され、憧れを抱くのも無理はない。
 闘士達の支持があるのとないのとでは雲泥の差だ。樹雷皇とは独裁者ではない。民の支持無くして皇とは言えず、その民を守るために皇は存在する。部下からの尊敬を集められない皇が、民から信頼を得る事など出来るはずもない。そう言う意味でも、太老様の皇としての資質は十分に窺えた。

「方針は決まりましたね」
「ええ、太老くんに不満を持つ者。後は次期樹雷皇に野心を持っている者が怪しいわね」

 幾ら有能な人物であろうと、必ずそれを快く思わない邪魔に思う人間は出て来る。
 ましてや、太老様のように特殊な立場に置かれている方ならば尚更だ。
 そうした者達から太老様をお守りするのが、私達の役目と言えた。

「そう言えば桜花ちゃんも、太老様について天樹の中に入ったのでしょうか?」
「そこなのよね……」

 だとすれば、桜花ちゃんも第二世代以上の樹と契約が出来る資質を持っているという事。
 もう一つ浮上した大きな問題。事は単純な話では済みそうになかった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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